【第153話】ドンジのお話 ブロ編 その2
「「デンツ待て!! 幻術だ!!」」
そう叫ぶもまだ彼との距離は大分離れていた。
頭を叩き、自分もそれを解く。この特有の甘い香りが頭に入ってくるのは1度かかれば覚えている。しかし、デンツはまだ経験が無かった。
幸い一瞬彼は立ち止まり声のする自分のほうを振り返った。目が合ったと思った。
…。
惨状だった。何もない訳なんか無い。サリナが応援を呼んだのだから……。
辺りに無残にちらばるここの冒険者。どれも男だった。鎌で引き裂かれ中身を露わにしたその姿と臭気。しかし、それ以上に恐ろしいのはブロだ。あのデカい魔物が10体以上は見えた。木や建物からぬっとその黒い身を乗り出していた。
デンツの走る先にはサリナらしき人影とその仲間が奴らと対峙していた。そしてその内の1匹はデンツに狙いをつけ、丁度鎌を肩高まで振り上げている所だった。
「なっ ・・・」
デンツがそれに気が付いたものだと思っていた……。
しかし彼は、後ろ向きのまま楽しそうにスキップをしていった。
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「えっ!?」
リンデルが口を押さえる。口に含んだ酒を吐き出しそうになっていた。
「幻術が解けたもんだとおもっていた ・・・」
「 ・・・・ 」
「そのまま奴の鎌に串刺しだよ ・・・」
「彼が自分に何か言っていたと思う アルールの事は伝えていた だがもっと早くそれに自分が気が付いていれば ・・・」
「 ・・・・ 」
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ブロの鎌の先がデンツの胸から飛び出たのをはっきりと見た。それでも尚彼は楽しそうに後ろ向きにスキップをし、口から血を吐いていた。
串刺しになった彼がそのまま宙を舞ったのを見る。
甘やかしすぎた。もっと強く言わなければならなかった。それなりに強い冒険者とはいってもたかが人。急所をやられたらどんなに屈強であってもすぐにダメになってしまう。そんな当たり前のことを教えられなかったんだ。
デンツとの思い出をこの牧場を走りながら思い出した。
…。
しかし、こうなってしまえば最善は彼を助けることじゃない。
ヨシナに連絡を入れ、サリナ達の加勢に走った。
「来たか 親父 ・・・・ 連れになんで幻術のこと言わねぇ!!」
サリナにそう言われてしまう。
「俺が甘かった 加勢する」
「足引っ張るなよ!」
そう短く会話した。
サリナの冒険者も何名か地に伏せていた。状況は最悪。それでも彼女達は次々にブロを倒していった。
…。
自分がサリナ達に加勢して1、2時間か、幸いこれ以上の死傷者は出ていなかった。倒したブロは5体以上は居たはず。
そのタイミングでヨシナ達が応援にやってきた。強く幻術のことを言っていたためデンツの二の舞は踏まなかった。
そこから徐々にこちらが優勢をとりブロを制圧していくはずだった。
「ドンジさん また来ます」
ヨシナがそう言ってきた。
「おかしいな ・・・」
既にサリナ達と合わせても10体以上は始末しているはずだった。しかしまた木の影や建物からそいつらが押し寄せてくる。
「「だめだ!! ドンジ!! 撤退!!」」
自分達メンバーとは少し距離が離れた場所でやりあうサリナからその声が飛んできていた。
「「おk! 全員後退 山降りるぞ!」」
自分もそれを考えていた所だ。そう全員に声を掛けた。
ふとサリナ達の所を見ると通常のブロの2周りほど小さな子どもみたいなブロが鎌も持たずに歩いているのが目に飛び込んだ。
『させませんよ ・・・』
(なんだ ・・・ ?)
まぁまぁ距離があったのにも関わらずそいつは直接頭に語り掛けるようにそう自分に言ってきたきがした。
そいつが立ち止まると急にサリナ達とヨシナの様子がおかしくなった。
手に持つ武器を地面に投げ捨てたかと思うと小さい奴が歩く方向に女どもはなんとも無防備で歩き出したもんだからたまったもんじゃない。
男手は総勢5名、その内サリナ達のは2名、半減した勢力でブロの剣劇を凌がなければならない。
…。
まず初めにサリナ達の男手の1人の首が吹っ飛んだ。
「「おい どうしたんだ! 逃げるぞ!!」」
そう言うも女性達はこちらに背を向けて歩くのみ。彼女達を救出すべく応戦するも動けるのは年くった自分だけ、ヨシナの下で必死に頑張ってる若い衆はまだまだ経験も腕も足りない。そしてあの小さなブロに連れられどこかに消えていったよ。
3体かあるいは4体のブロの相手が女性たち抜きで務まるはずもなく。
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「男は俺以外全滅だ ・・・」
「 ・・・・ 」
既にリンデルはその事を知っていた。それに対して顔を下にしてドンジの話を聞いているだけだった。
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…。
女達の姿はもう見えなくなっていた。全滅した所で自分1人で撤退をしようとした。
いや……。
いや待てよと。自分1人で帰ってどうすんだよ……。
足元には丁度デンツが横たわっていた。
彼の持つ剣を俺は拾った。
何も考えずに3体に特攻をしたんだ。
(相手にならないってか?)
