【第160話】父と母 その3
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ラマジとシュロナは夜の町に来ていた。
軽い食事を提供する出店で、すぐに折れてしまいそうなテーブルを2人で囲み舌鼓を打っていた。久しぶりの外出にシュロナは喜んでいる。一方ラマジは周囲を警戒しながら彼女の話を聞いていた。
しかし、この夜の町の喧噪は彼女の声くらいはすぐにでもかき消してしまいそうだ。
「だから! 小さい頃に蛇に噛まれたのを自分で治したの!」
(そんな適当な理由なのか!?)
シュロナがそう言っている。ラマジは彼を治した彼女の力を聞いているのだが。
「え? たまたまそんな力が備わっていたっていうのか?」
彼はもっと別の事柄が彼女の口から飛び出してくるのだと思っていたため拍子抜けしてしまっている。パインも全くそれと一緒だ。
「たまたま ・・・・ そうよ 悪い?」
シュロナは全く驚かないラマジの態度に少しばつが悪そうな顔を作っている。
「悪くはないけど ・・・ なんかその力が使える理由とかはないのか?」
そうラマジが言う。
「家柄なんかなぁ ・・・」
シュロナはそう言い天井を見上げる。
ビニルでできた天井というより屋根は少し破れ切れ、町の街灯をそこから覗かせていた。
「そう それもっと詳しく聞かせておくれよ 毎回はぐらかすじゃんか」
ラマジは真剣にそう言う。
「え~ だって折角外来れたのに つまらないよ私の話」
「こうしてもう1年以上一緒に住んでるんだ 聞いてないとまずいだろ?」
「私がどっかいっちゃいそうって思ってたの?」
シュロナがラマジをからかうようにして笑みを作っていた。
「お前なぁ ・・・」
ラマジは明らかに嫌そうな顔を作りそう言う。
「そうよ! ずっとあの部屋にいるだけだったら前と変わらないもん」
「お前の為と思ってるんだぞ?」
ラマジは真剣な表情を作る。
「冗談よ からかってみただけ」
母がこんな冗談を言うタイプだとは思っていなかったので少し驚いた。
「じゃあ 話すけど あなたこそ逃げちゃ嫌だからね」
シュロナはやっと真剣に話す気になったらしい。
「逃げないよ お願いだから話しておくれ」
「はいはい あ ・・・」
「なんだ?」
「誰にもいっちゃだめよ」
「大丈夫だ」
シュロナは真剣なラマジをまたからかうようにしてそう会話していた。
( ・・・ )
「私の家は「フジミ家」で、別に有名ではないけど敷地は広くて神社みたいになっててね。ただ、別にそんな神事みたいな仕事を父と祖父がする様子はなかった。それに今まで不自由な思いはしてこなかった。遊び回る私に一々注意する家の人もいなかった。祖父も父も優しかった、家政婦のおばちゃんも。ただちょっと特殊なのはうちの家で生まれてくる子供は全員女の子なの、例外なく私もそうでしょ?1人っ子だったからあまり疑問には思わなかったけど。」
「あと母は居ないもんだと思ってた、家政婦のおばちゃんが母みたいなものだったから。」
「で、18になったその日にいきなり母が家に帰って来た。父がまだ40半ばというのに母の見た目はもうおばあちゃんみたいだった。正直祖父とかよりも年いってるんじゃないかと思ったんだ。だけど聞いてみるとまだ30代だって、本当に驚いたわ。」
「軽く挨拶を交わして一緒にうちの境内で祀っている岩に行ったわ。母親なのに私の色々な事を教えなくちゃならなかった。それに真剣な顔して聞くから余計に変に思ってさ。」
「岩は3mくらいあるかな。結構大きな岩でうちの外からでも頭くらいは見えるかもしれない。そんなことその頃は全く気にしてなかったんだけど、やっぱ今思うと変な家よね」
「母は慣れた手つきでその岩の後ろの地面にフックを突き刺してそれを持ち上げたわ。扉になっていて、中は階段になっていた。そんなのが隠されているなんて知らなかった。そこを2人で下っていったわ。」
「いや ・・・ それだろ秘密は! なんで最初に蛇の話したんだ」
ラマジはそうシュロナに突っ込んだ。
それに彼女は「えへ」と返す。
( ・・・ )
母の天然は相当なもんだとこの時になって思ってしまった。話しぶりや過去を振り返るとそれは恐らく狙っていないものだ。しかしなんだ、自分もそんな母の話は聞いてこなかった。もしかすると怪我がやけにすぐ治るのはそのせいなのかもしれないな。
「下っていくと普通に蛍光灯とかが付いていて明るかったわ、だけど壁は全部岩みたいになっていたの。結構下に降りて行ったわ。最後まで下るとそこは平な岩の地面になっててその奥に丸い大きな岩があった。それに大きなしめ縄が巻かれていたわ。その岩の前にはボロボロになった座布団と机のみ。机の上には古いノートが一冊だけ置かれていた。」
