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ココスキとナカヨシ



マスターが3人の人間を雇った。


踊り子のイスルギ。

彼女はショーの前には楽屋で待たず、向かいの自宅から衣装を着てやって来て、店内で出番を待つ。

雇って1ヶ月程して、マスターに、


「費用は自分で出すから店の隅に小さなテーブルと椅子を置いて、控え室の代わりにしても良いか」


と聞いた。実際はもっと訛っていたが。


マスターは店の雰囲気に合った小さなテーブルと2脚の椅子を彼女のために用意した。

イスルギはそこで、ワンオーダー制で20分、恋愛相談に乗るという謎のビジネスを勝手に始めた。

見た目がそれらしいと言う事もあってか、中々客入りが良く、回転も悪く無い。


人型モンスターには恋愛が、恋愛には悩み事が付き物だ。


「知ら〜ん」「別れりゃ良かろうも〜」「ぎょ〜しか〜」


という語彙が、恋愛相談に乗る時のやつなのかは、いまいち不明だが。


踊りの方も良い。

濃いめのキャラ設定かと思われた元シャーマンという自己紹介は伊達ではなく、イスルギが剣舞をはじめると、暫くオバケが入って来ない。

思わぬ効能だ。


踊りの上手い下手は分からないのだが、見映えが良いと思う。

マスターは、ステージに上げるものについて、「上手いか下手かじゃなくて好きかどうかで判断すればいい。私はそうしてる。」と言う。

俺はイスルギのキャラ設定を気に入っているし、一緒に店を盛り上げる仲間という意識もあって、そもそも彼女が好きなので、これが正しい判断なのかは分からないが、身内贔屓込みで、


イスルギの踊りは、街一番を狙える。


月に1杯のソーセージシチューの賄いを目当てにやって来た踊り子は、残念ながらその権利を手に入れる事はできなかったが、客の奢りで月に2杯は食っている。



 

ピアノプレイヤー兼ホール係のユンは、"あの"プリシーラのピアノのネクロマンサー・ユン本人だ。

ピアノにかかっている刺繍の布について、「オケサ」という名前や、使い方や、謂れも教えてくれた。


ユンは、相当ピアノが好きなのか、楽譜を渡せば、疲れる事なくいつまでもピアノを弾ける。

ただし、死者蘇生を施した片割れの生命を維持するためだとかで、疲れはしないが、すぐにお腹を空かす。

サンのオバケ退治の大立ち回りがあった後は、てきめんだ。


厨房に入って行っては、客の残した料理を、絞ったレモンの皮や添え物の緑の草まで食べている。

ちょっと可哀想な奴だ。

厨房のオツボネは、ちびで良く食べるユンを気に入ったようで、ユンの食べそうな野菜くずや残飯を可愛くお皿に盛ってあげるなどしている。


……逆に至れり尽くせり、なのか?


大体何でも食べてしまうが、味覚はあるようで、オツボネがくず野菜にかけてあげるタレのレシピが変わると、ちゃんと気付いて感想を言うなどしている。

意外と気が利くようだ。


あとは、それを目当てにやって来たと言うだけあって、客がソーセージシチューを残すのを待ち構えている。


マスターは廃棄する物が減ったことを喜んで良いのか、悩んでいる。


俺は、ユンを"ネクロマンシーができるピアノプレイヤー"として認識していたのだが、ユンには


「死んだ家族を蘇らせてください!!」


みたいな人間の客が、月に1組くらい来る。

その界隈で名の知れた存在らしい。

……確かに。

ユンは神器使いで、双子の死体を連れていると、言われてみれば納得だ。


世界は一つしか無いように思えて、そこに生きている者は全員が別々の"層"のようなもので、それが重なり合って、はっきり見えたり、塗り潰されたりして、誰もが違う世界を見てるんだなという、すごく普通な事を今更、すごく思った。

