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マスターとファミリー



【リュウモン】


それがこのゴーストタウンの名前である。

そこそこ誰にでも、この土地の謂われに察しがつくだろう。

【龍】が出現する門のある土地だ。


正確には、門があるのは誰も立ち入らない森の奥。


そこには昔々、栄えたゴーストタウンがあった。

ある時、突然謎の構造物が現れた。

それは異形の怪物が異世界からやって来るための門だった。


ゴーストたちは怪物を【龍】と呼び、恐れ、その土地を捨てて逃げた。


逃げ延びた先が現在のリュウモンであり、【龍】は姿を現さなくなった。

……殆どは。



【龍】は【神器】にしか興味の無い物も居るが、全てがそうでは無い。

異世界、つまりこちらの世界のモンスターを切り刻んで楽しむ趣味を持った物がいる。


我らがブルー・サブミッションのマスターは、生まれも育ちもこのリュウモンだ。


マスターは子供の頃に、【龍】の襲撃に遭った。


【龍】は2体居た。突然仲間割れを始めた2体は片方が死に、片方が逃げた。

マスターは瀕死の重傷を負ったが、【龍】の血を浴びた事で助かった。

両親は、そうは行かなかった。


その後、マスターはネクロマンサーの老人の子なった。


老人は名前をレイゲンと言った。

別のゴーストタウンからやって来たゴーストで、音楽が好きだった。

土地勘が無いレイゲンをマスターが案内してやった縁で、マスターは彼の家に住むようになった。


老人は死者蘇生や黄泉帰りを行うタイプのネクロマンサーではなかった。

降霊術は取り立てて言う程の苦手ではないが、得意でもないので、出来るとは言わなかった。


【龍】が現れなくとも、ゴーストが生きられる土地にはオバケが出る。老人は"オバケ避けの護符"を作る事を生業としていた。

ゴーストのネクロマンサー特有の仕事である。


オバケには、人が集まる所に寄っていく習性があり、オバケ避けの護符は主に、家の柱に貼ったり、金庫に入れたり、一般家庭の守りに使われる。

個人が携帯するタイプの物もある。

幸せな人ほどオバケに狙われやすいとも言われる。


これがあればオバケが寄って来ない。


という、生活必需品とも言える護符だが、その効果は普通、1年で切れてしまう。

霊力が強く籠っていれば、10年くらい行けたりもする、という話は聞いたことがあるが、そいつは詐欺師だ。気をつけた方が良い。

2年持つような護符を作れば作者は4年寝込む。

3年持つような護符を作れば完成できずに死ぬ。

それがオバケ避けの護符作りだ。


ゴーストタウンの生活を支えるオバケ除けの護符であるが、人の密度の高い盛り場では、役に立たない。逆に、護符で対処できる程度では、盛り場とは呼べない。

だからオバケハンターが、要るのだ。


護符は、ネクロマンサー各々が霊力を込めやすい形で作られる。

それは、絵であったり、刺繍であったり、切り絵であったり、ネクロマンサーごとに固有のスタイルを持つが、レイゲンの場合は木彫りだった。


彼は、堅い木に雨の意匠を延々と掘り込んでいた。

毎日毎日。

そして時々、丸2日眠って目を覚さない。


護符は1日に1枚か2枚できる。

できないこともある。


若い頃はオバケハンターをやっていたと言い、老いてなお、大概のオバケは棒で叩き伏せた。


「儂の実家はネクロマンサーの家系での、じゃが、儂には実家の仕事は合わんでの。若い頃はずっと座って絵を書いてるのなんか死んでも嫌じゃと思っとった。」

「もぉー!それが何で、休まない、ご飯も食べない人になっちゃうのぉ!?」

