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【第161話】父と母 その4

 その後の2人は数週間順調な生活を続けていた。


 トメリはあの事件の翌朝にラマジによって病院に連れて行かれた。


「バチが当たっちまった すまなかったラマジ ・・・」


 病室で酒の抜けたトメリは本心から息子に謝罪の念を示した。だが、彼の容態は思ったよりも深刻で、腰を負傷してしまっていた。そのため冒険業は困難だった。両腕に関しては回復の兆しが見えていた。


(酒 こわ ・・・)


 彼の変貌ぶりは明らかに度を越していた。そうなるまいとパインは肝に銘じた。自分が怪我を負わせたのだが、それよりも酒の怖さを深く理解した。


 トメリと一緒に冒険をしなくなったラマジは怪我をしょっちゅう負って帰ってくるようになった、しかしそれの治癒はシュロナが行ってくれる。それに少しラマジは甘えている様子も伺えた。


 それでも稼ぎは以前よりも良くなった。酒代が浮いたことでお金は順調に2人の懐を温かくさせていた。


 しかし……。


「ああ ・・・ トメリさんの所の」


 受付の男がラマジにそう言う。彼は1人だと限界を感じ様々な組織に顔を出していた。そこで雇ってもらうことが彼のもう1つの目標となっていた。


 しかし、トメリの酒癖の悪さはマタンレーの冒険者で知らぬ者はいなかった。息子のラマジであることがバレると、つまるところ門前払いを受けてしまっていた。


…。


 そんなある日。


「ただいま ・・・ ん 電気つけてないのかシュロナ」


 ラマジがいつもの安い賃貸の平屋の家に帰ってくるといつもと違い電気が付いていなかった。それをおかしいなと思いつつ電気をつける。


「なんだ ・・・ ん!?」


 低い机の上に置かれた料理とその前に一通の手紙が置かれていた。それをラマジは手に取り読む。


…。


「あなた、お仕事お疲れ様です。口では言いにくいから手紙を書くことにしました。ごめんなさい。私やっぱり実家に戻ります。こうして隠れて生活するのは私には無理みたい。あなたにも気を使わせるし、ここの役所で私の捜索願が出ているのも知っています。今日出頭して帰ります。」


「なっ ・・・」

 ラマジが手紙を見つめて驚きの表情を作っている。


 パインもそんな母の身勝手な行動に苛立ちを覚えてしまった。


 手紙はこう続く。


「ただ、実家であの暗い洞窟に閉じこもるつもりもないの。きちんと話してみようと思います。あなたがもし迷惑でなければ私の実家に来て下さい。この手紙の終わりに住所を記載させていただきます。この2年間は色んな事を考えることができました。暖かい自然のこの地が私は好き、「あんまりお出かけしなかったけど」、そしてあなたの優しさにも触れました。ですが、これ以上あなたに迷惑をかけ続けるのは嫌なの。だから、もしこっちに来てくれるのなら最後の私に対する迷惑にして頂戴。では、さようなら。」


「いや ・・・ 来いってことじゃん」

 ラマジが驚き半分笑い半分で最後の所を読み、そう言っていた。


(ぶふっ ・・・)


 母が真剣になって慣れない事をしている内にいつのまにか彼女の心根が出てしまっている。なんだかそんな母親だったなぁと思ってしまい笑ってしまった。


--------------------------------------


(あれっ ・・・)

 すると、パインが見ている景色が一瞬にして別の空間を映し出していた。


…。


(なんで ・・・)

 そこにはシュロナが居た。


 狭い部屋にベッドと簡易的なトイレのみが設置されている出口のドアは鉄で出来ている。まるで牢屋のような所だった。外からは陽射しがドアの窓格子から射している。一気に日を跨いだようだった。


 そしてギシギシと音を立てて部屋全体が揺れる。おそらく船の中という事は経験から分かった。


 母はベッドの中で足を抱いて顔をそこに埋めている。


「ねぇ ・・・・ 来てくれるかな 嫌な奴だなあたし」

 そうシュロナは呟くようにして言っている。


(だったら出て行かなければよかったじゃんか ・・・)

 矛盾が多い母の行動にそう突っ込んでいた。


「そういう訳にもいかないのよ 急に飛び出したのは 後悔してるけどさ」


( ・・・ え!?)


 母は顔を上げると自分に向かってそう喋りかけてきていた。


「なによ なんであなたが驚いているのよ」


 明らかに自分を見ている。少し部屋の中を動き回るとそれに合わせて視線を動かしてきた。


 若い頃の母と会話ができている?母さんと呼ぶのは変かな。


「シュロナさん ・・・ ?」


「 ・・・・ 」


 自分の呼びかけに無言で彼女は返した。


「あの時ラマジのお父様を怪我させたの あなたよね?」


(う ・・・)


「は ・・・ はい すいません」

 睨みつける母の目に正直にそう答えてしまった。


「いいの ・・・・ 悪いのはあっちだもの ありがとう」

 そう母が言うと立ち上がりパインと目と目が合う。


 生きている時と同じ、同じ目線。若いけれども紛れもなく彼女。シュロナは母だった。


 一瞬だけ恥ずかしくなったが、それは一瞬だけこうして見つめ合うとなんだか心が落ち着くのが分かる。


 しかし、何を言っていいか分からない。


「あなた 多分だけど私の子よね? ・・・・ 男の子かぁ ・・・・」

 そう母が言った。


「母さん ・・・」

 パインはそれしか口に出せなかった。


「どうせ女の子って思ってたけど 良かったわ! 目が私にそっくりね!」


 急に接近して自分の顔を色んな角度で母は覗き込んでいた。むず痒いったらありゃしない。それにそんなにはっきり見えているのだとしたらこんな肌着姿で同年代の女性と話すという事にも変な緊張感が湧いてくる。


