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10.翌朝…

 南は出社と同時に、塚本部長からこの構想案で決定した事を知らされた。その後、政府関係者への提出用に準備を進めた。

 特に、この構想案のトリックが政府関係者に悟られない様に最善な注意を払った内容に書き直した。


 先方との打ち合わせの段取りは塚本の方で進める事になった。

後は先方の都合の日を待つだけだった。

 先方の感触を確かめ。ゴーサインが出れば…当社の都市開発部やイノベーション研究所も含めたプロジェクトが動く事になる。

 当然!全体を仕切るのが、この企画計画書の発案者である南がプロジェクトリーダーとなる。それを補佐する役が、塚本部長と木村部長の両名であった。その下に、都市開発と研究所から選ばれた先鋭部隊で構成される事になった。

 遡行している間。2週間が過ぎ。やっと政府関係者とのプレゼン日が決定した。

 1ヶ月後、政府関係者は経済産業副大臣を始めとする例のメンバーと。伝播Pの社長を始めとする例のメンバーが揃う中で、南課長によるプレゼンテーションが行われた。

 南課長による様々な手直しがされた企画計画書が配布され、パワーポイントによる堂々とした態度で企画の様々な背景や裏打ちされたデータも含めた見事なプレゼンが行われた。


当然!其処には例のトリックの罠が悟られない配慮が万全に施されたものであった。

 政府関係者からの様々な質問でも南と塚本及び木村による連携で充分な注意がほど濾過された素晴らしいプレゼンで終えた。

 プレゼン終了後、政府関係者の誰もからも、こんな短期間で凄い対策とアイデアの提案内容に驚きと感動さえ受けたと絶賛に値するお褒めの言葉の数々だった…。


 プレゼン感触は非常に良かった!。


 その1ヶ月後、政府と官僚から正式に、「この未来構想計画」の依頼が来た…。当然と納得の結果だった。

 南を中心に、中野と矢沢の両役員による責任体制で塚本と木村が補佐に入り。特に、イノベーション研究所と都市開発部から襟抜かれたスタッフでこのプロジェクトは進んだ。


 外部に政府から指名された三友総合開発コンサルタントや住多イノベーション研究所に日健製造所の早々たるシンクタンクと共に実施された。

 実施場所は全国の都道府県別に案内され、厳密な審査に基いて九州の大分、四国の高知に鳥取と秋田の4カ所で「未来都市-循環型社会実現コンパクトシティ構想」が実施された。どこの地域も過疎化が深刻した上、大洪水の災害地域でもあった。先ずは成功事例を作り順次全国に広げる計画である。

 新たな循環型社会の実現にあたって、思惑通りに様々なインフラ整備と法や制度並びに財政や権限等の仕組みやシステムが必要不可欠となった。防災整備や物流の観点からも電線を地下に通したり、新たな電気の利用権限や仕組みなども生まれた。

 コンパクトな街と社会は様々な利便性に裏打ちされた様々な制度改正が必要になる。

 つまり、これまでの中央官僚や政府から下されていた紐付き地方交付金ではなく。コンパクトシティによる自由裁量な地方交付金であり、独自の財源運営の制度や法が求められる環境であった。それに伴う政治と公務員の改革が必要不可欠となった。


 まさに!国民目線の騙しのトリックが行われたのである…。

 南は取っ掛かりの2年で構想の土台や構築作業とインフラ整備に各役割の総合プロデュースを終えて、新たな取り組みを考えていた。

この2年間は、南の上司である塚本部長に支えられ。部下である伊藤チーフと2年前に入社した南の母校-文帝大学イノベーション学部卒の真壁が南課長の指示で動き回ってくれた。

