ピチョンときなこ
ピチョンは、モテると思って髪を伸ばしている。
ピチョンと言う名前は「雨」という意味だ。
生まれた時にちょうど雨が降りはじめたからそう名付けられた。
大概どこの国、どこの地域でもネクロマンサーの名前は生まれた時の天気に由来するらしい。
父の名前は「雨」、母の名前は「霰」の意味を持つ。
近所の弟分「ジュビア」の母は、元旅人だが、知る限りはどこでもそうだったと言う。
そしてジュビアという名前も「雨」という意味だし、ジュビアの父の名前も「風」と言う意味だ。
ピチョンには姉が2人居り、それぞれ「曇」「晴」を意味する名前を持つ双子で、つまり、ユンとサンである。
……姉、と言っても、色々あって成長期に栄養不足が続いて、無性別化したので、見た目は女にも男にも見えるのだが。
無性別化は、人間というモンスターには、それほど珍しいものでは無い。
男子の無性別化には「コロ」という通称もあるほどだ。
成長期に1週間ほど栄養不足が続く事で体の変化が始まり、無性別化が始まると、成す術は無い。
珍しくない事ではあるが、良い事でもない。
不作に見舞われた村の子供たちがすべて無性別化し、子供たちが大人になった時にその子供ができず、村が滅んだと言うような逸話も実しやか語られるので、成長期の栄養摂取は本当に大切である。
ユンとサンは、ピチョンが物心ついたくらいの頃は確実に姉だったし、本人たちも女子を辞めたつもりは無いらしいので相変わらず姉と思っている。
姉たちは実家に帰って来ない。
実家が嫌だという事では無く、2人が旅人とはそういう物だと思っているし、帰って来る途中で迂闊なサンがまた死ぬかも知れないと母が心配しているからだ。
その代わりに、しっかり者のピチョンが姉の様子を見に行く。
2人に対して特に思い入れは無いし、未だに赤ちゃん扱いされるので少々煙たいまであるのだが、ピチョンは姉たちに会いに行く。
姉たちは、各地を転々とし、かなり遠くのゴーストタウンに根を下ろした。
またそのうち、別の所に行くのかもしれないが、今のところは旅の終わりと思っているようだ。
馬で向かうと行くだけで6日は掛かるだろうが、ピチョンは半日とかからずにたどり着く事ができる。
なぜかといえば…………。
……その始まりとなるのは、8年ほど前だろうか。
【ファルコン】という、人間と友好関係にある犬型モンスターがいる。
人型モンスターに【人間】や【ゴースト】と複数種いるように、犬型モンスターにも複数種いる。
ファルコンはその中の一種で、空を飛ぶ事ができる珍しいモンスターだ。
姉たちが実家を出て何年か経った、ピチョンが15歳の頃、1頭の黄色いファルコンの少年がピチョンの住む村・カサスにやって来た。
人間と犬型モンスターは基本的に共存するものなので、ファルコンは普通に住み始めた。
彼は風呂が好きで、風呂屋で掃除をする代わりに、風呂に入らせてもらうなどして、寝泊まりは馬小屋に間借りしていた。
ピチョンも最初は普通にご近所付き合いをしていたのだが、実は同い年という事がわかり、急激に仲良くなった。
ファルコンの名前は「きなこ」。
きなこには「おもち」という名前の兄と、「おかき」という名前の姉がいる。
2頭はきなこが小さい頃に親元を離れた。
ある程度成長したら、新天地を求めて飛び立つ。
それがファルコンというモンスターの標準的ライフスタイルであって、特に2頭に思い入れは無い。
ピチョンときなこは、お互いの生い立ちが、……上の兄弟に特に思い入れは無いが、ずっと家族で居たい気持ちがある事を含め、お互いに似ている気がして、種族を超えた親友になった。
ふたりが仲良くなると、ピチョンの弟分のジュビアは、兄貴がきなこに取られたと泣いて嫌がったが、きなこの背中に乗せてもらうと、一瞬で機嫌を直し、
