エナドリ中毒でモンスター化した部長の元で働くことになりましたー私と定時と働き方改革ー
エナドリ中毒でモンスター化した部長の元で働くことになりました―癒しの悪魔は、救わない―
エナドリ部長シリーズ第五段は
あのドリンクをイメージしたキャラクター(悪魔)が登場です!
最後に答え合わせがあります♪
何か考えながら読んでみてください!
(すぐわかるかもですが……)
01:ちるねえ、登場
月曜の朝、フロアにふわりと香りが漂った。
ミントとラベンダーを溶かしたような、やさしい匂い。
それは廊下の向こうからゆっくりと近づいてきて、摩課の硬い空気をやわらかく塗り替えていく。
ぺた、ぺた、と軽やかなヒールの音。
光を受けて、やわらかく揺れる長い髪。
そして——葉月の目がふと止まった。
髪の間から、淡い緑のツノがのぞいていた。
透明感を帯びたその色は、観葉植物の新芽のように柔らかい。
志摩部長の黒いツノとは対照的で、どこか癒しを象徴しているようだった。
(……ツノ? でも、なんだか……優しい色)
次の瞬間、爆発した。
「葉月ちゃんっっ!!! やっと会えたぁ〜♡」
「えっ!? ちょっ、近っ……誰っ……!?」
柔らかな香りとともに抱きつかれる。
志摩のツノに慣れかけていたはずの葉月だが、この距離感はまた別の意味で危険だ。
(ていうかツノごと抱きついてくるのやめて!?)
「やば……来たわ」佐藤が言う。
山田が目を細めて、空気を嗅ぐように言った。
「でも今日は……ちょっとだけ、空気がやわらかいね」
確かに、摩課のオフィスだけ気圧が違う気がした。
「私、みちる♡ “ちるねえ”って呼ばれてるけど、好きに呼んで〜。
絶対仲良くなれると思ってたの、うふふ」
「は、はい……」
その笑顔と香りと距離感の嵐に脳がバグりかける。目の端に、黒いツノが見えた。
(ぶ、部長……助けて……!)
黒い二つのツノと目が合った気がしたその時。
ちるねえが、ほんの一瞬だけ、笑顔を緩めた。
そして、葉月の耳元にそっと囁く。
「志摩さんのことなんて、見なくていいの。……あの人、どうせ何も言わないから」
(この声、この感じ。どこかで)
回想。
「誰かの役に立てるなら、少しぐらいしんどくても……大丈夫です」
葉月の言葉に、面接官は静かに目を伏せた。
「……そう。あなた、似てるのね」
「えっ?」
「ううん、こっちの話」
緑のツノは髪で隠されていたが、その面接官こそ——今のちるねえだった。
(あ……あのときの面接官って、ちるねえだったんだ)
笑顔の奥に、ひとすじの翳りがあったのを思い出す。
あのとき、もう“何か”が始まっていたのかもしれない。
「思い出してくれたなら、いいの。また来るね〜」
ウィンクして魔課の皆に手を振りながら、ちるねえは去っていく。
ふと、振り返るように言った。
「あ、そうそう。みんな、評価の準備はできてる? よろしくねぇ」
葉月の胸にざわめきが残った。
黒い二本のツノがモニターの端に揺れる。緑のやわらかさとも、飛鷹の赤紫とも違う。
「……あいつに近づくな。碌なことにならん」
「……はい」
(見なくていいって、言われたのに)
異質で、冷たいはずなのに——なぜか目が離せなかった。
(……それでも、知りたい)
——ツノの奥の、“中身”を。
02:360度評価
魔課には似つかわしくない、甘い香りがまだ漂っていた。
過ぎたあとの残り香。
空気はふわっと柔らかい……のに、なぜか全員の顔は微妙に曇っている。
「……やばい。今年も来たな」
佐藤が椅子を回しながらため息をつく。
「360度評価……」山田が小声でつぶやく。
「またあの地獄かぁ……」
「……あの」
葉月がおそるおそる口を開いた。
「360度評価って……なんですか? 前の会社にはなくて」
三人が一斉にこちらを見る。
「上司が部下を評価するだけじゃないんですか?」
高橋が淡々と答える。
「上司だけじゃなく、同僚、後輩……とにかく“周囲全員”からのフィードバックを集めて評価するんです。360度、つまり全方位から」
「監視カメラより精度高いから。死角なし」山田が苦笑する。
「ぶ、部長のことも……評価するんですか?」
葉月の声が少し裏返った。
佐藤が苦々しい顔で言う。
「去年、俺、“悪魔”って書いちまった」
「私は“ツノ”。……他に言うことなくて」山田が肩をすくめる。
「僕は“近寄りがたい”。事実ですし」高橋が冷静に続ける。
「……みんな、そんなこと書いたんですか?」
葉月が青ざめて尋ねると、佐藤が立ち上がりながら叫んだ。
「いや、それより重要なのは逆だよ!」
「逆……?」
「俺らが志摩部長にどう評価されるか! こっちのほうが死活問題!」
山田がこくこくとうなずく。
「部長の360度評価って、下手すると昇進にも響くから。
……去年、私、ボーナス3%減ったし」
高橋は眼鏡を押し上げ、真剣な顔で言った。
「僕は“志摩部長に刺さる”レポートを準備します。
ツノの角度と業務効率の相関関係を科学的にまとめて」
(……刺さるの、それ?)
