【第137話】流るるるゆわ その2
奥へと続く道は長かった。
実験場のような部屋が随所に設けられていたが、幸いな事にシトラの姿をした人々は廊下にまで足を運ぶ様子が無かった。
部屋のドアの脇に小さなドアがついており、そこからアオズがチョロと出て自分等が来た道を走っていく。
間違いなくアオズを放っているのは彼らであり、何かしらの意図があることは明白だった。
タジマ姉弟は背を丸めて歩くのがかなり大変そうであったが、どうにかシトラ風の男に見つかることを避けて一緒になって進んでいた。
階段をどんどん下り進んでいくと、大きく開けた場所に辿り着く。
今までの廊下は人工的な白い壁が覆っていたが、ここに来ると床以外は土の壁に変わっていた。
大きな空洞のようなその場所は網目状の簡易的な床がその下から出る鉄柱により支えられているだけだった。
その鉄柱の刺さる地面やその中央部から出る淡い緑色やオレンジ色の光がこの空間を仄かに明るくさせていた。
その中央部に行くにつれ階段を下がるといった形だった。
「なんなんだよこれ」
ツルギがそう言う。
行き止まりであるこの部屋の中央部まで階段を降りるとそこには1本の木のようなものが生えていた。近くには簡易的なキャスター付きの棚が置かれ、その上には実験器具が並べられていた。その実験器具は試験管のようなものや、注射針、透明なチューブのような物だった。使用済みの注射針が所々に散乱していた。
試験管の中にはこの部屋を彩る緑やオレンジ色の液体が入っている。
「とりあえず 2本いただいちゃいましょう」
リンデルがそう言うと早速栓のしてある試験管、オレンジと緑色のを1本ずつ拝借していた。
「この匂い ・・・ あれだね」
そう言うとリンデルがこちらを向いた。
「そうね ・・・・」
彼女と目が合う。
あの黄色い鯨の中、そしてそこから引き上げた石と同じ匂いだった。
彼らが何を企んでいるのか、もうこの時は4人とも同じことを考えていた。
「まだ殺したりないのかしらね ・・・・」
コンがそう言う。
それに皆して頷く。
(・・・ はぁ)
奴らは人を虐殺してなにかメリットがあるのだろうか。こそこそと地面を掘ってこんな物を発見してそれを利用しているのか?そもそもこれが何なのかも自分にはわからないが、間違った使い方をしていることだけは分かる。
『シュ』
「いたっ ・・・・」
自分達で探るのはこれでお終いにしようとした中、突如風を切る音と共にリンデルがそう言った。
『『ガガガガガガガガ』』
「「な なに?!」」
またこの空間が音を立て揺れるとともに土や細かい石が頭上から降ってくる。
『『カンカンカンカン!!』』
4人とも同じことを考えていた。この場所が崩れると思い急いで鉄の床を足で鳴らしてきた道を戻っていく。
「「「っ!!!」」」
「警備が薄いと思ったら ・・・・ やはり誘いこまれていたようね」
リンデルがそう言う。
「なんだよ ・・・ 分かっててこんな事 ・・・ 腰いてぇ ・・・」
ツルギがそう言った。
4人の視線の先には白衣を着た小柄の男がいた。
その後ろには自分達がここまできた廊下が続いているはずだったが、分厚そうな鉄の板がそれを覆っていた。
「パインさんじゃあないですか ・・・ よくここが分かりましたね どうしてでしょうか ・・・」
マッシュルームヘアーの男が少し下を向きながらそう自分達に話しかけてきた。
「あんた ・・・・ シトラでしょ? 何人いるのよ」
リンデルがそう言う。
彼女は腕に刺さった針のような物を引き抜いてそれを地面に投げた。
「何人ですかね ・・・ まぁいっぱい居ますよ 見てましたもんね?」
シトラがそう言った。
「どきなさい ・・・・ はぁ こ この場所がなんなのか 教える気なんてないんでしょ?」
リンデルがそう言う、彼女の体はブルブルと震えている。おそらくシトラが放った毒の効果のようだ。
「教えませんよ パインさん以外ここで 死んでもらいま
『ガッ』
「解毒剤を出せ」
シトラの下まで足を滑らせ、彼の頭を鷲掴みにしてそう口にした。
「あるわけ
『『バシュン』』
シトラの顔はパインの手の中で白い液体をぶちまけ砕け散った。
「「うわっ」」
タジマ姉弟がそれを見て叫んでいた。リンデルは息苦しそうにこの冷たい床に手を付いていた。
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「僕を殺しましたね? パインさん」 「僕を殺しましたね? パインさん」
少し後ろを向いている間に手に握っていたはずの奴の頭の先の重量が無くなっていた。
前を振り向き、彼を探すと彼は2体になっていた。
(殺しましたよ?)