「きなこ、きなこ!」「ふわふわでかわいい!」
になった。
きなこは、モンスターを狩ってそれを食べながらその日暮らしをするよりも、両親がそうしていたように、人間を運んで報酬を得ながら人間のコミュニティで暮らしたいと考えていた。
「がうがう!(お金持ちになってうちの風呂屋をもっとデカくする!)」
「本業は風呂屋の看板犬なんだね……」
親友のピチョンは、きなこタクシーの客・第一号となった。
両親やジュビア親子、風呂屋ファミリーと馬小屋の代表、たまたまそこに居た観光客らに見送られ、ふたりはユンとサンを探す旅行に出かけた。
……この時。
ピチョンは"死霊たちの目撃情報を辿れば容易に見つかるだろう"、"きなこも数種類の空のモンスターと多少の意思疎通ができるし、大丈夫だろう"と、高を括っていた。
しかし世界は広かった。
オケサを巻いた小柄な双子のネクロマンサーを見たか尋ねても、死霊達は「人間はいっぱいいるからいちいち覚えてない」というような反応だった。
「それよりも自分の話をきいてくれ」という感じなので無視してその場を後にした。
そのうちに、
「死霊の溜まり場になっていた家に、神器を持ったおそらく兄弟であろう、2人のネクロマンサーがやって来て、立ち退きを迫られ、反抗した死霊は次々と始末された。
自分は逃げたので助かった。」
という死霊に出会った。
一緒にきなこに乗ってもらい、街の方へ向かいながら、雑談をしているうち、何に満足したのか死霊は天に昇った。
きなこは霊感が強い方の犬では無いので、ピチョンが死霊とやりとりしている間、何をしているのかずっとよくわからず、
「ファルコンに乗れて感動だって〜」
と言われて、適当に「わっふ」と返事をするなどしていたが、死霊が消えた時はフッと体が軽くなったのでわかった。
街に降り、大きな通りを散策していると、突然ピチョンがオケサを掴まれ、
「あなた、ネクロマンサーですよね!?」
と、生きた人間に縋り付かれた。その血走った目に、異常事態を察したきなこが
「ガゥフ!!!!!」
ひと吠えして、ピチョンに縋り付く人間を怯ませ、ピチョンを回収して、飛び上がった。
そのままふたりは危険な街を後にした。
「都会は怖いや……ねえ、きなこ。」
「がぅ、がうがう(いや、都会がみんなこうじゃないでしょ)」
その後、双子の情報は途絶えた。
代わりに、きなこが意思疎通できる数種の空のモンスターから、背中に黒いぶちがある白いファルコンの目撃情報を得た。
どうやら、きなこの兄、おもちである可能性が高く、ふたりは一旦、白いファルコンのもとへ飛んだ。
おもちは、モンスターを狩って暮らしていた。
オラついた暮らしである。
彼は女のファルコンを3頭侍らせており、既に1頭子供がいた。
きなこは、おもちファミリーから大歓迎された。
おもちに、これからモンスターを狩るのでご馳走すると言われたが、「ちょっと寄っただけだから」と断り、そそくさと飛び立った。
「また来いよな!」と見送られたものの、
「がう……がう…………(おもちってあんな感じだっけぇ……?)」
と、ぶつぶつ言いながら、しょぼくれていた。
子供の時以来の再会を果たした兄は、思った感じとだいぶ違ったようだ。
「がう……くぅん……(やっぱ、ワイルドな男はモテるのかなぁ……?)」
「妻が複数ってファルコンにとっては普通なの?」
「がうがう、がう(モンスター狩って生活するならその方が良いって、両親は言ってたけどぉ)」
「それって、モテとは違くない?」
きなこは悩ましげに、がうぅと感嘆した。
飛びっぱなしだったきなこはお腹を空かせ、きなこほどでは無いがお腹を空かせたピチョンと共に近くのゴーストタウンに降りた。
ピチョンは初めて見るゴーストの姿に驚いたが、ゴーストタウンは、汐風を受けて育った彼には心地よい湿り気だった。
