【第128話】木を這うようにして その9
『トトトトドドトドトトドト』
雨により合羽が嫌な音を立てる。皆してリンデルの持つ薙刀を見つめる。無言のため、よりその音が耳に入ってきていた。
「刃が ・・・・ 替えられてる」
「え?」
「どういうことですか? リンデルさん」
顔を見合う3人…。
「やられた ・・・・ ゼリオに」
…。
リンデルは満を持して、こうなった経緯を考察して2人に聞かせてきていた。
…。
(え ・・・ どうして)
彼は案内役、それなりの値段で雇ったのだが。彼には別の仕事があったようだ。
リンデルがあれだけ念入りに彼の事を調べているのは分かっていた。それがまさかのザル穴、最初からリンデルの薙刀についていた刃が目的だとは思いもしなかったと。
自分達が重要な任務に当たっていることはニュースなどを念入りにチェックする変な奴がいない限りは無理。
もしそういった情報が手に入れられたとしても薙刀の刃の情報を得るのはほぼ不可能。
なので自分達を阻止しようとする組織が念入りに調査し個人的な情報まで調べていたことになる。
ゼリオが自分達を阻止する組織に属しているか丸め込まれていることが明るみになった、そして組織の狙いがあの白角の素材だということ。
それがなんの意図を持って奪うのか、今までの経験から分かっていることは1つ。
魔獣、人の言葉を喋る奴に特効の殺傷力を誇るということだ。
切り札を奪われたことになる。
「サル?」
それしか思い当たる奴らがいない。そうリンデルに聞いてみた。
「いや 奴らは追い詰められている わざわざ人を使ってなんて無理」
「もう1匹はアッシュが隣にいる 不可能」
そう彼女が返す。
「じゃあ 誰が? たまたまそれ狙ったとかは?」
そう再度聞いてみる。
「誰か ・・・・ もしサル以外の自分達をどうにかしたい組織があればそれ」
「たまたま ・・・・ ありえない これに価値があるなんて見た目じゃ絶対にわからない」
続けてリンデルがそう言う。
サル以外の組織?そもそも自分達が皆を助けているのに、それを嫌がる奴らがいるのか?
そんなこと、考えたことが無い。
自分がこうして体を張っている仕事に対して嫌な思いをしている人がいるのか?なんでそんなことするんだ?
「あともう1つゼリオの狙いがあったようね ・・・・」
自分の疑問を遮るようにしてリンデルが話を切り出す。
「なに?」
「食糧よ ・・・・」
そう会話する。
「今気が付いたけど ・・・・ 彼全員の食料を自分のリュックに仕舞ってたわ」
「それって ・・・」
「私達の足止め 願わくばジャングルから出したくないようね」
「え ・・・」
彼自身が案内役。そして食糧を奪い、さらなる足止めを施していた。
「どうしましょう ・・・」
シトラがぶるぶる震えながらそう言っていた。
(ああ ・・・ そうだよ)
彼なんてほとんど自分の独断と偏見で連れて来たようなもの。一番の被害者が彼ともとれる。
この時ばかりは少し彼を連れて来たことを後悔した。巻き添えをくらわしたようなもんだ。
「電波もやっぱり届いていない 彼が何か細工したのかもしれない ・・・・」
リンデルがそう言う。自分もシトラも確認のため身の内側にしまったそれを表に出し確認をする。
「ほんとだ ・・・」 「無いです ・・・」
「シトラ ・・・ ごめん 巻き添えくらわせたかもしれない」
正直にそう彼に言った。
「い いえ自分がついて行きたいって言ったし ・・・ それに」
経験が積めて良いですと。自分達のフォローをしてくれる。
「あんた 分かったでしょ? 私達といるのがどれだけ危険か」
「 ・・・ はい」
リンデルがそう彼に詰め寄った。いやここは自分達が守ってあげるのが仕事だろ。
「そんなことは承知の上でついてきてくれたんだ いいじゃないか」
「いいじゃないかって ・・・・ あんた」
パインがそう言うと、彼女は俯きため息を漏らしていた。
「まぁ ・・・・」
リンデルがそう言い、ガサガサ何かを取り出している。
「予備はあるわ 作戦に変更はなし 帰りましょう」
「あいつに追いつくのは ・・・・ 無理だけどね」
彼女は予備にゼリオと同じ地図を持っていた。
( おお ・・・)
パインはただなぜそうなったかまでしか頭が回っていなかった。こうなることを先に見越した準備や行動は流石としかいいようがない。
