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【第170話】箱庭 集会 その2

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「ちっ ・・・」


 貧乏ゆすりをする長い太ももを抑えるように手で掴む男の姿が映し出される。またしても場所が変わったようだった。


( ・・・ )


「奇跡が起こりますとも!」


 視線を前に移すと、狭い教室の前でマイクを使わずに大声をあげるやーさんの姿が目に入る。確かに彼だった。高齢だと思っていたのはやはり単に衣服がボロボロだったから。今はスーツに身を包み、放置っぱなしの長い髪は短く刈り込まれている。


 その彼は活き活きと、椅子が敷き詰められたその上に座る人々の前で饒舌を振るっていた。


「私は見ましたよ 見ましたとも! この方が 天国に導いてくれるそのお姿を!!」


 歩きながらそう喋る彼の後ろに白い衣装を身に纏い、そしてマスクを被った人物がやーさんの後ろにただちんまりと立ち尽くしている。


 恐らくあの眼鏡をかけた青年だと思った。先ほど人をペリカンのように丸のみしたあの彼だ。


 やーさんは操られている?そう思ったが、彼の口から出る自然な言葉はその疑問を伏せさせる威力を誇っていた。


「このままじゃなりません ここは天国でも地獄でもありません」

「ただ 浮いているだけのゴミのようなプラスチックの断片でしかない!」

「海をただただ 漂う それがこの世です!」


「それではお言葉を頂戴しましょう! ウガカンダ様!!」」


『『ワァァァァァァァァァァァァーーー!!』』


 やーさんの語りが絶頂を迎え、彼の名前を叫ぶ。すると周りの人々が立ち上がり歓声を上げていた。狭い教室はその叫びで小刻みに震動しているのではないかと思われるほどのものだった。しかし、中には遅れて叫ぶような人が見受けられわざと盛り上げている人が紛れ込んでいるような雰囲気もこうして後ろから見ると感じてしまっていた。


「ちっ ・・・ どけっ!!」


 その叫びの中を貧乏ゆすりしていた男が人ゴミをかき分けるようにしてこの教室の出口に1人だけで向かって行った。


 それを何名かが目をやって男を見ていたが、彼が逆にその数名を睨み返し彼に対して何も手出しができない様子を作っていた。


 この男を止めることに失敗した数名らは前であの奇妙な恰好をした青年が喋るや否やそこに意識を集中していた。


 教室を出た男はずかずかと白い廊下を歩き、受付を無視して外に這い出た。


…。


 辺りは暗く、夕方を過ぎているようだった。男が居た場所は公民館のようなそこそこ大きな敷地であった。外にでても尚あの教室で騒ぐ叫び声がここからでも耳に入ってきていた。


 男は人を避けるように道路を渡り、小脇に入ると携帯を取り出した。


『ハイ アッシュ様 ・・・』

「あいつはダメだ 今すぐに手を打たないと ・・・」

『 ・・・ 許可デキマセン』


「「なぜだ! もう何名も奴に食われてるぞ?!」」

『 ・・・・・・ 許可デキマセン』


「このまま見てろってのか?!」

『ソウデス 待機 命令デス』


「 ・・・ っち」


 男は苛立ちを抑えきれず、携帯を投げ飛ばす勢いで電話を終えた。


--------------------------------------


…。


これを見せてくれているのは……。


「君か?」


 そう前で俯く青年の姿になった右腕に声を掛ける。パインは暗くて殆ど辺りが見えないホールのような所に今度は来ていた。階段に尻もちをつき、前にいる彼に話しかけている。


 彼の背中からYESと返事があった。


 あれを見せてくれたということは彼もまたアッシュを知っている。だがその疑問はまだ取っておいたほうがいいのかもしれない。今、前にいる彼が伝えたいことはそんなことじゃないと思う。


 あの眼鏡の青年があの洞窟で遭遇した黒い卵を目にしてからの凶行、それを自分に理解させるためにこうして色んな場面を見せられているのだと思った。どうして彼がそういった事をしているのか…。


 恐らくだが、あの青年は「黄花病」まで引き起こした張本人だ…。自分は利用させられたのか?


