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イスルギと水晶玉



【ネクロマンサー】という存在がいる。


一部地域では霊媒師とも呼ばれるが、あまりメジャーな呼び方では無い。

死体、死霊を使った術全般、つまり「ネクロマンシー」を行使する者のことである。

死体を蘇らせたり、死霊のために仮の体を作ってあげたり、死霊の声を生者に伝えたり、死霊の相談に乗ってあげたり、という尊い仕事をしている。


……が、聞き分けの無い死霊や、態度の悪い死霊、面倒くさい死霊を、気分次第で問答無用にオダブツ(強制的に消滅)させることもあるので、死んだら【シャーマン】のいう事に従って天に登った方が賢いと言える。


では、【シャーマン】とは何か。

信仰や役職によって「ボーズ」「カンヌシ」「シサイ」「シンプ」「ミコ」等と呼び分けられるそれら、神に仕える事を生業とする存在の言い換えでもあり、総称でもある。


シャーマンは死霊に対して、一方的に道を説く。そして、死霊からの干渉を決して受けない。

その特性から、死霊が見える者、……いわゆる「霊媒体質」の者はシャーマンになる事ができない。

肩入れしてしまうかもしれないし、神を騙る死霊に騙されてしまうかもしれないからだ。



南の国「シュラ」。


この国の神は踊りを愛し、人々は神に踊りを捧げ、死者を踊りで送る。


シュラの海沿い。

観光地としても知られる集落。

巫女のイスルギは誰よりも踊りが上手かった。


イスルギの仕事は、神に捧げる剣舞を舞う事だ。


剣舞は身のこなしだけでなく、剣の長さを加味した、舞台空間の使い方が重要だ。

大胆に舞って剣を何かにぶつけてもいけないし、だからと言って小ぢんまりしてしまってもいけない。


イスルギは空間をうまく認識できる才能に恵まれた。

彼女にはその自覚と自負があり、驕らず、腐らせず、誰よりも熱心に磨いた。


彼女はいずれ、神に踊りを捧げるだけでなく、神に民の声を届け、神託を賜わる「占術師」の役目を負うだろうと誰もが思った。

実際に神の声を聞き、人々に伝える、名誉な職業だ。


占術師には人数の決まりが無く、神が好きに選ぶので何人か居るが、イスルギの兄も占術師を務めている。

彼女は兄を目標に頑張っていた。


だが、その道は突然断たれる。



イスルギが17歳の頃の事。


夢に神が現れた。

その姿は占術師である、兄にそっくりだった。

けれど不思議と、すぐにわかった。

神だ、と。


「なぜ、兄の姿でおらすのですか?」

「お前が、神様は兄にそっくりに違いないち思ぅとるからばい。」


イスルギはなるほど、と思った。


「イスルギや、これは、お前の兄を、民との仲介役に選んだ(わらわ)の責任やし、言うても仕方ないち事は、承知しとるんやけど、一応言うとくばい。……妾は女神ばい。」

「大丈夫、承知しとります。」


イスルギは、自信ありげに言った。

女神は、「そっかぁ……」と呟いて、うんうんと頷いた。

そして、咳払いした。


女神は手を差し出す。

その掌の上に光の玉が現れる。

実体が無く、炎のようでもある。線香花火の中心のようにじぶじぶと震えながら、少しづつ光の色を変えている。

イスルギはその神秘的な美しさに見入った。


「この者は、救いを求め、彷徨える魂。」

「魂……。魂とはこういう形をしとるのですか?」


女神は少し笑って頷いた。


「お前にとっては、な。妾の姿を兄の形で捉えるように、魂という存在をこういう形で捉えとる。お前の個性やね。」


それから女神は真面目な表情をして、「頼みがある」と言う。


「この者の面倒を見てやって欲しい。妾の代わりに。」

「そんな!神様からの"頼み"やなん……?試練や使命やなくて、頼みですか……?」


驚きつつも、それは疑問に変わった。

女神は頷く。


「この魂は、この世の外側から流れ着いた異端の存在。お前達の信仰や、他の者の宗教的な事とも全く無関係に、現世(うつしよ)に災いを呼ぶ。……この魂が存在する限り。」

「神の力でなんとかする事は出来んのですか?」


女神は人との距離が近い神でもあるが、この地に於いて、数多の神をたばね、あらゆる厄災を鎮める神とされている。

イスルギは女神を、数多の神の中で最も慈しみ深く、恐ろしく、万能の神であると信じている。

しかし、女神は首を横に振る。


「理の外の厄災を、鎮める事はできん。理の外の魂を、天に迎えることもできん。」


神に無理な事、人にはもっと無理では?と、口にはしないものの、イスルギは物言いたげだ。


「この魂は、心が、現世に囚われておるばい。そのくびきから解放されれば、自然と魂のあるべき所へ昂る。しかし、心ち言うんは神の力で無理やり動かせる物ではなか。現世に囚われた心を動かせるんは、現世に生きる、心を持ったモンしか居らん。」