彼女に頭が上がらない。この時ばかりはグゥの音も出なかった。
「おお! さすがです!」
シトラが顔を上げそう言っていた。
パインはなんだか恥ずかしくなってしまった。先輩面しておいて何もできていない自分に対して、だ。そして心が傷ついた。
(ゼリオさん ・・・ 好きだったのにな)
彼がなんの目的を持ってそんなことをするのか、そして自分達の邪魔をする組織や人の目的がまったくもってピンとこなかった。
…。
雨の影響で足場はさらに悪くなっている。耳を澄ますと川の水が流れる音のような物まで聞こえてくる。この状況下で足を取られて水に流されるなんてことがあれば泣きっ面に蜂だ。
地図を頼りに来た道を戻っていく。
後ろにリンデルが。前にシトラが、一番やることのない位置に自分がいる。
なぜなら……。
「あんた記憶力いいわね あたし覚えてないわよ」
「皆さんより少しだけここに慣れているからですよ」
シトラは半分以上地図もなしにすいすいと来た道を戻っていった。道の途中に仕留めた獣が横たわっていることがなによりの証拠だ。
彼の記憶力はパインと比べかなり良かった。
「いいわね あんたやることなくて」
後ろからとびきりの精神攻撃を放ってきた。十分堪えているのに、追い打ちをかけるとは何事か。
…。
ある程度進むとリンデルの合図で野営の準備に入る。少しだけ崖を登りなるべくぬかるんでいない所を探した。
準備が終わりこの4日目の幕が閉じようとしていた。
…。
この日は食事にありつけなかった。
『サクサク』 『サクサク』 『サクサクサクサク』
胸の内側からもスナックの咀嚼音が響いている。モチモアだ。
「あんた あげるわよ?」
「いや いい」
ゼリオはチョコスナックだけは見逃してくれていた。今、リンデルがパインに手渡そうとしたがそれを拒否した。
痛んだ心が意固地にさせているのかもしれない。
「パインさん ちょっとは食べたほうが ・・・」
シトラが気を使ってそう言ってきた。
「いいんだ 食べてよ」
そう返す。
「あんたそこだけ恰好つけても 恰好悪いわよ」
相変わらず追い打ちをかけてくる。今日は彼女の顔が見たくない、早く寝ようと思った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3人で野営を繰り返すこと3日間。チョコスナックは底を着き、いよいよ自給自足の流れになった。ガイドの有無でこんなに時間が掛かるとはパインは思っていなかった。
足場が悪いだけではない、シトラやリンデルでさえも迷いが生じ、思う様に進めないのだ。幸い、来た道に仕留めた獣がいたことでそれの調理をパインがすることになり飢えは凌げた。
ただ歩いて寝るだけでは無くなったのに少しだけ気分が晴れた。
シトラもリンデルも自分の料理に舌鼓を打っていた。
「あんたそれ便利ツールみたいに使ってるけど ・・・・ いいの?」
食後のひと時、リンデルが剣を見てそう言う。
「ああ うん 切れ味が落ちないんだ」
そう返した。素材はなんなのだろうか、オロチの他に細い木なども切っているが切れ味が落ちないばかりか気を付けないと周りまで傷つけてしまいそうだ。
さすがに肉を切る時はナイフを使ったが、この剣との切れ味との差に驚くばかりであった。
「見せて下さいパインさん」
そう言うシトラに剣を手渡す。
「うわぁ ・・・」
ジロジロと楽しそうにそれをシトラは眺めていた。
(えっ ・・・?)
「ごめん 危ないからシトラ それ返して」
「分かりました ごめんなさい」
一瞬だが、シトラの顔が剣に反射し変な物に見えてしまった。疲れているのだろうか、そういい返してもらった。
…。
その翌日、事件が起こる。
あと2日あればなんとか帰れるだろうとリンデルが目測していた矢先だった。
「すいません 用を足してきても?」
シトラがそう言い、木の影に行った。
…。
「「ああああああああああ!!!」」
シトラの叫びが耳に入り、反射で彼の元に走った。
…。
ポイズンスパイダーが3匹、目に入った。
『シュサササ』
すぐさま駆除。
(ふぅ ・・・ あれ ・・・)
「す すいません ・・・」
シトラが左腕を合羽からむき出し、自分に見せていた。彼の小さな細い腕に黒い点が2つと、そこから血が雨水を辿り流れ出ていた。
彼の腕はブルブルと震え、上を見上げた顔からは涙と雨水のどちらかが流れていた。
(!!!)
