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前編  1.社会と個性のギャップ  2.南鼓太郎の生い立ち  3.進学と就職環境

南の島(沖縄)で、幼い頃天真爛漫に過ごして来た南鼓太郎。鼓太郎は周囲の人から見ればそこそこの普通の人間で、小中高時代は目立った存在ではなかった。   

 世間は時代が大きく変わっているにも関わらず社会や人々の意識が古いままで縛られていた。それは個性ではなく。協調性だとか和を乱さない集団性を重じる風潮だった。

 また人の評価も…未だに学歴だとか。進学校だとか。その背景にある点取虫の暗記主義の受験勉強の結果で左右されていた。

 グローバル社会の今日。その古い考え方や体質のお陰で、日本は世界に取り残されている現状は知りつつも変われない現実があった。

 世界を含め、今の時代はこれまでの常識や慣習に縛られていては様々な難題を解決するのは厳しい状況がある。

 特に、日本は年齢や経験及び固定観念に囚われ過ぎている。

 更に言えば、日本は男とか女とか性別に囚われた言動が多い。

 今や常識が非常識に。非常識が常識に目まぐるしく変わる時代とも言える。

 混迷とか激動の時代と世間で言われているが…現実は人の意識面で昔のまま推進しているだけである。


今の人は変化が目まぐるしく変わりつつある事さえも気づいていない人も多い…。

 そのせいで社会全体が低迷し続けて、人々は未来への絶望感のみが蔓延している。その様な絶望感に陥る前に、やる事がある筈である?。

 それは…先を想像し行動をしているのか?に尽きる。


 主人公の南鼓太郎はこの現状で、ある意味!救世主の存在になっていた…。


 失われた30年以上。社会や暮らしが良くなるのは、物や事ではない。やはり、人である。人が社会も暮らしも変える原動力となる。

 また、今の若者(中高年も含め)は就職も自身の成長の踏み台だと思っている人が非常に多い。そう言う成長願望の人達にどの様に日々を過ごせば成長するかの状況がある。

 今の時代は、仕事選びや自己の成長には仕掛ける(企画立案)事がより重要になっている。その仕掛けを躍動感溢れる内容で行なっているのが…南鼓太郎であった。



2.南鼓太郎の生い立ち


 南は幼い頃から、1人で何かを作りその道具で空想に老けたり、絵を描いたり、読書に没頭す日々を過ごしていた。

 要するに、探究心が強く。1人で過ごすのが好きな男の子だった。

 周りは社交性や協調性を相変わらず重視する社会風潮の中で、「真逆な過ごし方」をしていた。そのせいで大半の大人は彼の将来をある意味あんじていた…。

 南鼓太郎は世間で言う期待出来ない人。又は、落ちこぼれか負け組みだと思う人が多かった。

 しかしその事が、後々彼の個性と才能に結び付き。大きく開花する事になる。

 中高時代の学校の成績はそこそこだった。所謂優秀ではなく。普通かそれ以下だと彼自身そう思っていた…。

 受験勉強主体の学校教育に、彼自身が全く興味も湧かず。そもそも暗記そのものに価値を彼は見いだせなかったからである。

 取り分け作文や読書感想文には興味が持てた。その結果、数少ない得意科目の1つになった。

 何故なら、自由な発想で考え、書ける事が好きだったからである。


 中学校の時は、先生の推薦で作文コンクールや読書感想文コンクールで、常に優秀賞にも輝いた。

 とは言え、作文や感想文に関しても凄く興味があったのではない。彼にとっては取り分け努力もせずに、何故かスラスラと書けるのであった。

 担任の先生からは、「君の文章力や着眼力にはいつも驚かされる」と決まり文句のセリフで褒められる事もあった。

 しかし、本人はそれさえもさして意識した事はなかった。

 高校・大学と教育改革が進まない日本では、彼の様な伸び伸び育った個性と才能は認められずにモンモンとした環境で過ごしていた。


 ただ、その環境下でも彼の才能に気づいていた教員と恩師がいた。

 それは高校の数学担当の神山先生と大学の恩師であるイノベーション研究の第一人者である湯川教授であった。

 彼らは、南鼓太郎の直観的な発想と想像力の高さに驚かされる状況が度々あった。

 高校の数学授業とテスト問題は、大学進学を考慮した授業とテスト問題が主であった。それは学校の方針でもあった。そのテスト問題で、想像もしなかった解答をするのが鼓太郎だった。

 公式や方程式による回答をすれば良い設問に、暗記が嫌いな彼は敢えて自らの着眼点と持論で正解に結びつける事をした。それも度々。

 特に、証明問題や速度計算問題などは新しい公式や方程式までも生み出す事さえもあった。


 数学担当の神山先生も、それには流石に驚かされた。難関大学の東京理工科大学数学科出身で、数学者を目指した先生は、「南君、君は数学者を目指すべきだ」と度々言い。彼の才能に非常に期待を寄せていた。

