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【第131話】木を這うようにして その12

「間に合って良かったわ 大変だったでしょ」


 ミグーナがサクラの通夜の会場入り口でパイン達を出迎えてくれた。


 彼女も急遽ナンテコッタイに向かった。サクラの妻であるカシュナさんの了承を得て特別に自分達もサクラを見送ることができるよう手配してくれていた。


 会場ではカシュナさんをはじめビワ君、そしてピーナツ号でお世話になった人らと再会を果たすことができた。


 パインは彼らと挨拶をしたものの恥ずかしながら、もうこの時、彼の頭の中は何が何だかわからなかった。


 ピーナツ号の船員らも海からわざわざ戻り、ここで彼と再会をする。ありえない形での再会だ。


 みんなシンプルな黒いスーツ姿で誰もが目線を低くし動揺している。


 カシュナさんはパインの事を覚えてくれていた。


 「自分達のために」と感謝を述べると、あの人のためにと言っていた。目は何度も泣いてしまったためか赤く腫れていた。


 サクラは奥さんに最後の船旅の事を何度も話していたようだった…。


 息子のビワ君も着なれないスーツ姿にどぎまぎしながらも父親の最後を真剣に向き合っている様子だった。


 パウロは……。


 サクラの右腕のパウロはサクラの寝る棺の前で正座しずっと下を向いたままであった。


 誰も声を掛けられる雰囲気でない様子だった。


「おまえ大丈夫か?」


 チャーギにそう声を掛けられた。


 パインはどう大丈夫なのかがわからない。『はい』とだけ、とりあえず返事をした。


 誰と何を喋ったのかはほとんど覚えていない。みんなパインの様子がおかしいとざわついている様子だったが、もうよくわからない。


 リンデルともほとんど会話をしていなかった。


 彼女は諦めた風にしてついてくるパインを見てはため息をついていた。


…。


 ジャングルからここにまで来る間の出来事もほとんど覚えていない。


パインにとって、ミグーナからの「あの電話」をもらった前と後とでは別の世界での体験をしているようだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ジャングルでの帰り道、後ろからリンデルやシトラの叫び声が上がる中、ずかずかと物凄いペースで来た道を戻っていった。おそらく道を間違っている時に何度も彼女は自分に声を掛けていたと思う。


 獣が目に入ると剣を握る。そいつはいつの間にかボロ切れのようになり地面に伏していた。


 シトラはその様子を見ても叫んでいたようだが、ほとんど無視してやった。


 野営はした覚えはない。


 後ろの2人は体力剤を飲んでパインがつき進む道に着いてきていた。


 そしてしばらく歩くと視界が明るくなった。その時間がどれほどかなんて測る術も頭もパインには無かった。


 ジャングルの入口は雨や雲で決して明るいとは言い切れないだろうが、ジャングルのそれと比べると大分明るかった。



 それに目が眩んだ。多分そこで…。大空に叫んでしまったと思う…。


…。


 リンデルが予め電話でタクシーを呼んでいたのか、それに乗り込んだ。探索を終えたという感覚は微塵もこの時は感じなかった。


 それ以上の出来事が自分のいないところで起きていたのだから。


 タクシーの目的地はシトラの実家を経由して借りていたアパートになっていた。


 シトラとはそこでお別れとなる。


 こんな自分の姿を見せるのは恥ずかしかったが、どうにも抑えることができなかった。


「パインさん また一緒にやらせてください ・・・ あたなが良ければですが」


 恐らく彼はもう自分とは一緒に居たくないだろうなと思った。


 今の自分は誰のことも考えられない、まして自分の事を彼は世話しなければならないからだ。


 そう言う彼に軽く相槌を打つのみにした。


「せっかく後輩できたのにね 情けないわよあんた」

 そんな事をリンデルは言っていた。


(・・・)


 もう彼女とは一生会話をしないのではないかと思った。


 そのままの流れでマンションに着き、休憩をしスーツを借りてこの会場にやって来た。


 多分そんな所だと思う。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 順番で亡きサクラと面会をしていった。


 パインの番が来ると皆ざわついていた。なにか自分がやらかすのではないかと冷や冷やしている様子だった。


 彼の前に正座して対面した。


(なんで ・・・)


 彼は……。


 楽しそうでいて幸せそうな顔をしていた。


 あの船の甲板で照り付けるような陽の光を浴びて油ぎっしゅな顔色は今はしていない。


 ほっそりとしたその顔は、ただ、何か仕事や自分達のこととは別の何かを考えているようだった。


 目の奥で広がる世界を受け入れる準備をしているのだと自分自身を説得させた。


(俺は受け入れきれない ・・・)