きなこは、ゴーストが怖いのか、湿り気が嫌な感じだったのか、ストレスを感じたらしく毛繕いをした。
ピチョンはきなこをワシワシと撫でた。
人間とゴーストは同じ、犬と共存できる人型モンスターだが、実は犬型モンスターは、ゴーストとは会話ができない。
ピチョンが酒場をあたり、ファルコンを入れてくれる店を見つけて、ふたりはようやく食事を摂る事ができた。
情報を収集するなら酒場が良い、という考え方がある。
酔っ払いは口から軽いからだ。
2人は酒を飲まないので、木の葉で作った炭酸を飲みながら、きなこは肉っぽい物、ピチョンは草っぽい物を食べた。
このゴーストタウンではファルコンは勿論、人間も珍しいらしく、よく話しかけられた。
酒場の店員が机を寄せて、きなこのスペースを作ってくれたのは、ファルコンを店に入れて、物珍しさにやって来る客を呼ぶ為だったのでは、とふたりはうっすら気付いたが、情報が集まってくるのでピチョンは助かった。
きなこは風呂屋の看板犬を買って出る程度にチヤホヤされる事が好きなので、さっきの毛繕いは何だったのか、上機嫌でゴーストに撫でられていた。
さて。
ゴーストたちからの、
「ネクロマンサーに因んだパワースポットがある」
という情報をもとに辿り着いたのは、"10年前に"双子が住んでいた町だった。
ピチョンは、のんびり村暮らしをしているうちに、10年も2人の姉と会っていなかった事に衝撃を受けた。
ついでにパワースポットに行きたがったゴーストを2人運んだので、おひねりを貰った。
その町では、雲の意匠の上品な色合いのオケサが、ピアノにかけられた状態で発見された。
間違いなくユンの物だ。
ユンが生まれた時に村の年寄りから受け継ぎ、カサスを出る時もしっかり巻いていた物だ。
オケサは、カサスなど北の地方のネクロマンサーが、最上の感謝の証として客から贈られる服飾品だ。
作るのには相当な時間が掛かるし、オケサ職人も居ることは居るが、買えば相当値が張る。
人生で1本貰えれると嬉しい、くらいの代物だ。
贈られたオケサは、年寄りとなった時に、村に生まれた子供に託す。オケサを受け継いだ子供は、ずっとそれを大切にする。
子供が成熟する頃、オケサは強力な死霊避けの守りとして完成する。
そのオケサを誰かに贈ることもまた、最上の感謝の証なのだ。
救われた心が巡り巡って、誰かを救う。
そういう物だ。
都会は怖い。まさか、盗難……と、ピチョンの脳裏に恐ろしい予想が浮かんだが、ピアノの脇に設置された看板に、
[プリシーラの魂を天に送るためには、66日もの時間を要した]
[浄霊を助けた者への感謝と、プリシーラへの鎮魂の願いを込め、魔除けの装束をピアノに掛けた]
と、しっかり経緯が書かれていた。
ユンのオケサは町興しのタネになっていた。
運んで来たゴーストたちと別れ、ふたりはご当地グルメである【プリシーラのサンドイッチ】を食べる事にした。
店の外に置かれたメニューの黒板を見ながらピチョンは溜息をついた。
「"死霊のプリシーラは、毎日ユンに野菜がたっぷり入ったサンドイッチを作ってあげ、2人はピアノの練習に精を出しました"って何やってるんだユンの奴は」
「ウォーーン?(おれの兄は妻が3頭だよ?)」
「まあ、それより変な事はしてないか…………。」
ピチョンはえび入り、きなこはチキンの、野菜たっぷりサンドイッチを選んだ。
ピチョンは、確かにこれなら毎日食べたい!というくらいに気に入っていたが、きなこには物足りなかったようで、もっとがっつりした物が食べたいと、別の屋台でシンプルに焼いた肉を食べた。
3軒当たってみたが、ファルコンが泊まれる宿が無かったので、ふたりはのんびり町を散策した後、犬OKという風呂屋に入り、橋の下で野宿した。
次の日、神器を持ったネクロマンサーと生ける屍に、砂漠で会った、と言う人間が現れた。