ユンに「すげえネクロマンサーだったんだね」と言ったら、


「すげえネクロマンサーっていうのは、生きてるうちに手作りのオケサを2本貰うネクロマンサーの事だよ。」


と呆れられた。

ユンにもユンの世界がある。


条件さえ揃えば、ユンは降霊術で死んだピアノプレイヤーを降ろせるから、伝説的な奏者の演奏でも聞けるとサンが冗談を言ったことがあるが、マスターは半分くらい信じている。

"半分信じていない"理由は、レイゲンのじーちゃんが降霊術について、「できるのと使いこなせるのは違う。」と言っていたからだ。


また、オバケハンターとして雇われたわけでは無いが、オバケ退治の手練れでもある。




生ける屍のサンは、見た目が不気味だったが、慣れた。

人間なのにゴーストに対して言葉遣いが丁寧なのもちょっと妙な奴だと思ったが、2日目には普通に直った。


見慣れると、ベースが人間だけに愛嬌があるし、愛想も良いし、小回りがきいて邪魔にならないし、興味本位で生ける屍を見に来る客のあしらいも悪くない。


流石はマスターが3人のうちから選んだホール係と言うところか。

生ける屍が仕事に就くのは大変だろう、くらいの理由で選んでいそうな気が、しないでも無いが。


生ける屍を見ようと、怖いもの見たさでやって来た新しい客たちも、そのうち生ける屍に慣れ、来なくなる者も、定着する者もあった。


「不気味な店員が居る」と大声で文句を言う客も居たが、本人は気にしていない、……というか、慣れた様子で、別の店員(主に俺)に対応を代わらせて、無害な客をもてなす。


あまり酷く絡んでくる酔っ払いは、店の外に連れ出して、……まあ、店の外で何が起こっているのか、誰も詮索はしないが、チビでかわいいサンの事だ。

まさか、オバケでも死霊でもない、生きた人型モンスター相手に暴力的な事はしていない筈だ。

ネクロマンサーの不思議な術とかで上手くやり込めているのだろう。多分。




ーーーココスキ、心の手記。




リュウモンには人間もそれなりに住んでおり、店ごとに客層が違う。

人間とゴーストの客の割合は、店員の人間とゴーストの比率に寄る。

人間のピアノプレイヤー、人間の踊り子、人間のオバケハンターを擁する店としては、ブルー・サブミッションはゴーストの割合が多い。


「まあ、ここに人間を見にくるモンの中にはイスルギのファンもユンのファンもいるが、サンに会いに来てんのは俺くらいだ。」


ゴーストに絡まれたサンは「へへ……」と照れた。


「みんなそう言って励ましてくれる。ここに来るゴーストはみんないい人。」

「そうかァ……何か飲むか?」

「葉っぱの炭酸が良い!」


サンは客にツケて木の葉の炭酸を飲んだ。


サンが客のツケで飲み出したのは初日からである。

その躊躇無い奢られぶりに、当事その場に居合わせたスタッフ全員が若干引いたが、


『珍しいモンスターがいたら、お金を払ってでも餌やりをしてみたいと思う人は、居るんじゃ無いですかね?』


という持論を展開され、なんか可哀想になって今に至る。


ただ最近、ココスキは、サンが


"店員に酒を飲ませるコンセプトの店"


のようないかがわしい所に通っていた経験があるのでは?と、何となく思うようになり、客と乾杯して炭酸を飲み終わったサンに、直接聞いてみる事にした。


「サンて実は若い頃遊んだクチ?」


サンはヒュッと息を吸った。そして、ココスキを睨み、言い訳がましく言った。


「私は、真面目に考えてた!私なりに。」


ココスキは「うわ」と呟いた。


「思ったより業が深いな?きみィ。」

「……!」


ココスキに肩をバシバシ叩かれ、別に責められてもいないのに、墓穴を掘っただけでは?と気付いたサンは、しょんぼりとしぼんだ。

「どうかな?」とか「別に」とか、無難に受け流せば良かったのである。


ココスキはニタニタ笑っている。


「自分はどうなのさ?」


とサンに返されると「別に」と含みのある笑顔で流した。


ココスキは、自分をロマンチストだと思っている。


いつか運命の人と出会うだろうと信じていて、……とは言え、いつ、誰と、そうなるか分からないので、真剣な相手とは真剣に付き合い、遊べる時、遊べる相手とは遊ぼうと思っている。

