【第184話】箱庭 空で踊る その1
「木槌に!!」
パインは叫ぶ。
(うわぁあああああ!!)
巨人の手の平が迫りくる。もう無理だ。到底避けきれる大きさ、広さじゃない。空から差し込む光りはそれに遮られてしまっていた。
形を変えたクルートを両手でガシとしっかり掴み、落下する。オロチの口につっかえさせたように今回も同じことをしようとパインは考えていた。
『ゴォォ』
大きな物体が空を切る嫌な音が空全体で鳴っている。
(あれ ・・・ ?)
『ズズズ ズシーーーン ・・・』
踏ん張っていたのに手ごたえが全くない、そのまま落下。辺りは真っ暗で何も見えない。
『トン』 『ズズズ ・・・』
なぜかパインの足が鳴る。そのまま崖を滑るようにしてなんとか身を立たせることに成功?
(そうか ・・・)
手の平が大きすぎて、互いに密着することができないということに今気が付いた。
『大丈夫か!?』
クルートがそう言ってきていた。
「うん! うぁああああ!!」 『グィィーーーン』
そう気持ちよく返事をした直後にバランスを一瞬崩してしまう。手が動き、下と上でそれが別れていった。木槌を杖にしどうにか転倒を免れた。
そして、ようやっと日が差し込む。それに目が少し眩んだ。
手で陽射しを少し避け、はるか上空を見上げる。
「ひょええ ・・・」
ついそう口にしてしまう。
そこには巨人の顔がこちらを向いて自分を目で捉えているようだった。しかし3つの点しかない顔から何を訴えているのかは全くわからない。
「 ・・・ 次はなんだろ」
周りには大小様々な雲が浮いているようだ。時折パインが立つこの場が霧に覆われ視界を悪くさせている。
パインは呟き、身を構えながら状況を頭に入れ込んでいった。
しかしこの時、パインは巨人の口から点が1つ、ぬっと飛び出している事に気が付いていなかった。
「どうしよう ・・・」
クルートに訴えかけるようにそう言う。
『どこかにこいつの核があるかもしれん おまえの「勘」とやらは働かないのか?』
そう突拍子もないことを彼が言ってきた。
「勘? ・・・ そんなもの俺は」
( はっ!?)
そう言ったこの時、この自分を乗せる大地となった巨人の手の平のはるか先、腕に小さな影が物凄い早さで動いているのに気が付いた。そしてその移動する先は…。
「ここっ?!」
そう言い急いで上を見上げる。
「う ・・・ うぇぁっ!!?」
パインに向け急降下する白い塊。鳩じゃないのは明らか。かなりの質量を持っているようだ。
『ヒュン』 『『バァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!』』
…。
「お~~~ ほっほ ・・・」
直撃は木槌でどうにかガード。その反動をどうにか全身で押し殺してその物体から距離を取った。
「なっ?!」」
そう声を上げてしまう、両手に納まっていたはずの木槌は…。
『すまん 防いだが ・・・ 俺はもう ・・・』
真っ2つに折れてしまっていた!!
クルートが苦しそうな声をパインに聞かせてきていた。
それは白い光をあげみるみると小さくなり、自分の両手の平に小さなかなりの負傷を負ったカラスが収まる。
クルートは体の芯を折られ、ビクビクと痙攣、そのまま淡い光を放ち消えてしまいそう。
「「クルート!!!」」
『 ・・・ 』
そう叫ぶも彼からの返答はない。
…。
「やっと邪魔なのがいなくなったなぁ」
代わりに声を上げたのは目の前にいる白い怪物。
「おまえ ・・・」
姿は知らねど誰かは分かっている。やっとお出ましになりやがった。
霧が晴れその姿が露わになる。
大きな白い鷲の魔物。体高は3mほどか。
顔は鷲ではなく中性的な顔立ちの男性か?どちらともとることができる。
金色の髪は長くでパーマを当てているよう。大きな白いローブを全身に纏っているようだ、顔の後ろのフードはあいつがスクリーンで見せたイカの頭の形をした帽子のようだ。
全身のローブのようなそれは白い細かい体毛のようにも見え、随所に綺麗な金色の模様に刺繍されているかのよう。
巨大な翼、爪を持った太く短い脚。
もはや人と形容するのは変だが、胴体からは人の腕を思わせるそれが2本ずつ対になって4本生えている。
胸は女性のそれだ。悪趣味な。胸の中央やや上に大きな宝石が埋め込まれ、さらにはいくつもの宝石がぶら下がったネックレスを何重にも付けている。
それだけかと他を見回すと、足や腕にも宝石を埋めた金色のブレスレットがつけられている。
ラスボス臭、いや、うさんくささが半端じゃない。
「随分 手こずらせてくれますね?」
『バサァァー』 『バサバサ』
そう奴が言うと、翼を広げその中からあの先ほど襲ってきた鳩が数匹姿を現し、奴の周りを浮いている。
『すまない ・・・』
そうクルートが最後の力を振り絞るかのように呟くと白い靄になり…、消えた。
『大丈夫少し休んでて ・・・ ここはどうにかする』
居なくなった彼にそう呟いた。彼の姿は見えなくなったが、何故か存在そのものが消えたとは思えなかった。
『ギュ』
パインは両手を強く握り、拳を作った。
今までパインは気が付いていなかったが、先ほどの鳩の強襲で大分傷を負っていた。
(くっ ・・・)
随所に切り傷がありそこが痛んだ。一番気になるのは顔に垂れてくる血か、頭を深く抉られてしまっているようだ。痛みよりも顔を這うその生暖かい血の感触が嫌だった。
だが、その程度。クルートと比べたら屁でもない。自分を守るためにあの巨体の直撃を食らってくれた彼と比べたら!!
