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第02話 少女

光が弾けたあとの感覚は、言葉ではうまく言い表せない。

まるで深い眠りから、少しずつ意識が浮かび上がってくるような――そんな感覚だった。


ゆっくりとまぶたを開けると、青空が広がっていた。



空は、見たこともないほど澄んでいて、

雲ひとつない……、

いうならば、穢れのないキャンバスのように、どこまでも続いている。


頬に触れる風はやわらかく、草の匂いが懐かしく感じられた。


「……ここが、異世界……なのかな」


僕はゆっくりと起き上がり、まわりを見渡す。


背の高い木々が並ぶ静かな森。

鳥のさえずりが遠くで響き、小さな昆虫が草を揺らしている。


太陽は東の空、朝日が差し込む森の中。

けれど、そこには不思議と静寂があった。


冷たい草の感触、湿った土の香り。

すべてが“本物”で、すべてが“ここに生きている”。


僕はこの世界に、確かに“存在”していた。



「……ユイ、か」


そっと口にしてみる。

静かな空気の中に溶けていくその名前は、少しだけ僕を肯定してくれるような気がした。


誰にも与えられなかった、でも自分で選んだ名前。

それが、こんなにも優しく響くなんて。


性別も、役割も、常識も――何も決まっていない。

“ただの僕”として、生きていくことが許されたこの世界。


僕はゆっくりと立ち上がり、森の中へと歩き出した。


◇ ◇ ◇


あてもなく歩く道。

だけど、不思議と不安はなかった。


むしろ、この静けさが心地よかった。


遠くで小川のせせらぎが聞こえる。

木々の隙間から差し込む光が、まるで道案内のように地面を照らしている。


「……すごいな」


思わず漏れた言葉。

目に映るすべてが、新鮮で美しかった。


そんなときだった。


「……う、ぐっ……!」


かすかに、苦しげな声が聞こえた。


森の静寂を切り裂くような、微かな叫び。

僕はとっさに声の方へ駆け出した。


茂みをかき分ける。

乾いた枝がパキパキと折れる音が、緊張を煽る。


その先で、ひとりの少女が倒れていた。



服は破れ、腕に深い傷を負っている。

肩を震わせ、目には涙の跡。

土の上に倒れ込んだその姿は、明らかに限界だった。


「大丈夫!?」


慌てて駆け寄り、少女の手を取った瞬間――

僕の中で、何かが静かに“動いた”。


言葉にはできない、でも確かに感じた。

内側からあふれるような、温かい光。


その光が、少女の腕に流れ込んでいく。


傷が、ゆっくりと閉じていった。


「……うそ……傷が……」


少女が目を見開き、僕を見上げる。

目は赤く腫れていて、声はかすれていた。


「あなた……だれ……?」


「僕は……ユイ。通りすがり、かな」


そう言うと、少女はほんの少しだけ微笑んだ。


それは、泣き疲れた心がふとほぐれたような、

弱々しくも温かい笑顔だった。



「名前、聞いてもいい?」


「……リル。リルっていうの。村から逃げてきたの。……お父さんもお母さんも、魔物に……っ」


言葉の最後は、震えて消えていった。


僕は何も言わず、その手をそっと握った。



「大丈夫。君は、もう一人じゃないよ」


それはきっと、自分自身に言い聞かせるような言葉だった。


この世界で、最初に出会ったのが助けを求める誰かだったこと。

それは、きっと偶然なんかじゃなかった。


助けられなかった人がいた過去。

助けを求められなかった自分。

それを超えて、手を差し伸べることができた今。


――それだけで、きっと、この世界に来た意味があった。



そしてこの日から、僕の“生き方”は、少しずつ世界に痕跡を残していくことになる。


本人だけが、それに気づかないまま――。

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