しかしブロ達は何故か俺の事を見てすらいない、背を向けてズカズカと散っていく。
「「ふざけるなっ!!」」
ブロの背にデンツの剣を刺した。
奴はそれを払い自分を地に落とす。
「「うああああぁああ!!」」
気力だけで何度も奴らに剣を浴びせた、だが奴らは自分の相手はしてくれなかった。
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「あの時の俺は もうここで死のうと思ってた」
「 ・・・・ 」
「うちの半分 それに主力まで失ったんだ 自分のせいで ・・・」
「でも ドンジさんは悪く」
「悪いさ ・・・ デンツが正気だったら勝ち目はあったのかもしれない」
「 ・・・・ 」
「全く ・・・ デンツには敵対して 俺は蚊帳の外だよ ・・・」
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わざとか、本当に自分を苦しめるかのようにブロ達は次々に散っていった。
…。
そして気が付くとここにいるのは自分1人だけ。
女性達が行ったと思われる場所に足を走らせるも気配すら無かった。本当に悪夢を見ているようだった。
辺りには人と獣の死体。それに山羊と羊の群れ。アルールすらどこかに姿を消していた。山羊や羊らは何もなかったかのように草を美味しそうに食べていた。自分と目が合っても何も言いやしない。
そこで携帯が鳴る。
『そっちはどうですか?』
モリナからの電話だった。画面には彼女からの不在着信が何件も入っていた。
「 ・・・ すまん帰れない」
それだけ言って電話を切り、電源を落とした。
膝をつき、空を見上げる。今にも振り出しそうな空からは雨すら降ってこなかった。しばらくの間何も考えずにその場で空を見上げていた。
…。
『うっ ぅぅ ・・・』
その声でやっと我に返る。サリナの所の冒険者だった。
幸い急所を外され、一命をとりとめていた。気力が戻り、辺りに散らばった道具を拾い集めて応急処置をした後に彼を背負ってロープウェーのゴンドラに乗せた。
そしてどうやったのか覚えていないが、片道だけゴンドラを動かすことに成功し彼だけ麓に返すことができた。処置をしている間に彼は意識がしっかりし、帰りの運転もできるというのでそのまま彼だけゴンドラに乗せて帰らせた。
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「えっ? なんで一緒に?」
リンデルがそう聞く。
「帰れなかった ・・・ 今となっては「死」がすぐ傍にあるがあの時はまだそれの重みに俺は耐えられなかった」
喉が渇いたドンジはグラスに入った酒を半分以上口に放り込んだ。
「確かに あの時はまだ ・・・・」
リンデルは酒には手を付けずに話の続きを聞こうとしている。
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そこから数日過ぎた。飲まず食わず。ただボーっと辺りを歩き回っていた。何度も確認したが、息のある人は帰らせたサリナの所の1人だけだった。
相変わらず薄暗い天気だった。
腹が減っているのも忘れて日が沈むのを待っているだけだった。
…。
そして、
若い2人組が現れた。
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「私達ってわけね」
「そうだ ・・・」
「 ・・・・ 」
ドンジは目を薄く開きグラスに入った氷を見つめていた。
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彼らが現れると急に山羊がブロになったよ、アルールの姿も見えた。それに自分は何もできずにただ見ているだけだった。
その2人はデンツと同じように途中まで幻術に掛かっていたようだったが、すぐにそれを解き応戦していた。どちらも若いが連携が取れているように見えた。
女の方は上手く対処している、男の方は……。一瞬デンツの面影が浮かんだがそんな生易しい動きじゃなかった。生まれて初めて化物を見た気分だったよ。
一振りでブロの硬い身を薙ぎ払う姿に、縮んだ心がさらに米粒ほどに小さくなったような気分だった。
自分達が数時間かけてやったブロの群れを彼らは30分ほどで自分らよりも多くのブロを地に伏せていった。
呆然とそれを見ている内に自分の存在が消えていくような感覚だった。
しかし……。
彼らもまたどこかに吸い込まれるようにして消えていった。それを追うでもなくただただ見ていた。
…。
そのタイミングでポツポツと雨が降って来た。
…。
しばらくすると男の方だけ建物から戻ってくるとさっきまでの勢いが消え、自分のように項垂れていた。なんだか自分と同じ様子で彼に声を掛けようとしたんだ。しかし、彼は物凄い勢いで山を下っていこうとしていた。
雨脚が早くなる中、彼の背を追うことになった。
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「パインのお陰で俺は山を降りれた ・・・」
「 ・・・・ そうだったのね じゃああの時パインを病院に連れて行ったのって」
「俺じゃない ・・・」
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山道を転がるようにして降りていく彼に付いて行くのは不可能だった。あまりの早さに自分は本当に何度か転げ落ちた。
彼との距離は大分あったが、自分も無事麓まで下りることができた。
「っ ・・・ !」
そこで彼は倒れた。
それを起こそうと足を進める中で1台の車が彼の倒れた所にやってきた。自分は物陰に隠れてそれを見ていた。
それを助けたのは間違いなく「リント」だった。そして隣に居たのは同じ背格好の本人よりもサル顔のやつだった。
何故彼がここにわざわざ来るのかと思い声をかけようとしたが、なぜかためらった。明らかに不自然な登場が自分のその気持ちにストップをかけていた。
そして彼らが去ると、自力でその場から病院に車で向かうことにした。怪我に関してはブロによるものではない。下山した時転んだものだ。
…。
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「病院に着いて 怪我の処置を終えてからモリナに連絡したよ ・・・」
「ただ一言「すまん」だけいったのを覚えている」
「その時から 俺は ・・・ 冒険者ではなくなった」
「えっ?」
リンデルがそう声を上げた。
「ある「疑念」だけが俺を生かしてくれた」
そう言いグラスの酒を飲み干し、おかわりを注文した。
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