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【第180話】箱庭 空 その1

『ブゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン』


 間借りしている自分の部屋の天井が目に映る、そして換気扇の音。


 常にそれを回していないと落ち着かない。何の動きも感じない変哲な日常。


…。


 パインはこの音でなんとか自分の動きを感じることが出来る。


(またいつもの1日の始まりだ ・・・)


「よっこらしょっt」

 いつものようにため息1つでベッドから飛び出し、ハンガーに干された制服を鞄に詰め、顔を洗い、歯を磨く。ボサボサの髪は制服を着れば隠すことができる。


 そのまま気にせずに玄関へと向かおうとする。


…。


『 ・・・ 』


「ん?」


 何か音がすると思い、後ろを振り返った。

 だがそこはいつもの部屋そのもの…。


「あれ ・・・ ?」


 少しだけ異質な存在を見つける。ベットの頭側の棚の上に綺麗な羽根が1本置かれていた。


「おい!」

「ふぁっ!!」

 明らかにその羽はパインに向けて声を発していた。


「こんなの置いたっけな ・・・」


 そう独り言を言い、パインは羽根を手に取る。


「 ッ!」


(なんだなんだ!!)


「うぉおおおおおお!?」


 床に穴が開き、落ちたかのよう。上を見上げると自分の部屋があった。


( ・・・ んっ)


 目を閉じ、また開ける。トンネルのような所に落ちているようだった。そこには白やオレンジの照明がその場を明るくさせていた。下を見ても先が見えない。ただひたすら落ちている。


(気持ちわるっ ・・・)

 その光景を見ていると自分の位置がどこなのか分からなくなってくる。


『グワングワングワワン』


…。


 どれほど落ちたのか分からない。


 トンネルの壁が透けるようにして次第に壁の外を映し出していく。


(あれ?)


(落ちて ・・・ ない?)


 どうやら今度は上に上がって行っているような気がした。初めからもしかしたら落ちているのではなく上がっていたのかもしれない。トンネルの外の薄い景色がそれを感じさせている。


 目線を下にすると自分の暮らす部屋が、そしてアパートの屋根…。


 そのままするすると上へ上へと登っていく。


 上空からは見たことがないが、確かに自分の暮らす町の全貌が見えてくる。そして都心やあの山を、海を…。


 この大海に囲まれた細長い形をしたこの国を…。


 そしていつの間にか先ほどまであったトンネルの壁は無くなっていた。


 変わりに広がる景色にパインは息を飲んだ。


--------------------------------------


『『ビューーー』』


(うん ・・・)


 空を飛んでいるようだった。仕事に行きたくないからか、変な夢を見ているようだ。


(いっいててててて!!)


 ここにきていきなり頭を刺すような痛みが襲い掛かってくる。


「いてっ いったい! って!!」」


 その痛みでつい声を上げてしまう。


「おい!」


(んあっ!!?)


 黒い大きな爪が両肩を鷲掴みしてきているようだった。


「おい!」という声はこの爪の主のようだ。上を見上げる。


「あ ・・・ クルート?」


 パインはなぜかその名を口に出している。


(な ・・・ なんだ?)

 大きなカラスが自分を持ちながら鋭い眼光を浴びせてきていた。


 確かそんな名前だった気がする。


「馬鹿が! ・・・ 俺が少しでも遅れていたら今頃おまえ消えてるぞ ・・・」


( ・・・ !!!!)


 一瞬頭に「キーン」と何か細い張った糸が通ったような感覚が襲った。そしてその声で何をしていたのか一瞬にして思い出した。


--------------------------------------


(そうだ ・・・ そうだった)

 あの男と対峙し、確か最後は体と体をぶつけ合ったような気が…。なんだったんだ…。

 あのいつもの部屋での日常の感覚は確かにあった。だが、その前の行動にも覚えがある。短い時間のような長い時間のような…。夢の中で何年も過ごしたような感覚だ…。


「まぁいい ・・・」


 クルートがそう言い、パインの両肩を持つ爪を外した。


「って おおおおおいぃ!!!」


 パインにふわっとした感覚が襲い、そのまま暗い空を真下に落下していく。


 下に広がる雲海の隙間から光り輝く細長い陸地と漆黒の海が目に映る。


「「うぁああああ!!!」」


…。


『『ドン!』』


 先ほどまで上にいたクルートがパインの下に回り込み、背中でキャッチしてくれていた。


「あ ・・・ ありがとう」


 ずるずると大きな彼の背中に手を付き、這い上がるようにして一番安定している首元にやってきた。


(随分大きくなれるんだな ・・・)


 彼はパインより数倍大きいようだ。彼が大きくなってくれたのか、もしくは自分が小さくなったのか、それらは定かではないがとにかく…。


 空を飛んでいるようだった。


 広がる景色は夜景、白い月が雲を明るく照らし、それが風に吹かれて流れている。


(・・・ たしか)

 その景色に心を奪われたが、今の自分の立場を考えるとそんな余裕は無いはずだ。


 まだあの「とり」の心の中から抜け出せていないようだ。一体いつまでこんな訳の分からないところで色々な物を見せられればいいのだろう。早い所…。


( ・・・ 早い所 ・・・ あれ?)