(あぁ なんてことだ ・・・)


…。


「どうだい?」

 前の青年がそう聞いてきた。彼のシャツを着た背中だけが目に映る。


「どうだいって何がだよ?」

 そう返してやる。


「いや ・・・ 随分お前疲れていたからな」

 そう意外な事を彼は言ってきた。


「そりゃあ まぁ ・・・」

 色んな事が急に起きすぎていた。今もそれの中かもしれないが、彼は母に会わせてくれた…。


 それからどういう訳か心が自然な方向に向いている気がする。それが良い方向なのかどうかまだ判断するには自分には時間が要りそうなのだが。


 兎に角、彼には感謝を伝える必要があるのではないか。


「ありがとう ・・・」

「 ・・・ 」


 青年は自分の感謝を何も言わずに飲み込んでいた。


「行くぞ まだ仕事はこれからだ」

 彼はそう言うと立ち上がり、パインに手を差し伸べた。


 初めて彼の顔をまじまじと見たかもしれない。鼻がしゅっと前に伸びタカの口ばしのようだがそこまでは大きくない。釣り目で大きな瞳はどこか愛くるしさを持っている。黒い髪はゲームの主人公のように後ろに向けられギザギザの形を作っていた。


「わかったよ」

 少しの間の後にパインは彼の手を取った。


『ブーーーーーン』


「来るぞ ・・・」


 機械音がパインのいる場所で鳴り響いた。目の前の光景が遥か前方の宙に浮いている巨大な正6面体のスクリーンの明かりがつくと共に明らかになる。


 彼に言われ身を構えた。


 自分達のいる場所はまるでコンサートホールのような巨大なドーム型の施設だった。そこにポツンと2人で立っていた。


 そして……。


 全てのスクリーンの面にあの青年の顔が映っていた。しかし先ほどまで見ていた若々しい顔ではない。


 ほっぺたは大きくただれ、目は飛び出したかのようにでっぱり黄色く濁り充血している。口の周りには食べかすが付き、見ていられないほど汚らしい。髪は大分後退しM字というよりV字になってしまっている。それが油がかってなんとも気持ち悪い形相だ。


 直感であの青年だとパインは気がついていた。


『『パイン君 ・・・』』

 巨大な顔の口が動きそう自分の名を呼ぶ。


「 ・・・ 」


『『随分おいたしてくれてるね』』


(お前に言われたくない ・・・)


『『返してもらうよ それに ・・・ 早く』』


「耳を抑えろ」

 青年がそうジェスチャーを交えてそう言ってくる。


『『ふふ 君だね 邪魔をするのは ・・・ 』』

『『こっちにきてそんなに暴れるとは思ってもいなかったよ』』

『『まったくもう ・・・』』

『『はぁ ・・・ まぁいいや 最後なんだから楽しんでよ』』


『ブツンッ』


 もっと言いたいことがありそうだったが、そう「とり」が言い終わるとスクリーンが切れた。辺りはいつの間にか付いていた照明の明かりだけになる。


『グワンッ』


「「うわあああああああ!!!」」


 急に上に引っ張られるような感覚が襲ってきていた。そう叫んでしまう。


「「あああああ!!!」」


 実際叫んで当然、このホールの天井に向けパインは落ちていっていた。


『『ドガン! ゴロゴロ!』』


 軽く受け身を取りつつ着地、色んな場所が痛い。何が起こったのか全身を見ながら確認していった。


「一緒なら大丈夫だ いつだって付き合うさ パイン」


 そう声がし上を見上げるとカラスがそう自分に言ってきていた。なぜ君だけが無事なのとはこの時思わなかった。逆にその言葉に心の奥がギュとなり熱くなる。「いつだって」という彼の言葉は自分の経験だけじゃない、恐らくそれは…。


 パインは気持ちを切り替え、彼に向け手を伸ばした。


 カラスの足を持つと彼の姿は刀に変わった。それを見るだけで心が落ち着く自分がいた。上下反転したドームの天井に足を着け、中央を見つめる。


…。


「なんなんだ ・・・ 今度は」


 あまりの光景にパインは声を吐き出す。


 巨大な正6面体のスクリーンの後ろから「にょろ」と大きな触手が姿を見せ。


『グググググググググ』


「な なんつーでかさ ・・・」

 ぽかんと口を開けそう言ってしまう。


 透明な傘を持つ巨大なクラゲが触手を足にしてこちらに向け歩いてきていた。

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