【第17話】修行6日目 再挑戦
アッシュとこの川辺にきて6日目の朝。
「よしっ!!」
薄く青みがかった空の下でパインは準備運動をする。
(体調は良い 手も ・・・ 大丈夫!!)
ハンマーの柄は以前彼が握った時よりも手に馴染んでいた。
「おお 若いな」
アッシュはそう言い頭を左右に倒す。パキパキと、長身の彼の首から乾いた音が川辺に響く。パインより30分ほど遅くテントを出た男の顔は憂鬱そうだった。
「今日もよろしくお願いします」
アッシュは「おう」とだけ言い、森の奥に入る準備を始めようとする。
だが前以てパインが準備していた道具をパインはアッシュに差し出し、確認をしてもらう。
「なんだ もうちょっと寝てりゃよかったな」
ちょっとほころんだアッシュの口元を見て「よし」と軽くパインはガッツポーズをする。
(早起きのかいがあったぜ!)
あとはイボアが出そうな森の道の想定とアッシュがあの眠り薬を使わなかった時の対処とか考えないと、だな。
「まぁそう焦るな 俺もお前も時間はたっぷりある」
そんなパインを見てアッシュがそう言う。「向こう」を見ているパインの目に気が付いていたようだ。
「でも 肉が ・・・」
「すごい食欲だな お前 あんだけ食ってなんで痩せてんの?」
「わからないです ・・・」
肉の誘惑は確かにあるが、それ以上にこうして身も心も使い切る感覚が今までにない満足感を自分に与えてくれた。
(楽しいかも ・・・)
…。
パインは森を進むアッシュに遅れを取ることなくついていく。
森の成す音楽がパインの足音のスピードに同調していた。
(アッシュが遅い? いや ・・・・・・ 体が軽い)
「おじさん急かすんじゃないよぉ?」
「い いえそんなこと」
しかし、なぜアッシュは人の心を察することができるのか?いやおそらく多くの選択肢を同時に考えているのかもしれない。彼はやっぱり尊敬に値する人だ。自分がバカ正直にノコギリを使うのとは別の頭の使い方をしているのだろう。パインはそう思うことにした。
『『ばごっ』』
(イッテテ ・・・)
考えながら足を進めているせいでパインは草に足をとられ、すっ転ぶ。
「お前 服汚すの好きだろ?」
(はぁ ・・・ ?)
前言撤回、今は無性に腹が立った。
「いえ そんなんじゃないです」
「じゃあなんだ?」
「少し考え事していました」
「なんだ ポンコツなのに 今度は頭でっかちか?」
「言い方が悪くないですか?」
「言うようになったねぇ 今度はどんなアホ面見せてくれるのか楽しみだよ」
「むぅぅぅぅ!!!」」
「言いたいことがあんなら言え 相手になってやっから おら行くぞ」
痴話喧嘩した後に「はい」とだけパインは言い、アッシュについていく。
見事に自分の荒ぶる心を納められてしまった。そして何故か彼の動きが早くなったように感じた。パインはそう思ってしまった。
(まだまだなんですよっと ・・・)
…。
そうこうしていると、あの日、初めてイボアと遭遇した時と2人は同じ場面にいた。アッシュは前と同じように短刀をイボアに投げ、足を止めていた。
違うのは数日のパインの修行の成果。きっとそれがあるに違いないと彼は意気込んだ。
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(ここからだ ・・・)
眠れる獣の下までササと足を運ぶ。心なしか前のより小さく感じる。
(個体差があるのか? それとも ・・・)
ハンマーに巻かれたグリップがパインの右手の握力で「ミシ」と音を立てた。
(今度こそっ!)
頭上から振り下ろされるハンマーは、パインの下半身、下腹部、上半身ですべて繋がり一体となる。まるで打撃を撃つ機械のようになっている。
上半身は前に踏み出した足に沿って180度捻られ、それに対応するべく肩のいくつもの筋肉群が伸び、あるいは収縮する。
すでに太かった腕を体全体で支え、来るであろう衝撃に全身の筋肉が心を構えた。
(いったな ・・・)
アッシュはそう思った。パインの顔つき、そしてあの身の振り方を見てそう悟った。
胸元の愛刃を握るのをやめ、アッシュは徒歩であいつの元まで向かおうとする。
『『グギぃ!!』』
鈍い音がイボアの頭蓋骨から響く。
(あれ!? またミスった?)
思った半分以下の反動と衝撃にパインは驚いてしまった。
(あの時と全然違う ・・・ んだけど?)