 まぁでも、母ならいいか。


 それが済むと彼女は今度は楽しそうに自分の周りをくるくると踊るようにしていた。


「何をしにここまで来たのか当てましょうか」

「はい?」

「やっぱ恋愛?」


「いや 違い」

「そう じゃあ ・・・・」


 そう会話すると手をパインの頬に当て、再度自分の顔を覗き込んできた。


「俺もわかんない ・・・ なんでここにいるのか」


(っ!!?)


 母が自分に抱き着いてきた。


(うっ なんだこれは ・・・)


 今まで気にしていなかった胸の奥の冷たさが実感できる。


 それは次第に母の胸を通して流れ込んできた何かによって暖かくなっていった。胸の奥に火が灯ったような感覚。心臓が焼けるように熱くなった。


「もっと近くに来なさい」

 母は自分の顔を彼女の肩に引き寄せてくれた。


「うっ ・・・」

 恥ずかしいが、自分は母の肩の上で涙を流してしまった。


「なにがあったのかわからないけど ボロボロじゃないの ・・・・ しばらくこうしててあげるわ」


…。


(そうだ ・・・ 俺は ・・・)


 母さんを、皆を死なせてしまったんだった……。慰められる分際じゃない。母さんは被害者じゃないか。


「違う」

 母がそう口にしてきた。


「え?」

 そう言う。何が違うってんだ?


「足を止めてはだめ ちゃんと歩くのよ ・・・・ って何言ってるんかなあたし」

 そう母が言ったあと「ふふ」と笑顔を零してパインを引き剥がした。


「もう治ったわ 行きなさい! 幽霊! 化物! 怪物!!!」

 シュロナはそう言うと自分をつっぱね再度ベッドに潜り込んでいった。


「はぁ!?」

 そう言っても彼女はそれに反応しなかった。


(あれ ・・・)

 でも確かに、今まで感じなかったエネルギーが自分に満ちているのが分かった。


 拳を強く握ると「ミシ」と自信に満ちた音を鳴らしていた。


…。


「ありがとう! 母さん」

 そう彼女に言う。


『ちゃんとおじいちゃんに挨拶しに行きなさいよ』

 布団でくぐもって聞こえ辛かったが、確かにシュロナはそう自分に言っていた。


「はい ・・・」


「「そんな所で そんなつまらない所でボサッとしてないで早く外に出なさい!!」」

 布団をがばと引き剥がした彼女が今度はそう叫ぶようにして自分に言ってきた。


「はい!」

 背骨がピンと張る感触があった。そう若い頃の母に返事してしまっていた。


…。


「「おい 誰だっ!?」」


『バシッ!ドゴッ!』


 この部屋の外からそんな叫びと音が入って来た。


「「おい! シュロナ!」」


「「ラマジ!」」


「助けにきたぞ!」


「あなた!」


 2人はそう窓格子を介して会話していた。


--------------------------------------


「もう出ているもんだと思ったぞ ・・・」

 ラマジが言う。


 2人してこの狭い部屋に閉じ込められていた。結局父は扉を開けることができず、母を監禁している人らに訳を話しこうして一緒になって閉じ込められていた。


「え~ だってちょっと町で遊びたかったのよ」

 シュロナがそう言う。


「お前らしいな 俺が夜の便で渡ってたら俺の方がお前より早く着いていたじゃないか ・・・」


 ラマジがそう言う、シュロナはあの手紙を置いた日は町をぶらぶらし一泊した後に役所に出頭したそうだった。全く訳のわからない行動を取る母にパインまで頭が混乱した。


「あの日の夜に一応役所で聞き込みしたら来ていないっていうし たまたまお前を見た人が居たからこうして俺はお前と一緒の便に乗れたんだぞ!」


「ふぅ~ん」


「ふぅ~んじゃない! 俺も挨拶に行く!」


「ありがとう」


 狙っているのか天然なのか……。おそらく後者、しかし全てを見透かしたような笑顔を見せる母の姿に神がかった物を感じてしまっていた。


--------------------------------------


 ナンテコッタイの港を降り、連行される2人の後ろを背後霊のようにして付いて行く。


……。


(あっ ・・・)


「あっ あの人 ・・・・」

 シュロナが立派な門構えの実家、フジミ家の前でそう言う。


 そこには長身で細いジーンズをはいた男がこっちを見て待っているようだった。


「ちっ ・・・ 随分待ったぞ 早く中行くぞ もう話は通している」

 そうアッシュはシュロナに言った。彼の見た目は自分が知る彼よりも若く見えた。


 アッシュは2人の間に入りフジミ家の玄関をめんどくさそうに手で押し開けていた。


( ・・・ )

 アッシュは全部知っていたのか?


--------------------------------------


ザァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーザァーーーーーーーーーーーー


 急に視界が砂嵐に包まれたように何も見えなくなった。


「「あああ!!! 邪魔!!」」

 すると甲高い男の声が頭の中に入ってきていた。

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