【第18話】修行6日目 夜
森に「ズル ズル」と音が響いている。そこにはクネクネと曲がる椅子に座る中年の男とそれを懸命に引く頭に包帯を巻いた青年がいた。
青年の包帯は自然と同化しているかのように茶色くなり元の色が白だったことなんて誰が見ても分かりはしない。
後ろに座り、何やら不満を持つ中年の男は言葉でもってその不満を前方の青年に浴びせているようだ。
「なんだよこの椅子 この揺れ まじ気持ち悪いんだけど」
「す すいません!」
2人の会話が森に響きわたる。
パインにとってこのソリを引くことはそこまで重労働ではなくなっていた。しかし、自分の力作をここまでバカにされるとなると体とは別の部分にダメージがきてしまう。その攻撃に必死に耐えていた。
アッシュの座面にはグレーのビニールシートがいつの間にか敷かれている。汚れて汚くなってしまっているパインとアッシュを比較するとどっちが不自然なのか傍から見たらわからない。
「パインの「適当」はこれかぁ」
「う ・・・」
まだまだアッシュの攻撃は続いた。パインが今気にしている事、彼の適当さがアッシュに瞬時に突いてくるからたまったもんじゃない。
「気持ちは受け止めるよ でもさ 時間かけすぎなんだよなぁ あと俺魚食べたいんだよね」
(はい ・・・?)
急に話が変わった。
「えっと 川で捕れるんですか?」
そう言うとアッシュは笑い「捕れない訳ないだろ」と反応する。
「そういや パインに俺こんな編み方のロープのこと教えたっけか?」
さきほど考えて作ったこの「小ロープ」のことを言っているんだろう。
「いえ自分で考えました」
そう答えると「ふーん」と半分にやけていた。
「釣り針だけやるからつり竿自分の作れや」
どこか嬉しそうなアッシュの声に「はい」と返事をする。そして順調に森を抜けテント前まで戻ってきた。しかし、最後の最後に椅子が「メキメキ」と音を立て崩れ、危うく泥にアッシュが突っ込みそうになった。なんとかパインがその音に気が付きアッシュの片手を掴むことができたのでそれを回避することができた。
「ふんっ」
機嫌が良さそうにアッシュが鼻を鳴らす。そして「ポン」とパインの肩をたたき、一緒にテントに戻った。
「90点だな」
戻る途中で言われた点数が思いのほか高かったので嬉しくなってしまった。
…。
『パキキ』
音をたてる焚火に数匹の川魚が串にさされ、香ばしい空気が一面に広がっている。
「なんでおまえの方が釣れるの?」
「なぜでしょうね ・・・」
アッシュは先ほど行った釣りの成果に不平をもらす。
『日頃の行いが悪いのかねぇ ・・・ いやそんなことねぇよな・・・』
聞き取りにくい声でそう口にするも彼の顔色は明るかった。
高級そうなアッシュの釣り竿が焚火の明かりに反射する。それが目に入ったパインに優越感をもたらす。
「まぁでもあの肉としばらく離れられて良かったわ」
美味しそうに川魚をほおばるアッシュに負けじと自分もそれを口に入れる。あの肉とはまた別の旨さに口元が緩んでいくのがわかる。
「おいひいです」
「おまえにゃ物足りねえだろうがよ ガキは肉が似合うわな」
(ガキか ・・・)
「ガキ」なんて10年以上言われてない気がするが、その通りなんだろうなとパインは思ってしまう。
「おまえさ 何で冒険者なろうと思ったの?」
アッシュがそう口にし、まだパインが物足りないのを知っているのか、イボアの肉を網でやこうと準備する。
「あっすいません自分でやります」
「いいよ で?」
(自分でも正直よくわかってない ・・・ けど ・・・今の腹と同じ感じなのかな)
「何かが足りてないように感じて ・・・」
アッシュはそうかとだけ言い、焼けていく肉を見つめている。
「親はそのこと知ってるのか?」
「いえ 多分あのアパートに引きこもっていると思っていますね」
「そうか ・・・」
『ジュウ ・・・』
肉が音を立てる。アッシュはトングで片面だけ焼かれたイボアの肉を返す。
「俺も当分暇だ お前のそれ手伝ってやるよ」
アッシュが急にパインに真剣な顔つきでそう言ってきた。パインはそれに驚いてしまう。
「あ ありがとうございます」
「本心かよそれ」
どこか照れくさそうに喋るアッシュにパインは「はい」と返事をした。
火であぶられたイボアの肉汁が焚火の火を大きくさせる。アッシュの焼いてくれた一切れの肉は今まで食べたどの肉よりも美味かった。少しだけ目の前がうるんで見えにくくなった。
…。
「「ばかやろおおおおおー!」」
夕食の片づけの時に汚れ1つないアッシュのジーパンを汚してしまった。相変わらず物凄く怒られた。