解決策がもたらされ、それに納得するイスルギだが、そこでもう一つ疑問が生まれる。


「神に代わり、厄災をもたらす存在の、面倒を見る……。大役であるように思うのですが、……何故、占術師である兄ではなく、一介の巫女でしかない私なのです?」

「お前が1番踊りが上手いからばい。」


不思議そうに目を丸くする一介の巫女に、女神は続ける。


「お前達の剣舞は心を脅かす"魔"を斬り払う剣術でもあるばい。妾はその為に民に踊りを授け、民は死者の為に舞う。」


そして、凛とした声で確信を以って告げる。


「本物の悪魔がやって来る。お前なら負けん。」

「……はい!」


イスルギは自分の才能を信じ、驕らず、腐らせず、女神に捧げる剣舞を磨いてきた。

その剣舞を女神から評価されている事を理解し、大役を授かった感動に打ち震えた。


「7日のち、この町に商人が来る。"【龍】剣"なる透き通った刃の剣を買い、旅に出なさい。【龍】の死骸から切り出したと言う、胡散臭い上に、値も張る物ではあるが、必ず買うように。お前の兄や、他の占術師にもこの後しっかり話しとくばい。」


イスルギの精神が眠りから覚めようとしている。

それを感じながら女神は最後に、可愛い踊り子の肩をしっかりと掴んだ。


「そしてお前に、一旦、死霊と対話する力を授けるばい。それにより、お前のシャーマンとしての道は一度断たれるが、この旅にきっと役立つ。」


イスルギは、女神に触れられた部分からじんわりと、この"彷徨える魂"への愛着を感じた。


「何故1つの魂のために、そうも御心を砕くのです?」

「この魂は1つであって1つでは無か。妾と似ておるばい。…………この者にたくさん恋バナを聞かせてやって欲しい」


女神は最後に不思議な事を言ったような気がしたが、イスルギの精神は夢から現へと引き寄せられて行った。

目を覚ますと、両手の中に水晶玉があった。


『聞こえますか、イスルギ……』

「……聞こ、える。」


突然、水晶玉から声がした。

恐る恐るイスルギが応えると、水晶玉がとても喜んでいる事が感じられた。

若い女性か少女を彷彿とさせる質感だった。


「女神様と似とるち事は、神様では無いにしろ、信仰を集める存在やったと?」


水晶玉に訊ねた。

神が心を砕く存在とは如何なるものなのだろうか。


『いえ、信仰と言う程の物では。……私はワームと呼ばれる、矮小な魔物でした。』


水晶玉の過去話に入るところをイスルギが遮る。


『知らんもんを知らんもんで説明しよる……!』

『そっ、そうですね!』


イスルギが心の中で話しかけると、水晶玉は慌てて、「えぇと……」と考え始めた。

声に出す必要は無いのか、と内心で納得するイスルギには、特に無反応だった。

伝える意思が無ければ伝わらないらしい。


水晶玉はこの世界に飛んでから、女神と出会うまで、幾名かの持ち主の元を渡った。


【神器】は、自分と相性の良い者の所にしか飛べない。


勇者の手引きにより、テレポーテーションの魔物2体を含んだ魔王はこの世界へ渡った。

友人達を散り散りに飛ばす為に、2体は手を取り合い、その力を皆に分け与えた。

ただし世界の仕組みが違うために、テレポーテーションの能力には制限が付いた。


テレポーテーションの魔物は一度行けば好きな所、好きな物の所に飛べたが、この世界では、飛ぼうとしたその時に、最も相性の良い者の所にしか飛べない。


水晶玉、ことワームの主な能力は"過去と未来を見通す"である。

故に、未来について神託を受ける立場にある占術師との相性が良い。

水晶玉がその者の元へ飛べる程の、力の強い占術師は、大体高齢で物知りだった。

そしてどこにも行けなかった。

占術師達が【龍】に狙われないよう、持ち主を転々とした。

そして、秀でた占術師であるイスルギの兄の元へ飛んだ事で女神に見つかり、ワームを気の毒に思った女神から、さらに好条件を備えたイスルギを紹介され、現在に至る。


そうして得たこの世界の知識と、自分のイメージを擦り合わせる。


『【龍】を知っていますか?』

「……世界中に様々な形で現れる異形の化け物の【龍】?」

『はい。』


とりあえず、"魔物"という存在が【龍】という呼び方でイスルギに伝わった事に水晶玉はホッとした。

そして、語り出す。


『私はイモムシの形の【龍】でした。生前の大きさはあなたの指先から肘までくらいの大きさです。

私たちは目という器官を持たず、過去と未来を感じる事によって危険を回避していました。

私達の体は薬にも道具にもなりました。だから、ヒトからも【龍】からも狙われました。