2人は砂漠へ飛んだ。
町へと飛ぶうち、急に温度か上がった事をきなこは感じた。
同時に、背中に座っていたピチョンの体勢が崩れるのが分かった。
「がぅ……がう(ピチョン、どうかした?)」
「引き換えそう、きなこ……」
ピチョンは、きなこの背中で苦しげに呟いた。
「ここは、……熱いし、かっ……渇きすぎてる……とてもユンとサンが、生活できる………………」
もう喋る事すらままならない。
きなこは、急いでじめじめで涼しい場所を、求め、暗い森へ向かった。
そこにはゴーストタウンがあった。
暫くピチョンはきなこの背中でぐったりしていたが、そのうちに元気を取り戻した。
人間には、それぞれに生活に適さない土地がある。
今回、突然その環境に晒されたピチョンは、突然体に不調が現れた。
そして、すぐに快適な環境に運ばれた事で、事無きを得た。
嘘の情報を掴まされたに違いない。
もし、ユンとサンが水場を頼りに砂漠の方へ徐々に近づいて行ったなら、多少体は慣れるが、逆にその所為で気付かぬうちにゆっくりと、暑さと渇きに蝕まれる事になっただろう。
……おそらくは、生きた肉体を持つユンの方が先に倒れ、そこでやっと、土地が体に合わないと気付く。
それから、サンの足でなんとか生き延びて、このような安全地帯に入れたとしても、回復には、蝕まれたのと同じだけの時間がかかることだろう。
姉達が、そんな迂闊な行動をするとは思えない。
いくら、一回死んでる迂闊な姉とその双子と言えど。
ピチョンは肩を竦めた。
ふたりは大事を取り、今日は行動をやめて、宿に泊まって休む事にした。
馬小屋もあって、きなこも泊まれそうな、ちょっと外観の新しい宿を見つけた。
きなこを外に待たせ、ピチョンが宿に入ると、白い髪で、脚が無く、ふわふわと浮いているゴーストが受付で迎えてくれた。
大きな犬が一緒だと説明しつつ、……ふと。
カウンターの端の籠に入った、忘れ物が目に入る。
明らかに見覚えのある、太陽の意匠の刺繍が施された布だった。
サンが生まれた時に村の年寄りから受け継いだ、絢爛豪華な色合いのオケサに違いなかった。
「あの、それって……?」
「……ああ、それは。……昔、暫くここで暮らしていたネクロマンサーの子が忘れて行ったの。……とっても大切な物だそうだから、いつか取りに来るかもと思って…………あら、あなたも刺繍のマフラーをしているのね。」
一見シンプルなグレーのマフラーに見えるピチョンの首元の装飾品が、数色のグレー・水色・銀色の糸で美しい刺繍が施された、布である事に気づき、受付の女性はピチョンの顔をじっと見た。
女性の口許は笑っていたが、その目はどこか悲しげで、……ピチョンは彼女を素敵な人だと思った。
女性は何か言いたそうにしたが、それ以上オケサの話もネクロマンサーの話もせず、部屋と馬小屋の鍵を貸してくれた。
すぐにピチョンは外で待っているきなこの所に行こうとしたが、思う所があって、受付を振り返った。
「オケサは置き忘れたりしないよ。絶対。人の心が籠った物だから。
簡単に手放したりもしない。
…………ネクロマンサーがオケサを置いていったなら、感謝の印にわざと置いていった物だよ。」
女性は「サンちゃん」と呟いたかと思うと、ピチョンがその意味を聞き返す間も無く、突然泣きはじめた。
ピチョンは、姉の名前を呟いて慟哭する女が怖くなり、そろりと鍵をカウンターに返して、宿から出た。
親友が青ざめた顔で出て来た事に、きなこは焦る。
「キャン!?がうっ!?(何!?ピチョン!?どうしたの!?)」
「ここは駄目だ!!別の町に行こう!!」
それからピチョンは、きなこの背中に伏せて、長い事黙っていたが、ぽつりと、
「きなこの姉はどうしてるかな?」
と、呟いた。
きなこは黙った。
きなこは兄が、ああいう感じになっていたので、姉に会うのが怖くなっていた。