佐藤は立ち上がって拳を握った。
「俺は徹底的にゴマすってアピールする! 『部長の存在が俺のビタミンです!』って言う!」
「サプリ扱い!?」
山田は深々と頭を下げる練習をしていた。
「去年の資料提出で3分遅れた件……まだ謝ってないから、今こそ誠意を見せる!」
「……まだ引きずってたの!?」
オフィス内は「志摩攻略作戦会議」のようになっていた。
みんな、自分がどう評価されるかを気にして必死だ。 葉月ももちろん気になる。
(私だって、ちゃんと見てもらいたい……)
でも——今回はそれだけじゃない。
「……部長を、私が評価するんだよね」
ぽつりと出た言葉に、自分でも少し戸惑った。
(部長のこと、まだ全然知らないのに……どう書けばいいんだろう)
部長の顔はモニターに隠れて見えない。黒いツノだけが葉月の目に映っていた。
03:観察の始まり
昼下がりのオフィス。葉月はそっと、小さなノートを引き出しから取り出した。
ページの端には「観察記録」とだけ書かれている。
(……ちゃんと評価したい。そのためには、見なきゃ)
視線の先では、黒いツノが小さく脈を打ったように見えた。
志摩部長の言葉が、頭の奥で響いた。
——「ツノが生えるのは、“力を欲した証拠”だ」
(……あの言葉の意味を、知りたい)
ペンを走らせる。
「午後1時5分、エナドリ開封。……会議前は必ず、か」
次の行に小さく書く。
「ツノの傾き、左3度。安定」
(……左3度って、何の意味があるんだろう)
自分で書きながら首をかしげる。
そのとき、ふわりと柔らかな香りが漂った。
振り返ると、ちるねえが肩に手をかけ、微笑んでいた。
「そんなに真剣に見なくても〜」
「えっ!? ……ち、ちるねえ……」
ちるねえは笑顔のまま、ノートをちらりと見てから、穏やかに言った。
「昔もいたの。そうやって一生懸命、誰かを見てた子が」
(……誰を?)
葉月が聞き返そうとする前に、ちるねえは顔を近づけて囁いた。
「もっと楽になって。……私を見て」
ふわりと心が軽くなって、黒いツノを見ていた視点が揺らぐ。
頭の奥が温泉に浸かったみたいにぽやっとして、つい、ちるねえを見つめてしまった。
(……あれ? なんで、こんな……)
はっと我に返る。
胸が小さくざわついた。
(今……心の中、覗かれてた……?)
甘い香りの向こうで、黒い影がわずかに震えた。
04:の圧と、人間の顔
火曜の三課。
電話の相手の声が、オフィスに鋭く突き刺さった。
「もう結構です! 責任者を連れて直接、説明に来てください!」
ガチャン、と電話が乱暴に切られる。
手の中の受話器が、まだ震えていた。
(やば……完全に怒ってる……!)
葉月の顔から血の気が引く。
言葉を探しても、喉が詰まって声が出ない。
そんな時、隣の席から椅子が静かに引かれる音がした。志摩が無言で立ち上がる。
黒いスーツの上に上着を羽織り、無造作にエナドリの缶を開ける。
ゴクリ、と一気に飲み干したその直後——
「……ついて来い」
低い声に逆らえず、葉月は慌てて立ち上がった。
クライアント先。
張り詰めた空気が、肌に突き刺さる。
「こんな初歩的なミス、どう責任を取るつもりですか!」
担当者が葉月に詰め寄る。
(評価どころじゃない。これ、下手したらクビ……!)
その横で、志摩が静かに資料を整えた。
赤い瞳が、一瞬だけ光を捉える。
「確認の甘さはこちらの責任です。
すでに再対応済み。それでもご納得いただけないのなら——」
言葉の切れ目で、志摩のツノが“ぐいっ”と前に傾いた。
空気の密度が一瞬で変わる。
「今後の取引は、再考させていただきます」
穏やかな声なのに、背筋が凍るような迫力。
担当者は思わず直立した。
「……い、いえ! こちらの確認不足もございましたので……」
(えっ……今、ツノで押し返した!? Wi-Fiアンテナの威圧波?)
