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【第192話】箱庭 湿地帯 その2

『利用して その人?も 「同類」あの男と同じように』

 ニストンの頭の中で自分ではない何者かが、彼にそう話しかけている。


(こいつは ・・・)


 もうこの時はその声が誰なのかはっきり分かった。子供のような声、得体の知れない首の埋まった怪物。つい先ほどあの「空」で舞見えた気味の悪い奴。ニストンに寄生するあの洞窟で接触してしまった奴。


 だが、奴は自分がここにいる事に気が付いていない、つまりここは過去のニストンの心。よって直接あの奴とは別の意識下に置かれていると思うことにした。


(あの男 ・・・ ?)


 そのタコはあの男と言っているが、恐らくやーさんだろう。ニストンが初めて人を殺したあの時、それを目撃しその後から一緒になって教団を作り上げたあの人。


「ゲームばっかりで頭が回っていないのかしら? 無視は傷つくわ ・・・・」


 鼻の低い蛇顔、リツコと名乗る見た目麗しい女性が何も返事をしないニストンにそう話しかけた。言動とは裏腹に彼女の口角はゆっくりと上がって行っていた。


「僕に何か用ですか?」


 ニストンがそう話す。この時彼はリツコの事は見ていなかった。


( ・・・ )


 ニストンにとっての現実はもはやゲームの中と、やーさんと一緒になって運営する教団のみ。彼はほとんど外に出歩かなくなっていた。一緒とはいってもそのほとんどをやーさんに任せていると言ってもいい。


 ニストンはたまにこの白い衣装とセットにしているマスクを被って集会に座っていればそれで終わりだ。あとはやーさんが全てを取り仕切る。この時のニストンにとっての教団の活動は頻度の少ない犬の散歩のようなものだった。


「その枝 枯れるわよ」

 リツコがそう言う。


「 ・・・ 」


 ニストンはそれを無視する。だが、心の底で溜まって動かない水に落とした片栗粉のような粘度のある物がその言葉で少しだけかき混ぜられ上へと躍り出てきていた。それが良い事なのかそれとも別なのか、まだ自分には判断ができない。


「知ってるわよその枝 「リンゴ」 よね」


 そうリツコが言う。恐らく彼女はニストンのこれまでを全て把握しているようだった。アッシュと同じように人のことを嗅ぎまわるのは得意なようだ。


「それが どうしたっていうんですか」


 ニストンは動揺していた。彼女の存在を初めは無いものとして扱っていたが、次第に現実味を帯びて膨らむ人という意識の集合体に自分のそれを向かわさざる負えない様子だった。しかし、彼は自分の気持ちを無視してゲームを次のステージへとアイコンを押し、進めた。


「私と組まない? そうねその枝に果実を実らせることも サージュって娘」

「黙ってください あなたが何なのか知りませんが これ以上余計なことを言ったら部屋を出て行ってもらいます」


 リツコの返事を押し切るような形でニストンが声を荒げて発した。


「あら ・・・・」


 ニストンはゲームのコントローラーを床に投げ、リツコを睨むようにして見ていた。しかし、彼のその剣幕はリツコにとっては都合のいい物なようだった。彼女は笑みを抑えるのに必死な様子だ。


「だめよあなた ・・・・ そんなに貯め込んでちゃ 座ってもいいかしら?」

 リツコがそう言う。


『利用して そうじゃないと全部台無し 』

 タコがそうニストンに言った。リツコと同調するように彼の心をかき乱しにかかる。


「「黙れ!! 黙れ黙れ!! どいつもこいつも俺の事利用しや」

 普段冷静な彼も同時に攻め込まれ、つい根を上げてしまった。


「大丈夫 ・・・・ きっと上手く行く」


 発狂したニストンを鎮めるかのようにリツコは彼の座るソファにサッと身を滑り込ませる。彼の隣に座ると、怯える彼を抱くように彼女の細い腕を彼の肩に回した。


( うおっ ・・・ )


 えも言えぬ良い香りが自分にまで入り込んできた。熱く火照ったニストンの体は彼女の冷たい体がぴったりとくっついたことで、その熱がみるみる吸われていくようだった。


「何が! 何を ・・・ 上手くいかせるってんだ 俺は何も ・・・」


 ニストンの声色は即座に静まった。そう言う彼はその事に気が付いていないようだった。人を扱いなれた彼女の仕草と声色、そして「香」まで彼女は巧に使いこなす。


( ・・・・ )


「大丈夫 あなたの事ちゃんと調べた 私なら守って上げれる それに ・・・・」

 リツコがそう言う。


 彼女の顔が俯くニストンの顔に触れる。そして彼の首筋に彼女の小さな綺麗な顔が埋まる。彼の鼓動は今度は彼女に対して熱を送るようにして再度強くそれを打っていった。一気に心と体を彼女に捕らえられていた。