この数日で分かった事なのだが、
"ネクロマンサーの双子"の情報を死霊から得る
よりも、
"神器を持ったネクロマンサー"の噂を口にする生者の証言を辿る
方が、遥かに簡単に姉の情報が手に入るらしい。
例えば酒場で、
「神器を持ったネクロマンサーを探している。」
と言う。すると、
「そのネクロマンサーは"ユン"て名前だ」
「ユンは【龍】を神器で倒すんだってさ」
「友達が聞いた話だが、ユンは神器で蘇らせた双子の死体を連れ歩いているらしい」
「いや、あれは、商売のために死体っぽく見せる化粧をしているのさ」
「ユンの双子の名前は"サン"だ」
「俺の彼女はサンと知り合いらしいが、体はツギハギで肌が冷たかったらしい」
「ユンは他の神器持ちとも連んでるらしい」
「ユンの妻は占い師だ」
など、妙な情報まで出てくる。
どうやらそれ程、神器はキャッチーな存在だったらしい。
数日かけて、どうやら今はリュウモンという地域に住んでいるらしい、という情報を得たふたりは、湿った森に向かう。
「なんか緊張してきたな……。」
「がうがう(妻が3人いたらどうする?)」
「えー……きなこならどうする?」
「がう、がうがう(適当に理由つけて逃げる)」
「……だね。そうしよう。」
リュウモン上空までやって来たふたりは、見事に咲き誇るピンク色の花の塊を見つけ、その木の根元に降り立った。
ふたりは木を見上げて感嘆し、その全貌を見ようと周りを回る。
「がうるぅ……(見事なマグナスだね)」
「ここって、広場とか公園じゃ無いよね?」
「がうがう(ただの空き地?)」
ピチョンが何かに気づいて、「ねえ!」ときなこを呼ぶ。
「きなこ、あれ、【龍】の死骸じゃ……」
空き地の片隅の、硬質な何かが積まれているところを指差して、親友の方に振り返る。
と、きなことの間にはゴーストが浮いて居た。
足が無く、服から覗く腕や首は骨がうっすらと透けて見え、鼻から上は骸骨が剥き出しになっている。
赤い目の、いかついゴーストは、じっっ、とピチョンを覗き込む。
かと思うと、ピチョンを軽々と抱えて、近くの店に入ってしまった。
「ガゥッ!ガゥフ!!!」
きなこは急いでゴーストを追い、店に入る!
カンランカンラン、カンランカンランとドアベルが煩く鳴る。
ゴーストは店内の者達にピチョンを掲げて見せる。
「この人間、ユンとサンに似てない!?」
「ユンとサン!??」
ピチョンが驚いて声を上げる。
名前を出されたユンとサンは声を揃えて「え〜」と訝しげにココスキを見た。
そして、連れて来た人間を見て、暫し反論を試みたが、彼のオケサを見てはっと気付く。
「「ピーチャン!!??」」
「ユンとサン!!」
「ファルコンや!!」
「ピーチャン???」
「なに?ちょっと、鳥が入って来たの??」
「なぁ!ファルコンおるってぇ!!」
「わぅふっ(名前はきなこ)」
「もうっ!!みんな!!落ち着いて!!!」
店員達は、マスターの方を見て静かになった。
開店前のミーティングの途中、店の裏で何か音がしたので、ココスキが様子を見に行ったら、巨大な犬と、ユンとサンに顔がそっくりで、サイズ感はイスルギくらいの、髪の長い少年が居た。
少年はユンとサンの弟で、巨大な犬は、空飛ぶ犬・ファルコンだった。
ピーチャンとか、ファルコンとか言うので、鳥が入って来たのかと、ホウキを持ったオツボネが厨房から出て来た。
……と、そんなところだ。
マスターの厚意により、席を設けてもらい、3人の姉弟はソーセージシチューと炭酸を注文した。
きなこは机の脇で床に座り、イスルギから肉系の料理を奢ってもらった。
どうやら犬好きらしい。
ステージでは常連たちの身内のリュート発表会の準備が着々と進んでいる。
料理が運ばれ、席に着いた双子は、すっかり大きくなった弟を見ながら感嘆し、