「ある時、木彫りの護符を作るネクロマンサーに出会っての。それが天職じゃった。」


レイゲンはマスターの両親と違って、家族で楽しく料理をしたりしなかった。

栄養が摂れる火の通った何かをマスターに作ってくれて、それを2人で食べた。

それが、……何と言うか、味を楽しむような物ではなかったので、マスターは2人の"ごはん"を作るようになった。


マスターが両親直伝のソーセージシチューを作ってあげると、


「こんなうまい物は今まで食った事が無い!!」


と、大袈裟なくらいに喜んで食べた。

レイゲンの元へは護符作りを習いに来るゴーストも居たが、その人達も喜んで食べてくれた。


マスターは得意になった。

父の家庭の味と母の家庭の味が出会って生まれた、家庭の味。両親の形見だった。


マスターには護符を作る素質が無かったし、楽器の演奏がまるで駄目だったが、音楽が好きで、人が好きで、料理が上手かった。

そして【龍】にもオバケにも負けない、陽気で湿った音楽の街リュウモンを愛した。




大人になったマスターは食堂や酒場で働きながらお金を貯め、居抜きの店を買った。


古いビアサーバーとともに、年老いたビア注ぎ名人のヤマゼンが付いて来た。


そして、店にはピアノがあった。

嘘か真か、【龍】で出来ているという。

それが、この店舗を買った理由だった。


【龍】に負けないこの街と、自分の象徴のようだとマスターは思う。


マスターとヤマゼン、何人かのスタッフで店をオープンした。

ココスキが働き始めるのは、その何年も後の話だ。



開店から十何年か、何十年かして、ある日、レイゲンが突然ふらりと店にやって来た。


「なんか恥ずかしいから」という理由で、開店当初から一切店には来なかったのだが。

迎えたマスターは、驚いて目をコロリと落としながら「どうしたの!?」と聞いたし、ココスキも珍しがって「じーちゃん!」と手を振った。

レイゲンはそれに手を振り返し、


「急にお前のシチューが食べたくなっての。じゃが、混んどるし、もう行くわ。……これ、お前に」


そう言って、マスターに護符だけ渡して帰った。

妙だな、と立ち尽くしていると、当時雇っていたオバケハンターが駆け寄って来て、


「今すぐ帰った方が良い!!」


と、真面目に言った。


「えっ!?今のもしかして死霊!?」

「察しが良いですね!?」


急いで帰ると、レイゲンの弟子が家の前に立っており、マスターの姿を見てフワーッと寄って来た。


「今、お店に行こうか、どうしようかと思って……じじ様の死霊が護符を渡しに行くって出て行ったものだから……」

「ンもーっ!あの人はぁ!弟子に心配かけて!……それでまた、何で死んだの?」

「……老衰かな。死ぬまで黙っててくれと言われたんだけど、何日か前から、魂が剥がれかかってるって本人が……。手が効かないって文句言いながら最後の護符を彫ってた。」


マスターは「もう」と呆れた。


「……まあ、親は子よりも先に逝くものだからね。」


そう言って大きくため息を吐いたネクロマンサーの息子に、弟子は寄り添った。



それから5日休んで、ブルー・サブミッションは営業を再開し、今日に至る。


スタッフ達は趣味の道へ進んだり、旅に出たり、また戻ったり、独立したり、入れ替わりながら、元気に営業を続けている。




「ネクロマンサーです。ピアノが弾けます。」

「生ける屍です。バンジョーが弾けます。」

「元シャーマンばい。私は踊りが上手い。」


ホールスタッフを1人募集したら、店に張り紙をするのとほぼ同時に人間が3人やって来た。

ユンとサンとイスルギ。仲良し3人組らしい。

1人しか募集していないのに、なぜ3人揃ってやって来たのかと言えば、


