第04話 風の予感
その村で暮らし始めて、三日が経った。
「暮らす」と言っても、本当に住みつくつもりではなかった。
ただ、リルの怪我が完全に癒えるまでは、とどまる理由があっただけだ。
けれど村人たちは、そんな僕に何の疑問も抱かず、当たり前のように居場所を与えてくれた。
朝には井戸から水を汲み、
昼には畑を手伝い、薪を運ぶ。
それは、どこにでもある“ただの暮らし”。
戦う力も、冒険の目的も、派手な魔法もない。
でも、そこには静かな安心があった。
「ユイ、今日も一緒に畑、来てくれる?」
リルが笑顔で僕の袖を引く。
あのとき森で出会ったときの、泣きそうな顔とはまるで別人だ。
「うん、行こう」
僕は自然と微笑み返す。
自分でも、こんな表情ができるんだと驚くほどに。
畑は村の外れにある。
土は柔らかく、日当たりも良い。
リルは小さな手で草を抜きながら、土の中に眠る命に優しく触れていた。
「大根、もうちょっとで採れそうだよ。おばあちゃん、きっと喜ぶね」
「そうだね。収穫できたら、一緒に料理しようか」
「うんっ!」
会話のたびに、リルの目がきらきらと輝く。
まるで、あの日の傷なんて存在しなかったかのように。
午後になり、太陽が少しずつ傾きはじめる頃――
ふと、空気が変わった。
風が吹かない。
木の葉が揺れない。
空の音が、ふっと止まったような気がした。
何かが、どこかで、息をひそめているような。
「……なんだろう、急に静かだね」
僕の言葉に、リルも周囲を見回す。
「……ね。なんだか、変な感じ……」
空は晴れているのに、体の奥にだけ冷たい感覚が残る。
直感というには曖昧だけど、でも確かに――“何かが近づいている”。
◇ ◇ ◇
その夜。
村の外れで、家畜が一頭、忽然と姿を消した。
小屋の鍵は閉まっていた。
足跡もなかった。
血も、争った痕も、なにひとつ。
「おかしいね……盗まれたのかな?」
「いや、この辺に盗賊なんて……」
村人たちはざわつき、戸惑っていた。
でも僕の中には、静かに確信があった。
――これは、偶然なんかじゃない。
◇ ◇ ◇
「ユイ、なんだか最近、空気が変じゃない?」
夕食のあと、リルがそっと言った。
湯気の立つお椀を両手で包みながら、不安そうに僕を見上げる。
僕は少しだけ考えて、うなずいた。
「……うん、僕も感じてた。何かが、近くにいるような気がする」
「こわいのかな、それ」
「……わからない。でも、大丈夫。何かあっても、僕がいるから」
言葉に、確かな根拠なんてない。
でもリルは、安心したように微笑んだ。
「ユイがいると、なんか安心する。……不思議だよね」
その言葉が、少しだけ胸を熱くする。
静かな日々が続くと思っていた。
誰にも気づかれず、誰かを癒しながら生きていけると思っていた。
でも、世界はそんなに都合よくできていないらしい。
僕の“静かな暮らし”に、最初の揺らぎが差し込んだのは――この日だった。