あまりの衝撃に体だけが動く。
「「リンデル! シトラがやられた!!!」」
「「なに!?」」
既に痙攣が始まっていた彼を抱きかかえ元の位置まで戻って来た。倒木を枕にし彼を横たえ、傷口を吸ってやる。
「パインさん すい ません」
しかし毒はすでに彼の意識を朦朧とさせていた。
「まずい わね ・・・・」
リンデルが自分達を見下ろしてそう言っていた。その時なぜか彼女の表情は焦りというよりもイラつきに近いものだった。
「い 急いで帰らないと!!」」
そう言うも彼女は無言。
「あんたが負ぶって帰るの?」
冷静を装ってそんなことを彼女は言ってきた。なんでそんな冷静でいられるんだ!
「「それしかないだろ!!」」
何故一々そんなことを彼女が言ってくるのか分からなかった。
「だめよ ・・・・」
「はぁ!?」」
「あんたの手が止まったら獣に襲われたらどうするのよ?!」」
…。
「その時は ・・・ 一旦地面にシトラ寝かせて ・・・」
「だめよ あんたここまだ舐めてるの?」
「「じゃあどうするってんだよ!」」
思いのたけをここぞとばかりに彼女にぶつけてやる。
「だ 大丈夫です パインさん 僕を置いて行ってください ・・・」
雨水を顔に受けながらもそう必死に声を出している。顔は真っ青になってしまっている。
「何を言ってるんだ? シトラまで!」
そう叫ぶ。
「それしかない ・・・・」
リンデルが冷たくそう言う。
「「おぶって帰る! 獣が来たとしても対処すればいい!」」
「だめ ですパインさん ・・・」
…。
「俺が残る ・・・ リンデル先行ってくれ! 頼む!!」
彼をこんなところに残して帰る訳にはいかない。
…。
「そうね 最悪だけど あんたの意見の中では妥当なのかもしれないわね ・・・・ でも」
「「でもなんだよ!」」
彼女がガサゴソと服の中をまさぐり出した。
「あるのよ ・・・・ これ」
雨の中、リンデルの手の中に納まっていたのは赤い十字マークの透明な袋、その中に注射針と何かの容器が入っていた。
まだリンデルの表情は最初と同じ冷静、むしろ笑っているとさえ取れる。
「 ・・・ 」 「 ・・・ え ・・・ 」
パインは頭が混乱した。持っているのか?解毒剤を……。
するとリンデルも膝をついてシトラの処置に当たっていった。
なんて声を出していいか分からずそれを見守るだけになった。
今まで信頼していた彼女が心の中で意志が別の方向に向かい始めていた。
(あの会話をする意味はなんだ? 頭がおかしいとしか言いようがない)
「リンデルさん 流石です ・・・」
シトラの症状はすぐに良くなっていった。
「良いのよ 想定していたわ」
それにリンデルが答える。
説明が欲しい。なんですぐにそれをしなかったんだ。
パインはこの時彼女を信用できなくなっていた。説明して欲しい。けれども聞くのが彼は怖かった。
パインが今彼女に対して抱く疑念は間違っているのだろうか?
てきぱきと処置をする姿は今まで彼女を見てきた中で一番の恐怖を感じていた。
(人を ・・・ 見殺しにする気だったのか?)
「あんた 余計な事考えないで 今は帰ることが目的」
「 ・・・ 」
そう言われ、ただ頷いた。
…。
数10分ほどでシトラは通常通り歩くことができるようになった。
しかし、
その晩、パインは彼女に何も言うことができなくなってしまったていた。
…。
その翌日。
3人とも無言のままこの嫌な森を歩く。
もう嫌だ、こんな所。焚火でさえ服は殆ど乾かない。何もしないでいると頭の中で変な事ばかり考える。信頼していたはずの彼女が赤の他人よりも無視したくなる存在になりつつある。
なんでこんな人と一緒に旅を、歩いていなければならないんだ。
(ふざけるな ・・・)
賢さ故に俺のことただ利用しているだけか?今まで一緒になって歩いてきたことが、全て計算づくで何か別の目的があるんじゃないのか?
(ふざけるな ・・・)
彼女に何もしてやれない自分は確かにいる、けれども心で裏切るつもりはない。
もし仮に全て演技、そうリンデルはそういった演技に長けている。
(わからない ・・・ なにを考えているんだ)
鬱蒼と茂った緑の世界、暗いその世界が自分を閉じ込めている。
『『 ・・・ 』』
「あんた! ねぇ!」
「「パインさん! 携帯鳴ってますよ!!!」」
雨の音さえ気にならなくなっていた。まして携帯なんてもってのほか。
シトラがそう叫ぶまで気が付かなかった。
立ち止まり、携帯を耳に当てる。
後ろの2人も電波が入ることが分かり、それを確認しているようだった。
「はい もしもし」
『 ・・・・・・・・・ 』
…。
何故嫌な事がこう続くのだろう、電話の主はミグーナだった。彼女の話す内容はもはやパインの頭に入ってくる内容の物では無かった。