「……本件については、改めて社内で協議します」
担当者が目を逸らし、場の空気が一気に落ち着く。
志摩は終始、怒鳴らなかった。誰も責めなかった。
ただ、言葉と存在感で場を収めていった。
帰り道。
葉月は黙ったまま、志摩の後ろを歩く。
「……すみませんでした」
やっと声が出た。
志摩は足を止め、自販機の前に立つ。冷たいエナドリを一本。
そして、ぬるめの麦茶をもう一本。
無言で差し出される。
「……無様な顔をするな。これを飲め」
ツノがかすかに傾いて、すぐに戻った。
それは、不器用な相槌のようだった。
(……これ、私がいつも飲んでる麦茶だ)
胸の奥がじんわり熱くなる。
(怖いと思った。でも——守ってくれた)
(悪魔の圧。だけど、言葉は誰も傷つけなかった)
麦茶を握る手の中で、心臓が小さく跳ねた。
05:バレる観察、問われる理由
取引先からの帰り道。夕方のエレベーターホールは、静かだった。
乗り込んだ箱の中、他に誰もいない。
葉月の視線は、つい、志摩の背中に吸い寄せられる。黒いツノ。
いつもは威圧感ばかり感じていたのに、今は不思議とそこまで怖くない。
(……近くで見ると、形もきれいなんだ)
視線は自然とツノから志摩の横顔へ。赤い瞳は伏せられ、表情は相変わらず無。
けれど、その輪郭は思っていたよりも柔らかい。
(……無表情だけど、意外と……優しい顔かも)
気づけば、じっと見つめていた。
その瞬間——志摩の肩がわずかに動く。
「……お前、このところ、俺を監視しているな」
(……っ!)
胸が一気に跳ねた。
志摩の声は低く、けれどどこか探るようで。
エレベーターの中、二人きり。
息を呑む葉月に、志摩がさらに言葉を落とした。
「……なぜだ」
持っていたカバンが、急に重く感じられる。
葉月は迷った末、小さな声で答えた。
「……評価のためです。でも……」
視線を落とし、それでも勇気を振り絞る。
「ツノばかり見てたなって気づいて。だから、その……もっと“部長の中身”を見てみたくて」
志摩の横顔が、かすかに揺れた。
「……中身、か」
ツノが、ごく小さく傾いた。
まるで心の奥を探られているようで、葉月の胸が熱くなる。
志摩は視線を前に戻す。
「……俺に見るべきものなど、あるか?」
「わたしはあると思っています。それに、さっきの部長は悪魔じゃなくて——」
言いかけた瞬間、エレベーターが音を立てて開いた。
淡い緑のツノが差し込む光に現れる。
「葉月ちゃん〜!」 ちるねえが笑顔で抱きついてきた。
甘い香りが一気に広がる。
「聞いたよ、大変だったね? 気晴らしに美味しいランチ食べに行こ〜癒されよ〜」
葉月が呆気にとられていると、ちるねえは志摩に視線を投げる。
「葉月ちゃんは私が見つけたんだから、そこんとこよろしく♪」
緑のツノが、やさしく光を返した。
その横で、志摩の黒いツノが沈黙を保っていた。
06:評価シートと告白
翌週水曜のオフィス。終業時刻が迫り、フロアには帰り支度の気配が漂っていた。
評価の提出期限も迫っている。
志摩に「残業はするな」と念を押されていたから、時間ぎりぎりの今しかない。
葉月は360度評価のフォームに向かっていた。
手元には、小さな観察ノート。
(……ここまで来たら、ちゃんと書かなきゃ)
ページをめくるたびに思い出す。ここ一週間の志摩のことを。
——会議前に必ず飲むエナドリ。
——怒鳴らずに空気を変えた声。
——サポートデスク志摩の不器用な気遣い。
——そして、時折ほんの少しだけ見せる、人間らしい感情。
画面の最終評価欄。
葉月は深呼吸して、指を動かした。
「評価というより観察記録になってしまいましたが、
志摩部長は“悪魔でありながら、人間らしさを忘れたことがない人”だと思います。
ツノの奥にあるものを、私は見た気がしました。
——これはもう、評価じゃなくて、記録でもなくて。
たぶん、“気持ち”なんだと思います。」
カーソルが「提出」ボタンの上で止まる。
すこし迷ったあと——
(でも……これが、本当の気持ちだから)
カチ、と小さな音。 送信完了の表示が出る。
胸の奥が熱くなるのを感じながら、葉月はそっと画面を閉じた。
その夜。 オフィスには一人の影を除いてもう誰もいない。志摩が静かにモニターを眺めていた。
画面には——葉月が入力した360度評価。
その時、ふわりと、ハーブティーの香りが漂った。
「うれしそうね?」
振り返ると、ちるねえがそこにいた。
緑のツノがやわらかな光を反射する。
「……あいつの心に侵入するのはやめろ」志摩が低く言う。
「力の濫用はもう懲りたのではなかったか」
ちるねえは笑みを浮かべたまま、静かに言葉を落とす。
「気になる人の心を読むのって……甘くて、でも痛くて……やめられなくなっちゃうの」
「それにね。ツノのおかげで、内定受諾率100%よ?