 卒業間近の2月に数学担当の神山先生から、職員室に呼び出され…


「南君、私が再三言っている数学者の道を検討するつもりはないのか?」

「今の所、考えていません!何故ならやりたい事があるのでそっちの方向に進みたいと思っています」

「そうか。で、何になりたいの?。私が言う道の方が君には向いていると思うだけどなぁ〜」と真剣な眼差しで神山が言い放った。

「商社マンです。お金持ちになりたいので!。所で先生、数学者になったとして…給料は高いのですか?」


「給料か。それは商社マンと比べて給料は安いかもしれないが、社会貢献ややり甲斐の面では数学者だと先生は思うだけどね!」

「学者や研究者は社会貢献が高いですかねー?。私にはそう思えないですけど」

「何か新しいものを生み出す点で社会貢献は非常に高いと先生は思うよー!。何より君の才能が生かされる点で、その道が先生はいいと思うだけどねー。良く考えてみたら…」

「そうですか。良く考えてみます!」と言いながらも…南はその道に進む意志はなかった。


(何故なら!南はこの国の未来を既に想像していた。それは、国の財政破綻で地獄の苦しみをしている国民の姿を想像していた…。

 商社マンになりたいのはお金を稼ぐだけでなく。語学を身に付けて世界中を飛び回っていたら、財政破綻したこの国にしがみ付く必要もないと南は心の中でそう思い叫んでもいた。)



3.進学と就職環境


 高校卒業後、進学した大学の恩師である湯川教授も彼の才能を一目で見抜いた1人であった。それは興味ある事には、もの凄い集中力を発揮し、鋭い視点と直観力の感性で世界観を想像する。その発想力と構想力に驚かされていた。

 大学の恩師もまた、「君は、大学院に進学し学者か研究者になるべきだ」と再三言ってその世界に導こうとした。


「湯川先生!何故私をそんなに研究者になる様に勧めるのでしょうか?。私は研究したいテーマもありませんし…それに研究者とはそんなに魅力的な職業なんでしょうか?」

「南君、君は確か商社マンになりたいと言っていたよねー。商社マンは沢山いるけど!新しい価値を生む事が出来る研究者は限られた人しかいないだよー。それにこれからの時代は研究者の時代だと私は思うだよ…。何故なら、この世は問題や課題だらけの時代だからねー。


その問題や課題を解決する研究者が、この日本には必要なんだよー。企業の問題や課題より、社会や産業の問題や課題の方がこの国は放置されているからねー!南君、君だってそう思っているのではないのか?。君は他の学生と比べて様々な問題意識が非常に高い。君が書いたレポートや卒業論文の指導をしていてもそう感じている。もっと俯瞰で自分自身の将来を見た方がいいと先生は思うだけどねー南君」


(南は、この国は問題だらけだと心の中で叫び!誰がこんな国を良くしたいと思うのか?。先生が言っているのは…詭弁に過ぎない!と思っていた。何故なら、国民が馬鹿だから今の日本の堕落を招いたのでは?ないのかとさえ思っていた。)


「先生!私を買い被り過ぎですよ。私はそんな才能などありませんから。また、私にはなりたい職業像がありますから。広い視野を持って世界中を渡り歩く夢がありますから」

「君は自身の才能に気付いていない見たいだけど!君は素晴らしい研究者になれる才能や素質があると私は思うよ。広い視野や世界中を渡り歩く事も研究者の職業なんだよ。今後、内の大学院に進学しなくても良いだよー。私の友人がいるあの東帝大学の大学院でも、君は語学にも熱心に勉強していたので海外の大学院でもいいだよー。私が推薦状を書くからどうだろう…もう一度考えて見たらどうだろう?。また、お金は心配しなくても良いだよー。奨学金制度を利用すれば良いから。私の方でそれも手配してもいいだよー」と真剣な眼差しで湯川もまた発した。

「湯川先生!何から何までありがとうございます。その時は、よろしくお願いします!」と言い。南は先生のその気持ちが嬉しかった。


 しかし、彼はその期待に応えよとしなかった。何故なら、彼は密かに目標とする事があったからである。それは「やりたい事でお金持ちになりたい!」と思っていたからである。それと!何かあれば…この国からいつでも逃げ出せる準備もしたいと思っていた…。

 研究者や学者にしたかったのは、彼には既に先を見通す先見力と洞察力が養われており。その能力に鋭い直観的な発想と想像力で、自らの世界観を描く才能が育まれていたからである。

 その個性と才能は、それに気づく人と環境があってこそ開花する!。

 多くの日本の教育現場と社会では、「個性と才能」がなかなか育み開花する事はごく僅かてある。それが日本の現実である。

 世間で言う勉強の学歴や優秀な人物像は、時代や環境によって変わって当然である。

 残念ながら、今日の日本社会はそうはなっていない…。

 日本は「目先の事」に囚われ過ぎている。それは経済や産業も含め社会全体が「発想の転換」が必要である。


 彼の才能は特技とも言える。ではその特技は生まれ持つ才能なのか?。生まれながら授かる才能はある。南はそうではなかった。

 彼の才能を導いたのは、南の島(沖縄)の自然環境は大きかった。更に言うなら、両親の影響が特に大きかった。

 彼の両親は教育に対して熱心でもなく。寧ろ放任主義を貫き通していた。

 南鼓太郎の両親は、常日頃から「何か夢中になるものを見つけなさい」と言われて南鼓太郎は育った。中高に進学しても勉強をしろ!と両親から言われた事はない。南鼓太郎は1番上が姉で、その下に長男・次男・三男の三男坊だった。