しかし、動きは遅く、危険を察知してからでは逃げられない事も多い。隠れて暮らさなければいけない。

それなのに、私の体は仲間たちよりずっと大きく、隠れるには巨大過ぎました。

私は仲間たちから疎まれる存在でした。

……孤独でした。

折しも【龍】とヒトは戦争中。強い【龍】を合体させて最強の【龍】を作ろうと考える物たちが現れました。

奴らは、素材として当然、私たちの種族を欲しがりました。

私は仲間たちから感謝されたいという単純な考えからその計画に乗りました。』


「感謝はされた?」

『……はい。とても。最強の【龍】作りがどれだけ残酷な方法で行なわれるか、行なわれたかかを、感じ取った仲間の、深い謝罪と、感謝の心がたくさん、たくさん、伝わって来ました。……でも、』


唐突に、呼吸が止まる程の虚無感がイスルギの心に流れ込んできた。


「欲しかったんは、感謝の気持ちやなくて、傍に居ってくれる友達やったと、死んでしまってから気付いたんやね。」


水晶玉が頷いた質感があった。


『友達と恋バナとか、したかったです。』


……その言葉の少女の質感に、イスルギは水晶玉に、まるで生まれた時から知っていたかのような親しみを感じた。


イスルギという人間は。


自分自身の中に恋愛という感情が存在しないくせに、他人の恋愛話がだぁ〜い好きという、そういう奴なのだ。



イスルギの元に水晶玉が現れてから、イスルギは家族やシャーマンの仲間たちに手伝って貰いながら旅の支度をした。

7日目。女神の言った通り、キャラバンがやって来た。

【龍】剣と馬を買い、家族や仲間たちや、たまたまそこに居た観光客などにも見送られ、イスルギは旅に出た。



そういう訳で、イスルギは目下、水晶玉の友人として、彼女を成仏させるという、神様のおつかい中なのである。


海育ちのイスルギは湿った土地が好きだ。

なので、ゴーストタウンをメインに、飽きたら次、合わなかったら次、というふうに気ままな放浪の旅を続けている。

ゴーストは人間の踊り子に恋心を抱かない所も、とても良い。


さて。


これは以前、イスルギたちふたりが最初の町に居た時のことである。


当時イスルギは町の踊り子の組合に入れて貰っており、この日は酒場のステージに出演していた。

1回目の出番を終え、他の踊り子たちとシュワシュワの果実水を飲みながら談笑していると、グラスか机からふわふわと浮き上がり始める。

それをぽかんと見ていると、踊り子の1人が


「誰の仕業かしら、迷惑ね」


と文句を言いながら、サイコキネシスを拮抗させ、ゆっくりとグラスを机の上に戻してくれた。

酒場でサイコキネシスを使ってグラスを浮かすなんて、酔っ払いの行動にしても非常識である。出禁必至だ。

見回すと、店員達は店の中の物が浮かないように気を配っており、そんな事気にも留めない様子でカップルと思しき男女のゴーストが揉めている。

興奮してどちらか、もしくは2人ともが無意識にサイコキネシスを暴発させているようだ。

聞き耳を立てると「言った」「言わない」を言い合っていた。

イスルギは「首突っ込んじゃだめよ」と止める同僚を「まァまァ」といなし、カップルの席へ歩み寄ると、言い合う2人の間にずい、と水晶玉を差し出した。

突然目の前に現れた水晶玉を2人は凝視する。


水晶玉には、揉め事の発端となった出来事であろう映像が映し出される。


……結果。

言ってはいなかったが、紛らわしい事を言っていた。

イスルギは私見を述べる。


「これは、わざわざ紛らわしい言い方をしようち言う悪意を感じるばい。余罪がありそうやね。」


こうして、男が3股をかけていた事と借金がある事と、この女が本命では無かった事が白日の下に晒され、以後、水晶玉は【監視者の水晶玉】と呼ばれるようになった。


浮気調査探偵イスルギ&水晶玉の誕生であった。






[あとがき]

シュワシュワの果実水は砂糖水を果物の皮についた酵母で発酵させた飲み物。炭酸のきめが細かく、喉越しが良い。さらに発酵させるとアルコールになるが、残念ながら他のアルコールと競合できるほどの美味しさは無い。

木の葉や花でも作られる。


女神は海神・雷神と、山神の信仰が混じり合う事で生まれた神なので、キメラである水晶玉にシンパシーがある。また、人々を救うために生まれた存在なので、仲間を救うために死んだという利他的な所にもシンパシーを感じているのだが、水晶玉もイスルギもわかっていない。

女神は縁結びの神でもあるので、恋バナ好きなのか?と思われている。




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