【第133話】木を這うようにして その14
…。
「おい 逃げんのかよ!」
『 ・・・ 』
サルどもはあろうことか、戦いを諦めこちらに背を向けていた。
「手加減しすぎたわ ・・・・ 追うわよ」
「言われんでも もう走ってるわ!」
「こんな姿見られて 逃がす訳にはいかない」
『『パカラッパカラッ』』
2匹のサルを1匹の何かが山を下り追いかけていた。
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「おいおめぇさん 相変わらずしてけるが ・・・ ちっとはいいツラになったんじゃねぇのか?」
通夜の会場でゼンダがパインに話しかけている。
あの後。パインは木槌を見せたりと彼や他の船員達ともなんとか普通に会話することができた。
むしろコーダンにあの時叱ってもらえなかったらこんな会話すらできなかったのかもしれない。
会場はあの後やっとのことで通常のお通夜のムードになっていった。
(何を ・・・ 考えてるんだ 俺は ・・・)
全て自分のせいだった。サクラの葬儀のはずが…。
どうすることもできない自分の感情のせいだった。
それをコーダンとそして、リンデルに納めてもらってしまった。
(情けない ・・・)
「パイン君 ・・・」
反省していると小柄なイケメンのお医者様が近づいてきていた。
「お久しぶりですサンベルさん えっと ・・・ すいません変な所お見せして」
そう軽く挨拶をするも彼は顔を横に振っていた。
「何が君をこうさせているのかは 自分にはわからないな」
「荷物が重すぎるんじゃない?」
そう彼に言われてしまう。
…。
何も答えられずにいた。
そんな自分に構わずに彼は続けて、
心の成長はキミの体の成長に合わせてはくれてないと言ってきた。
「ゆっくり 時間をかけて育てるものなんだよ ・・・」
彼なりに自分にわかりやすく説明しようとしてくれた、だが。
(周りは自分に合わせてくれない)
そう思ったものの、彼にこの思いを伝えることはできなかった。
贅沢なのかもしれない、彼の自分に対する優しさだけをしっかり胸で受け止めることにした。
「ありがとうございます ・・・」
自分が彼に言えた言葉。これしか出てこなかった。
…。
皆と軽く挨拶を済ませ、この会場を後にした。
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「少し休む?」
少し離れたコンビニでバイクを止めリンデルと今後の打合せをする。
コンビニの屋根から雨がポタポタと地面に当たって音を立てていた。ジャングルの経験はそれを当たり前の情景にさせていなかった。
彼女はそう言い、火照った顔を自分の体に近づけてきた。
「いや 目的地 もうあるんでしょ?」
リンデルの顔を受け止め、そう言った。
コーダンとの出来事の後はリンデルと不思議な絆で結ばれていた。あのジャングルの後半から一生口を利きたくないと思っていた心が何故か元に戻っていた。
不貞腐れていた原因が何なのかさえ分からずにいる。
「あるよ」
そう彼女が言う。会場でもしきりに携帯をいじり、部屋を出て電話をしていたのにも気が付いていた。
そしてその相手がアッシュなのも後から聞いていた。
「行こう」
そう彼女に短く言う。
「私は休みたい ・・・・」
リンデルの体がぴったりと自分の体に張り付いていた。
…。
彼女の行動には全て意味がある。
(分かっていたつもり ・・・)
だが……。
分かっていない自分もいた。
その理由が何なのかは分からない。
(分からない事だらけだな ・・・)
ただ、こうして彼女といると、「前に進む」という明確な目的だけは頭から離れなかった。
つまるところ自分達の次の目的地は「ブラックパディ」都心から100キロ以上離れた田舎。あるのは自然と山のみ。
山にダムがあるのは小さい頃学校で聞いたことがある。それくらいの情報しか自分には持ち合わせていなかった。
今回そこで何をするのかは彼女に聞かなかった。
リンデルも敢えて言わないように努めている。それはきっと自分の頭で処理できない内容ということ。
だったら一々聞くのは止めた。ただ……。
(ただ ・・・ 先に進むのみ ・・・)
部屋を出てバイクに跨る。
サクラの笑顔は心の隅に仕舞っておくことにした。
…。
深夜から出発し、今明け方を迎えようとしていた。
雨は、この時だけ、足を遅くさせてくれていた。
今バイクを少しだけ止め、ダムのある山の麓からそれを見上げる。
ここまでくるのに4時間ほど費やした。
一休みしたことで体力は十分あった。
その山は濃い霧と小雨で半分以上その体を隠していた。
再度アクセルを捻り、この車1つ見ることのない辺鄙な暗い山道を登っていく。
…。
霧のせいでほとんど前が見えない。
(この先に何があるのか ・・・)
リンデルはこの道でいいと言う。ダムが目的地なようだった。
「うっわ!」
突如、霧の中から人影が浮かんできた。それをどうにか避ける。
もう1人いたきがする。それが何かは分からなかったが、自分達とは逆に走っていったようだ。
心を静めバイクを安定させようとした。
「「あーーーーーーーーーーーーぶなーーー」」
『『ドガーーーン!!』』
リンデルの叫び声の後は体が宙に浮いて何回転かした。彼女も一緒になって宙を舞っていた。
『『ズシャーーーーーーー』』
道路に背を打ち、そのまま数m滑った。
幸い厚手の雨仕様の装備だったため2人とも大事には至っていないようだ。
(な なんだ なんだった)
これが起きた原因。何かに正面衝突したようだった。
「大丈夫?」
「「大丈夫じゃない! 馬鹿!」」
そうは言うもののリンデルもうまく着地できたようでバイク以外無傷なようだ。
…。
霧の中から人影……。
『パカパカ』
(パカパカ ・・・ ?)