分裂したシトラは手から糸を壁に出したかと思うと、それにそって奴らの体が壁に引き込まれていく。
2手に分散したことでそのどちらもパインは追うことができなかった。
『シュン』
壁に四肢をつけた奴は口を開き、自分や後ろのタジマ姉弟に矢を浴びせにきた。
『カンカン』
姉弟はいつの間にか用意した長い得物でそれを払っていた。パインの肩にそれが刺さっている。だが痛くも痒くもない。
「2手に別れて あたしはリンデル庇う」
「なんだよ~ 朝っぱらから ・・・ 一服もしてねぇじゃねぇか」
姉弟がそう会話していた。
パインは鉄網の床を蹴り、1匹のシトラの下まで飛ぶ。
「ひっ!」
シトラめがけて剣を突き刺そうとしたが、それを避けられた。だが、壁にうまく突き刺せたのか剣がロックピッカーの役割を果たし体重を左腕だけで支えることができた。
開いた右手で奴の腕を掴み。
「やぁ」
『ブシャ』
握り潰した。
『シュン』 『ドチャーン』
軽い奴の体をそのまま鉄の網に振るい落す。
剣を引き抜き、着地し奴の頭を胴体から切り離してやる。
「いやぁ 早いですね ・・・」
奴の生首を自分の目線まで上げるとそう話しかけてくる。
すると奴は口を大きく開きその中から管のような部位を覗かせるとそこから矢が出てきた。
「いって ・・・」
「あは
『ブシャ!』
額にそれが刺さった、何か言おうとしていたが潰したので最後まで聞けなかった。
「「パイン 後ろ!」」
振り向くとまた2体に分裂したシトラが壁に引き寄せられていった。
(何回壊してもいいのか いいねぇ ・・・)
…。
何回彼の頭を潰したか記憶していないが、鉄網状の床には無数の白い体液と甲殻類のような残骸が飛び散っている。
パインの体には何本もの短い矢が刺さっている。
ツルギを見ると、どうにか矢は回避できているようだった。しかし殲滅のスピードは断然パインのほうが上だった。
コンさんは360度周りを見ながら矢を振るうのに必死だった。
リンデルは仰向けになり、汗をかきながら目をつぶっている。意識はあるようだが苦しそうだ。
「「どうなってるの! 早く終わらせて!!!」」
コンさんがそう悲鳴にも近い叫び声をあげている。
天井を含め壁一面にシトラが這いつくばっていた。
「「僕は倒せませんよ」」
そんなことをほざいていたが、関係ない。1匹ずつ潰していった。
…。
(ははっ)
壁によじ登り彼を潰していく作業はなかなか楽しかった。
白衣姿であった彼の姿は次第に蜘蛛のようになり辛うじて頭からキノコ型の髪の毛だけが生えていた。
限りはあるようだった。
小柄な体はどんどんとその身を小さくさせていった。
…。
「「ちょっ ちょっとまってくださ
『プチッ』
「「パインさんきいてくだ
『プチプチ』
「もう終わり?」
手のひらサイズになった蜘蛛を握ってそう問いてみた。
『終わりです 終わりです』
シトラであった者はそう小さく高い声で自分に言ってきていた。
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「あああ 疲れた ・・・ パインお前大丈夫なのかそれ」
ツルギが棍を小さくまとめながらそう言っていた。
「ええ ・・・ なんとも ・・・」
体に無数の矢が刺さっていたが、未だになんともない。
「とりあえず 抜くからこっちきなさい ・・・・」
コンがそう言ったので彼女の下まで歩いて行った。
「これ ・・・ どうしようか」
『助けて 下さい 何でもします』
シトラがやっと大人しく言う事を聞いてくれそうな具合になっている。よかったよかった。
「とりあえず 持っていますね」
「そうして ・・・・ あとはこの子 ・・・・」
コンとそう会話する。自分に刺さっていた矢は彼女がこの時全て抜きとってくれた。
リンデルはもう既に意識を失い、浅い呼吸でどうにか命を保っているようだった。
「シトラ ・・・ 治せないの?」
『治せる ・・・ 離してくれれば』
なんか嘘っぽいのでギュと握ってみる。
『『ギェッ! あそこあの木の樹液飲ませれば』
「本当? だってあれで大勢死んでるよね」
『本当です! 嘘じゃない!』』
そうシトラと会話した。
「だそうですが ・・・ 怪しいですね」
パインはそう姉に言う。
「あたしは反対 ・・・・ だけど」
姉がそう言う。
「どうやって出るんだ? ここから」
弟がそう言う。
…。
来た道は厚い鉄のドビラで塞がれていた。
思いっきりパンチしてみたら吹き飛ばせそうだが、扉の先にまたこいつらがいると思うと時間的に、リンデルの体力的にまずい気がする。パインはそう思い握る拳を解いた。
『大丈夫だ やってみろ!』
「「うわっ!!」」
モチモアが急に自分達の視界に飛び出してきて、そう言ってきた。それに姉弟はまた肝を冷やしていた。
『自分で試してみた 大丈夫だ』
モチモアがそう言っていた。
どうやらシトラの頭を潰す作業の内に自分で毒を食らい、それをこの木の樹液で治していたそうだ。
『ほら そこだ』
コンさんがリンデルを抱きかかえ、全員でこの部屋の中央部にまで足を運ぶ。
目を凝らしモチモアが言うこの木のある部分を見ると小さな歯型があり、そこからオレンジ色の液体が流れていた。
モチモアの指示で棚にあった注射針でそれを吸い上げ、リンデルの静脈にそれを打ち込んだ。
…。
しばらくその場でリンデルの様子を皆で見守った。
次第にリンデルの呼吸が深いものとなり、顔色もよくなり始めていた。
「あんたも一応打っといたほうがいいんじゃない?」
コンがそう自分に言ってきた。
姉弟2人とも鉄網の床に尻餅をつきタバコをふかしている。
「わかった」
少し注射針に少し残ったそれをパインは適当に自分に打っていた。
『パインは止めと
モチモアがそれを止めに入ったが、遅かったようである。
『『ブシャ』』 『ギ』
「「あんた!!!!」」 「「おまえ!!!!」」
姉弟がこっちを見て驚いて叫んでいた。
自分は……。
握っていた虫を粉砕しているようだった。
(裏切ったな ・・・)
湧きあがる感情が今の意識を別の意識へと塗り替えていった。