「1人で何ができるんだい? パインさん ・・・」
「とり」の顔が歪み、笑顔をこちらに向けた。
( ・・・ っふ)
これがニストン?何をどうしたらこんなに気持ち悪くなれるんだ。まるで人の皮、獣の皮、ありとあらゆる力のある存在を無理やりくっつけたような醜い姿。これは本来の彼じゃない。
(目を覚まさせて やろうじゃないか ・・・)
怒りじゃない、闘志の源がどこからか湧いてきた。
『ギギギギ』
パインの拳が音を立てていた。
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「黙れ!!「忘れている」奴に何を言われても 堪えるわけ!」
「なぁいじゃないか!!」」
体が奴との距離を勝手に詰めるようだった。この安定した地面を蹴り、全身全霊を込めた拳を奴に叩きこむ!
『『ガゥン!!』』
「「うひょひょ!!」」
奴は大きな翼を前に持ってきて自分の渾身の右ストレートをガード!
『ブゥンッ!』 「「うっ!」」
反対の翼でパインの胴を捉え、吹き飛ばしてきた。宙にそのまま浮かされてしまう。
「くらいなさい 天罰を ・・・」
奴がそう言うと4本の手の内の1本に先に緑色の宝石が付いた杖をどこからともなく取り出し、天に掲げた。
『ゴロゴロ ・・・』
…。
『『ダーーーン!!』』 「「なっ!?」」
急に空が暗くなったかと思うと、そこから絶対不可避の雷が、
「「うあぁああーぁああ!」」
パインの身を焼く!
『トン』 「はぁ ・・・」
「どうやら僕を傷つけたいようだね ・・・ ふぉふぉ」
奴が杖を持ちながら身を後ろに反らし、そう言う。
( んなぁ ・・・)
体の芯から焼けるような感覚だった。
だが!
「「まだまだぁ!!」」
雷に打たれながらも平衡感覚は麻痺していなかった。地に足を着き踏ん張る。
自分の焼けた匂いもさして気にならない!頭の出血が止まったようで逆に喜ばしい限りだ!!
「おいしくなぁれ ・・・ かな?」
「とり」が笑いながらそう言う。気持ち悪い。
「「うあぁあああああ!!!!」」
叫び、自分を鼓舞する。
(よし! ・・・)
少し体が膨らんだように感じる。おそらく角も生えた。ここからだ!あの昔の自分を見て分かった、自分の力はこうした場面で力を発揮するんだ!
(そうだよ ・・・ 聞いておかないとな)
『ググ』
右手を地面につけ、身を屈める。
「「なぜ 俺はお前の心の中にいる!?」」
『ビュン!』
突進のため地面を蹴る前にそう叫ぶ。やっとタイマン張れたついでにそう聞く。
『バァゴッ!』
奴の翼のガードに直撃。硬いそれはうまく威力を吸収している。
「「まだまだぁ!!」」
ガードした翼をそのまま掴み、奴の内側に入り込むように身を捻る。
『『バゴボゴッ! ザッシュ! ドンッ!』』
(んなっ!)
羽の内側ではパインを待っていたかのように多種多様な得物を奴は握っており、それの攻撃を食らう。最後はフルメタルのいかついこん棒で自分を殴りつけ、距離を離される。
「「行きなさい!!」」
『ビュ ビュビュ ビュ!!』
そのまま奴の掛け声と共に連れの鳩をパインに目掛け突撃をさせた!
