【第122話】木を這うようにして その3
『チリンチリン』
ガラス作りのお洒落なドアを開けるとドアに付いていた鈴が鳴る。
「おう 久しぶりだな! 明日の仕込み手伝ってくれるんだって?」
「え? いや すごい ・・・」
サクラは軽い冗談を交えて挨拶をしてきていた。
そう、パイン達はサクラの店にやってきていた。
営業時間は過ぎているのにも関わらず何組かまだお店にはお客さんがいた。繁盛しているという噂は本当だった。
物凄い盛り上がりを見せているこの「チリエアロスト」という名のレストラン。
外観はレンガ作りで緑の厚いビニールの日よけが付いている。その上の黒い看板に白文字でチリエアロスト、と店名が書かれていた。
オリーブの木が数本花壇から生えており、カッコいい。
大きなガラス窓から店内が一望でき、厨房の様子まで外からでも伺えるような設計であった。
そこからニンニクと魚介の香ばしい香りが鼻に入ってくる。
…。
店内は10脚ほどのテーブルと厨房に面したカウンターがあった。
正直羨ましい。おしゃれでいてシンプル。パインの心が躍った。
しかし連日働きづめなのだろう、サクラの腹は自分と違ってまっ平になっていた。
奥さんのカシュナさんもパイン達を出迎えてくれた。身長はサクラとほぼ変わらない、真っ赤な口紅が彼よりも働き者なのかもしれないと勝手に想像してみた。
1番大きいスペースの席に着き、彼女に飲み物だけとりあえず注文した。
息子のビワ君も少しだけ話した。少しだけ気が小さいような印象であったが父親よりも身長は大きかった。厨房でサクラに色々言われて大変そうであった。
「なんか いいな ・・・」
「なにが?」
「いや お店 ・・・」
「あんたの性格じゃ無理よ」
「えぇ ・・・」
「あんたの馬鹿力は別の事に使いなさい まぁ」
「まぁ?」
「なんでもない ・・・・ あ 来たわよ」
リンデルと会話し、大事な話をはぐらかされた。
『チリンチリン』
お店の入り口のドアについていた鈴が再度鳴った。
「いらっしゃいませ! あ! あなた!」
カシュナがサクラに慌てたようにしてそう言っていた。そりゃそうだ。
「「パーーーイン ヒサシブリダナーーー!!! チッコイノモ ヒサシブリ」」
「ちょっとコーダン!先に行かないでって! すいません本当に ・・・・」
「あああ!」
デコボコ3人組がまるでコントのように店に入ってきて、厨房からサクラがイソイソと出てきて挨拶していた。
奥さんと息子は挨拶を終えると逃げるようにして厨房に向かって行った。
コーダンの姿はいつもと変わらない、また小動物がプリントされたTシャツをぱつんぱつんになって着ている。
ミグーナとチャーギは、なんだろう、少し落ち着いた雰囲気を纏っていた。青地のジャケットを2人揃って着ていた。
「ちっこいのってあたしの事よね?」
「アア リンデル ゲンキソウダナ」
軽く苛立っている彼女とコーダンが挨拶を交わしていた。
「おお パイン元気か ・・・ 噂は聞いているぞ頑張ってるな!」
1番彼が3人の中で輝いているように見えた。チャーギはそう自分に言うと、握手を求めてきた。
「チャーギさんお久しぶりです」
そう答えると、爽やかな笑顔を彼は放っていた。
以前の彼ならもっと疑ったような鋭い視線をパインに向けてきていたのにも関わらずだ。彼の握る手とその様子は明らかに何かが彼に起こったことを連想させた。
「チャーギさんなんか雰囲気変わりました?」
リンデルも挨拶を終えるとそう自分の言いたいことを言っていた。
「いつも通りよ ご飯食べましょ!」
「注文いいですか!?」
ミグーナがその質問を無視するかのようにそう話してきた。およよ。
「あんた達随分暴れまわってるそうね ・・・・ それに」
注文が終わるとミグーナ主導の女子トークが始まりそうだった。パインはそれを聞かないふりしていた。
(ふぅ ・・・)
「まぁ うまく行ってるようで良かったわ 仕事もプライベートも」
なんとか短い時間にそれが終わった。
「んじゃあ ・・・・ 次の仕事の話ね」
ミグーナがそう皮を切り、話が進められていく。
オロチの討伐、コーダン達はそれを遂行していた。
2人はそれの引継ぎであった。
「あたしらがもうすでに4匹やった タジマらが2匹 残りは2匹よ」
オロチはBクラスの魔物だ。出現するときは必ず8匹出るそうだ。
だが、まとまっている訳ではなく地域に点在して出現するそうで見つけるのが困難だそうだ。