(ううう ・・・・)


「あああ ・・・」


 こんな気持ちになったのは初めてだ。人目を気にしないでこんな率直な自分になれたのは初めてだ。

 自分のこの訳のわからない冒険において彼という存在は大きかった。


 この冒険の薄気味悪さの中を外から見守る存在がいるとしたら彼が一番の適任者だった。


 彼の口癖が自分の立場と運命に向けて言われているような気がして。


 それを……。


 失ってしまった……。


 何故彼が死ななければならなかったのか。


 誰がやったのか……。


(誰がやったんだよ ・・・)

 もしそいつがこの場にいたら自分は鬼にでもなる。


 鏡に映った自分の角のついた頭が脳裏に浮かぶ。それを思いっきり体現させてやる。どんな理由であれ彼にこんな目に合わせた奴を許せるはずがない。


…。


『おい 後ろ待ってるぞ ・・・ 困ってるぞパイン』


 首元からモチモアの声がし少しだけ我に返る。


「グシュン」

「すいません ・・・」


「大丈夫?」

 後ろの人にそう言われた。彼は肩にそっと手を添えてくれる。


 恐らくサンベルだったが、返事すらできずに自分の席に戻っていった。


…。


 カシュナさんの計らいでふる舞いが各々の小さなテーブルに用意された。


 涙で味が良く分からなかったが、全ていただいた。


 お酒も用意されていたので、どんどん飲んでいった。


「ああ ・・・ もう」

 ああ、もうなにがなんだかわからない。この広い部屋がなんの為にあるのかさえ曖昧だ。


「あんたそれ以上飲まないで!」

 隣に座るリンデルがそう自分に注意をしてきた。


 なんでこういう時にしか俺に喋らないんだよ。そう言う彼女はこの通夜の会場で必死になって携帯を覗き込んでいる。


(なにしてんだ こんな時に ・・・)


「なにしてんだよ こんな時に!」

「しっ! 黙って』

 そう返される。


 あったまにきた。


「「人が悲しんでるのに他のことやって楽しいか?」」

 ボリュームを調整するのが難しい、というかそのまま言ってやる。


「はぁ ・・・ あんたねぇ」


 彼女もそう言い、こちらに鋭い視線を向けてきた。


『『ザワザワザワザワ』』


「「別に人の命なんかなんとも思ってないんだろ!」」


 思ったことがすぐに出る。あのジャングルで見た冷静なリンデルに向けてだ。


 何故かこのタイミングで口から出てしまう。


「「はぁ!? もしかしてあんたあの時の事言ってるのかしらね!!」」


『『ザワザワザワザワ』』


「そ そうだよ 何考えてあんなもったいぶった行動しやがって!」


 この時2人は立ち上がっていた。今にもお互い飛び掛かりそうな勢いになっていた。


「「何も考えられないあんたにそう言われる筋合いはない!」」


 堂々としていて、筋の通った言葉を彼女は言ってきた。


 それでも納得できない。


「「分からないのが悪いのかよ!!」」


 もうだめだ、なんで彼女と口喧嘩をしているのかさえ分からなくなってきた。


『グイン』


「オイ パイン ソトデルカァー」


 体が宙に浮いた。スーツの巨体に胸倉を掴まれている。


「「放せよ!まだ途中だ!」」


『『ザワザワザワザワ』』


 ずるずるとそのまま引きづられていった。


 会場に座る色んな人と目が合った。そのどれもが自分のことを可哀そうな物を見るような視線だった。


--------------------------------------


『ポイッ』 『ドチャ』


 会場の外の広い敷地に投げ飛ばされる。


 立ち上がり、その投げ飛ばした相手を睨む。


「なにしてくれてるんですか?」

 そう言ってやる。


「アア バトルシタソウダカラナ パイン ・・・」

 雨の中コーダンがそう言う。


 この黒い巨体は自分を見下し、さらに笑っていやがった。


「楽しいですか?」

「アア タノシイゾ」

「あなたも人の死をどうでもいいって考えているんですね?」


「イクゾ」


 彼は自分の問いを無視してそう言ってきた。


 分かったよ、分からないから単純な行為の方がいい。


 しかし、彼からの初手は初めてかもしれない。


 彼がそう言った矢先、彼が居た後に残っているのは水しぶきだけになっていた。


(やってやるよ ・・・)


『ガッ』


 どこに来るかは分かっていた。それを両手でガードし受け止める。


(こんなもんか ・・・)


『『ダーーン』』


 奴のでかい腕を振り払い、奴の腹にせいけん突きを放つ!