……誰かさんが怖くてすぐ辞めちゃうけど」
茶化す声の奥に、かすかな寂しさが混じっていた。
志摩は何も答えない。 ちるねえはその沈黙を見透かしたように微笑む。
「ふふ……志摩さんだって、本当は見たいくせに」
07:翌日のちるねえ
木曜の昼休み。 エレベーターホールの片隅に、ちるねえが立っていた。
淡い緑のツノが蛍光灯を受けて、やさしく光を返している。
「葉月ちゃん」
ふわりと笑いながら近づいてきて、まるで待っていたかのように腕を取る。
「志摩さん、嬉しそうだったよ〜」
「えっ……?」 葉月は思わず足を止めた。
(……部長が、嬉しそう……?)
ちるねえは視線を遠くに向け、微笑んだまま小さく言葉をこぼす。
「……いいな、あなたは。好きな人を見ていいんだもの」
その声には、ほんのわずかな翳りが混じっていた。
葉月の胸がきゅっと締めつけられる。
「昔、私のことを見てくれた人がいた。 “見てくれる”だけで嬉しくて。……それだけで、十分だと思ってたのに」
「気づいたら、私だけを見てほしくなったの」
緑のツノが、寂しげに揺れた。
その表情はいつもの明るさの奥に、一瞬だけ影を宿していた。
「あなたみたいに、ちゃんと向き合おうとする子を見ると……つい、昔を思い出しちゃう」
葉月は言葉を探したが、喉が詰まって出てこなかった。
ちるねえはそんな葉月を見つめ、ふっと笑みを深める。
「……ねえ、あなたはどうするの?
“見たい”って思ったその気持ち、隠せるのかしら」
甘い香りが漂い、ほんの少し切ない空気を残して、ちるねえはフロアの方へ歩いていった。
葉月の胸の奥に残ったのは、揺れる問いと、答えられなかった自分の沈黙だった。
08:見つめ合うということ
翌朝の金曜日。いつもの魔課のオフィス。
デスクの向こうに、志摩が静かに座っていた。
相変わらずの無表情で、赤い瞳をモニターに落とし、指先は淡々とキーボードを叩いている。
(……伝えなきゃ)
昨日のちるねえの言葉が、まだ胸に残っていた。
「“見たい”って思ったその気持ち、隠せるのかしら」
葉月はそっとチャットを開いた。
指先が少し震える。
「部長」
数秒後、画面に短い返信が返ってきた。
「……何だ」
息を整え、思い切って打ち込む。
「この前、助けてくれてありがとうございました。……ヒーローみたいでした」
送信ボタンを押した瞬間。
モニター越しに、うっすらと白い湯気が立ち上がった。
(えっ? 湯気!?)
慌てて立ち上がる。視線の先、志摩のツノの先が白くにじむ。
無表情のままなのに、ツノの根元が赤く色づいて見える。
「だ、大丈夫ですか? 熱でも……?」
慌ててノートで仰いでみる。
でも湯気は止まらない。
(こんなことってあるんだ…!)
(……もしかして、恥ずかしがってる?)
相変わらず無表情で、気づいていないかのように座っている。だけど、その肩は少し固まっているように見えた。
「あの……私、ちょっと勇気出しすぎましたか?」
志摩は小さく咳払いする。
ツノの角度は変わらない。
けれど、ふいに赤い瞳がこちらをかすめた。
(……今、見てた?)
すぐに視線は前に戻る。
ただ、その温もりだけが確かに伝わってきた。
ノートを仰ぐ手を止めて、そっとツノを見つめる。
(……これは、ノートには書かないでおこう)
(私だけが見た、志摩部長の“気持ち”だから)
胸の奥が、じんわりと熱を帯びていた。
廊下では、ちるねえが壁にもたれていた。手にはCHILL ◯UTの缶。
淡い緑のツノが光を受けてやわらかくきらめいている。
「『見ないで』って言われると、一番よく見ちゃうものよね」
唇にいたずらっぽい笑みを浮かべながら、葉月を見つめる。
「あ~あ。やっぱり、葉月ちゃん……私のところに来て欲しかったな〜」
甘い香りと視線の余韻を残し、ちるねえは軽やかに去っていった。
『エナドリ中毒でモンスター化した部長の元で働くことになりました』
シリーズで出していますので、もしよければ他のお話も読んでみてくださいΨ