女でも男でも。


親が「他人の良いところを見つけられるゴーストに」と願って付けたその名の通り、ココスキには人を好きになる才能がある。


サンがやさぐれ期だったくらいの年頃のココスキは、と言えば。

ちょっと不良っぽくて、ちゃんと悪友がいて、しかし、本当に悪い方へ行ってしまわないよう、導いてくれる奴も居た。

それなりにモテて、かと言って初恋の相手からは振られて、上手く遊んで、悪気なく二股をかけて刺されかけた事もあるが、楽しく過ごしていた。


それを、「普通だよ、普通。」と、彼は言う。


実の親とも特に不仲でなく、弟とは仲が良い。

別の場所で暮らすことに興味があって家を出た。

今もたまに長期休みを取って帰る。

マスターが「たまには帰ったら?」と言わなかったら帰らないかも知れないが。


都会嗜好があるという訳でもなく、珍しいものや知らなかったものに触れたくて、観光地やゴーストタウンをふらふらと旅して、マスターのソーセージシチューの美味しさに感動し、頼み込んでそのまま働き出した。


まだ幼さも感じられたココスキを、マスターは可愛がり、住む家が決まるまで一緒に住んでいた。


その頃は、マスターに加え、彼の養父・レイゲンも存命で、その弟子も居り、ココスキは4人で暮らしていた。

第二の実家である。

一応オバケ避けの護符作りも教えて貰ったが、マスターと同じく、素質が全く無かった。


人好きのマスターを、普通に好きになって、普通に尊敬して、"リュウモンの父"と慕っている。


そんなリュウモンの父は、今ではこの街を支えるネクロマンサーの1人に名を連ねるレイゲンの弟子のと、今でも2人で暮らしている。


男女の2人暮らしである。


2人と一緒に暮らしていたココスキだが、2人がどういう関係なのか、恋人では無いという事以外、ずっといまいちよく分からなかった。


マスターは彼女を人間3人と合わせた事がある。


なので、その中の1人・浮気調査探偵イスルギに、彼女とマスターはいつか結婚するだろうか?と私見を求めたら、「離れ難い親友って感じやね。結婚は難しい。」と渋い顔をされた。


以来、ココスキは、マスターの息子として、彼の家庭の味であり、彼の両親の遺産であるソーセージシチューの味を後世に伝えねばならないという、責任を、勝手にひっそりと背負っている。


