【第168話】箱庭 実験施設 その4
「ば ・・・ ばぁ ・・・」
走ってはいないが、大股で必死に歩いたため息が切れる。その途中でこの実験施設のガラス面に自分の姿が映る。
( ・・・ ん ナイスガイ 笑ってはいけない)
青白いつるつるな縦長の頭、窪んだ眼孔に小さな灰色の目、しっかりとした顎とむき出しの歯。見なかった事にしよう。
「間に合わない 上に行ってくれないか?」
前を走る少年がそう言ってくる。
「ヴぁいお」
(はいよ)
そう言って上を見上げると普通に天井がある。つまり、そう。突き破って上に上がれって事だ。
「ヴぁあああああ!?」
(突き破れって事でいいんだな?)
「そうだ!」
「ヴぁい!」
(そぉい!!)
前かがみからの垂直飛び!!
『『ドゴォ!!』』
おし、天井もやっぱり脆い、上半身が突き刺さり、建物の中身、骨組みだけが目に入る。
手を押し入れ、穴を大きく広げて下半身もよいしょと上に上げる。
鉄骨をのそのそとよじ登り……。
「「ヴぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
『『ドガーーーーン!!!』』
中から見れば上の面だが、上の階から見ればそこは床。そこを左手で鉄骨を掴んで体を支え、右肘で勢いよく殴り、大きな穴を作った。
これは少し頑張った。上の階に数秒で上ることができた。
「「お~~~~~い!」」
下で少年がパイン(?)のプリケツを覗き込みながらそう叫んでいる。
『ジュルル』と右腕の触手を下に伸ばし、少年をぐるりと巻きつけ自分のいる所まで引き上げる。意外と便利だ。
少年は『スタ』と床に着地するとまだ上を見ている。
(はいはい ・・・)
…。
これらを4回繰り返した。最後の4回目だけ床を突き破るというより鉄の網を自分の体を中心にして引きちぎるように広げた形が正しい。
『『自爆まであと2分 ・・・』』
アラートが鳴る。
最上階に来たんだと思う。そこは鉄骨がむき出しになっている。廊下から見える部屋のドアの全てを無視し、少年の先導の下この廊下を大股で歩いた。自分が通った後の床は重みで鉄網がひしゃげているようだった。どんだけ重い設定なんだと軽く作り手にツッコミを入れたくなってしまった。
進んでいる内にESCAPEと表示された看板が目に映る。その表示に従うようにして先に進んだ。
そして出口の重そうな扉が目に入る。外の陽射しが少しだけ隙間から入ってきていた。出口というよりもおそらく最上階なので屋上だと思う事にした。
『ガゴッ ガゴッ!』
「ヴぁ?」
開けようとしたが、相変わらず不親切設計だ。外から何かで施錠をしているようだった。
『パタパタパタパタパタパタ』 『おし間に合った!』
外から謎の機械の音と男の人の声がしている。脱出を図る人らだ。用事はないのだが、横にちんまりとたたずむ少年が外へ出ろとせがむんだ。
突き破って外にでたら彼らと同じ所に居合わせてしまうが、しょうがないじゃないか彼の指示なんだもの。
「「ヴぁああああ!!」」
(ぬぅん!!)
『『ドガーーーーン!!』』
タックルでその扉を吹き飛ばす!
「「なっ!!」」
長身のイケメンがこっちを見て驚いている。濃い緑色のジャケット、黒いパンツが良く似合う、少し細いがイケメンはイケメン。
ヘリポートになっているのは屋上の中央に大きな黄色い丸い円が描かれていることで分かった。その中央付近にそのイケメンと。
「しつこいわねっ!!!!」」
これまたここに来て最初に居た綺麗なお姉さんがそう叫んでいた。
(こっちの台詞なんだが ・・・)
「ヴぁ ・・・」
(というか ・・・)
なんなんだあれは。大型の機械が宙に浮いているのが目に飛び込んだ。ゲームの世界なのはなんとなく分かったが、見たことがあるようなないような。
あの2人はその機械に乗って逃げるとして、自分は到底それに乗れる気がしないのだが……。
そう思ったが、少年はどこかに隠れていてここからは見えない。その問いを投げかけるべき存在が居なくなってしまった。
「逃がさないってことね?」
「ヴぁーーーーー ーーーー?」
(いや違う どうにかして自分もその機械に一緒に乗ることはできないでしょうか?)
