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第6話 露天商と上級呪物


 そして、俺はガンナに連れられて『裏通り商店街』という場所にやってきた。


「ここが『裏通り商店街』……これって商店街、なのかな?」


「まぁ、分かりやすく言えば闇市だな」


『始まりの街、ロルン』を出て南に行った林の中にひっそりと設けられている露天商。このゲームはオープンワールドではなかったので、多少は知らない場所があるのは仕方がないかもしれない。


それでも、こんな闇市があれば作中で出てきてもよさそうなものだが、全く知らなかったな。


 俺はどこかどんよりとしている雰囲気に気圧されながら、ガンナの後ろをついて行った。


「ガンナ、よくこんな場所知ってるね」


「冒険者同士の間では割と有名だぞ。いわく付きのものでも買い取ってくれるってな」


「いわく付きのものって、一体どんなーー」


 俺はガンナの言葉に答えながら、ピタッと言葉を止めた。


 いわく付きのアイテムなんて呪物以外ありえない。


 ということは、ここは呪物なんかをやり取りしているアイテムショップがあるということか?


 俺がいた世界では、この世界の呪物は厨二心をくすぐるアイテムとして、コレクションしていたプレイヤーも多かった。


 しかし、実際この世界では扱いが違うのかもしれない。厨二心をいくらくすぐったところで、腹は満たされない。


 そうなると、一円にでもなった方がいいから、それを売る冒険者も少なくはないはずだ。


 俺の知っているゲームでは、普通のアイテムショップで呪物の買い取りは行っていなかった。


 それがまさか、こんな所で取引されていたとはな。


 俺はそんなことを考えながら、露天商に並んでいる呪物に目を向ける。どれもが禍々しいなと思って見ていると、ガンナはそれらの呪物が並べられている露天商をスルーして、一番奥にある露天商へと足を運んだ。