いや、大き目の動物の影が自分達のほうに近づいてくる。
咄嗟に身を屈めて、肩の剣を引き抜こうとした。
「いてて ・・・ 大丈夫ですかー?」
「なにしてんのよ! あんた!」
聞き覚えのある声に一瞬ため息をつく。
しかし…。
「大丈夫?ごめんなさいね」
その声の主の姿は人、いや馬だった。
その姿にリンデルもパインも息を呑み声が出せずにいた…。
上半身は中性的な顔立ちの人、下半身は馬そのもの。細かく見たらきっと何か差があるのだろうが、この時はそれができなかった。
「またあんたたちね!」
「あぶねぇ 一般人轢いたかとおもったわ」
「あはは あんたそれ失礼!」
「タジマ姉弟?」
リンデルが体についた雨を払い、上体を起こしそう彼らに言っている。
パインはまだ尻餅をついたままだ。
「そうタジマだ まぁ あんた達なら いいか ・・・ 見せても」
「つか ごめんな!!」
どっちと会話したらいいかわからない。
馬?にそう言われた。
パインは乗っていたバイクを探すも、前面をペシャンコにされ足としての機能は果たせないことを悟りため息をついた。
「もういいやまた逃げられたけどしゃあないわ」
彼らがそう口にしていた。
「すいません 何が何だか?」
パインはやっとのことで馬と対話を開始していた。
…。
どうやら彼らはサルの目撃情報から彼らの討伐をしている最中に逃げられ、追撃中だったそうだ。最初にパイン達がここですれ違った人影はあの「サル」2匹だった。2人には霧できちんと見えていなかった。
そしてこの目の前にいる馬。この姿は。コンさんは秘密とか言っていた。あまりに人の姿とはかけ離れている。
上半身はほとんどコンさんの体で長い髪が体のラインを隠しているが、直視できない。おそらく女性の体である。
下半身は今は雨でぬれているが馬のような毛で覆われていて馬そのもの。
そして上半身の両手には長い得物、棍と刀が握られていた。
…。
「おめぇら足失ったか ・・・ わりいな」
衝突したはずなのに彼らは無傷。かなりの丈夫さを誇っているようだった。
「足 ・・・・ 貸して お願い 時間がないの!」
リンデルが唐突にそう言う。
「俺らを馬代わりにするってのか? ウヒヒ」
「いいけど?」
そう彼らが言う。
「え?」
訳がわからないが、どうにか足になってくれるようだった。
リンデルはしきりに携帯をいじって焦っている様子だった。
「乗ったことあんのか?」
そう聞かれても困る。あるはずがない。
「からかわないであげて ほら乗った!」
長い得物をどこかに仕舞うとパインに手を伸ばして背中に乗せてくれる。
リンデルは装備をバイクの荷台から引き出して担いでいた。またもや見たことがない長い銃を重そうに背に担いでいた。
「ダムまでお願い」
リンデルも彼らの背中に乗ると目的地を告げた。
「あいよ ・・・」
コンさんの長く細い手を後ろに回し自分の手を握ってくれた。
「振り落とされないようにね ・・・ ウフフ」
そしてこの山道をものすごいスピードで駆けあがっていく。揺れこそあれ、それはバイクよりも速いのではないかと思うほどだった。
それに伴い彼女の長い髪が顔に当たる。いい匂いがして苦ではなかった。