 両親は姉や兄も含め、子供達に普段から「人に言われて動くのではなく。自ら考え行動しなさい」と何かある度に、そう言われて来た。

 また、両親とも読書が好きで家には様々な類いの書籍が溢れていた。子供達は暇さえあれば読書に明け暮れていた。


 特に、三男坊の孤太郎は兄弟の中でも特に読書好きで、読みながら空想に浸るのが好きな子だった。世間で言うオタクである…。

 ある意味、両親は放任主義だったが子供がズルや相手を虐めたりした場合には、両親からもの凄い剣幕で叱られたり。時には父親から殴られる事も度々あった。人として「正しい生き方をしなさい」と言われ、その面では特に厳しく育てられたのである。

 自然の環境と放任主義に読書と生き方としての厳しい「環境」が彼の日常であった。

 今日、世界でより言われる様になったのが、「何か1つの才能や特技があると。後々自身の仕事や生活に役立つ事になる」と言う事である。


 それと、アメリカやイギリスの伝統ある一流の名門大学では、日本の様にガリ勉の点取り虫で入れる人は、殆どいない。学業と日頃の生活に、自らの目標レポートや社会に対する小論文と数回に渡る面接の総合で入学許可が出るのである。

 つまり、「人間力」そのものを見るのである。日本は入試試験による一回限りのテストの総得点で入るのが一般的である。ある意味、ガリ勉である。中にはマグレ(たまたまやった勉強の設問が多かった事)で入る人もいる。海外ではそれはあり得ない。

 例えば、世界の大学ランキングで、日本の東帝大学が38位で、京帝大学は57位である。それだけ、日本の大学は世界で評価されていない事になる。それは何故か?である。


 日本は、世間で言う偏差値(合格ラインの得点偏差分布)による大学のランク付けが行われている。南鼓太郎は世間で言う三流大学に入学し卒業する事になる。

 相変わらず変わらない点数方式の受験制度や「古い価値観」によって、大学進学と就職活動で南鼓太郎は、挫折の経験を味わう。センターテスト制度で、第一志望の国立三橋大学経済学部は落ち。三流と評価されている私立文帝大学の新設イノベーション学部に進学する。

 新しい価値を生むイノベーションと言う言葉に、鼓太郎は興味を持ち引かれたからである。

 就職活動では、大学進学する前から世界中を飛び回って「広い視野」を身に付ける仕事と同時に給料が高い職場に行きたかったのである。


 孤太郎は、結局第一志望の大手総合商社には入れなかったが、辛うじて第二志望の大手広告代理店に入社する事が出来た。

 時代の流れなのか、広告の仕事は急激に減り。社名を伝播プランニング社と改めて、業務内容もイノベーション企画業務に一新した企画会社に入社した。

 就職に詳しい筋によれば、コンサルティング業界やマスコミ業界(広告、テレビ、新聞、出版)、総合商社などは人気が高い故。難関大学出身の学生を取る傾向が強いと言われていた…。

 しかし、IT業界が躍進する中。現況はコンサルティング業界以外は業績が悪化している。その原因は、未だに「古い体質」から脱皮出来ずに未だに偏差値の難関大学出身にこだわった選考の傾向が続いている現状も挙げられている。

 つまり、これらの業界は人であると言う言い分は一理ある。


けれどもその「選考基準」は、果たして人を重視して新卒者を採用しているとは到底思えない。

彼らの言い分は、難関大学に進学出来た学生は、勉強するスタンスが持続的に高いからだと言う。

だが、時代の流れから「与えられた事」を勉強する時代ではなくなっている。尚且つ企業で育てる背景は多くの大企業では出来ない現実になっている。

日本はアメリカの様に「即戦力」になり得る人材が欲しい筈である。にも関わらず、即戦力は未だに中途採用組に頼る状況である。

 要するに、時代錯誤が甚だしい事に未だに認識出来ていないのである。

 アメリカやヨーロッパ諸国では昔から大学出の新卒者採用で、即戦力として課長職や部長職で雇うケースが当たり前である。


 だが、日本は世界から見れば例外中の例外である。何故なら、実力主義や能力主義の職場は未だに少数だからである…。

 与えられるとは、設問に対する正解を求める勉強である。激動の時代とは「自らの問いに正解を導くか又は正解を作る」かである。その違いが認識出来ていない。要するに時代錯誤だとも言わざる得ない。

 世の中は、自らの問いに自らの正解を導く事だらけである。

何が正しいのか。何を生み出せば良いのか。学者や研究者が常日頃やっている仮説検証の精度が企業や様々な職場で求められている。

それも鋭い感性と深い想像力による仮説検証である。

要するに設問への正解率の偏差値を競う難関大学名ではなく。あくまでも「人の素養=人間力」であり、その人が持つ「才能と特技」が重要視されるべきである。


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― 新着の感想 ―
商社マンではなく広告マンになるのですね、意外でした。続きが楽しみです!
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