 そして、ガンナはその露天商の女性の店員に手を上げて軽く挨拶をする。


「よー、モナ。繁盛してるか?」


「なんだガンナか。最近はめっきりだよ。冷やかしに来るなら、金を持ってるコレクターでも連れてきてくれよ」


 モナと呼ばれた女性はガンナを見るなり、大きなため息を漏らした。俺は砕けた二人の口調から、二人が気心の知れた仲だということを察した。


 モナと呼ばれた女性はガンナと挨拶を済ませてから、ちらっとガンナの後ろにいる俺に視線を向けてきた。


「その子は?」


「ああ、こいつは俺の新しい冒険者仲間だ」


「冒険者仲間? なんだい、あんたまだ冒険者と繋がりなんかあったのかい?」


 モナにそう言われたガンナは気まずそうに頬をかいてから、思い出したようにちらっと並べられている呪物に目を落す。


「まぁな。それよりも、モナ。売れなくて廃棄にも困ってるような呪物ってあるか?」


「そんなの山ほどあるよ。なんだい、今さら」


 モナはガンナを怪しむように目を細める。すると、ガンナは手をパチンと合わせて頭を下げた。


「なぁ、いくつか譲ってくれないか?」


「譲るって、呪物をかい?」


 モナは思ってもいなかった言葉だったのか、目をぱちくりとさせた。それから、しばらく考え込んでから、ちらっと俺を一瞬見てから続ける。


「ここで何か買ってくれるなら、おまけでいくつかくれてあげるよ」


 ガンナは苦い顔をしながら口元を緩め、後ろにいた俺を見る。


「ノーン、何か良さそうなのあるか?」


「ノーン? なんだい、その子に呪物を買ってやるのかい? ガンナ、呪物がどういうものかちゃんと理解しているんだろうね?」


 俺はモナに詰められるガンナをそのままに、モナの露天商に並んでいる呪物に目を落す。


しかし、いくら真剣に見ても並んでいる呪物にどんな効果があるのか分からない。


ゲームの中で見たことのある奴なら分かりそうなものだが、結構知らない呪物が多いみたいだ。


 俺はそんなことを考えながら一通り呪物を見ていたのだが、ピタッと一つの呪物を見て動きを止めてしまった。


「え? これって……」


 他の雑に置かれている呪物とは異なり、高そうなネックレスでも飾るように置かれている呪物。それを前にして、俺は自然と手が引かれていった。


「ばかっ、そんなもの触るんじゃないよ!」


 しかし、俺の手はモナに掴まれてしまい、その呪物に触れることができなかった。俺は代わりに真剣な眼差しをモナに向ける。


「これ、上級呪物ですよね。『妖狐の鎖』じゃないですか?」


「っ。知っているのかい。それは上級呪物でもいわく付きだ……人殺しの道具だよ」


『妖狐の鎖』。昔、妖狐がとある村に現れたとき、妖狐を封じ込めるために使われたと言われている特別な鎖だ。


 しかし、逆にその鎖は妖狐の妖気に当てられて、妖狐が武器として自在に操ることのできる鎖へと変貌してしまったらしい。


 そして、『妖狐の鎖』はステータスを急増できる呪物として有名だ。


 『妖狐の鎖』を着用すれば、爆発的な攻撃力と防御力、素早さを手に入れることができる。まぁ、その代償として、HPとMPを大量に消費することになるのだが。


 しかし、人殺しの道具として使われているというのは聞いたことがないな。


 俺がしばらくモナを見つめていると、モナは気まずそうに俺から目を逸らした。そして、モナは『妖狐の楔』を入手したときのことをゆっくりと話し始めた。


 モナの話によると、この手の呪物は悪用されることが多いらしい。『妖狐の鎖』を売りに来た貴族も、人を殺める道具として『妖狐の鎖』を使っていたらしい。身に着けさせるだけでHPとMPを大量に消費させることができるということは、相手を簡単に衰弱状態にもできるということだ。そんなふうに使われてもおかしくはないのだろう。


しかし、その貴族の男はドジを踏んでしまい、犯行がバレそうになってしまったとのことだから、慌てて『妖狐の鎖』を手放そうとしてモナの露天商にやってきたらしい。


 すると、一通りの話を聞き終えたガンナは大きくため息を漏らした。


「おまえ、露店でなんて物扱ってんだよ」


「金を積まれたんだ、仕方ないだろ。『金を払うから、これを受け取って欲しい』なんて言われて、断れるはずがない」


 モナは眉間にしわを寄せると、ぷいっとガンナから視線を逸らした。


 俺は二人のやり取りを見てから、視線を『妖狐の鎖』に戻す。


「ちなみに、これっていくらで売ってるんですか?」


「売り物じゃないよ。それは、呪物のことを知らない奴に押し付けるために、置いてあるんだ。何も知らない無知なコレクターなら、呪物で人殺しをしようなんて思わないだろうからね」


 モナは深くため息を吐いて、どこか遠くを見た。


 確かに、中途半端に知識がある物に売ってしまったら、それがまた犯罪に使われてしまう。そうなると、何も知らない人に押し付けてしまった方が安心できるのかもしれない。


 でも、ここに呪物を買いに来るコレクターに、無知な奴なんていないだろう。


 要するに、お金に目がくらんで受け取りはしたが、『妖狐の鎖』の扱いに困っているって感じだろうな。


 俺はそう考えてモナがこちらを見ていない瞬間を見計らって、ぱっと掛けてある『妖狐の鎖』を手に取った。


「お、おいっ、ノーン!」


「え? ば、ばかっ! 何してるんだい!」


そして、驚いて俺を止めようとするガンナをそのままに、俺は『妖狐の鎖』を首にかけた。モナがガタッと椅子から立ち上がって手を伸ばしてきたので、俺は軽く後ろにひょいっと避ける。


 うん。着けた感じ、特にHPもMPも削られてるって感じはないな。


 俺は着用前と比べて気だるさも何もないのを確認してから、モナにニッと笑みを向ける。


「モナさん。それなら、犯罪以外の方法で有効活用できる俺に譲ってくれませんか?」


「か、活用って……あ、あんたなんで、そんなにピンピンしてるんだい? 上級呪物だよ、それ」


 俺は困惑しているモナを安心させるために、笑みを深めて続ける。


「大丈夫です。俺、死なないんで」


 俺がそう言うと、モナは力なく椅子に倒れ込むように座り直した。


 何が起きているのか分からない。モナはそう言いたげな目で俺を見つめていた。


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