【第166話】箱庭 実験施設 その2
「「ここだ 何してる!? 早く!」」
少年が両開きの大きな鉄の扉の前でそうパインに叫んだ。
(んなっ?!)
彼は開けるまでもなくそこに体を溶け込ませるようにしてそこに消え入った。
(え!?)
当てはない。言われるがままにその扉に近づき開けようとする。
『ギギギッギッギ』
物凄い重い、いや違う、鍵が掛かってる。そんなものはない。服すらないんだ、この大きな手で小さな鍵を持てるとも、ましてやこの警報音の中それを探し回ってる暇なんてあるはずがない。
「「うばヴぁああああああ!!!!」」
(ふんぬらばーーー!!!)
全身を使ってその扉の真ん中を体と両腕を使って隙間を無理やり作り、そのまま大きく足を開いて左右にこじ開けていく。
「「ヴぁああああああ!!!!!!!!」」
(うおおおおおおおお!!!!)
「おい 早くしろ!」
パインが集中して開いている中、その隙間から少年がそう言ってくる。
「「ヴぁああああ!?」」
(え?そこから開きそうじゃないか!!?)
『ギギギギガガガガガッ!』
(ふぅ ・・・)
なんとかこの巨体が入る空洞ができあがり、そこに身を入れた。
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そこは実験場とは変わり、茶色い地面と岩でできた通路になっていた。どこからか日の光りが斜めに射し暗いが辛うじて数メートル先までの見通しはできる。洞窟のようだった。またしても洞窟。自分は洞窟と縁がある。
ここはまるで迷路のようだった。少年の革靴と白い靴下と足音だけが頼り、それを目でチラと見据えながら走る。いつのまにか警報音は耳に入らなくなっており、洞窟の中なのに小鳥のさえずりと湿気を帯びた空気とそして前を走る男の靴音だけが頭の中に情報として入り込んできていた。
「こっちだ ・・・」
(あれ?)
今になって気が付いた。自分の目線は前にいる男と同じになっている。さらには目の前にいる少年だと思っていた彼は青年のような見た目になっていた。
その青年は泥で薄汚れたベージュの作業着を着て首からは赤いスカーフを巻き、ヘルメットを被っている。そのヘルメットには洞窟を照らす光源が付いていた。小さな分厚い眼鏡が良く似合う男だ。自分も手を前に出し、目の前の男とほとんど同じ格好になっていることに気が付く。
その青年は焦ったように地図を見てはこの迷路のような洞窟の中を走っていた。
「時間がない 急げ!」
前の男がそう言う。
「はい! あと少しですね!」
(ん?)
今まで人と意思疎通ができなかったのに、普通に喋っているようだった。しかし、自分の意志とは別の主のようだった。父の中に居た時と似たような感覚だ。
「ここだ」
男の目の前には壁が立ちはだかる。そこには上から生えてきたであろう無数の木の根が降りてきている。
男が地図とにらめっこしそこを確かめ終わるとサイドバッグから片手で持てるサイズのシャベルを取り出しその壁をコツコツと叩き始める。
男の手によりガラガラと壁は砂を吐き出し、丸い模様が浮かび上がっていく。
(これは ・・・)
どこかで見たことがある模様……。一番最初に自分が潜ったローカス山の横穴で拾った羽根の柄が壁にでかでかと描かれていた。
「当たってた ・・・ これだ ・・・」
男は額に大粒の汗をかいている。地図を丸めてポッケに突っ込んだ。こちらを見る目は輝き、口元は震えながらも必死に紅潮した顔の笑顔をこちらに向けている。
気味が悪い表情といえばそうだろう。だが、彼の熱意は気味の悪さを無視させるように自分の感情を前へ前へと押していくようだった。
「いくぞ」
「いいんですか?」
「いいに決まってるだろ!」
そう会話し、2人して壁から少し下がる。
「「せーーーのっ!!」」
