【第156話】ドンジのお話 邂逅
部長の名は「カワセ」、本名かどうか調べる間はなかったが、そう名乗ってた。
自分の管轄の教団にその男が乗り込んできたとき、教団員は皆彼にひれ伏すようにしていたよ。かなり体格が良い男で身長は自分より20センチは上なんじゃないかと思う。体重も比例して大きいと思う。渋めの顔は白いマスクで覆われていたが、眼光は上に立つ者の鋭いそれだった。
だが、そんなのに一々怖気ずく自分じゃない。そんなに甘い世界で生きていた訳じゃないからな。死に際の獣の目つきと比べたら大したことはない。
「実はいいプランがありましてね ・・・」
「ほぉ?」
カワセは最初は当然俺を疑っていた。だがそれは自分が捲いた種、まんまとお偉いがそれに食いついた訳だ。彼の階級はその時「レジェンド」、教団でもその階級は5人しかいない。そうなれたのはこの体格と目つきの鋭さってのはバレバレだ。醸し出す雰囲気が「ワル」、リントとかと一緒だ。
彼を事務所の奥に案内し、2人で話をすることになった。
「業を積み過ぎた彼はうちの魅力が分かっていません、彼との対話でそれを確信しました。そこで別の方法でうちに貢献できないか考えていたら思いついたんです」
そう彼に話した。彼はめんどくさそうにその話を聞いていた。早く次の話を言え、内容によっちゃとっちめるぞってな雰囲気だった。
「私はそういった人がいるのを知っています。ウガカンダ様のお話も聞けないような連中です。しかし彼らは別の事に関しては興味が普通の信者達よりもあるんですよ、何だと思いますか?」
「なんだ?」
…。
「お金ですよ まったく ・・・ 信仰心がない連中はそれに毒されています」
「彼は私の「ある提案」を快く受け入れてくれました 勿論目は見はっております」
そうカワセに言い、自分の携帯を彼に見せた。その画面には彼を追跡するアプリが表示されていた。
「提案はこうです、入会者1人連れてくるごとに私がお金を支払うというもの」
「 ・・・ な そんなことをして許されるとでも?」
そうカワセが言っていたが、自分がそれを言った時の彼の表情を見逃さなかった。明らかに自分や他の奴らにもそういった方法でこの組織で上り詰めた事があるのを分かっている様子だった。
「こうしてもし悪さをしようものなら、実力行使はいつでも行えます。私がそういった世界にいたのはあなたもご存じですよね?」
「さすが ・・・ だな」
彼の化けの皮が1枚ペリと音を立ててめくれたのが分かった。
「実際うちの管轄での入会者は全事務所でトップですよね?」
「そう ・・・ ですな」
そう、自分がこの仕事を始めて1週間で通常の入会者数の10倍程度は稼いでいた。その数字に関して嘘はついていないし、この手の連中はほとんど数字しか見ない。
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「その逃がした人って本当に追跡していたの?」
リンデルがそう言う。
「嘘に決まってる 発信機なんかいちいちつけない」
「ばれなかったの?」
「荒事をする連中はこの時別の仕事で手一杯だったからな ・・・」
「死体処理ね ・・・・」
黄花病の死者の埋葬業は政府や病院の人々だけでは全く手が足りていなかった。元々獣の処理をしていた然迎会が活躍してしまう。それでも忙しいの一言だった。
「そうだ ・・・ ここからが肝心だ」
そう会話する。
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「ご布施を ・・・ 別の形でもしてくださってたんですね」
カワセの表情が一気に変わった。彼はもはや自分を「同類」と位置付けていたと思う。この状況下での人と人の信頼感は鉄の鎖よりも強いだろう?それも人に言えない「秘密を共有」することは。
正直ここまでうまく行くとは思わなかった。せいぜい「泳がせておくか」ぐらいに思われるもんだと思っていた。
「他の連中にもそれができる奴がいるかもしれない 方法を教えてくれないか?」
彼は乞うようにしてそう聞いてきたもんだから、笑いを抑えるほうが大変だった。彼が知りたい情報というのはもっと多くのお金を集める方法だ。
「いいですよ ・・・ ただ少し話が長くなるかもしれないので どうです?今夜」
そう言いグラスを口で運ぶジェスチャーを彼に披露した。
「だめじゃないか! うちは禁酒 ・・・」
そうカワセが言う。
それも分かってていった。しかし、彼の微妙な表情を自分は逃さなかった。
「知ってますか? 然迎会でも「リント」のようにミシックにまで階級が上がるとお酒を飲んでも良いのを?」
「えっ ・・・ ?」
カワセが驚きの表情を作りそう言った。
「私は彼と飲んでましたよ」
これは半分勝負した。リントが然迎会であるかどうかその時確信は持てなかった。だが、9割そうだと確信していた。もし彼がリントと強く接触していたら嘘がバレてしまうかもしれなかったが。
「そんな ・・・」
幸い彼の表情で自分のホラが通用したこと、リントが教団のほぼトップに座していることも知れた。実際リントと飲んだことなんてない。飲むかどうかすら知らないが、彼らが居ない奴の事わざわざ調べる事も、その必要性すらない。
「実はリントとあなたと同じ ・・・ 私も前世の記憶を持っているんですよ」
そうカワセに言ってやった。
「!?」
またしても彼は驚きの表情を作る。そんなものある訳ない。カワセも恐らくその嘘を今の座についてから言ってるのは流れからして分かる。彼が驚いたということは彼は彼自身は嘘をついて今の座にいること、そしてリントや自分が本当にそうなんじゃないかという信仰心を彼が持っていることが分かった。
「実は ・・・ あまり言いたくなかったのですが 私は前世では「ミシック」でした」
「そして リントは前世では私の教え子ですよ」
そんな冗談みたいな事を彼は「おぉ」だとか「ほぉ」だとか目を丸くして言っていた。当てずっぽうで然迎会の歴史だとかを彼に話したんだ。その手の資料は奥にゴマンとあるから寝ずにそれらと格闘していた。
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「よくもまぁ そんな適当なことを ・・・・」