そんな彼にとって、ブルー・サブミッションは特に大切な存在。居ると落ち着く、第二の実家その2だ。

……と思っているので、暇だとすぐ顔を出しに来るし、店に有益な者を雇い入れたいと思っている。




人間3人がリュウモンに来てから、数年が経ち、【龍】が出る頻度が上がった。


異世界では魔王軍の情勢が芳しくなく、送り込まれる魔物、つまり【龍】が増えているのだ。


で、あるというのに、門の近くに神器使いが住み始めた。しかも2人も。

その上、もともと【龍】の出やすいという土地柄、【龍】の死骸から削り出された武器の使い手もそれなりの数存在する。

マスターが子供時代の経験から発見した万能傷薬・"ポーション"を売り捌いている為、ポーションこと、【龍】の血を浴びて、強化されている者もその辺に居る。

門から出て来た【龍】が、それら【龍】の気配を感じ取ってリュウモンに向かって来てしまうという状況だ。


だが、やって来るのは神器の回収に躍起な【龍】や、異世界の生物を虐めたい【龍】だけでは無い。


正体を隠してこちらの世界の住人に力を貸す【龍】も居る。

そういう物たちによって、【龍】に対抗できる武器がそれなりに流通しているのだ。


異常にも、ここリュウモンでは、命懸けの【龍】狩りは、見る側にとっては、スリリングな娯楽と化し、今に至る。

やる方は毎回、命を削っているのだが……。



ある時、ユンが倒した【龍】をまじまじと見て、


「鍵盤て、もう変えられないの?」


と言い出した。


というのも、先日、【龍】と交戦した際、ブルー・サブミッションの壁に大穴が空いた。

そこからピアノに明るい自然光が当たる事になったのだが、ユンが鍵盤のうち、高い方から1オクターブ、低い方から2オクターブくらいが木だと気付いたのだ。

と、ともにそれ以外はどうやら本当に【龍】っぽいとも気付いた。



【龍】の死骸を加工するのは難しい。

とは言え、昔から加工する技術を持った者がいる事は間違い無いのだ。

だから僅かなりとも武器が流通していて、ユンは短剣、サンは短刀、マグナスもメリケンサックを手に入れた訳で。

イスルギなんて、剣をコレクションしている訳で。


……そもそも、ブルー・サブミッションのピアノの鍵盤を【龍】で作れた訳で。



噂をすれば影。


【龍】を加工する職人の親子がこの街にやって来た。


父親の名前は「エキドナ」

息子の名前は「ナカヨシ」


仲の良い親子で、エキドナは足が悪かったが、ナカヨシがよく気遣っていた。


マスターは加工職人の2人とピアノ職人を呼び、打ち合わせをした。


ピアノ職人は、白鍵はベースを木で作り、表面に【龍】のプレートを貼るのが良いだろうと言う。

1番低い音の白鍵の表面には何か芸術的な細工を施してはどうかと興奮していたが、「そういう物はやった事が無いから」と言われてしょんぼりしていた。


加工職人たちはピアノ職人が引いて来た図面と、木とモンスターの角で作られた見本を受け取り、説明を受けて、鍵盤のパーツを作り始めた。


工房に運びきれない【龍】の死骸の様子を、ナカヨシが毎日見に来た。


【龍】が普通の武器で倒せないように、【龍】の死骸もそのまま加工できるわけでは無い。

……【龍】でできた道具か、異世界の道具があれば別だが。

通常【龍】の死骸は、数日放置すると、唐突に脆くなり、砂のように崩れ落ちる。

その砂は、研磨には使えるが、脆くなった死骸では【龍】を倒す武器は作れない。


では、ナカヨシは毎日何をしに来ているのかと言うと、【龍】の死骸を布巾で水拭きしている。


「それは、ただの水なの?」


訊かれたナカヨシは、聞こえなかった振りをするか、無視するか、少し考えたが、応えた。


「ただの水だよ。」


死骸は店の裏にあるので、ナカヨシは毎日店の裏に来る。なので、ココスキも毎日彼に絡みに来た。


最初は、挨拶を交わすくらいで、ナカヨシが"絶対に話しかけるな"というオーラを出していたので、それ以上何か話したりもしなかったが、その張り詰めた空気にもそろそろ慣れたので、ココスキは対話を試みたのだった。


「濡らすのが良いの?それとも、儀式的な事?」


「聞いてどうするの?」

「知らないことがわかったら楽しいでしょ、普通。」


「水を通して、僕の魂を分け与えてる。そうしないと僕が加工できるようにならないから。」

「ほぉーん。なんか、オバケ避けの護符作りと似てるね。」


既にココスキと会話のリズムが合わないナカヨシだったが、ここで一層間をためる。


「きみ、モテるでしょ。昔からモテたし、今でもモテる。この先もずっと人から好かれる。」

「まあ、でも、今後の事はわからないでしょ。」


急に話が飛んで、ココスキはゆるく笑って肩を竦めた。

対してナカヨシは、初めて表情を崩し、侮るように目を細めた。


「……!!」


そのなんとも言えない影のある表情から、ココスキは気付いてしまう。

ナカヨシのポテンシャルに。


急に真剣な表情になる軽薄なゴーストを前に、ナカヨシは怯んだ。


「何?急に怖い顔して。」

「夜、ビア、つがない!?」


困惑したナカヨシは、声か吐息か、ギリギリの音で「はぁ?」と返した。


「この店は最高だけど、ひとつ問題を抱えてる。」

「……問題?」

「ビア注ぎ名人の、後継ぎが居ないんだよ。」

「ビア…………名人?」


ナカヨシの疑問符に「そう!」と元気にココスキ。


「ビアってのは、名人が継ぐと味が違うって聞いた事ある?いや、実際違うんだよ。俺やサンなんか論外だし、マスターにも真似できない。まあでも、誰が注いでも酔っ払えるから気にしない奴は気にしないよ?でも普通のビアと美味いビアがあったら、美味いビアを選ぶ奴が、来る店なんだよ、ここは。」


