【第138話】流るるるゆわ その3
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お前……。
(許さねぇからな ・・・)
左手にぬめぬめとした感触がある。下には蟹のような「美味そうな身」が落ちていた。
「なんだぁこれ」
それをサッと拾い上げ口に運ぶ。
「あぁあ ・・・ 」 『ポリポリ』
うまいうまい。
手に付いた蟹の身や体液を舌で拭くようにして綺麗にしてやった。
「「おっ おい! パインお前正気か!?」」
男がそう自分に声を掛けてきた。
「はぁ ・・・?」
俺は知ってる、こいつは俺を「裏切った」。
『シュッ』
目の前を白いネズミが横切った。捕まえようとしたがそいつは上手く躱して男の隣にいる女の肩に飛び乗った。
女……。
見覚えはない、だが男の味方なようだ、始末しなくては。
(乗り気じゃねぇけど ・・・)
『ぅ~ん ・・・・』
もう1人女が自分の足元で倒れている。
(おまえは ・・・)
思い出せない、だが味方なような気がする……。
「おお ・・・ あるじゃねぇか 相棒」
自分の後ろを振り返り剣を左手に握りしめた。こいつがあればなんだってとっちめることができる。
『タジマ ・・・ 本気で止めろ 死ぬ破目になるぞ』
女の肩に乗った白いネズミがそう言う。
「ちょっと ・・・・ これは想定外すぎるわよ?」
「姉貴 やばいぜこいつ パインなのか? めっちゃこっち見てるぜ!」
長身の男女がそう会話している。
(随分見下した目してんじゃねぇか)
『シュッ!』
男の下まで飛び、胸元を掴む。顔が上にあるのがイラつく。ぶん回すようにしてこいつの顔を自分の胸の高さにまで持ってきた。
『シュンッ』
「おっと ・・・」
女が抜刀で腕を断ち切ろうとしてきた。あぶねぇあぶねぇ。
「やるわよ」 「ああ ・・・ 覚えとけよなパイン」
2人は手を繋ぐと、ドロッと溶けるかのように混ざり合った。
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「あんたとは縁があるようね ・・・・ こんな形で向かい合うとは思わなかったけど」 「いくぞ!パイン!」
馬かいやほぼ人。俺と同じか……。
得物は刀と棍、中々厄介そうな相手だ。
中性的な顔から男女それぞれの声が出ている、その声に聞き覚えがあるような、ないような。
まぁそんなことどうでもいい。
「おらよっ!」
『『バッギン!』』
斜めに切り上げたが奴の棍で防がれる。
『『ドガ』』
奴の前蹴りをくらい後ろに下がった。
「ふんっ!」
そのまま奴が棍を遥か先の頭上から振り落としてくる。
「させるかよ」
奴の胴体にタックルをお返ししてそれを避ける。
そのまま垂直に飛び、突きを放った。
『『キィィィーーーーーーン』』
奴は刀で突きを反らし、避ける。いい目だ。鋭いが自分の顔だけじゃない、動きにまで目を走らせている。
『『ドガ』』
そのまま横なぎに棍を放ってきた。
右肘でそれを受け止めるも空中でもろに食らう。9時方向に大きく吹き飛んだ。
…。
「やるじゃねぇか ・・・」
そう奴に言ってやる。
「私達に勝てると思ってるの?」
奴が上からそう言ってきやがった。
(はぁ?)
馬の首は女の上半身だが腕は自分と変わらないくらい太い。繰り出す攻撃も受けも正確、確かに弱くはない。
(だが ・・・)
『ブチブチブチ』
身を屈め筋肉を凝縮させる。
(どーこーにーしようかな)
『ダッ』
鉄網状の床がぐわんと下に陥没し自分の身を奴に目掛けて投げつける。
(ん ・・・?)
