表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/75

第05話 二つの足音

日が落ちるのは、あっという間だった。


夕飯のあと、リルと一緒に家の前で星を眺めていた。

澄んだ空気。虫の声。遠くでかすかに聞こえる焚き火の音。


「星、きれいだね」


リルがぽつりと呟く。

その横顔には、森で初めて出会ったときの影はもうない。


「うん。前の世界では、こんなふうに見えることなかったな」

「“前”って、ユイの生まれたところ?」

「……うん。もう戻れない場所だけどね」

「そっか。でも、こうして会えたの、よかったなって思うよ」


リルがそう言って、ふっと微笑んだ。

その笑顔は、あたたかくて、少し切なくて、僕は何も言えなかった。


◇ ◇ ◇


その夜のことだった。


村の裏山の方から、何かを引きずるような音が聞こえた。


ギィ……ギィ……


静かな夜には似つかわしくない、重たく、湿った音。


僕は寝床から身体を起こし、そっと扉を開ける。


風がない。

草が揺れていない。

――また、あの日と同じ“空気の止まり方”だった。


「……来たか」


直感だった。でも、間違いなかった。


僕は玄関に立てかけてあった木の棒を手に取り、音のした方へ歩き出した。


◇ ◇ ◇


家畜小屋の前。

見覚えのある羊の毛が、地面にぽつぽつと落ちている。


鼻をつくような匂い。

土をえぐるような、爪の跡。


そして――


ガサッ


音がした。


視線の先、茂みの奥で光る目。

月明かりに照らされたその姿は、明らかに“この村のものではない”。


異形の魔物だった。


四足で這い、体毛はぼさぼさに逆立ち、牙のようなものが光を反射している。

けれどその身体は、どこか不自然に痩せ細っていた。


「……飢えてるんだな」



魔物が動いた瞬間、僕は足元の石を拾って、ためらいなく投げつけた。


ゴッ!


石が命中した場所から、黒い液体が飛び散る。


「村に、入らせるわけにはいかない」


その言葉と同時に、僕の身体が反応していた。


何かが、内側からふつふつと“目覚めて”いく。

視界が冴える。

空気の流れ、枝の角度、すべてが脳に刻まれる。


魔物が跳んだ。


でも、僕の動きはそれより速かった。



――光が走る。


僕の手のひらから、一筋の光が閃き、魔物の動きを止めた。

静かに、それでいて鋭く、目の奥まで突き刺さるような“結界”の糸。


魔物は地面に崩れ落ち、二度と動かなかった。


◇ ◇ ◇


翌朝。

村では、誰も何も知らなかった。


消えた魔物の痕跡は、夜露に消され、何も残っていない。

けれど僕の手には、あのとき魔物に放った光の“痕”がうっすらと残っていた。


リルが心配そうに覗き込む。


「ユイ、なんか疲れてない?」

「ちょっとね。夜、星を見すぎたのかも」


嘘ではない。でも、すべてでもない。


僕はまだ、自分の“力”の正体を知らない。

けれど、それが人を守るためにあるのなら、使い方は自分で決めようと思った。



夜の静けさが破られたあの日から、

村には見えない足音がひとつ、増えていた。


そして僕もまた、その足音に気づかぬふりをしながら、

静かに歩き続けていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