【第181話】箱庭 空 その2
『ゴォ』と風を切り2人の青年は空を舞う。パインはその暖かい風を受け髪を後ろになびかせる。彼はこの時、この風の暖かさについて何の疑問も湧いていなかった。
…。
「この光の粒子の数って ・・・」
パインはまだこの漂い続ける光を見つめていた。巨大な花火の形に形成された「無数」の粒子、つまり…。
かなりの人が元の入れ物を去ったということ。
数万では効かない、これは…。
「黄花病で亡くなった人達?」
そう独り言のように言った。
「 ・・・ 」
クルートはその独り言に無言で返事をしてきた。
「人だけじゃない 見えないだけでその他の生き物も空に漂っている」
クルートが重い口を開く。
「そうなんだね ・・・」
不思議な感覚だった。「母の死」という受け入れがたい経験がこの絶景を通して少しだけ腑に落ちてくるような感覚。
( ・・・ )
嘆き悲しむことすらできなかった自分、そして自分の周りの人が「母やその他の亡くなった人の事」をどう思っているかすら考える事ができなかった自分。
それらを思い出し、胸が痛んだ。
(自分は「これから」どうすればいい?)
風になびくクルートの羽毛は指の間からくすぐるようにして自分を応援してくれているようだった。
(わからない ・・・ けれども)
「進む!」
「痛っ!!」」
「あっ ごめん!」」
気合を入れすぎ彼の首元を強く掴んでしまっていた。
…。
「この魂たちはどこにいくのかな ・・・」
自分の気持ちがいい位置に納まると、今度は彼らがどうなるのか気になってきた。
「その答えはすぐにわかるぞ ・・・」
クルートがそう言う。
「あっ ・・・」
丁度その時、地平線の先から太陽が丁度登ってきていた。
空に乳白色の光りを与え、海を輝かせ、そしてこの国を照らしていく。
これが毎日行われていると思うと、いかに普段何も考えずに生活してきたかが浮き彫りになってくる。壮大な景色は様々な事を思い起こしてくれる。
「下を見ろ ・・・」
クルートがそう言い、下を覗き込む。
「えっ!?」
またしても見たことのない物体が目についた。
それは自分の町の上、ちょうど都心のあたりからヌッと沸いたかと思うとみるみるうちにその姿を拡大させていっていた。半透明のそれは凡そ人の形をしている、どちらかというとあの木でニストンに語り掛けてきた謎の人型の生命体を連想させた。この異変の元凶、おそらくそれだ。
『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ』
「ちゃんと掴んでいろよ!」
「わかっ ・・・ うぁああああああ!!!」」
クルートはそれに飲み込まれないよう、身を翻し物凄い早さで空を切った。
『ビュオオーーーーーーーーーーー!!』』
風に乗ったパイン達はまた高度を上げる。
…。
「でっ ・・・ か」
半透明の巨人はこの国を跨ぎ、もはや頭は空のさらに上にまで届いているようだった。
パイン達が飛んでいる空からは彼の股がちょうど自分の目線の高さになっている。
「まだだ ・・・ 行くぞ!」
「えっ!? うわぁあああああ!!」」
クルートがまた急降下し、突如湧き出た巨人から距離を取っていく。
(あっ!?)
その時、巨人の腕が動き、遥か上から何か黒い布のようなものを投げているのが目に映った。
「「うああぁあああああ!!!」」
クルートがさらに速度を上げ、その布を避けるようにして加速していた。
上空から黒い布、いや網目状の何かが、だんだんと距離を縮め襲い掛かってくる。
…。
「ふぅあああ ・・・」
最後の最後はそれを潜り込むようにして避けることに成功させていた。早くその事を知らせて欲しかった…。
彼を持つ手は汗をかき、いつ振り落とされるのかわからないほど濡れてしまっていた。彼の首元からいつ振り落とされてもおかしくない状況。
パインは少し彼に悪態をつきそうになっていた。
「気を抜くな ・・・」
そんな事をする間もなく。彼がそう言うと今度は旋回。
「「ちょっと! もう少し前に言ってよ!!」」
せめてもの文句をここで言わせてもらった。踏ん張る体はかなり疲れてきていた。
旋回する景色、パインは痙攣しそうな手でクルートを掴みながら、巨人を見る。
今度はその網を袋の形にして何かを捕まえたようだった。
「あれは ・・・?」
「そのまんまだ あの魂らを捕まえている」
(なっ ・・・)
魂を捕まえて何をしている?あいつ…。あのニストンが最初に洞窟で出会ったあの卵が一体何をしてるというのだ。おそらくあの卵みたいなのがこの巨人の正体であることは分かった、だが…。
あんなのを自分達がどうにかできるのか?
「どうすればいい ・・・ あんなの ・・・」
この気持ちをそのまま彼に伝えた。
「まだ出てくる ・・・ そいつを俺達で ・・・」
そう彼が言う。
何が出てくるのか、恐らく答えは「あいつ」だろう。クルートが何故その事を知っているのかは、おそらく彼が何度もここ、この空にきていることを物語っていた。
ただこの時、パインは嫌な予感しかしてなかった。彼の太い首から身を乗り出し、再度下を見てゾットした顔をしていた。