『ドスドスドスドスドス』
「「あああ!!!」」
何体かの鳩が槍の形状に変化しパインの体を貫通していった。
(いや ・・・)
腹に突き刺さっているのが1匹!
(んにゃろうめぇ ・・・)
『バリバリ ・・・』
そいつを一匹頭から丸かじりしてやる。丁度腹が減って来た頃だ。
…。
「パインさん あなた ・・・ 今のあなた 素敵ですよ フフフ 」
(はぁ ・・・ ?)
急に女みたいな口調で話してきやがった、俺もおかしいが奴も相当だ。
「先ほどの問いですが ええ確かに私はあなたを欲しております」
「 はぁ? なんだ早く言え! 」
自分は早く奴とやり合いたい。
「ええ あなたの中に「ある物」と私で この世界をもっと素敵にできます」
こいつは…。「とり」か?ニストンなのはおろか、少し前のあいつですらない気がしてくる。自分の中に何があるってんだ、そんなもの知らない。
「素敵にして何になる?」
あまり興味はないが、聞いたのはこっち、答えを聞かせてもらおう。
「あなた方にはわかりませんよ あちら側を覘かない限りは ですね」
意味がわからない。
「何を言っている? そのあちら側のために自分達の世界の人を殺していいってのか?」
「違いますよ 殺しておりませんきちんと生きております あなたも見たでしょう?」
「見た だが あれは心の中だけだろ こんなヘンテコな所にいたら頭おかしくなっちまうじゃねぇか!」
「ふふふ だから素敵にするんですよ お分かりになりましたか?」
「わからねぇ!!」」
「はい 存じております あなたは知らないのです では 続きをご所望でしょう?」
「っけ!」
束の間の会話で鳩の肉が胃を降りた、十分だ。
胸糞の悪い奴。「とり」だかニストンだかタコだか知らん!とにかくとっちめてやるのが先決だ!
「「何度やってもここは私の中 無理なのを教えてさしあげましょう!」」
奴はそう叫ぶと今度は大きな杖と大剣が奴の腹からニョキと飛び出してきた。それを2本の腕で右と左に握り構えた。前に持っていた剣や杖、こん棒は地面を転がり、消えた。
確かに何でもできるようだ。あの狂った姿もそうだが、得物まで自在。
その杖はさらにゴージャスで、中央の丸い水色の石を金色の爪が鷲掴みしている。
剣もものすごい切れ味をもってそうだ、日が刃を輝かせている。
(だが ・・・)
(あいつは嘘をついている)
あいつをとっちめるのが無理だったら何故わざわざそんないかつい得物持つ必要がある?それに足元を見れば分かる。奴は小さく震えている。
自分の存在に明らかに恐怖しているのが言葉とは裏腹に体に出てしまっている。
(まぁ でも ・・・)
この半透明な大地、この巨人の手の平に自分の血がポタポタと垂れている。余裕はない、奴の手の内、自分が不利なのは明白。
(はは ・・・ だからといって!!!)
『ググ』
全身に力を込める。
『ボッシュン!!!』
(この闘志 止めるわけにはいかないっ!)
地面を蹴り、再度奴に飛び掛かる。その瞬間に奴の杖の先が光る。
そして巨大な氷の塊がパインの目の前に出現した!
「ふんっ!」 『『バギィーーーン!!』』
左手のジャブで粉砕!!
『ブゥン!』
「とり」の大剣が襲い掛かってくる!
(遅いっ!!)
空中で身を捻り避ける。
仰向けのまま、宙を蹴る!
『『ドォォン!』』
(届いた!)
奴の顎に自分の頭が入った!宙を何故蹴れたのかは知らない!
「うっぐっ!」 『『バァサッ バァサッ!』』
奴はくぐもった声を漏らし、威力を殺すべく超巨大な翼で宙を舞った。
(思ったよりもでかいな ・・・)
「「いったいじゃないですか!!」」
奴が声を上げる。
(ざま ぁ ない)
もういっちょお見舞してやるか。
『グ』
腹を凹まし力を集中させる。
「「来いよ こっち うぁああああああああああああああああ!!!!!!」」」
自分の雄たけび、あはは笑える。明らかにこの奴の心の中の空気が震動したかのよう。
一瞬だけ青い空と雲の背景に砂嵐の画像が映り込んだ。
「むむ ムム むむ」
「とり」はその震動を浴び、腹の毛が逆立っていた。変な声を上げていて滑稽である。
しかしそれを持ちこたえた奴は。
「「行かせてもらいますよ!!」」
そう叫ぶとあの大きな杖を天にかざした。