『ドガ ガラガラガラガラ』
壁は2人の突進によって見事に崩れ、奥の更に暗い景色を覗かせた。
…。
「す ・・・ すごい」
「な ・・・」
その中に入り、中をライトで照らしていく。
小学校のクラス4つ分くらいの広さの空間。天井はドーム型になっており、石でできているようだった。その随所からは細かな根がこの空間に垂れているが足元までは届いてはいない。静けさが辺りを包みこむ。石のヒンヤリとした空気が肌に伝わってくる。
天然の洞窟とは違い明らかに人が作ったであろうその内部。床も石で出来ており、平らになっていた。そしてこの空間を見張るようにして何体もの像がぐるっと壁沿いに設置され自分達を見下ろしている。
不気味な見た目だった。背は天井に届きそうなほどに大きく、渦を巻くような柄の入れ墨が施されているようだ。それがその体に刻まれている。髪の無い顔は体に対して非常に小さく、目の部分は顔と比較しても小さかった。手は足のように太く長い。猿とも形容できない。新しい人型の何かとしか言いようがなかった。
目の前の男はその奇妙な空間をほとんど無視し、ずかずかと中央に置かれたものに近づいて行っていた。
部屋の中心に置かれたそれは平な床からぐるっと階段状に隆起し、その一番上の台座に置かれている。
(卵?)
卵型、人がなんとか抱えられるくらいの大きさのそれは黒く、血管のようなものがそれを包み込むようにして張り巡らされている。目を何度かパチパチさせる。何かそれが動いているように思えた。静かな空気の中を呼吸するかのように置かれたそれに一種の恐怖を感じた。
「よせ!!!!!」」
口がそう自然に動く。しかし目の前の男はコツコツと階段を上り、それに触れてしまった。
【ゾワゾワゾワ】
明らかにその瞬間空気が動き、そして止まった。像たちが自分らを見るかのように目を輝かせている様子も感じた。卵型のそれの頂点から目を閉じてしまうほどの1筋の物凄い光が通ったかのように見えた。目を閉じてもその光の筋は残ったままだった。
「「おい!!!!」」
目を開けた次の瞬間、ライトで照らされた卵の頂点から1本の人間の腕を思わせる触手が男の首を掴んでいた。
「「大丈夫か!!!」」
「 ・・・ 」
そういい再度男の前の卵を見るも、腕はおろか一番最初見た時と同じ姿を見せていた。しかし男は自分の問いかけに無言で返していた。
「「おい!! 返事しろ!!」」
パインが見た物がなんであれ、もう早く引き返したくてしょうがない。全身を冷たいどろっとした汗が包み込んでいる。そう男に叫んだ。
「なんだ ・・・ つまらない ・・・」
男が卵を見るのを止めたかと思うとこちらを振り返りそう言った。ライトを照らす彼の表情は言った事と合致してつまらなそうだった。
「え?」
そう男に言う。
「帰ろうか ・・・」
明らかに前の男と雰囲気が変わっていた。あれほど紅潮していた顔もライトの光りを鈍くさせるほど青白くなっている。
「え? それはどうするんですか?」
そう男に言う。確かに帰りたいが、ここまで目の前のこの男の気分が落ちているとなんだか勿体なく思えてきてしまっていた。
「もういらないよ これは ・・・」
男が静かな足取りで階段を降り自分に近づいてくる。
「でも 今までそれのために ・・・」
そう言ってやる。
「ケケケケケケケ」
自分の目の前まで男が来ると気味の悪い声を上げて笑っている。今まで長くこの男に接してきたがこんな気味の悪い高い声は初めてだった。
「先生?」
『ガプン』
先生と呼ばれる男の口が裂けるようにして大きく開くと、自分の顔を丸のみにした。自分はそれに何もすることができなかった。
『『元に 戻してくれええええ!!!』』
『『うわあああああああぁあああ!!!』』
その男の声が彼の口の中の奥から耳に入った。