そう言葉にならない声をパインは発した。
『『ウゥゥーーーーーーーーーン』』
『『自爆まであと1分 ・・・』』
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「「ヴぁああああ!!」」
(ああ! もういや!)
言葉が通じないってこんなに辛い事だと思わなかった!2人の男女はこちらを睨みつけるようにしてどこかから銃を引き抜きその手に従えていた。
「やるぞ! シオナ! 2人なら!」
イケメンがそう言う。
「気を付けてブラナンこいつ死んだふり使うわよ!」
女がそう言う。
「「ヴぁああああ!!!」」
(ばれてたんか~い!!!)
「お前はこれ使え」
男は女にグレネードランチャーを手渡していた。リンデルが使っていたものと比べると少し重そうだ。
「ありがとう!」
女がグレネードを受け取りそう言う。秒で銃口をこちらに向け弾速の遅い弾を撃ち込んできた!
「「ヴぁああああ!!!」」
(こっちはそれ待ってあげてるんだけど!戦いたいとすら思ってないんだが!?)
『『ボゴォン!』』
(いてて ・・・)
『ジュルジュル』
軽い身だったら避けられそうだが、無理だった。右手でガード。痛いし、熱い。しかし、触手が爆発に合わせて広がり体幹を守ることには成功していた。
『『ドゴォン!』』
そしてあの大きな拳銃、んーと確かマグナムって奴だ。リンデルは使い勝手悪いとかいってそれに手を出していなかったな。そうは言っても痛いよこれ。熱い弾が体の中を通って破裂するんだから。勘弁してくれよぉ。本当にやめて欲しい……。
…。
女のグレネードで足止め。イケメンのマグナムでダメージ。そんな構図が出来上がっている。近づこうにも、あの素敵な走りで距離を離される。
「「うヴぉヴぁああ!?」」
(ただ撃つのやめて欲しいだけなんだが!?)
彼らに近づき止めさせようとするも、そのすべが見つからない。
(ん~~~~~~~!!!!)
腹を抱えて、唸るようにして全身の力を使いこの無念さを晴らす。
「おい! なんだあれ! 角が!!!」
イケメンがそう言う。
「髪も生えてる! まるで ・・・・ 鬼よ!!!」
女がそう言う。
いやいや、どっちが鬼だよ……。
「今までこんな展開あったか?」
イケメンがそう言う。
「いや ないわ そろそろヘリが!」
女がそう言う。
「むんっ!」
(おお! 走れるぞ!)
コンクリートが自分の力で沈み、そして宙をその破片が舞った。心のどこかで硬く閉ざしているものが、開いたような感覚があった。こうしてよく分からない場所をのしのしと歩いている内に走るという本能を思い出してきた。これだ、この感覚が欲しかった!
「あっ!!」」
(喋れるし!)
少し右手に力を入れると触手の先端が鋭く刃物になることも確認できた!とはいっても使う用事はないのだが。
「ちょっと待った!」
そう2人に言った!
…。
「おい! アイツ今「ちょっと待った!」て言わなかったか!?」
イケメンがそう言う。
「気のせいよ! あと30秒!!」
『『自爆まであと30秒 ・・・』』
「なんでカウント分かっているんだ」とか色々とつっこみたいものを入れさせてくれない。走ることができた自分に向け再度女がグレネードを放ってきていた。
その弾を目で追うことも、
『シュ』
身を屈め避けることもできるのが救いだ!
マグナムを構えるイケメンの視線を避けるようにして走る!
『シュッッパァ』
「「うわあああああ!!!」」
触手攻撃、申し訳ないけど痛いんだそれ。イケメンの両腕を吹き飛ばしてしまった。
そうイケメンが叫んだ後に『ガシャ』とマグナムが地に落ちた。
(ん?)
