ユンと煩いピアノ
「ネクロマンサーのユンです。」
「生ける屍のサンです。」
そう名乗ると驚く程簡単に信用を得られた。
とは言え、そもそも
髪に括った綺麗な飾り紐
ほぼ全面に刺繍の施された長いマフラーの「オケサ」
故郷カサス周辺では見るからにネクロマンサーといった出で立ちなのである。
しかし、その文化圏を抜けると、異邦っぽい格好としか思われないらしい。
今回は運良く、その文化を知る者に出会えた。
最初の街ではネクロマンサーと信じて貰うまでに時間がかかったものだ。
……そして信じて貰えた所で、そこから始まるのは安定した生活では無く……!?
を、繰り返し、この時に至る。
旅のネクロマンサー・ユンと、双子の従者サンは小さな空き家を借りた。
霊に悩まされる者はどこにでもいるもので、空き家を借りたその日のうちに、取り憑かれているのだと男が駆け込んで来た。
……その男を強盗殺人犯として然るべき場所に突き出し、儲けゼロからその街での生活が始まった。
「治安が悪いのかな?」
「やっぱり都会は怖いねぇ。」
ユンとサンは、しみじみとそんな話をした。
さて。
双子が街に来て数日が経った。
罰当たりにも、ネクロマンサーから、尊い衣装であるオケサを取り上げてしまった3人の不良に、丁寧なバチが当たるのと時を同じくして、ユンのもとに、一つの依頼が入る。
ピアノに憑いた霊を祓って欲しい
というものだ。
会館が、館内に街角ピアノとして設置しようと買い付けた、格安のアンティークピアノに霊が憑いてきてしまったというのだ。
ピアノに憑いた老婆の死霊はだいぶ未練を拗らせているようで、
「ピアノ……ピアノ……」
と、たった1つの単語を呟くだけだった。
普段死霊が見えない者の目にまで、その姿をぼんやりと映し、時々ピアノを鳴らす事さえできる、強力な拗らせ老婆を前に、……ユンはいい事を思いついた。
サンはバンジョーが弾ける。
音がでかいので集落や街の中ではあまり弾かないが、移動中はよく弾いている。陽気で楽しいし、モンスター避けにもなる。
ユンは以前から、自分も何か楽器が弾けるようになりたいと考えていた。
……どうにかこのピアノの霊を説得すれば、ピアノを教えて貰えるのでは、と思い付いたのだ。
「複雑な死霊です……。時間が掛かりそうです……成功報酬で結構です。」
と、依頼人を丸め込んで、死霊に対して「黄泉返り」を施す事にした。
【黄泉返り】は死霊に仮の肉体を与える術であり、この肉体を「憑代」と呼ぶ。
憑代の作り方は死者蘇生と殆ど同じだ。
本人の体があったらそれをベースにして、足りない部分を泥で補う。
ただし、術者の血液を使わない。
生者との縁を拠り所としないので、肉体の損傷にペナルティが無い。
死霊の満足や諦めを以て、黄泉返りは失効する。
死者蘇生と並び、ネクロマンサーの奥義として知名度の高い術である。
そして同じくらい、実在しないと思われている度も高い。
死者蘇生は、成功しても術者と生ける屍が元のコミュニティに戻らないので「そんな術はやっぱり無かった」と思われる。
移り住んだ先でも、おおかた「人間とゴーストのモノ好きカップル」として誤認され、幻と化してしまうのだ。
黄泉返りは、死霊にどれだけ未練があるか、その未練に執着し、しがみつけるかという死霊本人、たった独りの、抜き身の根性が試される。
現世に肉体を得た時点で満足してしまう者もあれば、ネクロマンサーに話を聞いて貰い、体を作って貰える事になったと言うだけで既に満足してしまう者すらある。
そして、成功したとしても、長くて3日程で失効し、魂は天に昇る。
そうなると、動く憑代の目撃例は少なく、そんなものは無いと結論付けられがちなのだ。
ちなみに憑代と生ける屍の見た目には殆ど差異が無く、そのふたつとゴーストの識別は、実際見た経験の無い人間には不可能である。
ユンはピアノに憑いた老婆の死霊に手を伸ばした。
何度か彼女の腕の辺りをゆっくりとさするような動きをする。そのうちに、触れた。
死霊がユンに注意を向ける。
その反応に、ユンは表情を緩めた。死霊へのコンタクトが成功した事に一安心と。
そして語りかける。
「話せる事から話して。」
「ピアノ……」
「名前は?」
「プリシーラ……」
死霊は、ハッと息を呑む。
「私はプリシーラ。」
死霊・プリシーラは、ユンといくつか言葉を交わしたのち、手を引かれながら、会館を後にした。
ユンは死霊を借家に連れ帰った。
それからサンの協力を得て、家の裏の土から小石や虫の死骸を丁寧に取り除いた。
しっかり選別された土を水で捏ねて大きな泥人形を作り、プリシーラの憑代を完成させた。
泥から生まれた、双子より一回り大きいくらいの小柄な彼女は、なんとか双子の服を着る事ができた。
坊主頭の老婆は、熟練のシャーマンを思わせるような、なかなか神秘的な雰囲気だった。
……その時、ユンは、3日間みっちり稽古をつけて貰えたらラッキー!