「「「ソーセージシチュー!!」」」


……を、月に一度まかないに出すと書いてあったので、3人で取り合いをする事になったそうだ。

マスターは照れ笑いして、しかし、ホールスタッフとは関係の無い話をした。


「人間のネクロマンサーとシャーマンて、オバケ避けの護符作れる?」

「「「オバケよけのごふ?」」」


3人は声を揃えて聞いた。が、サンが気付く。


「宿の部屋とか、受付に貼ってあるヤツですか?」


「そう!それ!」


人間なのに、ゴーストに丁寧な口調で対応するサンに、こいつはちょっと変な奴かもしれないと思いつつ、マスターは返した。


「ゴーストタウンに居るのに、君たちは携帯用の護符も持ってないの?」

「寝ている時以外は、倒せば良いので。ゴーストタウンでは専らオバケ狩りで稼いでました。」

「……!もう!!サン!採用!!」


マスターはオバケハンター兼ホールスタッフとして、生ける屍を採用した。


人間はゴーストに似た愛嬌のあるモンスターだ。

しかし生ける屍は別だ。少し見た目がゴーストに寄る事によって、不気味さや不安さが生じる。


生ける屍がゴーストタウンで生計を立てるのは難しかろう、と元々雇う気だったが、思ったより役に立ちそうだった。


「ホール係兼オバケハンター!助かるよ。ホール係として雇うからオバケハンターの基本給は無し、代わりにオバケのお宝は総取りで!良い?」

「もちろん!」


2人はがっちりと握手した。

そして、サンと両脇の2人に、「それで」と、相談を持ちかける。


「私は、ネクロマンサーと同居してて、……彼女、護符の作り手不足でずっとちょっと困ってるんだよね。一度、3人を紹介したいんだけど、どう?」


同居、彼女、と聞いて、恋バナの匂いを察知したイスルギと水晶玉は、もっと状況を探ってからにしよう、と計画を立てた。


「ゴーストのシャーマンとか、ネクロマンサーの仕事なの?その、護符作りって。」


ユンの質問に、マスターはこくりと頷いて肯定した。それから立ち上がり、レジの方へ歩いていく。


「1年くらいで買い替えなんだけど、魂の籠った手作りだからね。作れる数が少ないのに、素質がある人は少ないし、……木彫りとか、絵とか、刺繍とか、スタイルが合わないと才能が開花しないらしい。」

「大丈夫なんか?……この街は……」

「うち以外にも何軒か工房があるから今は、まあ、って感じ。」


マスターは、レジから持って来た物を人間たちに見せた。

3人ともそれをじっと見て、興味深そうに感嘆した。


「うちのじい様の形見。木彫りの護符だよ。」

「……!なるほど。今、同居しとる女性は、そのお弟子さん?」

「え?うん。そう……だけど。」

「「女性って言ったっけ?」」

「言ぅとったやろ!何聞いちぉったんや!この双子は!」


言ったっけ?と首を傾げるマスターをよそに、3人はオバケ避けの護符を覗き込む。

雨の意匠の模様が彫られた木の板。上の中心に穴が開けられ、そこに細い飾り紐が通されている。

1年で取り換える、しかも必需品にしてはかなり手が込んでいる。


「もしかして、マスターのおじじ様の名前って雨か霧に関係してます?」

「レイゲンて名前。」

「シャーマンの名前ばい……。」


カンランカンラン、とドアベルが鳴るとともにココスキが店に入って来た。


「もー!ココスキ!面接中ー!」

「うん。だから見に来たよ。暇だし。」


マスターは「もう」とため息をついた。

ココスキは一見、脚の無い「ユウレイ」と呼ばれるゴーストに見えるが、鼻から上は、骨が剥き出しの「ガイコツ」の特徴があり、他にも、体のアウトラインはあるが、骨が透けて見える「スケルトン」の特徴もある。