イケメンを見るとなぜか彼は手ではなく腹から赤い紙吹雪を出している。吹き飛んだと思った両腕もしっかりついており、それを使って腹を押さえている。手ごたえは感じたが、やはり変である。
『ボシュン』
女のグレネード攻撃、それを避ける。
「「ブラナン!」」
女がそう叫び、白いスプレー缶をイケメンに投げた。それを受け取った男は腹を抱えていた姿勢を急に綺麗な直立姿勢に戻すと気持ちよさそうにそのスプレーの噴霧を全身に浴びていた!!!
「「大丈夫!!」」
イケメンがそう叫んだ。
『『バラララララララララララララララ』』「「おい!!」」
自分のツッこみはヘリの音により掻き消え、2人に無視された。ともあれヘリが頭上に到着した。
「「おいクリス! これを使え!!」」
ヘリに乗っていた男がそう言うと大型のロケットランチャーを自分らのいるヘリポートの地面に『ガチャン』と落とした。大丈夫なのかよと思ったが……。
もういいや。
(つかクリスって誰だよ!)
「させないっちゅうの!」
パイン(?)はそう言い、落としたロケットランチャーに身を向けると、拾おうとするイケメンまで触手を伸ばそうとした。
『受けろ』
(え?)
『いいから受けろ』
いつの間にか背中によじ登っている少年が耳元でそう囁いている。それのせいで足をとめ、直立姿勢になる。
男がロケットランチャーを担ぎ。
「くらえバケモノ!!! え!?」
イケメンが撃とうとしたが。一瞬「間」が出来上がる。
「何してるの早く!!」
女がそう言う。
「あれ人じゃね?!」
そうイケメンが言うと、男の担いでいたロケットランチャーを彼女が担ぎ、
「もういい あたしが撃つ!」
『バ シューン』
分かったよ、グレネードよりも遅いじゃないか。避けられるんだが……。
(どれくらい痛いんだろう ・・・)
『『ドガーン!』』
…。
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「い いったぁ~~~ ・・・ くない」
爆発の後に青いグラデーションのかかった空が見える。自分の体は粉々になったようだった。屋上のコンクリートに頭を打っても痛くも痒くも無い。なんでかを考えるなんて、もう今更考えたってしょうがないような気がした。
ちょっと目を下にやるとシオナと呼ばれる女性と、そしてブラナンと呼ばれる男性は勢いよく救出に来た機械の中に入っていった。
(ああ 置いて行かれる ・・・)
『『10 ・ 9 ・ 8
『『バラララララララ』』
機械とその中にいた人らが2人を拾い終わると、勢いよく自分が見ている空とは逆方向に舵を切り飛び立っていった。
『『3 ・ 2 ・ 1 』』
(なんなんだよ ・・・)
『『チュドーーーーーーーンン』』
…。
爆発の風を受け大空に舞った。回転しているため、緑色の大地とキノコ雲と青空が交互に視界に映し出された。意味不明だし理不尽にもほどがある。
(あ ・・・)
そう思いながら回転する景色を眺めていると、黒い影があることに気が付く。
自分よりわずか上空に、あの少年が居るようだった。そして彼は自分に手を伸ばしているようにも見えた。
(ふんっ!)
『パシィ!』
意識を集中させ手を伸ばすと確かに彼の手を摑まえることができていた!
「重い」
少年がそう言っているようだ。バラバラになったはずの自分の体はこの時きちんと全部繋がっていた。そして上を見ると自分を掴む彼の手は大きな立派な爪の突いた黒い脚になっていた。どちらかというと自分がその脚を掴んでいた。
少年はカラスの姿に変えて、この青い空を飛んでいた。そして、自分の手を通して彼の体温が確かに伝わってきていた。
…。
下を再度よく見ると緑の大地が果てしなく続き、それ以外は何も見えてこなかった。爆発で舞った建物の破片は薄い紙のようなガラス面をクルクルと回転させながら緑の大地に消え入る。
張りぼての世界。空も大地も作り物だと思えた。ただ違ったのは小さな分厚い眼鏡をかけた青年がいた洞窟。そしてそこにあった不気味な黒い卵、それだけ妙にリアルに感じた。一体全体なぜこの景色を自分は見る必要があるのか。
「よくやった ・・・ 次行くぞ」
パインの疑問を遮るようにして、そう彼が言う。
「わかったよ」
軽くため息をつき、彼に答えた。
(一体なんなんだ ここは ・・・)