ココスキはバッ!とナカヨシを指差した。


「職人の息子、手が器用、でしょ?」

「まあ、そりゃあ……」

「それに、画になると思うんだよ。職人らしい張り詰めた雰囲気も良いし、何たって色気がある。きみ、」


ココスキは思い切り溜めて、


「良いよ!」


賞賛した。

ナカヨシは困惑。

そこにサンがやって来た。


「何、ココスキ、男口説いてんの?見境無いね。」

「そうだよ。ヤマゼンの弟子になって欲しいって口説いてるとこ。」

「急に距離詰められて怯えてるじゃん。」

「そんな事ないでしょ。」

「いや、あるよ?」


頷くナカヨシの側に立って、サンは「ほらぁ」と腕を組んで、ココスキを睨んだ。


「職人さんは繊細なんだよ。……ところで、ビアの注ぎ手は、普通のバーマンと違ってお客さんの相手はしなくてもいいって事は聞いた?ヤマゼンも殆ど喋んないし。職人さん向きだと思うんだけど、どう?」


助けに来たと思われたサンも切り口が違うだけで勧誘を始めた。


……いや、これには深い理由がある。


先日、ビア注ぎ名人・ヤマゼンのもとに旧知の仲である刺繍の護符職人がビアを飲みにやって来た。

その際、護符職人は有望な弟子を取ったと自慢したのだった。

それを受け、


「儂には弟子が居ない……」


と、ヤマゼンはしっかりめに落ち込んでいたのだ。

店員たちは、この翁には、機嫌が良いか、普通か、かなり機嫌が良いかくらいしか状態が無いと思っていたので、衝撃的な事件だった。



さて。

今ほどナカヨシを勧誘したサンだが、実はここに来る前に、ユン、イスルギと共にナカヨシの父・エキドナを訪ねていた。


親子のどちらかは【龍】なのではと、イスルギが言い出したからだ。


そして、とりあえず乗り込んだ。

エキドナは歓迎する様子で、3人を迎え、自分の正体を隠そうとしなかった。

ただ、人間形態を崩して、同じ形に戻れなくなる可能性を危惧して、【龍】の形態は取らなかった。

不自由な足を引きずって「お茶でも……」と、もてなそうとしたが、人間たちは申し訳なくて遠慮した。



「皆さんは、神器が何かご存知ですか?」

「中に魂が囚われた【龍】の死骸、みたいに聞いとるばい。」

「ええ。概ねは。それに加え、神器の素材は古い時代に存在した貴重な【龍】、中でも優れた個体です。その死体と魂を混ぜ合わせて造られた古代兵器なのです」


「「「こだい……へいき…………」」」


3人は、鉄砲水の様な情報の中から、最後に聞き取れた単語を復唱したが、意味はわからなかった。


「えぇと……昔栄えた文明が作った、今は素材も無いし、作り方もよくわからない、すごく大きい、強い武器です。それがばらばらになった状態が、お二人の手元にある物です。」

