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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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異世界転生してしまった。どうせ死ぬのに。

 異世界転生してしまった。どうせ死ぬのに。


 のどかな田舎の小さな村に生まれた幼い私は、ぽやんと青い青い空を見て前世と同じだなあと思った時に

『え? “前世と同じ”って?』

と、一気に前世の自分の最期を思い出した。


 大好きな人と結婚したばかりだった。

 彼と家族になって初めてのクリスマスだった。

 二人でクリスマスケーキを買って、シャンパンにしようかワインにしようか、チキンにしようか唐揚げにしようか、などと話しながら歩いている所に暴走車が突っ込んで来たのだ。私はそこで亡くなったのだろう。


 幸せには理不尽な終わりが来る。

 幼い私には絶望的な真実だった。


 私は思った。今世は独りで生きていこう。何でも一人で出来るようになって、誰にも頼らなくても生きていけるようになろう。

 もう失うのは嫌だ。


 人に頼ってはいけない、と何でも自分でやろうとする私は、妹二人がいるのでしっかり者になったお姉ちゃんだとも、こまっしゃくれた生意気な娘だとも言われた。


 可愛げの無い私に、村の女たちは声をそろえて言う。

「女はね、いい人と結婚して子供を産むのが幸せなのよ」

 幸せになどなりたくありません。

 どうせ失うのなら、幸せで無い方がいいです。


 私は彼と幸せになりたかった。彼を幸せにしたかった。

 残酷な神様は、それすら許してくれなかった。


 誰も好きにならない。失うのが怖いから。

 誰からも好きになって欲しくない。悲しませたくないから。

 愛されず、嫌われず、目立たず一人で生きたい。私が死んだ時に誰も悲しまないよう。


 私は家事の手伝いを進んでした。いつか一人で住むのだから。

 そして、村の小さな学校で必死に勉強し、奨学金の試験に合格して王都の学校に進学した。

 田舎にいては、女が結婚しないで生きるなんて許されない。女が進学する事すら、年寄りたちはいい顔をしていないのだから。

 両親には悪いが、私は卒業しても村には戻らない。そのまま王都で働くつもりだ。王都なら、女性が独身で働いていても誰にも(とが)められないだろう。

 その覚悟を両親は許してくれた。


 王都の学校では、私はひたすら勉強した。

 おかげで、卒業前に王城の文官試験になんとか合格できた。平民で、しかも女性である私には出世など無縁だろうが、給金と住む場所(寮)さえ貰えれば十分だ。

 そして、「城勤め」という言葉は村の人たちにはステータスだ。()かず後家の姉がいてもそれが城勤めとあれば、妹たちの縁談の(さわ)りになる事は無いだろう。私の我儘が、妹たちの幸せの足を引っ張ってはならない。


 学校を卒業し、勤め人として新しい生活が始まった。ささやかだけど、ずっと願っていた自分だけの力で生きる生活が。 

 そして、私はやっと彼を、彼とあるはずだった人生を諦める事ができた。

 もう、彼を思い出しても悲しくは無い。青い青い空を見るたび、彼があの事故で助かっているよう、幸せでいるよう、優しくていい人と巡り合っているように祈る。残酷な神様に届くだろうか。



 その日、下っ端の私は城下の教会に書類の届け物をしていた。

 玄関口で神官に受け取りのサインをもらっていたら、「野犬だ!」という声と共に人々が教会に逃げ込んで来る。

 この世界では狂犬病が絶滅していない。野犬に噛まれて亡くなる人が珍しくなかった。

 神官が扉を大きく開いて人々を受け入れながら

「野犬はどこですか!」

と聞くと、誰かが答えた。

「裏庭に、孤児院の方に行った!」


 それを聞いて私は裏庭に走り出した。


 裏庭にはもう人はいなかった。すみで野犬が何かを嗅いでいる。

 私が避難してきたと思ったのだろう、裏口の扉を押さえている神官に

「扉を閉めて!」

と言い、放り出された薪割り途中の所から薪を一本失敬する。

 私が来た事に気づいた野犬が攻撃に移る前に間合いに飛び込んで、薪で思いっきり頭を横殴りした。


 吹き飛ばされた野犬が「グガッ、ググッ」と声にならない声をあげて立ちあがろうともがいている後ろから薪割りのナタを持ってそっと近付き、その首にナタを振り下ろし、息の根を止めた。