 真壁邦彦まかべくにひこは、母校の後輩に当たる事から、南は特に様々な面倒を見てきた。ある意味!部下と言うより、可愛い後輩そのものだった。

 南は30歳になった。この2年間の間で、知り合った当社関連会社。イノベーション研究所の新田所長から研究所への誘いを仕切りに受けていた。

 後輩の真壁はこの2年間でかなりの成長もしていた。

 南は、戦略企画部での数々の素晴らしい功績と実績を上げて、彼自身1つの区切りを考えていた。

 所長の新田肇はじめは、米国のスタンフォード大学院出で博士号を取得したの後。彼は、米国最大手のイノベーションコンサルタント社でディレクター(部長)をしていた。

 当時、米国の支社長をしていた和田に役員待遇の高額な年収でヘッドハンティンされた人物であった。

 新田は当時、そろそろ日本に帰ろかと考えていた頃だったので…良いタイミングでもあった。


 その後、和田が社長に就任し伝播総研からイノベーション研究所に名前を変更した。 

 業務内容をイノベーション研究に特化させ、その研究所の初代所長に新田肇を抜擢したのである。

 新田は南の才能を非常に高く評価し。既に、和田社長にその旨を申し出していた。

「是非!戦略企画部の南課長を私の所で、所長代理(役員待遇)のポストで欲しいです。彼は今後、内の要となるイノベーションを次々と生ませる筈です。彼のずば抜けた才能は当研究所で発揮させるべきです!」と強い要望を和田に何度も直談判をしていた。

 伝播Pのイノベーション研究所は、今後弊社の要のセクションになると和田は思っていた。イノベーションは世界の潮流であり。あらゆる分野で、今後はイノベーション(新しい価値の創造)が必要不可欠になると和田は既に読んでもいた。その為に新田をヘッドハンティングしたのである。

 内の将来を考えれば…優れた才能と人間力を持つ南課長を所長代理で新田所長の下に置くのも悪くはない。しかし、彼は既に伝播Pの稼ぎ頭のエースでもある。尚且つ次の中野常務の後釜でもある。 


 行く行くは中野常務が私の跡を引き継ぎ。中野常務の最も信頼する右腕でもある。このままイノベーション研究所に彼を移していいものか?和田は非常に悩んでいた。

 和田は、中野常務を呼び。新田所長からこう言われているだけどとその内容を話し。和田自身の今後を踏まえた考えや構想なども中野常務に話した後。南課長の移動について、「君はどう思うか?」とその意見を聞かせて欲しいと中野に伝えた。

 中野は、南課長は内の戦略企画部にはなくてはならい存在であり、この会社を背負って立つ最有力の役員候補に直ぐにでも!年齢に関係なくすべきだと社長に伝えた。イノベーション研究所も当社の大切な役割をしていますが…私としては企業や様々行政における難題の課題解決が今は先決であり、その対処に彼の優れた才能と人間力は、より一層必要不可欠です!と強く伝えた。この話は私個人としては…どうかと思いますと拒絶の意見を最後に示した。

 中野も和田社長の考えや将来の目も重々認識出来ると分かっていた。しかし今、彼を手放すのは周りや部下達も納得出来ないだろうと予測していた。

但し、中野はもし南課長自身が其処で研究等の仕事をしたいと言うなら、彼の意志を尊重したいと思っていた。。何故なら、彼がやりたい事をやらせてあげたいからだった。人生は一度。それも彼の人生なので。彼には後悔しない人生にして欲しいからだった。その事を和田社長にその旨を話した。


和田は、流石!中野らしい人格者の意見だと思った。我々がどうこう言う前に本人の考えを確かめる事が最優先だと思った。

「社長、今度彼にその話をしてみましょうか。また、上司である塚本部長の意見も聞いた方がよろしいかと思いますが…如何しましょうか」と和田社長の顔を見ながら質問した。

和田は「そうだねー!時間がある時に、それとなく聞いて見てくれないか?。私も君の意見に賛成だから。それ以上に、本人の気持ちを尊重したいしね!。何故なら、これだけの逸材を我々は大切にすべきだと思う。まして彼の人生も…」と中野に伝えた。

「かしこまりました。2〜3日以内に確認し、ご報告を致します」と返事をした後。社長室を出た。

 南は、恋人のまゆと喫茶たんぽぽで話した内容を検討すべきかもしれないと思っていた。何故なら、2年前に内に入社した母校の真壁君は私の講義を聞いた教え子だったからである。

南はまゆに言われて恩師から頼まれた母校の文帝大学の非常勤講師を、2年前に引き受けた。取り敢えず年2回で1回当たり2時間の講義条件で承諾した。


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