【第124話】木を這うようにして その5
クロマは古い黄ばんだ紙を広げ作業台の上に乗せた。そしてこの刀をその上に乗せる。そして三角定規を当てながら刀に墨をいれていく。その間彼はこの刀についての話を口に出していた。
「家伝といっても良いな ・・・ 息子にもまだ言っていない」
クロマは渋い顔つきでこの刀の物語を語りだした。
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…。
この家の血筋は元を辿ると、あんたらと同じ荒くれをしていた。ただ、当時の荒くれ、冒険者はもっと正式な仕事として認知しておったが。
うちの先祖、名はクロネ、彼はある任務の遂行中にある狂人と出会った。
詳しい経緯は伝えられてないが、任務で意気投合したのだろう。性格は違えどお互いに高みを目指すような間柄だったそうだ。
クロネも狂人もそれぞれ組織を与えられ活躍していた。
狂人はしばらくして成果を認められクロネよりも昇進していったそうだ。やはり当時は武力を持つ者が優位であった。
現在もそうかもしれんが……。
クロネは他の仲間もたくさんおり、昇進とかそういった事にあまり興味がなかった。そして何より部下に慕われていた。
狂人は部下を道具としか思っていなかった。
当時は暴力でさえ許されたほど武力が支配しておった。しかしクロネはその事にあまり気にすることもなく彼とよく飲んでいたそうだ。
狂人は、昇進すればするほどたくさんの殺戮の場に伺えることを知っておった。故に彼は昇進を常に意識していたそうだ。
ある時1つの事件が起こった。
ある魔物の狩りをクロネの組織と狂人の組織の2隊編成で討伐することとなった。
当時の魔物は現代のそれよりも大きく、手ごわかったそうじゃ。人と会話もできるほど知恵もあったそうだ。
その事を知る者は少ない、おぬし等は知っているだろ?
…。
パインとリンデルは深く頷いた。
(自分は知っている 父から聞いたのもそう そしてその経験もある ・・・)
パインはクロマの話1つ1つを聞き逃さまいと目を見開いた。
…。
でだ、狂人の組織で内乱が起こった。
討伐をし終えた後でな。
クロネはそれの仲裁に自ら剣を振るってその中に入っていった。
それが……。
クロネ1人を残して全員惨殺。彼も負傷したもののなんとか息が残っていた。
狂人はそのまま行方をくらました。
クロネが快復すると国からの依頼が彼の元に下った。
「狂人の捜索及び捕獲 ・・・」
おそらくクロネは狂人にとって唯一の友達だったようだ。それを国が分かっての任務であったと思う。
最初彼は断ったそうだ。しかし狂人を思う心は忘れていなかったようだ、しばらくしてその任についた。
クロネがどう狂人に対して思っていたのかまではわからないが、おそらく同情の余地があったのかもしれない。
そして彼は各地を捜索し彼を見つけた。5年以上かかったようだ。
狂人は山に入り1人で生活をしていたそうだ。
裸同然の彼は見るからにやせ細り、以前の彼の面影はなかった。
彼の周囲には鳥たちが集まり、自然と同化しているようにすら見えたようじゃ。
クロネは丸腰で彼に近づいて行った。
説得を試みようと思ったのじゃろう、そして狂人はそれに屈した。
連行中も彼と思い出話をしたそうじゃ。
狂人は裁判にかけられた。言い渡されたのは極刑じゃった。
クロネは抵抗したが、その判決は覆ることは無かった。
それもそのはず彼はその手で30名以上も惨殺しておる。
…。
クロネは監獄にいる彼に何度も会いに行ったそうじゃ、そこで上に願い出た。最後に外で食事に行きたいと。
狂人に身内はいなかったようだ。だから「せめて自分が」と上に掛け合いなんとかそれの許可が下りた。
極刑の前夜だった。
良く使ったお店を厳重な警戒網を張った上で食事を楽しんだそうじゃ。
しかし、食事中に異変が起きた。
店員以外入れるはずもないのにも関わらず、狂人が悶え始めた。
何かと驚き彼を調べると、
彼の首元から腰まで細い剣が貫いておったそうじゃ。
急いで辺りを見回しても誰もいない。
もう明日死ぬ人間になぜわざわざこんな事をする必要があるのか、しばらくの間を持って狂人は静かに息を引き取った。
しかしその時狂人は「これでいい」と言っていたそうだ。
その剣を引き抜くと……。
それは狂人の剣であった。
初めはクロネが疑われた。しかしそれは上で言ったようにやる意味がない。よって晴れた。
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『『カンッカン』』 『 ・・・ 』
クロマがこの刀の墨をした部分を石ノミで打っている。
「「ちょ ちょっと待ってください」」
「なんじゃ」
(待ってくれ ・・・)
クロマの話がこの刀だとすると、やばいんじゃないか?