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パインが振り下ろしたハンマーの一撃により頭部を大きく陥没させられた大きな獣。それは少しだけ「ピクっ」と動いたが、鼻の先から息はもう出ていない。
「やるじゃん」
両手をパチパチと数回叩き、アッシュがいつの間にやらパインの元に歩いてやってくる。
すると、彼は倒れた獣の頭を指さす。
「知ってる? こいつの頭蓋骨の厚み」
「いえ 知らないです」
「4、5センチはあるぞ」
「厚いですね」
そう会話した。
(厚いですね ・・・ か )
(バカでもこいつの頭かち割ろうなんて考えねぇよ まぁ させたのは俺なんだが)
(ここまでとはねぇ ・・・・・・)
アッシュはそう思い、複雑な表情を浮かべていた。
パインはいつもと比べて全然疲れていないことに気がついた。それが何故なのか彼にはわからないが、修行の成果がこの短い期間にも出ていることに驚き、そして嬉しかった。
パインはアッシュからバールと刃物を受け取り、解体の作業を進めようとした。
「詰めが甘いな ・・・」
そう彼が言うと、もうナイフでイボアの喉元に切り込みを入れた。
(ああ そういうことか ・・・)
確かに、こんな大きな獣がもし何らかの拍子に脚が動き、それに突き飛ばされてしまえば、骨折どころで済む話ではないのかもしれない。パインはアッシュの動きを見ながら考えた。
ドクドクとイボアの血が喉元から地面に吸い込まれていく。
あらかたその血の流れが収まるとアッシュが「いいぞ」とパインに声をかける。
先日のイボアの足の処理を思い起こしながら順調に作業を進め、本体と後ろ足を切り離すことにパインは成功する。イボ骨も1人でどうにか剥しとることができた。
「70点てところか」
アッシュが腕を組んでいる。血抜きを忘れたのが減点だそうだ。
ふとそう言った彼を見ると微動だにせずこちらを見ている。
「えっ ・・・・?」
「今日俺休日にしたいんだよね」
「・・・」
(ああ ・・・ 1人で運べってことね ・・・)
パインは悟り、1人でそれらを運べるよう準備を進める。
「そういう事 なんか足も休ませたいから ついでに俺も運んで」
「え ・・・ はい」
(まぁこれも俺のための訓練なのか ・・・ いや違うだろ)
そんなことを彼は思いながら、その指令に沿った作業を進める。リュックに入ってる道具はノコギリ、斧、バールにロープ等だ。それらを草の生えた地面に並べた。そして運搬方法を考える。
(イボアの足に乗っかるのは絶対嫌だろうしな)
ソリのような物を作ろうと彼は思ったが、それに加えて別の何かを考えないといけなくなった。
「できたら声かけてや ・・・」
頭上から声がするのでパインはそこを見上げると、ハンモックで揺れるアッシュの姿が見える。
(こんな一瞬であんなもの作るのか ・・・)
アッシュは一瞬でその場にあるものを使いハンモックを作っていた。
ハードルが上がり、パインは焦りを感じる。それでもやるしかないので彼は作業に着手する。
体力が十分あるのでいっきに作業を進め、ソリ自体は案外簡単に作ることができた。材料は中程度の太さで1メートルほどの長さの木が10本とそれを結わえるための丈夫なツルや繊維だ。その繊維で小型の丈夫なロープを編んでこしらえた。小ロープと呼ぶことにした。小ロープで木を組んでいき、最後に持ってきたロープで引けるように取り付けていく。座布団を横に2つ並べたくらいの大きさの木のソリが完成した。地面との接触面を考え、なるべく同じように反っている木同士をくっ付けたのが功を奏した。
実際にイボアの脚を乗せて引いてみたが、丸太に比べれば楽に引くことができた。十分である。
(問題はアッシュをどう運ぶかだ)
このソリの上に椅子を固定できればいいのだが、それが正解かわからない。考えても答えがでないのでそれでいいかと頭上のアッシュに聞いてみる。
「適当でいいよ」と返事が来る。
(一番難しいやつだ ・・・)
そう思いながらも先ほど考えた案を実行に移していく。
4本の足と先ほど同様に丸太をくみ上げた座面を用意し、それを椅子の形に仕上げていく。
自分が座って試してみたところなんとか壊れないようにすることができた。その椅子とソリをこれでもかと力をこめ小ロープで硬く結合させていく。
「できましたよ~」
そう頭上を見上げると睨みを効かせたアッシュの顔があった。
「「おっせぇ!」」
(ひんっ ・・・)
1時間ほどしか経っていないのに。アッシュの放った怒号がパインの身を小さくさせた。まだまだ慣れが必要そうだった。