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第03話 村

リルを背負って森を抜けたのは、夕暮れ時だった。


木々の隙間から差し込む橙色の光が、二人分の影を長く伸ばす。

足元には湿った土の匂い。鳥たちの鳴き声も、どこか帰り道の音に聞こえた。


「……あった、村だよ……あそこ……」


リルが指さした先、丘の向こうに小さな集落が見えた。


粗末な木の囲いに、いくつかの古びた家屋。

煙が上がる煙突が、ぽつりぽつりと並んでいる。


その光景は、どこか懐かしくて、

僕は知らないはずの景色に、胸がきゅっと締めつけられた。



「ありがとう、ユイ……助けてくれて……。

……なんで、わたしを助けてくれたの?」


リルの問いは、素直な子どもらしさの中に、不思議な重さを持っていた。


僕は少しだけ立ち止まり、森の風を感じながら言葉を選んだ。


「……そこに君がいたから、かな」


本当に、それだけだった。


そしてそれはきっと、誰かに言ってほしかった言葉。

でも、誰も僕には言ってくれなかった。

だから今度は、自分が“言える側”になりたかったのかもしれない。


◇ ◇ ◇


村の入口に足を踏み入れた瞬間、数人の大人たちがこちらに気づいてざわついた。

リルの姿に駆け寄ってくる人、僕を警戒する人、その視線が一斉に集まる。


「リル!? 無事だったのか!」

「どうして一人で……? 怪我は!?」

「この人が、わたしを助けてくれたの!」


リルの言葉に空気が変わった。

さっきまで僕を警戒していた目が、少しずつ柔らかくなっていく。


一人のおばあさんが、僕の手を握って深々と頭を下げた。


「助けてくださって……本当に、ありがとうございました……!」



僕は何も言えなかった。

その手のぬくもりが、どこか信じられなくて、ただ黙って首を振った。


――こんなふうに、誰かに感謝されたのはいつぶりだろう。

いや、きっと、生まれて初めてだった。



その夜、僕は村の集会所のような建物に泊めてもらうことになった。


温かい食事が出され、湯を沸かしてもらい、毛布にくるまれる。


「ゆっくり休んでくださいね」

「明日の朝、ごはんを用意しておきますから」


誰も僕の“正体”を問わなかった。


どこから来たのか。なぜこんな場所にいたのか。

性別は? 種族は? 魔力は?――そんなことは誰も聞かなかった。


ただ「助けてくれた人」として、僕はそこに迎え入れられた。


◇ ◇ ◇


夜。

一人、寝台に横たわりながら天井を見つめていた。


木の板に刻まれた年輪のような模様が、揺らめく明かりの中で静かにゆれている。


――僕は、ここにいてもいいのだろうか。


そんな疑問が頭をよぎる。


けれど同時に、あの“ありがとう”の言葉が、胸の中で何度も反響していた。


名前をもらって、生まれなおして、

誰かに必要とされて、感謝されて――


それはきっと、僕にとっての“再生”だった。



「……おやすみ、リル」


声には出さず、そっと心の中で呟いた。


窓の隙間から吹き込む夜風が、木の扉を優しく鳴らす。

その音はまるで、僕に「おかえり」と言ってくれているようだった。


◇ ◇ ◇


そしてその夜、村の人たちの間で、ひっそりと噂が流れ始める。


――森の中で傷ついた少女を、ひとりの旅人が救ったらしい。

――その旅人は、どこか“人間じゃない”雰囲気をまとっていた。

――もしかしたら、神様の使いかもしれない。


そんな噂はまだ、村の外に出ていない。

けれど、風が吹けば、やがて遠くへと届くだろう。

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