「この刀が?」
パインがそう言いクロマの手を止めた。
「そうじゃよ?」
クロマが平然とその問いに答えた。
「「いやいやいや」」
リンデルも混じってそう言った。
「使えるようにしてってお願いしたのはおまえさんじゃろ?」
「めっちゃ呪われてるじゃないですか」
リンデルがそう言う。パインはただ頷いてみせた。
「まぁまだ話はある 聞いとけ」
クロマがその家伝を再度語り出す。
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狂人を殺した犯人は見つからなかった…。
また狂人の剣であることは間違いが無かった。最初はクロネが引き取ろうと思ったが、家族が反対しそれができなかった。
クロネはこの時もうすでに何人もの子供がいた。結局国が預かることになり、それをどこかに厳重に保管したそう。
しかし、ある時から奇妙な出来事が起こり始める。
厳重に保管されていたはずの剣が消えると政府の人間が次々と倒れた。
そしてその横にこの剣が置かれていた。
何度も厳重に保管してもそのような事件が起こるものだから当時は結構な騒ぎだったと思う。
…。
そこで手を挙げたのがまたもうちの先祖クロネだ。
もうすでに荒い仕事ができる年齢ではなかった。足を洗って金物に手を出し。
…。
政府の依頼でこの剣を封印したそうじゃ。
しかしクロネにはある疑問が残っていた。当時この剣で不審死した人間は到底善人ではなかったようだ。
クロネはあまり上層部にまで関わっていなかったから多少の情報しか知りえなかっただろうが、そのどれもが狂人を使って荒稼ぎしていたやつらだった。そのことを知ったのはクロネの晩年だった。もうそれに対して彼は何もできなかった。
詳しくは聞いていないが、おそらくクロネは狂人に対して何か別のいい意味での思いがあったのだろう。
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「おそらくじゃが 政府は封印じゃなく破棄を命令したように思える」
「だがクロネはしなかった それに ・・・」
「時が満ち この剣が再度ここに来れば 封印を解け」
…。
「そう口伝で残したのだからな」
「と 言う事じゃ どうだ? 面白かったか?」
そうクロマが笑顔で3人の顔を見ていた。サワさんも棒立ちで口が半開きだ。
「全然面白くない ・・・・」
リンデルがそう言う。
パインは無表情で刀を見つめていた。その話を聞いている内に冷静になっていく自分の心が不思議だと思っていた。
「ちょっと離れておれ ・・・」
そうクロマが言うと、長い厚手の手袋を両手にはめこの刀を真っすぐ作業台の上に立てた。
何やら不思議な丸い形状の板、長さの違う棒がそこから伸びていた、をポッケから取り出すとそれもまた刀の隣に置いた。
『失敗したらただじゃ すまん ・・・』
そんなことクロマはぼそっと口にだしていた。
『『おりゃっ!!!』』
このくそ重い刀を両手で柄を持ち宙に垂直に上げると丸い板の上に押し付けた。
『ドガ!』 『パ』 『『ガシャンガシャンガラガラ』』
刀を覆う厚い鉄板が剥がれ落ち……。
「「「おおおお~~~~~!!」」」
みなして声を上げる。
歪な形の直剣が姿を現した。
(なるほど ・・・)
つまりはあの刀の中にいわくつきの剣が封じ込められていた。それは無理やり刃を付けられたようなものだった。今までパインが使えていたのはただの彼の馬鹿力があっただけだった。
「これが ・・・ か まさかわしの代でおいでなするとはな ・・・」
そうクロマが呟くようにその剣に向けて話していた。
形状はクロマが口伝で言っていたように細剣であった。
しかし柄から剣先までの半分ほどは刃ではなく何個もの半円状のヒダが波打っている。錆びているのか緑色をしていた。
刃の部分は黒く、鉄というよりもツヤのある石のように見えた。
あのサルが使っていた棒に質感が似ている。
持ち手の部分も別の物が中から出てきていた。道理で太いと思った訳だ。
「ほれ おまえさんのじゃろ」
クロマに手渡される。
「か 軽い ・・・」
持った瞬間に分かった。全く別の物を握っているような感触だった。
「おまえさんなら大丈夫じゃろ」
クロマはリンデルに向けて話していた。
「なんであたしなのよ!」
明らかに不服そうな表情のリンデルである。
(なんていったらいいんだろう ・・・)
パインはリンデルの顔を見ないようにした。
「あはは まぁ後の事は頼んだぞ サワ 金属部は磨いといてやれ」
「親父 ・・・ 触りたくないなぁ ・・・」
サワさんが正直な事を言っていた。
「これ刃の部分は研磨しなくても大丈夫なんですか?」
パインはそうクロマに聞いてみた。
「それはうちの専門外じゃ あとはおまえさんがやってくれ」
どうやらクロマは知っているようだった。だが、パインははぐらかされてしまう。
「じゃあとはサワに任せた わしは道場に戻るぞ」
「親父 ・・・ お前らそこに居とけよ」
サワさんは見た目によらず大分怖がりのようであった。
この剣が呪われているようには全く感じなかった。
鞘に入れる前までだが……。
…。
「良かったじゃない 軽くなって」
「うん まぁ ・・・」
「しばらくは使う機会なさそうね」
「そうなんだよね」
皆に挨拶し帰る事になる。シトシトとぬるい雨が降ってきていた。
( うーん ・・・)
鞘に仕舞う時、剣に映った自分の顔が不気味に笑っていたのは誰にも言わないでおこうと思った。
(気のせい じゃないか ・・・ はは)