「ばらばらに?」

「はい。もともと一つの大きな武器です。」


2音の繰り返しである「ばらばら」「もともと」は、ゴーストにとって、無理と言っていいほど、難しい発音である。

人間たちは、これは間違いなく【龍】だな。と顔を見合わせた。

水晶玉と杖は、自分たちが去った後の世界の話を興味深く聞いている。


「僕は、神器の作り方を研究する物によって、2種類の【龍】を混ぜて作られました。

擬態能力を持った【龍】と、別の魔物の群に紛れて身を守る【龍】です。

多くの仲間達が突然捉えられ、殺され、実験の材料にされて、僕の様な新しい【龍】に作り変えられたり、……ただ殺されて終わった仲間もいます。

ヤツらは、僕達が裏切らないよう、いつでも殺せるよう、体内に破壊装置を埋め込みました。

動作確認だと言って殺された同胞もいます。

僕達を向こうの世界で、密偵として使うのが目的だったようです。」


「けど、こっちの世界に逃げて来たんやね。」


「はい。破壊装置から逃れられると望みを託して。

他にも門を目指した同胞が居た筈ですが、どれだけの物が門を通れたかはわかりません。

僕達は、……少なくとも僕は、同胞や僕の群れの仲間を、殺した奴らへの復讐のために、こちらの世界の住人に武器を提供し始めました。」


『私が見ましょう』


こちら側の世界に来てからの事ならば見えると、水晶玉がイスルギに声を掛けた。

エキドナの気持ちは理解に足るが、信用はできないと言う。

イスルギは、エキドナに水晶玉を差し出した。



ーーーーー

エキドナは、門を通り、こちらの世界に来る事は叶ったものの、【龍】の襲撃に合い、殆ど相討ちのような状態で、生死の淵を彷徨う事になった。

不幸中の幸いだったのは、この世界では、どうやら破壊装置が使えない、と知る事ができた事だ。


生き延びたエキドナは、何種類かのモンスターに擬態しながら、【龍】と闘うのに向いているモンスターを探した。

ーーーーー


「人間とゴーストは、神器を倒した種族に似ていたので、【龍】を倒す力を持っているだろうと思いました。」


ーーーーー

エキドナは人混みに紛れて暮らし、優れた狩人を見つけた。

自らの脚の1本を切断し、剣を削り出すと、その人の家の前に、プレゼントした。

そうやって何本か脚を失い、やっと、【龍】が一体倒され、エキドナは新たな素材を得た。

ーーーーー


「この時は、【龍】を倒す武器をこの世界に与える事が、使命であるように思っていた気がします。

最初は、擬態と潜伏の能力でゴーストに紛れていただけでしたが、生活を続けるうち、武器職人のゴースト・エキドナとして、暮らしに馴染んでいきました。そんな時に……」


ーーーーー

ホニャア〜!オア〜!と鳴き声がして、家から出ると、籠に入った赤ん坊が置き去りにされていた。

籠を覗き込むと、赤ん坊は泣き止んで、ぼーっとエキドナを見つめ返した。

エキドナは、赤ん坊の薄い頭蓋骨と、柔らかな頬に触れて、嬉しそうにぽろりと涙を流した。

ーーーーー


「この子は、僕が【龍】だと気付いた誰かからの、貢ぎ物や捧げ物の類だったのだと思います。なので、友好を意味するナカヨシと名付けました。」

「血の繋がった親でない事、ナカヨシの方は知ってるんですか?」


水晶玉の中のエキドナは、顔つきや髪の色、肌の色が今とは違っており、現在のエキドナとナカヨシは、どう見ても血の繋がった親子である。

その擬態の巧さに驚いた様子のサンの質問に、エキドナは黙って首を横に振った。


「気付いているのかも知れませんが、聞かれた事はありません。僕の種族的特徴がそうさせるのか、それもわかりません。ただ、母親を恋しがることはありました……。」


ーーーーー

『どうして僕にはお母さんがいないの?』

『……ある日、僕達の村は、悪い、悪い【龍】に襲われたんだ。……お母さんはね、村の、他の仲間たちといっしょに……殺されてしまったんだよ。……お腹に、赤ちゃんがいたんだよ。』

ーーーーー


水晶玉の中の2人のやり取りに人間たちは言葉を失った。

自分の脚を切り落として、対【龍】用の剣を作るほど、エキドナが思い詰めた理由に。

そしてナカヨシも、母と弟妹を失った兄として、それを背負ってしまっているだろうという事に。


かと言って、彼はエキドナの息子なのだから、それは確かな真実であるし、もう一つの真実である、「お前は捨て子で、自分は血の繋がった父ではなく、両親の事は、よく分からない」を伝えるのが正しかった、とは思えない。