「「私と同じ事をするのよ」母はそう短く私にいったわ。もう頭の中はパニックなんでこんな薄暗い所で1人で居なきゃならないのか考えるだけで嫌気がさしたのを覚えてる。だけど、母は代々やってきたから「やらなければならない」だとか言ってたわ。真剣にそういうもんだからしょうがなくそれに従って1年くらいは母と一緒に同じ事したわ、御神樹様の枝っての持ってね。それは父が毎回新しいのをくれるの。一回お祈りするとそれ枯れちゃうからさ。」
「ノートにはお祈りを届ける人とか妖怪みたいな獣の情報とか絵が書かれていたわ、あたし記憶力があまりないからどれもあんまり覚えていないけど、どの人も怖い顔してたわ。」
「気味が悪いし、すっごい疲れるしでもう早く止めたかった。しかもそれしてる最中に勝手に私の結婚相手を父から紹介されてさ。疲れてるから「はいはい」と聞いて彼と一緒に食事に行ったりしたわ。別に悪い人ではなかったし見た目も整ってたから文句は無かったの。」
「 ・・・ 」
ラマジはそれを聞いて生唾を飲んだ。
「ただあの岩に向かっていると色んな物が見えてね、大体人だったけどたまに恐ろしい妖怪みたいなのがこっちを見たりするから怖くて仕方なかった。自分の部屋には帰してくれなかった。その岩のある部屋の隅に小さいドアがあってその先に簡易的な部屋が用意されていた。その狭い所で母と一緒に食事を取ったり寝たりした。食事は家政婦のおばちゃんが持ってきてくれたわ。そんな隔離されている所で寝かされていると岩で見たあの妖怪みたいなんかも夢で見るようになっちゃってさ、もうホント現実も夢も全部悪夢だった。言っちゃあなんだけど、あなたのお父様みたいな人もいたわ。怖かった。だけど1年頑張って耐えたわ!」
(つまり ・・・ 母は逃げた?)
「なんでこんなことしなくちゃならないのかってシワシワの母に聞いたわ。そしたらこの国を守る方に力を与えるのが役目だとか、そんな事言ってたけど。私はそれに興味がなかったの。それを母に打ち明けたら母は代々それをしてきたからお前もしないとならないとか言ってきた。いや、私は関係なくない?血は繋がっているかもしれないけどなんで同じ事をしなくちゃならないのかって。」
「あの人と一緒に居ればそのうちお前にも分かるって……。あの人って勝手に選ばれた私の結婚相手ね。いや、正直全然分からなかった。食事は一緒にするけど夜の誘いは全部断った。だって私は恋愛結婚したかったもの。」
「おまえ ・・・ すごいな」
ラマジはその話を聞いてホッとしつつもシュロナに対して畏敬の念を抱いている。
「毎日毎日あの岩とにらめっこよ。ちょっとだけこんなもんかと諦めかけた時にね、いつも見てるある人がこっちを見て確かに私に「もう終わりにしてくれ」ってそう願うようにして言ってきたの。細くて長身の男よ。あまり好きなタイプじゃなかったけど、毎日辛そうに仕事をしてる気な様子だったわね。だから私もそれに応えたの」
「つまり ・・・ 逃げたってそれ?」
ラマジがそう言う。
「そうよ!」
シュロナは自信満々でそう彼に言った。
「私も逃げたいし、彼もそれを願っていた。だからそれをしたまでよ、私は何も悪くないわ。」
( ・・・ 大丈夫なのか?)
「船に来た人らはじゃあ シュロナの家族ってこと?」
ラマジがそうシュロナに聞く。
「そう 私をまたあの狭い所に閉じ込めようとしている連中ね」
シュロナが骨付き肉をかじりながらそう言った。
「 ・・・ 」
ラマジは天を見つめ何か考え事をしているようだった。恐らく別の悪い人達だと彼は思っているようだった。
「大丈夫 私は あなたに守ってもらうから!」
シュロナは笑顔でラマジの肩をポンポンと叩いている。
「 ・・・ 」
「分かったよ」
少しの沈黙の後、そうラマジが言う。父が少し気の毒に思えてきた。
「あなた」
「なんだ?」
シュロナがラマジを真っすぐに見つめている。
(うっ ・・・ きまずい)
「船でここに来る時、追手が来て焦るあたしの様子に気が付いたのはあなただけだった。何も言わずに私を匿ってくれた。本当に嬉しかった。他にも男は居たけど皆私の様子に気が付いていなかった。」
「そりゃあなぁ たまたま ・・・」
「たまたまなの? ・・・・」
「いや 綺麗だったから」
そう2人は会話し、シュロナは「言わせたぞ」と満面な笑みを作っていた。
この時ばかりはパインは鏡の部屋に自分の意志をもって逃げたくなった。