程度に考えていた。
サンも、憑代を使えば死霊が消えた時、目に見えて分かるので、良い方法だと思った。
しかし、この後待っていたのは、2ヶ月に及ぶ特訓だった。
まず、練習はドレミ・ファソラシドの運指から始まった。
2日目にはもう両手弾きの練習を始めた。
プリシーラは3日経っても全く満足しなかった。
プリシーラとユンは朝になると会館の街角ピアノに出かけて、昼食を済ますと日が暮れるまでまた練習に戻った。
そんな生活を続ければ、普通は手指に炎症が起きるところだが、【龍】の血を浴び、【神器】に守られたユンは、幸か不幸か、手を傷める事が無かった。
1週間経って、ユンが期待通りに上達しなくても、プリシーラは決して諦めなかった。
ユンが草を好んで食べている事に気付いたプリシーラは早起きして、シャルキュトリーと、これでもかと言うほどの野菜が挟まったサンドイッチをユンと、ついでにサンにも作ってやるようになり、練習時間を増やした。
サンは少食なので、1つを半分に切ってやり、ユンはいつも腹ぺこなので4個と半分を持たせた。
双子は喜んでサンドイッチを食べた。
日が沈むと2人は帰る。サンが夕食の準備をして待っており、よく火の通った物を3人で一緒に食べる。
生の野菜は憑代の栄養になりづらいので、よく火を通す。生者のように生活すれば憑代も消耗するので、少し栄養が必要だ。
プリシーラは、食事中に喋るなとは言わなかったが、自分は全く無口だった。
ユンは上達しているのか、とサンが聞くと、
「ボチボチさ。」
と言った。
双子は一緒に風呂に入り、ユンは就寝、サンとプリシーラは明日食べる物を買いに出た。
買い出しが終わると、プリシーラはサンと別れた。
サンが良くない事に首を突っ込んでいる気もしたが、双子はティーン真っ只中。まあ、それも青春である。
片割れが夜間営業の食堂で働いていると信じているユンは、朝までぐっすり寝て英気を養い、まだ寝ているサンを起こさないよう、街角ピアノへ。
12日目に会館のピアノが移動する事になった。
ピアノの調整開始当初は、祟りは怖いし仕方ないという雰囲気だったのだが、意外にもと言うか、やはりと言うべきか、人々は状況に慣れるもので。
「街角ピアノの独り占めだ!」という苦情が来るようになったのだった。
頭にうぶ毛の生えた老婆が、死体然とした見た目をしていたところで、"なんか居そうな感じ"もするので、プリシーラが「インチキ霊媒師の用意した、生きた老婆では」と疑う者もあったかも知れない。
しかし懸命な有志達が居た!
そういったクレームが来る事を予期し、人目に付きづらい、ピアノの別の設置場所の候補を、既に探していたのだ。
有志達の尽力で、すぐに移動先は決まった。
15日目、晴れの日を待って、ピアノは雨が当たらないよう、広い橋の下に置かれた。
薄暗く、湿った、中々雰囲気のある場所だった。
汐風を浴びて育ったせいか、ユンには湿気がある場所がとても快適だった。
プリシーラの特訓は続いた。
時々、休息日があり、3人で出掛けてプリシーラの服を買ったり、楽譜を借りに行ったりした。
1ヶ月半程を過ぎ、サンの良くない交友関係によって、買い物ができなくなりかけるというピンチも訪れたが、霊的な脅しと説得を駆使して無理矢理解決した。
ユンにもとばっちりが飛びかけるも、本人は「やっぱり都会は治安が悪いや」と、それ程気にしなかった。
66日目。
ユンとプリシーラはいつものように橋の下へ向かっていた。
「もう2ヶ月かぁ……色んな事があったね」
「練習しかしてないだろう。」
「でも、ドレミからはじまったんだから色々あったよ。」
「それは確かにそうだね。」
「両手で弾くのは無理だと思った。」
「私も、もしかしてお前には無理なんじゃないかと思ったよ。」
「先生が良かったね。」
「そうだろう、そうだろう。」
「あとサンドイッチ食べたり。」
「…………」
「師匠の服買いに行ったり。」
「…………」
プリシーラは喋らなくなった。
そして、急に喋り出した。
「私には娘が居たんだよ。ピアノが上手でね。あんたたち位の頃に、死んだのさ。発表会に向かう途中でね。」
ユンは少し驚きつつも、落ち着いた様子でプリシーラに応じる。
「じゃあ、娘さんの代わりに私にコンサートホールで弾いて欲しかった?」
「いや、そんな事は全然。」
「生前にはね、私が代わりに弾こうとしたのさ。娘が死んでからピアノを始めたんだ。練習して、コンサートホールでも弾いたし、先生にもなった。娘の代わりにと頑張ってくれた教え子も居た。ピアノ職人になった子もいた。あのピアノは私の教え子の作品でね、私に弾いて欲しいと言ったが、そうなる前に私は……」
「死んでしまったんだね。」
プリシーラは頷いた。