 境内に銃声のような音が鳴る。自分の放った拳が雨でぬれた奴のシャツと衝突した音だ。


「コンナモンカ ・・・」


 パインの本気の拳を彼は両足で踏ん張り受けていた。


(本気じゃないってか?)


『『ぼっごぉ!!』』


(見えない ・・・)

 せいけん突き3発放ったのちに、目に見えない打撃を腹に食らう。そのまま宙に数m浮いていたと思う。


『どちゃ』


「ゲッホゲホゲホ」


 落下し、パインは四つん這いになる。


 あまりの強烈な腹パンに息ができない。


 何本か骨がいったような音もしていた。


「ナァ パイン オマエ ・・・」


「な なん ですか ・・・」

「ヨワイナ ・・・」


(そんなの分かってる こんなに打ちひしがれてるんだ)

 体の痛みはなんてことはない、すぐに治るからな。


 立ち上がり巨体に走る。


『『パンパンパンパンパン』』

 何発ものパンチを彼にお見舞してやる。


 しかし……。


 そのどれもが彼の体にダメージを負わせることができない。肉塊に自分の拳が吸収されるだけ。


『『ドガッ!』』


 コーダンの強烈な右ストレートが顎に決まった。パインは数m後ろに下がる。


「「うわああああああああ!!!」」


 視界が揺らいだ、そう叫びながらも一歩も動かないでいる巨体に走る。


 コーダンはまだ余裕の表情で笑っている。


 右足を軸に左半身を用いての攻撃にチェンジする。


『シュンッ』


 自分の放った攻撃の軌跡に蒸気のような物が立ち上がる。


『『パーーーーーン!』』


 自分の左拳をコーダンは手で受けたが、その威力に彼は後ろに下がった。


(これで!どうだ!! よ ・・・)

 追撃を開始する。四つん這いになり、鼻で息を2、3度吸った。


(熱い 体が熱い ・・・)


『ダッ!』


「コイ パイン!」

 奴が自分を捕まえようと両手を広げていた。


(どうにでもなれ ・・・)

 どいつもこいつも。俺の知らない舞台で考えるだけ考えて…。俺になにも教えてくれない!!なんで!なんで言ってくれない!気持ちがあるなら…。表に出してくれよ…。


 左手に全神経を集中し、奴の胸の中央めがけて渾身の突きを放った!


『シュワァッ』


『イイツキダ パイン』


『バギドゴボガ』


 耳元でそうコーダンが言っていた、そのあとは自身の体がコーダンに殴られる低い音が鳴り響いていた。


…。


『ザァァァァァァァ』


…。


 パインは天を見上げている。


 そこに映る景色は白い曇り空から無数の水滴が落ちてくるもの。


「ヒサビサニ ケガシタカモ ・・・」

 コーダンがそう言うとパインを見下げて笑っていた。


「ナァ パイン ・・・」

 見下げたまま彼が自分に近寄り話してくる。


「はい ・・・」


「ジブンダケ カナシンデルト オモッテルノカ?」


「 ・・・ 」


「オマエノコト ミンナシンパイシテル ワカラナイノカ?」


「 ・・・ 」


「イマノオマエ ミンナヲキズツケテル」


「 ・・・ 」


「何をしたらいいのか分からないんです ・・・」

「皆が何を考えているのかがわからないんです」


 そうポロっとその言葉が出てきた。


「モットツヨクナレ」

 そうコーダンが言うと手を伸ばしてきた。


……。


『パシッ』


 彼の手をわざとパインは強く握った。


 彼は自分を起こし、ニヤッと笑顔を向けてきた。


「マタヤロウ パイン タノシカッタゾ」


 コーダンの手を強く握ってやったが、彼のその手はそれよりも強く握ってきていた。そのため手を痛めてしまったようだ。


(いたい ・・・)

 俺が痛いってことは…。


 こうして打ちのめされて彼が何を言おうとしているのか腑に落ちた気がした。


「あっ ・・・」


 2人して会場に戻ろうとすると、中から皆がこちらを見ていた。


 コーダンのおかげなのか。何か嫌な物が胸の奥から抜けていることにパインは少しだけ気が付いた。


…。


「「すいませんでしたっ ・・・」」


 カシュナさんが用意してくれたタオルで軽く体を拭き、全員に深くお辞儀をする。


「ヨワクテ?」


「「弱くてすいませんでした ・・・」」


 そう言うと左手にすっと暖かい物が入ってきた。


「あたしもゴメン ・・・・」


 2人のその姿に皆して必死に涙を抑えていた。

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