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【第193話】箱庭 湿地帯 その3

…。


「あなた ・・・・ どれだけ人を喜ばせることができるの?」


 リツコがそう言う。彼女の頬は赤みが帯び、その艶やかな肉体からは意識を朦朧とさせるほどの生々しい香りが放出していた。反対にニストンはベッドにいるのにも関わらずそれを冷たい地面にしてブルブルと身を震わせている。「彼女の手中に落ちた」いや、もっとひどいものなのかもしれない。自分はニストンの心の根に与える彼の情熱そのものを彼女が吸い上げたように感じた。羨ましいと思うのはその映像だけで、実際の彼の気持ちや心を考えると哀れみすら覚える。


「分かりません ・・・」

 彼は小さくそう言う。


「しょうがないわね」

 リツコがそう言うと、機敏な動きで再度キッチンに足を運ぶとあの時料理していた物に熱を再度通していた。


…。


「僕は何をすればいいのかな?」


( ・・・ )


 ニストンに料理が運ばれ、ガツガツとそれを食べるとやっとのことで彼は重い口を開く。口の周りは食べ物のカスが付着し、前の行儀正しい彼の様子とは打って変わってしまっている。まるで赤子に戻ってしまったような彼のその様子に自分は開口してしまう。


「やっと私の目を見てくれたのね」


 リツコがそう言うと、つらつらと仕事の話をし始めた。


…。


 これがこの女のやり方…。自分にも一度牙を向けてきたはず。なぜこの手段を彼女が取らなかったのか。いや、羨ましい訳ではない。ただ少しの違和感を覚えたのだ。二度ry…。


 まず彼女はニストンに資料作成を命じた。それは彼の教団を神格化する上で必須な大事な物になると彼女は言う。幸い戦時中のこの時、魔獣の資料はいやというほど出回っていた。その輪と、ニストンの今まで大学で行っていた研究の技術の輪が重なっていた。彼はその仕事を快諾する。


 次にマニュアル作り、これはほとんどリツコの事業の真似事のようだった。


「あとは彼ともっと仲良くなりなさい ・・・」


「ねぇ ・・・・ 聞いてるんでしょ?」


( !? )


 最後にリツコがそう言う。一瞬どきっとした。自分の事を見抜いているのかと思ったがそうではなかった。


「聞いていますよ」 「はっ な!?」


 タコがニストンの口を借りて言葉を発する。それにニストンは驚き、自分の心とリツコの目を相互に見た。


「知らなきゃ来てないわよ 何だと思っているのよ私のこと」


 スーツを着たリツコに鋭く睨まれる。彼女の火照った顔はこの時すでに青ざめ、発するその言葉の鋭さにニストンはさらに縮こまる。


「あなたは 知っていますね あの場所を 懐かしい匂いがする」

 脂汗をかき何も言えないはずのニストンの口からタコの声が響く。


「ええ 知っていますわ あなたはあれをどう使いたいのかしら?」


(あの場所ってなんだ?)


「ただ僕はみんなの所に帰りたい 帰ってみんなに「お礼」しなくちゃならないんだ」

「だからあれを壊したい」

 タコがそう言う。


…。


「壊すとどうなるのかしら?」

 リツコがいつになく真剣な顔つきになったのがわかった。そう問いかける言葉もかなり選んで発したようだった。


「どうにもならない ただ「#%%&$&"#」になる」

「なんですって?」


 リツコがタコの言葉を聞いて顔をしかめた。


「彼の頭の中に ・・・ 私達の呪文の言葉は無いだからそれを言っただけ」


「詳しく教えてもらえないでしょうか?」

 リツコは鋭い目つきでそのまま、彼と向き合う。


「無理だ ・・・ 少しはあなたにもこの彼にも備わっているようだけど」


「 ・・・・ 」


 リツコは顎に手を当てニストンの顔を深く見つめていた。ニストンはタコとリツコの会話に全く入っていくことができないばかりか身動き1つ取れない様子だった。


「知りたいんでしょ? 僕に協力してくれたら知れるかもよ」


 何かを考えているリツコにタコはそう言う。リツコはハッと顔を素早く持ち上げその言葉に驚いていた。


「キミ達が言う「命」が一杯欲しい それだけでいい」

 続けてタコがそう言う。


( ふ ふざけろ ・・・ )


「 ・・・・ 」


 この時リツコも苛立っている様子が見て取れた。無言でタコの言葉を受け止めていた。そもそも彼女は何が目的なのか、自分には分からない。


「だから私なのね」

 リツコはそう言い悔しい表情を作った。


「 っ !! なっなにをしたの?」

「もういいよ 兎に角 あれが邪魔なの 手伝ってもらうよ」


( !! )


 彼女が驚き、声を上げる。タコは何かをリツコにしたようだった。ニストンの目からはそれが何か自分には捉えることができなかったが、おそらく「とり」が使ってきたあの透明な触手と思うことにした。


「別に断ってないのに ・・・・ 何をしてくれたのかしら?」


 リツコは胸を抑えながらもこちらを捉えている。今までの冷静な表情は一変、怒りの眼差しだ。


「大丈夫 君が逃げださない限り「潰さない」から」


「何よ 私が言うセリフだったのに ・・・・」


…。


 その後。


 リツコが帰ってからもニストンは必死になって資料作りに励んだ。何かにとり憑かれたように、いや実際そうなんだ。哀れにも彼の中から聞こえてくる声とリツコの「脅し」に従って何日も何日もそれに明け暮れた。


 集会に出る時は白いマスクを被り彼の充血した目だけが人々に触れる。それを見た人々は前にも増して彼の事を慕うようになった。「怒り」とか「疲労」の様子は周りの人を巻き込む。不安定な状況の中、彼とリツコの資料は人々の心の平穏を得るきっかけにすらなっていた。


 彼自身の気持ちで作ったものではない資料によって教団は瞬く間に規模を大きくしていった。


…。


「あはは ・・・」


 ニストンが真夜中の自室で町を見下ろし、そう声を漏らす。


 いつの間にやら用意されているリツコの料理を温め直し、それをガツガツと口に放り込む。味わうというよりも単なる栄養補給といった様子、彼はこの時もうすでに根っこの性格をそぎ落としたかのようだった。


 汚らしく食べるその有様は見ていられないほどであった。


 ゲップと共にソファにつき、軽く目を瞑る。そして数分後には又仕事に戻った。


( ・・・ )


 この時パインに彼の心の本当の声を聞く機会は得ることができなくなってしまった。

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