「娘さんの名前は?」
「ジュテ」
プリシーラは、ハッと息を飲んだ。
「そうだ、娘の名前はジュテ。娘が1人で天に居るのに、現世で何を望んだんだろうね。一体何の未練に囚われて、天にも昇れずここに居るんだろうね。」
「珍しいけど、変な事じゃないよ」
と、ユンは言った。
「ずっと現世に留まってると、形骸化するんだって。未練が風化して、かと言って昇り方も分からなくて、ただそこに居るだけの物になる。……師匠、そんな昔から幽霊やってたんだね。」
プリシーラは「どうだったか」と言ったが、教え子が作ったピアノが"アンティーク"となっている事から、100年以上幽霊をやっていると思われる。
「親より先に死んだ子供は親が来るまで転生のフェーズに入れないんだよ。だからまだ呼び出せるはず。」
ユンは明るく、プリシーラに言った。
「迎えに来て貰おう。」
首に巻いていたオケサを左肩に掛け、背中、右腕の下を通してその端を左肩に重ねる。
髪に括っていた紐のうちの一本を取り、左胸でオケサを結んだ。
ネクロマンサーがオケサを巻く。
本質的には何の意味も無い行為なのである。
ただ、特別な衣装を纏うというルーティンによって、集中力を高め、感覚を尖らせていく。
オケサは大昔は服に近い形をしていたが、"一線を画する"の言葉に沿ってその形は線に近づいていった。
「ジュテ、ジュテ、プリシーラが呼んでいます。ジュテ……」
ユンは救い上げるように両掌を上に向けて、プリシーラの娘を呼ぶ。
「ジュテ、お母さんと話したければ手を取って。」
呼び出したプリシーラの娘の、魂が容作る炎の熱に触れると、ほんの子供であるように感じられた。
「言いたい事があるならば、私の口を使って。代わりに言って欲しい事は"代わりに言って"と念じて。」
ジュテの炎が浸透していく。
ユンは、自分は体が小さいだけで、ジュテほど子供ではない事をプリシーラに言っておきたかったが、一呼吸後には母に会いたくてしょうがない少女に体を渡した。
「お母さん!しわしわ!!」
ジュテはプリシーラの頬をむにむにと揉んだ。
「ずいぶん1人で待たせてしまったねぇ……」
「……?そんなに待ってないよ!ねえ、お母さんピアノの先生になったんでしょ!見てたよ!一緒に弾こうよ!」
ジュテは母の手を引いた。
「みてみて!足が勝手に動く!!」
ユンの足は橋の下のピアノに向かった。
ジュテは、ピアノの上に置かれた楽譜の中から連弾の楽譜を選び出して、譜面台に置いた。
そして長椅子の左に座った。
「私が先生の方を弾くから、お母さんはこっちね!」
ジュテが使うユンの手は、ユンが見た事のない動きをした。
ピアノプレイヤーの手は特別だ。
本来5本指のモンスターの手は、5本の指全てが完全に独立した動きをするようには、できていない。
例えば、薬指を単独で動かそうと意識しても、一緒に中指や小指が動いてしまうように。
そういうふうにできている。
訓練だけが、5本の指を完全に自由に動かす事を可能にする。
2ヶ月の間プリシーラの訓練を積んだユンの手は、ジュテの思うように、使いたい通りに、滞りなく動いた。
プリシーラの指は鍵盤を叩く毎に少しずつ脆くなり、彼女の音はやがて消えた。
ジュテはいつの間にか1人でピアノを弾いている事に気付いた。
手を止めて隣の母を見上げると、ニコニコ笑ってこちらを見ていた。
ユンは体からジュテが抜けていくのを感じながら、プリシーラに寄り添った。
「ユン?」
ピアノを弾く手を止め、ぼーっと隣の土くれに寄り添うユンの肩を、その片割れが叩いた。
「オケサ巻いてピアノの方に走っていくのが見えたから。」
「全部終わったんだろうか?」
「そうだと思う。」
ジュテを呼んだ辺りから記憶がないユンはサンに訊ね、サンはユンを労って背中をさすった。
プリシーラだった土くれはサラサラと崩れていき、椅子の上には服だけが残った。
ユンは、プリシーラや応援してくれた有志たちに感謝を込めて、2度と死霊が寄り付かないよう、ピアノに自分のオケサを掛けた。
双子は会館から成功報酬を貰うと、2日と経たずに街を出た。
これ以来、ユンは盛り場でピアノの霊を見つけては、稽古をつけて貰うようになる。
そして現在、ピアノプレイヤー兼ホール係として、活動している。
"プリシーラのピアノ"の今は、と言うと。
今でも会館に戻る事無く、橋の下に置かれている。
ピアノカバーの代わりに、雲の意匠の美しい刺繍が施されたユンの「オケサ」が、10年以上経った今でも掛けられており、神秘的な雰囲気を醸し出している。
弾いた者には御利益があるとか、無いとか……。
[あとがき]
照れた時にほっぺが赤くなったら生ける屍、ならなかったら憑代。
あと、プリシーラのサンドイッチは思ったよりでかい。




