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【第13話】イボアの住む森 その2

「おい ボサっとしてんな こいつのイボ取るぞ リュック持ってこい」


 アッシュのその声でパインはハッとなり、この横たわった大きなイノシシのコブを取る作業を開始しなければならないと気がついた。


 「はい」とアッシュに返し、彼の横についた。

 アッシュはパインが持ってきたリュックからやれやれとバールのようなものを取り出しイボの根本にそれを当てた。


「そいつでこれを打て」

 パインは理解に苦しんだ。一瞬アッシュが何を言っているのかわからなかったが、彼の目線がハンマーを見ていたのでそれに気が付く。

(こいつを ・・・ こう ・・・ かな?)


『『ガギィィーーーーーン』』


 アッシュの持つバールにハンマーを降ろし、イボの根本の骨をかち割り、分断することに成功する。


「これくらいもできなかったら ・・・ どうしようかと思ったぞ」


 パインはイボアに睨まれたことによる緊張がまだ抜けていなかった。だがこの仕事はどうにかこなすことができた。これでもし彼が誤ってアッシュの手にハンマーを当てようものならどうなっていたことか…。


「また ・・・ 助けられちゃいました ・・・」

 パインはぼそっとそう言った。

「気にするな まだやることあるからな ・・・ 反省はあとでしろ」

 そうアッシュが言うと、今度はイボアの後ろ脚の切断の作業に移った。

 彼は手際よく毛皮を剝いで、露わになった肉にナイフをすべらせる。骨を断つときだけパインの持つハンマーの出番である。

 パインはやっとのことで緊張が和らいできた。脂汗こそ引いたものの、今度は普通の汗が彼の全身からしたたり落ちている。


(こりゃ ・・・ 大変だ ・・・ うぇっぷ)


 パインの手はイボアの血や脂でべとべとになってしまい、それを拭く彼の衣服も同様にぐちゃぐちゃになってしまった。


 イボアの後ろ脚があとわずかな筋のようなものを切れば、分断できそうになる。それはとても硬そうな見た目である。パインがイボアの後ろ脚を思いっきり後ろへと引っ張り、それによって張られた筋をアッシュが切る。


『『ドサッ』』


 パインの尻餅で、後ろ脚の収穫作業が一段落した。


「だぁっさっ ・・・」

 尻餅をついたパインの姿を見てアッシュが少し笑みをこぼしていた。

 こうしたパインの姿とは真逆にアッシュは泥どころか、一切の汚れも身に纏っていなかった。最初に自分の部屋で見たときと同じ姿である。


(なんで ・・・)

 アッシュのその姿にやるせない気持ちがパインの胸の奥から湧き上がったが、巨大な獣を討伐できたことは彼にとってとても嬉しいことだった。


…。


 このイボアのイボ骨はおそらく10キロほどか。中々に重い。その汚れを払ったのちにパインはリュックにしまった。アッシュの指示で後ろ脚は落ちている丈夫な木を拾いそれにロープで縛りつけていた。


 最初はアッシュが1人でそのまま持ってみろとパインに言った。

 彼はその言葉通りやってみた。何とか彼は持ち上げることができたが、ぬかるんだ地面に足を取られそうになってしまっていた。

 アッシュはそれを見るや否や、パインを止めた。


 結局さっき言った通り、木にイボアの後ろ足を縛り2人で担ぐことになった。測りがないのでこのイボアの後ろ足がどれほどの重さかわからないが、大人1人分の重さはあるようにパインは感じた。


(これを1人で持たせようとしていたのかな ・・・)


…。


 時おりアッシュが担いだ木を上にやり自分に負荷がかかるようにしてきたものの、運搬事態は楽しかった。

(お おんもいっ!)

 アッシュのイタズラにまいってはいるものの、元気だった。

「あごを引く」

 そうアッシュは言う。

「はい」

 その時のパインの返事は自然に口から出ていた。


…。


 2人が森から出た頃は日が沈みかけていた。森のシンとした空気が川の磯臭いにおいへと変わる。気温が上がったのか、ただでさえ滝のようにかいていたパインの汗は輪をかけて流れ落ちていた。


 バイクまで来ると、担いでいた肉と背負っていたリュックを降ろし、崩れるようにして川の丸石の敷き詰められた大地に身を投げだした。パインが横を見るとアッシュもそうしている。ようやく終わったと思った。


「まだあるぞ?」

「えっ ・・・ ?」


 束の間の休息であった。もうすでに身を起こしたアッシュに脇腹を蹴られた。


「うぐっ!」

 パインは痛みに悶えながらもその身を起こす。


 その後はテントの設営、その他の設備の増設のための木の切りだし(また森に向かった)、後ろ脚の解体や調理である。


…。


「おら 塩 あそこにあるから取ってこい」

 切りそろえられた肉に多めの塩を塗りたくる、そして木で組んだ干し竿に引っかける。それに鳥よけのネットを被せる。


 その後も色々な作業があったが、パインは疲れすぎてよく覚えていなかった。


…。


「何疲れてんだよ おまえ 特に何もしてないだろ?」


 パインがそうアッシュに言われる頃にはすでに日は落ち、目の前の焚き木の前に2人して座っていた。


(あああ ・・・ 疲れた ・・・ ぞ)

 パインの目に見えるのは食べ終わった今日狩ったイボアの肉の皿、そして風になびく新品であったはずのパーカーだった。彼は最後に川でパーカーを洗い干したのだ。川の水は冷たく火照った彼の体を少しだけ冷ましてくれた。


「ええ ほんと 足引っ張ってばかりで ・・・」

「そうだな ・・・」

 そう短く2人は会話した。


 アッシュは嬉しいのか悲しいのかよくわからない微妙な表情をしていた。

 そして反省する気力すら残ってないパインの姿が火に照らされて影を落としていた。

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