笑いながらふわふわ飛んで、4人が見える席に座った。


「3人、何回か客で来たよね。名前は?」


「ネクロマンサーでピアノプレイヤーのユン」

「生ける屍でホール係でオバケハンターのサン」

「元シャーマンで踊り子のイスルギ」


「ほら!ホール係はもう決まったんだからね」


マスターは腰に手を当てた。

ココスキは「世間話だよ」と言った。


「元シャーマン?"元"ってなに?」

「シャーマンの修行の一環として一度職から離れて旅の踊り子をしとるばい。」

「それは、つまり、"修行中のシャーマン"じゃないの?」

「よくぞ聞いてくれた!」


イスルギは立ち上がって、ココスキの方に手を翳した。腕の飾りがシャァン!!と鳴る。


「まず、修行中のシャーマンち言うんは、人前で踊る事が許されとらん。

私は既にその期間を終えとるけん、本来ならば、……ち言うか、既にシャーマンやったばい。

しかし、神の導きを受け、旅の踊り子になったばい。

シャーマンは死者を天に送る為に、今の私は生者に楽しみを与える為に踊っとる。

修行の一環とは言え、今の私の仕事はシャーマンの道からは外れとるち言うわけやね。」


ココスキは震えた。


「良すぎる……キャラが……!何て作り込みだ……!」

「そうやろ!雇うか!?」

「雇うしか無い……!」

「もう……ココスキ、なに盛り上がってるの……」


マスターは困惑した。


「いつもそういう服なの?」

「当然ばい。シャーマンは寝る時以外は常に正装ち決まっとる。道は逸れても心は神と共にあるばい!」


イスルギは自信満々に、両手で胸を打った。

その音が、身につけた装飾の金属が揺れ、ぶつかり合う音と重なり、ピシャァーーーン!と雷のような音が鳴った。


「雇おう!マスター!!このキャラを他の店に渡すなんて勿体無い!!」

「踊り見てないのにぃ?」


「で、」と、ココスキはピアノプレイヤーの方を向いた。


「俺、最近、小旅行に行ったんだけどさ。……ピアノプレイヤーのユンは"プリシーラのピアノ"って知ってる?」


話に無関係なサンが、イスルギ&水晶玉にされたように、当時のことを掘り返されるのではないかと固まるが、呼ばれたユンは目を輝かす。


「何で知ってるの!?あそこはゴーストタウンでもないのに?」

「観光スポットだから。湿った場所に呪いのピアノ置いて、そこをパワースポットとして、町興ししてるんだよ。」

「へぇ〜。最近はゴーストも住んでるの?あの町?」

「いや、日帰りだよ。近くにゴーストタウンもあるし。ピアノの近くにゴースト向けの店もあるよ。サンドイッチ出すの。」


サンドイッチと聞いて、双子は顔を合わせた。


「シャルキュトリーとたっぷり野菜のサンドイッチ?」

「そう。俺が食べたのは揚げたパンにローストした赤身の肉とオリーブといろんな野菜が入った、レモンソースのサンドイッチ。」


「「なんてオシャレな!!!」」


双子は同時に言った。

パンを揚げたら体に悪そうだが、美味そうではある。


「本人?名前借りてるだけ?」


ココスキはふわふわとピアノの前に飛んで行き、椅子を引いた。


「弾いてみてよ」


ユンは得意になって、ココスキの期待に応えるべく、プリシーラから1番長い時間練習させられて、あまりに何度も弾かされたので、暗譜した、短い曲を弾いた。


「楽譜があれば何でも弾けるよ。ここの呼び物はバンドのステージで、普段は常連さんが勝手に持ち込んだ楽器を演奏したりでしょ?それに、お客はピアノを弾かない。でもせっかくピアノがあるんだから誰かが弾いた方が良い。私はピアノも弾けるし、オバケも倒せる!」


売り込みも忘れない。

プリシーラ曰く「ピアノプレイヤーが最初に練習する曲」との事で、練習曲ではあるが、これを弾けばどういう演奏をするピアノプレイヤーか伝わるらしい。

マスターは、演奏が気に入ったようだが、ココスキは不満そうに腕を組んでいる。

ユンは何だ、と口を尖らせる。


「せっかく、プリシーラに教えてもらった曲を弾いたのに。感動が無いなぁ、ココスキとやら。」

「ユンはピアノの素人ってパンフレットに書いてあったけど?」


納得いかない様子のココスキに、ユンはため息を吐いて肩を竦めた。


「プリシーラ師匠にピアノ習ってから10年くらいやってるんだよ。他の死霊にも習ったし。上手くなるに決まってるじゃん」

「まあ、そうかァ……じゃあ採用で。」


「もう!そんな勝手に!!」


マスターは、ホール係兼オバケハンターとしてサンを、踊り子として週に一回という形でイスルギを雇った。

ユンは悔しがった。


さて。

新しくオバケ狩りができるホール係が入ると、それまで居たオバケハンター(男)とホール係(女)は、妙にサンを可愛がった。

……かと思ったら、しっかり1週間仕事を教え込むと、あとはココスキに任せ、2人でバンドを組むと言って店から巣立って行った。


2人が恋人関係である事を知らなかったマスターだけが、ものすごく驚いていた。


そして、ピアノプレイヤー兼ホール係として、新たにユンが雇われた。



ちなみに、ネクロマンサーとシャーマンの3人は、マスターの同居人にオバケ避けの護符の木彫りを見せて貰い、その後、彼女の伝手(つて)で刺繍、絵、紙作りまで紹介されたが、どれとも相性が悪かった。

どれも、出来そうな感じは絶対にあるのだが。


……この、出来そうな感じは絶対にあるがモノにならない現象こそ、レイゲンが木彫りと出会う前に実家で起きていた事である。

また、マグナスの幼馴染・ジンライも、成熟するまでこの状態であった。



ただ、ユンだけは、護符に通す"飾り紐"作りの仕事をいたく気に入って、今でもたまに呼び出されては手伝いに行っている。






[あとがき]


レイゲン(Regen)。ドイツ語で「雨」。

シャーマンにもネクロマンサーにもいる名前。

マグナスの幼馴染ジンライ(迅雷)の名前は「雷」を意味するネクロマンサーの名前。

ネクロマンサーにもサイバトロンにもいる名前。


ゴーストの名前は4音と決めてそうする訳ではなく、そういう習性があるので必ず4音になる。

ただし、何故か2音の繰り返しや、繰り返しっぽい名前は発音しづらいらしく、付けられない。(タイダイ、トリドリ、モシモシ、ポレポレなど)




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