 自分の「現実の気持ちへのリンク」が何故か切れているようだった。それに今になって初めて気が付いた。


(まぁいいや ・・・ できることをしよう ・・・

(そうしよう ・・・ うん)


「えっと ・・・ またあのタコみたいなのがここにいるの?」

 パインは気持ちを切り替え、そう彼に聞く。


「そうだ しっかり掴まってろよな パイン」


( ・・・ !)


 初めて彼にそう呼ばれた気がする。彼の名を知れたことでそう呼んでくれたのかもしれない。悪い気分じゃない、胸の奥が熱くなる。


「クルートでいいんだよね ・・・ 聞いちゃったよ あの男と接触して」

「そうだ ・・・」


 こう会話している中で彼に対する疑問が何個も浮かんできた。


「なぜ 俺を助けるんだ?」

 とりあえず、一番聞きたいことを聞いてみることにした。折角の夜景飛行デートだ。


「勘違いするな ・・・ お前が俺を呼んだ」

 そう彼が言う。


「 ・・・ 覚えていないな」

 パインは正直に言う。


「ふんっ ・・・」

 彼は鼻息で自分に返事をした。少しだけ怒っているようだった。


 少し彼が気の毒な気がした。だからこれ以上聞くのは止めようと思った。あの過去の自分、そうあれは自分で間違いがないようだった。


 あの男との接触でクルートに関する全てを思い出せる自信が、この時湧いてきていた。クルートがあの男に抱く感情、自分への感情、なんとなくだがそれだけわかっただけでいいと思った。


…。


 しばらく無言で空をゆらゆらと2人で浮いていた。


(ふぁああああ ・・・)


 景色は素晴らしいものだった。


「 ・・・ ところで どこに行くの?」


「さぁな」


(う~む ・・・)

 少し彼は難しい性格なのかもしれない。言葉を選ばないとすぐに怒ってしまいそうだ。


(あっ ・・・)


 彼の首元から少しだけ身を投げ出し下を覗き込むと花火のようなものが目に飛び込んできた。


 薄くなった雲の隙間からそれが見えたのだ。


 音こそここまで響いてこなかったものの綺麗な花びらのような形と光は紛れもなくそれだと思った。


「花火 だよ!」

 そう彼に言う。男2人でデートとは悪趣味な、だがこの安心感は何にも形容ができない心持ちである。


「あれが花火に見えるのか ・・・」

 そうクルート。


「違うの? よく見てみたい ・・・ 少し高度下げてもらえないかな?」

「 ・・・ いいぞ」


 少し嫌がられると思いながらもそう催促してみた。案の定少しの間があったもののやってくれるようだった。


 クルートが翼をたたむとスルスルと高度を下げ、雲の中を突き進む。自分で言ったものの強い風と落ちていく感触は中々慣れるものじゃなかった。


…。


「わぁーお!」


 綺麗な花火が間近で光り輝いている。そう、これは時が止まったように光そのままで宙を泳いでいた。


「もっと近づいてもいいが 触れるなよ」


 そうクルートが言い、接近のために翼をバサバサとはためかせている。


 「花火?」に近づいていく。


 それはゆっくりと動き、やはり遠目から見ているのと同様に消えなかった。そして手で届きそうな所にまで来るとその光の正体は小さな光の粒子の集合体だということに気が付いた。


 クルートは粒子の流れに沿うようにしてそこを飛行してくれていた。


(な こっちに!)


 小さな粒がこっちに近づいてきているようだった。


「なっ!!!?」


 集合体を抜けた1つの粒子。それが自分のすぐそばまでやってきていた。


 それがパァとさらに明度をあげると母の横顔が脳裏に焼き付いてくるようだった。


(母さん ・・・)


「それが 何かわかるか?」

 クルートがそう聞いてくる。


「 『ゴォ』と風を切り2人の青年は空を舞う、パインはその暖かい風を受け髪を後ろになびかせる。


 彼はこの時、この風の暖かさのについて何の疑問も湧かずにし、気が付いていなかった。


……。


「この光の粒子の数って ・・・」


 パインはまだこの漂い続ける光を見つめていた。巨大な花火の形に形成された「無数」の粒子、つまり…。


 かなりの人が元の入れ物を去ったということ。


 数万では効かない、これは…。


「黄花病で亡くなった人達?」


 そう独り言のように言った。


「 ・・・ 」


 クルートはその独り言に無言で返事をしてきた。


「人だけじゃない 見えないだけでその他の生き物も空に漂っている」


 クルートが重い口を開く。


「そうなんだね ・・・」


 不思議な感覚だった。「母の死」という受け入れがたい経験がこの絶景を通して少しだけ腑に落ちてくるような感覚。


( ・・・ )


 嘆き悲しむことすらできなかった自分、そして自分の周りの人が「母やその他の亡くなった人の事」をどう思っているかすら考える事ができなかった自分。


 それらを思い出し、胸が痛んだ。


(自分は「これから」どうすればいい?)