リンデルがため息をつくようにしてそう言う。
「他に生きる宛てがないからな 冗談みたいなことしてるほうが本気になれたよ」
「そういうものなのかしら ・・・・」
そう会話し、話を続ける。
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教団の取り締まりクラスの連中との接触はカワセでもほとんどしていない様子だった。いるかどうかすら謎だった。リント達の他に一般人でそれをしてるのかどうか、この時はその謎に触れることはできなかった。
「だから 折角私に会いに来てくれたんです どうです?私のおごりでいいですよ」
…。
そうカワセを説得したあと彼を帰した。もはや彼は自分に頭を下げるようになっていた。
余談だが。
冒険者をしている時にこういった事ができればもっとすんなり上に行けたんだと思った。嘘みたいな場所だとそれに興じて嘘をついても良心を痛めることがなかった。
……。
そして、予約した夜の席でカワセと落ち合う。
おずおずとやってきたカワセは美味しそうに酒を飲んでいたよ。ついでに女も呼んだ。完全に自分の手に落ちた。彼の年齢は自分よりも多少上だろうがこの時もはや自分の立場が明らかに上になっていた。
何かを禁じてる奴にそれを与える時ってのは自分が神にでもなったような気分だった。
自分が話した内容「入会の手順」は彼自身の手柄にさせた。むしろそうでないと自分の立場がないと念を押してそう伝えた。もし自分の功績にしてしまうと勘のいい上層部に目を付けられかねない。彼が酒を口に運ぶ前にそれを言ったんだ。
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「いやぁ 出てくる出てくる 情報が ・・・」
「 ・・・・ 」
リンデルは少しだけため息を漏らしてそれを聞いていた。「女」を呼んだってのは言わない方が良かったのかもしれない。
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カワセは教団とは別の組織が出入りしている事を教えてくれた。それが病院と製薬会社、それに大手の食品会社だ。
実際カワセの階級の奴らの主な仕事はそれら組織と教団の仲介だった。それを彼は何のためらいもなくポンポンとその場で自分に喋っていた。
彼の口からつい最近プラチナからレジェンドに昇級したことも出ていた。あの風邪みたいな疫病が流行った時期。
つまるところ金が動いたって訳だ。
そこで、自分はカワセにそこらへんの組織に潜り込むことができないかを願い出た。「監査」という形をとってだな。
勿論すんなり「イエス」だった。
後日彼と一緒にそれら組織に行ったんだ。彼の顔は思った以上に広くかなり深い所まで潜ることができた。隙を見てこの時期の社外秘の資料も写真に収めた。冷や冷やだったが自分もそんな仕事が意味不明に楽しくなってきていた。ミスすることなくそれらを慣行していった。
食品会社は「みなぎりぜりー」それに「りんごの恵み」っていう清涼飲料水、どれも一時的に発売されいきなり販売停止をしている。
製薬会社もそれに合わせて新規登録された薬を世に出していた。
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「まぁこれらの紐づけは別の人がやってくれたんだがね ・・・」
「サンベル?」
「そう あと あのおっかない男な」
リンデルとそう早口で会話した。
「この時 疑念が確信に変わった こいつらが妻と子を亡き者にしたって事をだ」
グラスを持つ自分の手が震えているのがわかった。
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丁度その頃役所にも行く機会があったんだ。リントが不在なのと、黄花病で慌てふためく役所の様子は悲惨だった。
それでも教団の仕事と称して死体運搬の奴らと会話をしなければならない。今思えば自分の精神は大分イカれていた。そんな奴らと普通に会話していたからな。時期が時期でそいつらのトップが役所でぶいぶい言わせていたんだ。
その仕事の中でたまたまリントの部屋にいく機会があった。そこで会ったのがアッシュとヒントだ。そこでは彼らを見るだけで直接会話はしなかった。あたかも知らないフリして仕事をしていた。ヒントの見た目がほぼリントで一瞬驚いたが、3兄弟の事は知っていた。会釈だけで済ませとっととその場を去ったんだ。
自分くらい冒険者をやってるとアッシュの情報はどこからか出てくる。「死神」って呼ばれていたな。目を付けられたら消される。その姿も写真か何かで知っていた。
…。
『ドンジだっけな ・・・ なにしてんだ? 俺の事知ってるだろ』
役所の帰りに知らない番号から電話がかかり、それを取る。それがアッシュからだった。
「 ・・・ 」
どっちを取るか迷った。彼に関するいい噂は耳に入ったことが無い。彼ももし然迎会側の人間だとしたらおそらくリント以上の存在。もしそうだとして潜入していることを疑われたら即この仕事は破滅する。
だがもし然迎会側の人間じゃなければ自分のこの潜入活動の功が成すはず。
『俺もお前を洗っている 全部わかってるつもりだが ・・・ どうする?』
「 ・・・ 」
そう彼に言われた。今までにない緊張の瞬間だった。走らせる車は赤信号を突っ走っていた。
『そっちじゃないのは分かってる 手組まないか?』
「お願いします」
そう言ったのを記憶している。口が勝手に動いたんだ。
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「ウケル ・・・・ ごほ ごめんなさい」
リンデルがそう言う。
「俺あの人苦手だわ ・・・」
「私も嫌い」
2人は楽しそうに酒を口に運んだ。
「その短い電話で彼と手を組むことになったんだ」
「そこから先は殆ど知っているだろう? あとはサンベルの活躍だな」
「うん」
2人して酒のお代わりを頼んだ。
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