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03.復讐の意思

 ただひたすらがむしゃらに走り続けた。喉の奥から血の味と匂いが上がってくる。木の枝が絡まり切り傷ができても、ぬかるんだ地面に足を取られ転倒してもずっと走る。逃げたかった。離れたかった。

 すると生い茂る木々の間から光が見えた。長い間暗がりを走り続けていた春は誘われるようにそこへと向かった。しかし彼の視界が白く包まれた直後、見えた光景は大きく広がる海。いつの間にか島の端まで来ており断崖絶壁。落ちそうになった所をなんとか踏みとどまる。するとここで背後から足音が。草をかきわけ何かが近づいてきている。他のクラスメイトである事を願いつつ、春の手には再びナイフが握られた。


「だ、誰だ……?」


 その震えた声が相手にも聞こえたようで足音のテンポが増す。足元に気を配りながら現れたその人物はクラスメイトではなく、この島の住民でもない中年男性だった。


「え……中学生?」


 彼も驚いていた。黒く長い長髪は1本に細く束ねられ、それが揺れる様は白いジャケットも相まってよく目立つ。ジーパンの汚れからしてここに来てからしばらく歩き回っているのは確かだった。そして何よりも目を引くのが、肩にかけられている『羽衣』だ。透明感のある美しい布。


「もしかして、フィリップ・(イシバシ)くんと同じ学年の子? 修学旅行中にここに来たんだろう?」

「そっそうです! 俺、ワケわからないままで……!」


 外部からの助けを期待した春。なにやら訳知り顔のこの男を頼る他なかった。


「……落ち着いて聞いてくれ。気づいていないかもしれないが君達はここに来てから1週間が経っているんだ。そしてその間に本土にもあの異形のバケモノが現れパニック状態。そんな大騒動のなかで君達の現状を心配しているのは恐らく君達の家族や知人だけだ」


 平坦なトーンで伝えられた事実に春は何も発する事ができなかった。救助は絶望的、それどころか帰る場所すらなくなるかもしれない。強力な力を持っていた夏美ですら複数体に襲われた際には自爆を選ぶ他なかった。武装の整っている軍隊であればともかく、戦う力を持たない一般人が巻き込まれたのであれば犠牲者は大多数だと予想できる。パニック状態に陥った春は頭の中が真っ白になった。


「いきなりごめん。呑み込めるわけがなかったよね。僕は島原 健太。公的機関の人間ではないけど、君達を助けるためにやってきた」

「たっ助けて!! 助けてくださいよ……!」


 目にいっぱいの涙を浮かべながら。異形の者達に勝利するビジョンを見い出せず、会ったばかりで素性も知らない島原に縋るしかなかった。


「もちろんだ。ただ、他に生き残ってる子も助けたい。ゆっくりでいいから状況を説明してくれない?」


 島原に宥められ、近くにあったプレハブ小屋へ。島原は持ち込んだ物資をここに保管しており水と食料は豊富にあった。乾パンを水で無理やり胃の中に押し込み、一息ついたところでここまでの事を島原に明かした。

 

 島に向かう船の中で凶暴化した動物に襲われ同級生の大半が死んでしまった事。

 その後生き残ったメンバーがフィリップに撃ち殺された事。

 どうしてか生き返り、謎の異能力を手にしていた事。

 その力を持ってしても夏美は死んでしまった事。


「そうか、ありがとう。残っているのは他に冬弥くん、千秋さん、玲於くん、彗星くん、そしてフィリップくんの5人か。ただ話を聞く限りだと全ての黒幕はフィリップくんって考えられるよね? 君達を撃ったのも、皆を2人1組で島の各地に分けたのも彼だ」

「……そういえば、島原さんは俺の話を聞く前からフィリップの名前を知ってましたよね。何か……あるんですか?」

「ああ。僕は元々フィリップくんを追っていたんだ。諸事情で“イシバシ”という姓を持つ人物を片っ端から調べていた時に彼を見つけた」


 羽衣を掴みながら俯いていた。様子からして触れたくない過去があるのだろうと察した春は何も言わず次の言葉を待った。


「彼の家庭環境についてだ。産まれて間もなく父親が失踪。そして1年前、母親が死亡。当時の報道記事によると強盗殺人らしい。確かに金目の物は消えていたんだけど目撃情報は一切なし。そして現場にいたはずのフィリップくんは全くの無傷……であるにもかかわらず彼の血液が現場から発見された。事件発生以前の出血だと結論づけられたみたいだけど、これって身に覚えがないかな?」

「え? 1年前の事件に身に覚えなんて…………まさか!?」

「そうだ。推測だけどフィリップくんは母親に殺されたが『色』の力を手に入れ生き返り、逆に母親を殺した。それを強盗の仕業にしたんだ。1度死亡したが無傷の状態で蘇る。まさに今の君達と同じなんだ」


 色の力。春や夏美も手に入れていたが肝心の春自身がなんの情報も持っていなかったため島原に問うしかない。


「俺も『色』の力を手に入れてますけどどうしようもなく弱いんです。ナイフを出すだけって……この力ってなんなんですか!?」

「さっき僕と会った時に手にナイフを持ってたよね。だとしたら……敵意を持つんだ。復讐の意思、でも良い。とにかく敵を憎んで恐怖心をできるだけ少なくしてみて」


 言われた通り、夏美を追い詰めた動物達を思い浮かべ怒りを募らせた。なぜ襲われなければならないのか、なぜ夏美は死ななければならなかったのか。自分の無力感を押さえつけ、他のものに責任を押し付ける。自分は悪くない、悪いのはあいつらだ。そう考え敵意を抱いた途端、春の足元に武器が3つ現れた。

 先程も持っていた短いナイフ。大きく美しい刀剣。細い切っ先が眩しく光るレイピア。


「出た、出た……出た!」

「やっぱりね。それじゃあ行こうか。これなら戦えるでしょ?」

「え、ちょっといきなりですか!?」

「時間が惜しい。危なくなったら僕がなんとかするからさ」


 こうして半ば強制的に動物狩りへと引っ張られていった。


 *


 横転したフェリーの船首に立ち、曇り空を虚ろな瞳で眺めるのはフィリップ。ここで皆の帰りを待っていた。


「父さん……僕も早くそっちに行くよ。今まで母さんには女として育てられてきたけど……やっぱり僕は、父さんみたいな男になりたい」


 会った事のないはずの父へと思いを馳せる。希望に満ちた声色だが彼のやっている事は邪悪そのものだ。


「大好きな僕が死ぬことも『予見』していたんだよね? だから大好きな僕が死んでも蘇るようにこの力を仕込んでおいたんだよね? だから……僕も大好きなクラスメイトを殺して、蘇らせたよ」


 フィリップは銃弾に『白』の力を込めていた。彼の持つその力によって春や他のクラスメイト5人は生き返った。フィリップが求めるものは歪な平和。


「大丈夫、皆一緒なら怖くない。皆……1回死んでみたらいいんだ」

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