 風になびくクルートの羽毛は指の間からくすぐるようにして自分を応援してくれているようだった。


(わからない ・・・ けれども)


「進む!」


「痛っ!!」」


「あっ ごめん!」」


 気合を入れすぎ彼の首元を強く掴んでしまった。


…。


「この魂たちはどこにいくのかな ・・・」


 自分の気持ちがいい位置に納まると、今度は彼らがどうなるのか気になってきた。


「その答えはすぐにわかるぞ ・・・」


 クルートがそう言う。


「あっ ・・・」


 丁度その時、地平線の先から太陽が丁度登ってきていた。


 空に乳白色の光りを与え、海を輝かせ、そしてこの国を照らしていく。


 これが毎日行われていると思うと、いかに普段何も考えずに生活してきたかが浮き彫りになってくる。壮大な景色は様々な事を思い起こしてくれる。


「下を見ろ ・・・」


 クルートがそう言い、下を覗き込む。


「えっ!?」


 またしても見たことのない物体が目についた。


 それは自分の町の上、ちょうど都心のあたりからヌッと沸いたかと思うとみるみるうちにその姿を拡大させていっていた。半透明のそれは凡そ人の形をしている、どちらかというとあの木でニストンに語り掛けてきた謎の人型の生命体を連想させた。この異変の元凶、おそらくそれだ。


『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ』


「ちゃんと掴んでいろよ!」


「わかっ ・・・ うぁああああああ!!!」」


 クルートはそれに飲み込まれないよう、身を翻し物凄い早さで空を切った。


『ビュオオーーーーーーーーーーー!!』』


 風に乗ったパイン達はまた高度を上げる。


…。


「でっ ・・・ か」


 半透明の巨人はこの国を跨ぎ、もはや頭は空のさらに上にまで届いているようだった。


 自分達が飛んでいる空からは彼の股がちょうど自分の目線の高さになっている。


「まだだ ・・・ 行くぞ!」


「えっ!? うわぁあああああ!!」」


 クルートがまた急降下し、巨人から距離を取っていく。


(あっ!?)


 その時、巨人の腕が動き、遥か上から何か黒い布のようなものを投げているのが目に映った。


「「うああぁあああああ!!!」」


 クルートがさらに速度を上げ、その布を避けるようにして加速していた。


 上空から黒い布、いや網目状の何かが、だんだんと距離を縮め襲い掛かってくる。


…。


「ふぅあああ ・・・」


 最後の最後はそれを潜り込むようにして避けることに成功させていた。早くその事を知らせて欲しかった…。


 彼を持つ手は汗をかき、いつ振り落とされるのかわからないほど濡れてしまっていた。彼の首元からいつ振り落とされてもおかしくない状況に少し彼に悪態をつきそうになっていた。


「気を抜くな ・・・」


 悪態をつく間もなく。彼がそう言うと今度は旋回。


「「ちょっと! もう少し前に言ってよ!!」」


 せめてもの文句をここで言わせてもらった。踏ん張る体はかなり疲れてきていた。


 旋回しながら巨人を見ると、今度はその網を袋の形状にして何かを捕まえたようだった。


「あれは ・・・ ?」


「そのまんまだ あの魂らを捕まえている」


(なっ ・・・)


 魂を捕まえて何をしている?あいつ…。あのニストンが最初に洞窟で出会ったあの卵が一体何をしてるというのだ。おそらくあの卵みたいなのがこの巨人の正体であることは分かった、だが…。


 あんなのを自分達がどうにかできるのか?


「どうすればいい ・・・ あんなの ・・・」


 パインはこの気持ちをそのまま彼に伝えた。


「まだ出てくる ・・・ そいつを俺達で」

 そう彼が言う。


 何が出てくるのか、恐らく答えは「あいつ」だろう。


 ただこの時、パインは嫌な予感しかしてなかった。彼の太い首から身を乗り出し、再度下を見てゾットしてみた。


「ああ いっちゃう ・・・」


 母の魂は何もパインには話しかけず、また集合体に戻っていった。


「 ・・・ 」

 クルートはそれに何も答えてくれなかった。


 粒子達はこの暗い空を漂い、綺麗に光り輝く姿を自分らに見せていた。


( ・・・ )

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