「私もあなたの助けが必要なの だから」


…。


 ニストンの熱は彼女にみるみるうちに吸われていった。今はもう、生きていくために必要な熱を必死になって生み出していくのみ、ブルブルと体は痙攣し、彼の切れのある頭はもはやまともに機能することができない。


「何か作るわ キッチン借りるわね」

 リツコがそう言う。


「 ・・・ 」

 ニストンは彼女の問いに無言で返す。


 彼女はシャツを羽織り、そのシャツとほとんど変わらない色の白い素肌をニストンに見せながらペタペタと綺麗な床を素足で歩いて行く。彼は朧な意識で妖艶な彼女の後ろ姿を見つめている。


( ・・・ )


 何があったのかは言うまでもない。自分も彼女と接触したことがある…。自分のそれより濃厚なものをこうして彼の頭で見てしまう。止める手段があれば自分は止めていた、きっと止めていた。


…。


『トントントン ・・・ 』


 キッチンからまな板に包丁が触れる音が簡素な白い部屋に響き渡る。無常なまでに心地よいその音は彼の頭の中で理性をかき乱す。


「そういえば あなたのところのフォロワー いや 信者はどれくらいいるのかしら?」

 キッチンからリツコの声がやってくる。


「今凡そ100名くらい です ・・・」

 ニストンは布団を鼻すれすれにまで被り、その問いに答えた。


「私のはその数の右上に3がついてるわ」

 リツコがそう言う。誇らしげで、どことなく刺のある言い方であった。


「すごいですね ・・・」

 彼女に言わされるようにニストンはそう言う。彼女と肌を触れ合った事による後悔と肉体的な疲労がそれ以上の言葉は彼の口からは出なかった。


「こうして政府に特別な篭を用意されておいて ・・・ あなた一体何をしているのかしら」


「お墨付きなのよ それなのに目立たなさすぎる 地味 もっとできるはずよ」

 リツコがそう言う。


「あなたみたいには ・・・ なれそうにないです」


 ニストンがそう言う。彼の少しのプライドが彼女のその言葉で傷つき、その膿が膨らんでいく様子であった。


…。


「できたわ」


 料理が終わった彼女はお盆を手に彼のいるベッドにやってくる。どこから仕入れたのか分からない豪華そのものの料理をそのまま彼に手渡した。そして手の空いた彼女はニストンの背に絡みつくようにしてベッドの中に入っていった。


「食べさせてあげる ・・・・」


( ・・・ ゴクッ)


 物凄い光景であった。まるで蛇が鶏を絞め殺すようなその絵に自分は目をひん剥いて見入ってしまった。


「こんな狭い所で  可哀そうに」


 彼女の甘い吐息が首元から耳に入り込む。薄いシャツ越しに伝わる彼女の低い体温とえも言えぬ感触が彼の全神経を麻痺させていくようだった。


「あなたが足りない物  教えてあげる」


 彼に1口、2口と器用に牛肉のような物を食べさせていく中、彼女がそう言った。


「 ・・・ 」


 彼はその問いに答える事ができない。変わりに口の中はお祭り騒ぎ、味わった事のない様々な味覚が彼の脳内で踊った。


「こんなものあり合わせ つまらない物 あなたが欲しいのは」


 リツコがお盆を彼の元から遠ざけ、ニストンの首の後ろから彼の髪をかき上げ手で掴み上げると彼女と向かい合わせになる。そして顔を接触させ、あのコップに入った枝に彼の顔をそこに無理やり向けた。


「リンゴ ・・・・ でしょ?」


『 っうっ … ぐふっ 』


 ニストンは心の深い所を抉られていた。彼からしたら初対面の謎の美女、普通ならありえない。追い返すのが良い所、だが彼にその力は残っていなかったのだ…。


(落ちた ・・・)


 彼の目からは涙が止めどなく流れ落ち、助けを求めるように彼女の胸の内にすがってしまった。


 こんな物見るとは思いもしなかった。人の心が折れる瞬間をこう間近に見てしまうのは結構きついものがある。穴があれば入りたい、だがその穴がここなんだからどうすることもできない。ニストンの思考の変遷を体験することで自分まで気がおかしくなってしまいそう。


「あなたならこの世を変えることができる ・・・・ 一緒にやれるわね?」

 リツコがそう言い、再度ニストンの首に顔を埋めた。


「な 何をすればいいの?」


( ・・・ )


 彼の心の中が一気に燃え上がった。静かな青色の霧状の彼の心はこの時、血のような色の炎が辺り一面に散らばっていた。


「やっと返事してくれたのね  嬉しい」

 リツコは大きな口をギョッとするほどU字に形を変え、目を細めて彼にそう言った。


「そうね まずは 私の体を」


…。

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