だからと言って、気の利いた嘘で誤魔化してはいけなかっただろう。


「僕は長命な種ではありません。いずれ死にます。それまでに、息子を守る為の武器と、それを作るための道具を、あの子の一生を、守れる量を残したいんです。それが今、僕が武器職人である理由です。」


エキドナの思いに、ユンが神妙な顔で進言する。


「この街には【龍】が明らかに多く出るよ?ナカヨシを守りたいなら、この街を出た方が良いんじゃない?」


エキドナは首を横に振り、きっぱり「いいえ」と、ユンの案を否定した。


「この街に来たのは、【龍】狩りが娯楽と化している、いかれた街があると聞いての事です!」

「それを聞いてよく来ようと思ったな!?」

「考えてみてください、皆さん。


・【龍】が出る事を前提とした生活をし、【龍】を狩り慣れた者が居て、武器や道具の素材も容易に手に入る街。

・【龍】が数年に一回しか出ないので、武器は充分だが、勝てるかは分からない街。


2つのどちらが安全か……」

「「じゃあ、ここは比較的安全なのか……。」」


「それだけか?ここには神器使いやら、私以外にも【龍】剣コレクターもおるし、マスターが売り捌いとる【龍】の血を使っとる奴もおる。【龍】の気配のする奴が多いけん、そん中に息子を隠して、敵から見つからんようにしたいんやろ?……と、水晶玉が。」


水晶玉が、イスルギを囮にする気だ!と憤慨している。


「その通りです!こんなに良い土地は他に無い!!」


エキドナは爽やかに言い切った。



もう大人なのに、パパが子煩悩で、ナカヨシも大変だな、と思いつつ、好きな武器を何丁でもサービスすると言われたので、人間3人は、ナカヨシを気にかけ、守る事をエキドナに約束した。



……という、タイミングで、サンはココスキがナカヨシを口説く現場に鉢合わせたのだ。


ヤマゼンの後継者問題、ナカヨシの見守り、どちらにもアプローチできる、天才的な解決法がそこに示されていたのであった。



その夜。

ナカヨシが、夕食時の雑談として、ビア注ぎの跡継ぎの話をすると、


「【龍】剣を作ってると、【龍】に狙われやすいから、そのせいでナカヨシは人付き合いを避けてるんじゃないかと、お父さん心配してたんだ……。【龍】を殲滅した後の事を考えると、手に職があった方が良いし、神器使い達とその従者が居るお店ならお父さんも安心だよ!!」


と、父が涙ぐみながら大喜びしてしまい、引くに引けなくなってしまった。


かくして、ナカヨシは見習いバーマン「バーテン」として、ブルー・サブミッションに取り込まれ、【龍】加工職人として腕を磨きながら、ビア注ぎの訓練もさせられる事になる。


そして、こんなに【龍】の出る街で、一度も生きた【龍】に遭遇しないという、不思議な生活を送るのだが、それはまた別の話。


本当に、ビアの注ぎ手は気が向いた時以外客の相手をしなくて良かったので、そこは気に入っているようだ。





[あとがき]


ココスキがちょっとユンが苦手なのは、ほとんど共通点が無くて、掴めない奴だから。特に恋愛の事に一切関心が無い所が理解できなくて怖い。あと、"すげえ人"だから。

サンは恋愛をするので親しみやすい。本人達は知らないが、関係が終わったはずの女から刺されたという共通点もある。


神器(魔王)の素材にされた魔物の種は乱獲で絶滅したか、環境の変化によって進化(弱体化・小型化)したかという感じになっていて、そもそも他に同種のいない特異点だった奴もいる。バーバパパみたいな……。

ワーム(監視者の水晶玉)も生存戦略が特殊だっただけに、淘汰されている。

ウロボロス(ネクロマンサーの杖・勇者の妻の養子)だけは逆に人と魔物の友好を守る存在として神格化し、力を増した上で魔王軍と敵対関係にある。




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