「「ピーチャン……こないだまで赤ちゃんだったのに……。」」
と、一言一句同じ事を言った。
「何言ってるの。最後に会った時もう8歳だったでしょ!!」
「「そうだっけぇ??3歳くらいじゃなかった?」」
ピチョンは口を尖らせた。
きなこは開店早々にやって来た客たちに撫でられて機嫌良くしている。
ココスキと、サンの代わりにホール係をやっているイスルギも、客対応をそこそこにきなこを撫でている。
マスターとオツボネはピチョンときなこの来訪で生じた作業の遅れを取り戻そうと、また、ファルコンを見に客が来るかもしれないからと、真面目に厨房に籠っており、ヤマゼンは普段通りに機嫌良くグラスを磨いている。
「ねえユンて、ピアノ弾いてるの?それで、サンはホール係?バンジョーも弾かずに?」
「そうそう。バンジョーは休みの日に弾いてるよ。」
「私もホール係だよ。ピーチャンは今も三味線弾いてるの?」
「まあね。何年か前に暫く、北の方に習いに行ってたりもした。」
「ここのステージ、持ち込みOKだから、今度は楽器持っておいでよ。」
きなこをガシガシと撫でながら、ココスキがピチョンを誘った。
ピチョンは「じゃあ、その時はよろしく」と会釈した。
ユンがサンのシチューに手を出しており、そういえば、家に居た頃、サンは食べているうちに疲れて寝てしまって、ユンがサンの分まで一生懸命食べていたな、とピチョンに子供の頃の記憶が蘇った。
「私はさ、てっきりユンとサンは降霊術で生計立ててると思ったから、ネクロマンサー関係無い仕事してて、驚いてる。」
「「まあ…………ね。…………ねぇ〜っ。」」
双子は顔を見合わせて、うんうんと頷いた。
「今日は泊まってくの?宿は決まってる?」
「サンの家に泊まりなよ。で、サンは、私とイスルギの家に泊まればいい。」
「いや、ユンも私の家で良いだろ。4人くらいは寝れるよ。」
「がうぅ、がうっ……(大きいお風呂入りたいから帰る)」
泊まって行けという双子に、きなこが脇から口を挟んだ。
「だって。」
と、ピチョンは肩を竦めた。
10年ぶりに会った姉の家にいきなり泊まるのは、結構気まずい。親友が気を遣ってくれたことが、ピチョンにはわかった。
ユンとサンは、きなこにも都合があるか、と納得した。
「がうっがうがう(場所覚えたから明後日くらいにまた来るよ)」
「「「きなこ、天才!!?」」」
3人同時にびっくりされて、きなこはびっくりしながら「くぅん」と肯定した。
そういえば町から町への移動って、普通はあんなにスムーズに行かないんじゃないかと、今更気づいたピチョンだった。
夜も更け、きなこを風呂に入れるため、ふたりは店員たちと数人の客に見送られながら、ふわふわと浮いていき、物凄い速さで飛び去った。
そこに居た誰にも、飛んだ方向すら見えなかった。
ピチョンにはその時星が見えたと言う…………。
きなこの家(?)に帰り、マスターが「お風呂に入れてね」、とお土産にくれた"ポーション"なる謎の入浴剤を入れた風呂に入ると、ふたりの疲れはみるみる溶けて無くなり、ピチョンの目の前にちらついていた星も見えなくなった。
以来、きなこの力を借りてピチョンは姉に会いに行けるようになり、きなこは風呂屋の看板犬をしながら、色々な町に飛ぶようになった。
ピチョンの三味線がひくほど上達していて、姉達が弟の成長度にショックを受けるのは、また別の話。
[あとがき]
「コロ」の語源は「コロ妄想」
きなこは犬種でいうと、限りなくゴールデンレトリーバー。色もかなりゴールデンレトリーバー。
お風呂掃除は床や浴槽をたわしで磨いたり、外の落ち葉をブロワーのように吹き飛ばしたりもする。
だが、あくまでも掃除はお手伝いで、本業は看板犬である。
おすわりの状態ではピチョンより少し背が低く、体を伸ばすと3〜4人乗れる長さがある。