 田舎では、野犬に出会っても逃げ込める場所が近くにあるとは限らない。私は自分や妹たちを守れるように、男衆が野犬狩りをする時に交ぜてもらって練習していた。


 後始末は神官たちに任せる事にして、私は放り出した鞄に受け取りサインの入った書類があることを確認して城に帰った。



 ただそれだけの事なのに、何故か翌日、私は上司と応接コーナーで大きな商会の会長と向かい合っていた。


 あの時、教会には子供達に勉強を教えに来ていた商会のお嬢様がいたのだそうだ。

 護衛がお嬢様と子供たちを鍵のかかる部屋へ誘導している時に、私が野犬を退治したらしい。

 なんだ、放っておいても護衛がなんとかするので大丈夫だったんだ。


 と、こっちは思っているのに、会長は娘を救ってくれたお礼にと、巾着に入れた金一封を渡したいらしい。金貨では無いだろうから銀貨? だとしてもあの量は私の給金の1・2カ月分はありそうだ。

 うーん、護衛がいたのに出しゃばったせいで大金を貰ったなんて、悪目立ちしたくないなぁ。

 でも、商人が一度出した物を引っ込めてはくれないだろうし……。


「きっと、昨日私が居合わせたのは、神の采配だったのでしょう」

 面倒だから、神様に丸投げしよう。


「高潔な乙女である娘さんを守るように、神が私を導いたのだと思うのです」

 会長さんが(いぶか)()な顔になってる。でも押し通す。

「私が娘さんを守ったのではなく、娘さんが日頃の行いにより神の寵愛を受けていたのです。私は、知らずに娘さんのために神に招かれたのでしょう。奇跡の瞬間に立ち会えて光栄です」

「奇跡……」

 奇跡なんてあるわけないと思ってますけどね。

「そうとしか言いようがありません。どうか、私ではなく神に感謝し、このお金は教会に寄進なさってください」

 あくまでも「あなたの娘が素晴らしいからです」で進めれば、会長も悪い気はしない。お金を内ポケットに戻して教会に向かってくれた。


 だが翌日、上司からケーキの引き換え券を渡された。会長はお礼を諦めていなかったようだ。

「これぐらいは受け取ってあげてよ。何にせよ、君は野犬から皆を守ったんだから」

 別に噛まれて死んでも構わないからです、とは言えなかったのでありがたく受け取る。

 しかし、薔薇のケーキをワンホールの引き換え券か……。1ピースで良かったのになぁ。


 

 その数日後、仕事でお使いを頼まれた。

 インクの発注が漏れていたので、お店に取りに行って欲しいと。

 城の文書は、偽造出来ないよう部署や役職によって微妙にインクの色の配分が違っているので、足りなくなったから他から借りるわけにはいかないのだ。


 必要なインクのリストを受け取り、雪晴れの街に出る。青い青い空に彼の幸せを祈りながら、降り積もった雪に足元に気をつけて歩く。

 着いたお店で、リストのインクは全部在庫が有るので午後一番に配達すると言われ、お任せする事にした。


 また青い青い空を見ながら城への帰途につくと、薔薇のケーキ屋が近くにある事を思い出した。

 そうだ、ケーキをもらって帰って職場の皆で食べよう。

 これならワンホールを持て余さずに済む、とケーキ屋に足を向けると、ちょうど店頭のショーケースにケーキが飾られた所だった。あれが噂の薔薇のケーキ?


「嘘っ! 何でクリスマスケーキ!?」

 奇跡があった。そんなの起こるはず無いと思っていたのに。

 どう見ても前世のクリスマスケーキだ。


 固まってケーキから目を離せないでいる私の横に、誰かが立つ気配がする。

 目線を上げると、忘れた事の無い人が、いた……。


 ああ、神様はやっぱり残酷だ。あれほど彼だけは助かってますようにと祈ったのに。


 思い出と同じ笑顔で彼は言った。

「やっと会えた」


 もう誰も好きにならないと決めたのに。

 もう、絶対に好きにならないと決めたのに……。


「彼」が気になった人は、「それは思い出せない思い出」を読んでね(^_−)−☆


ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー


2025年12月14日 日間総合ランキング

2位になりました!

ありがとうございます!

 

ついでに80位まで下がっていた

「それは思い出せない思い出」が

13位に返り咲きました!

読んでくださった皆様に感謝です。


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― 新着の感想 ―
あのお話の言葉から、最後に巡りあえるのはわかっていました。 わかってはいたけど、彼女の気持ちがとても切なくて・・・ 神様は残酷だっていうのも本当ならまた会わせてくれたといういくばくかのやさしさも本当。…
思いがけない再会に感無量です。 きっと彼はケーキと花束を持って求婚してくれるんでしょうね。 今度こそ幸せな結婚人生を送ってほしいです。
あー、あのケーキ作りの彼か! 以前読んだけど最後辺りまで気づかなかったわw
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