『『ドガーーーーン!』』
奴の女みてぇな細い首をもらったつもりだが、それを通りこして奥の壁に大穴を開けてしまう。
「「ウヒヒ! パイン! 自分で突っ込んでやがるぜ!」」 「黙って 気を付けて」
奴らがそう自分をコケにしてきた。
「なんだよこれ ・・・」
右腕の制御が効かない。
「こいつっ ・・・」
俺の腕を止めるかのように掴んで離さない。
「「何独り言いってんだ! いくぞっ!」」
奴が物凄いスピードで近づき、棍で攻撃を放ってくる。
どうにかそれを避けながらも何度か身に受け、別の場所に吹っ飛んでしまう。
手を打たれ、愛剣を放してしまった。
(くそっ ・・・)
うずくまり、再度の突進の準備を図る。腕がダメなら……。
『ダッ!』
「「うらぁ!!」」
奴の棍を肩で受けながらもこの攻撃が奴に効いた。
のけ反った奴に回し蹴りを放つ。こいつらと比べたらかなり短い足だが、使い用ってやつだ。
棍で塞がれたものの、奴は一歩引いた。
そのまま着地し再度突進。
『『ガイーーーン!』』
刀を躱し、棍に頭突きをお見舞してやる。いてえが、俺の頭を舐めてもらっちゃ困る。
じりじりと奴を壁に追い込んでいく。
「「ははっ いいねぇ!」」
すると今度は奴はそう言いながら自分との正面対決を避け、身を横にする。そして自分から逃げるように走り出した。
「なんだよ 付き合ってやるよ!!!」
そう奴に言い、追いかけっこを開始した。
奴の動きさえ止めれば勝ち手はある。
…。
(ぅーむ)
やはり馬、追いつけないことは無いが、飛び掛かったタイミングで上手いこと棍で合わせられて自分を別の方向に吹き飛ばしてくる。
何度か試したが、奴の体にしがみ付くことができない。
剣も拾い上げられ、あいつらの体のどこかに仕舞われてしまった。
(くそが ・・・)
追いかけっこをしてる中、奴はチラチラとこちらを振り向き自分の突進攻撃のタイミングを見計らっている。
「「くるぞっ!!」」
奴がそうわざわざ声に出して自分のタイミングを計っていた。
『ダンッ ・・・ ダンッ ・・・ ダンッ!!』
大股で3歩!飛び掛かる!!
お決まりだ、こっちの突進の方向に奴は刀を向け、自分が体を反らした所を棍で薙ぎ払い吹き飛ばす算段。
しかし今回は違う。奴の刀目がけて飛んでやった。
「あひひっ!!」」
(そうはさせない!)
『ギギギギギィ!!』
自分の歯と奴の刀が嫌な音を鳴らした。
「「きゃああああ!!」」
顔を傾け奴の刀を歯で咥え、馬に跨ることに成功する。奴まで悲鳴を上げてこっちを見ていた。
咥えた刀を口と首だけの力で奴の腕から引き剥がす!!
刀をぶん投げ、もう片方の棍を上体を低くして躱す。
『バッゴ!』
そして、女の体を羽交い絞めして後頭部に頭突きをかましてやった!つもりだ。
「「くっそっ!!!!!」」
そう叫ぶ。
まただ。右手が自分の頭と奴の頭の間に無理に入り込み決定打を放てなかった。
『どがっ!』
再度襲ってきた棍が脇腹に直撃し吹き飛ばされる。
はぁ……。
…。
仕切り直しとなる。
…。
「「パイン!? パインなの!? 何してんの!!!」」
どうするか考えている中後ろから聞いた事のある叫び声が頭の中に入り込んできた。
(ぁあん? ・・・)
振り向くと先ほど倒れていた小柄な女が銃を自分に向け構えていた。
馬がその女を拾うと、背に乗せていった。
自分の味方であるはずの女があいつに乗っている。どういう事だ。
…。
パインは馬スタイルのタジマとそれに乗るリンデルに手も足も出せない。
(分が悪い ・・・ な)
追いかけっこを再開するも、突進する気力が湧かない。したとしても、あの女がいる以上手がだせない。それに右手まで邪魔してくる。
『『バァン』』
女が撃ってくる。避けられない、正確な射撃だ。実弾ではない……。
(麻酔か ・・・)
「「うあああああああああ!!!」」
そう叫んだ。
『効いてる効いてる いいぞリンデル!』
いつの間にか小柄の女の頭の上に座るネズミがそう言っている。
なんでだ、なんで全員俺のことを……。
俺はその馬の片割れの男だけに用事があるんだ、どうして邪魔をする。
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ん?待てよ。
何の用があるんだ?
…。
あれ?
軽く首を振ったが思い出せない。
(なんだ ・・・ 何が起こってるんだ ・・・)
視界が霞み、膝を着いてしまった。体が言う事を聞かない。
(おいおい ・・・ 俺の負けか ・・・ ありえな)
小柄な女が馬を降り、自分に走ってきた。
「いたっ ・・・」
女の手を払いのけ、首に刺さった注射針を手に取る。
(これも麻酔か ・・・)
「ちょっと眠ってて ・・・・」
そう女が言ってきた。
「とんでもねぇ相棒だな ・・・」
「どういたしまして ・・・・」
『パタン ・・・』
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「あれっ ここは」
いつもの部屋に戻ってきていた。
パインはボロボロになった自分の体を鏡に映し出す。後ろに何者かの気配を感じ後ろを振り向く。
「うわっ ・・・」
黒い影の中に目の光だけが浮かんでいた。
「世話が焼ける奴だ ・・・」
右腕だ。
そいつは自分に話かけると、霧が晴れるようにして散っていった。
「 ・・・ 」
尻餅をつき、いつものように両膝を抱きかかえ、顔を埋めた。
ここに来てしまった以上やることはない。
ちらっと顔を上げ鏡に映す。
「はぁ ・・・」
鏡で囲まれたこの部屋に無数に存在する自分の顔。それは気味悪く笑っていた。少しも笑えないのに。
…。
動かない。