「まぁあんたらに引き継いだの役所の奴ら知ってるから 連絡はあんた達にいくはずよ」
どうやら出現したら通報するような仕組みになっているらしい。あまり遠くまでは奴らは分散しないとも言ってきた。
「アノヘビ アンマウマクナイ」
「はいはい ・・・・」
「チャーギ クワレタモンナ ダハハ!」
「あんたが口に投げたんでしょ!?」
「ソウダッケ?」
「おぇっ」
あのチャーギの特殊な鎧姿を想像してしまった。可哀そうに。チャーギはそのことを思い出したのか顔色を悪くしてえずいていた。
「あんまりチャーギをオモチャにしないでくれる?」
「いいんだよ 俺も仕事に加わりたいしさ」
「ダハハ サスガ チャーギ!!」
「もう!!」
どうやらあれ、チャーギの捨て身攻撃、をしなくても勝てる相手だそうだ。
…。
話が落ち着くと料理がビワ君によって運び込まれてきた。待ってました。
「「お待たせしましたっ!」」
まだ学生の彼、自分と年齢は近いとはいえこうしたガタイのいい人の相手はまだ経験が浅いのであろう、緊張して大きな声を上げている様子が少し可愛らしかった。
パインはやはりペスカトーレ、魚介のスープパスタを注文する。サクラの渾身の一皿なのは船での経験から知っている。
ミグーナとチャーギも同じ皿を選んでいた。
コーダンは肉料理、とはいってももはや肉塊だ。裏メニューとか言ってたが、多分コーダンだけの特注でただ焼いただけのようだった。
リンデルはクラムチャウダーとバゲットという変わった注文を取っていた。
「あたしはこれが好き」
そう彼女は言っていた、なんでかという疑問は聞かないでおいた。
もぐもぐ。
やはり染みる、このスープにこだわりがあるのは知っている。あのソースが入っていることも。
その味が船旅を思い起こさせた。
海風を浴びる毎日。前に座る巨漢とやりあった日々、そして成し遂げたあの仕事を。
サクラの仲間を思う心と仕事に対する姿勢、それが凝縮されたかのようにこのスープに溶けだしている。
味が深いだけじゃない。
「あんた泣いてるの?」
「え?」
ミグーナがそう自分を見て笑いながら聞いてきた。
3人とも自分を見て笑っていたがうっすらとコーダンを除いて目が潤んでいたのが見えた。
「満足いただいているようでぇ?」
テーブルの前にサクラがやってきていた。
「おいひいです」
そう言うとサクラはニヤッと笑っていた。
そして手に持った大きな皿をテーブルに置いた。
「アクアパッツァだ あの船旅じゃ鯛が獲れなかったからな!」
「これは サービスだ ・・・ 冗談じゃないぞ」
大きな鯛はまるでここにいる全員を祝うかのように全身を見せびらかしていた。
「「「ありがとうございます」」」 「サカナカヨー」
皆でそれを分け合った。
スープが染みた鯛の身はスープの味とハーモニーを奏で、口の中で溶け合った。
オリーブの酸味と香辛料の刺激のお陰でどれだけ食べても箸が進んでしまう。
『あんた ダイエット ・・・・』
そうリンデルに言われたがもう手が止まらない。
追加でピザも注文してしまった。
「あんた太ったねぇー」
ミグーナにもそう言われる。知ったこっちゃない。
…。
「あのガルマって知ってますか?」
食事が一段落し、聞きたいことを彼らに質問してみた。
「アア シッテル」
コーダンがそれに食いついてきた。
何度か「バトル」したことがあるようで、コーダンはそれに勝っていたようだった。
「アイツ イキ ツヅカナイ」
「ダカラ カテル」
逆に言うと、息が続いている間は拮抗、またはガルマに分があるような話しぶりであった。
つまり全力を凌げれば、勝機があるということなのかもしれない。
「負けました それもかなり ・・・」
リンデルはその時席を立ちサクラと2人きりで話しているようだった。チラとそれを見た。
「ソウカ ツギハカテヨ」
コーダンらしからぬつまらなそうな顔を携えそう言ってきた。
「あんたらがここに来たのはあたしたちとバトンタッチするためよ」
ミグーナがそう話してくる。
ガルマが都内に潜んでいるのを見越しての、アッシュとヒントの采配だそうだ。
(役不足 ・・・)
つまり自分らではそういうことなのだろう。
「しかしあのサルがあんなに暴れまわるってどういうことなのかしらね ・・・・」
ミグーナがそう言う。
それに関しては確かにそうだ。リンデルも小言でそう言っていたのを聞いた。
「分からないです ・・・」
一応ファミレスでの戦闘もこの時に話しておいた。
「さしでそんなんと渡り合えるってすごいじゃないか」
そうチャーギに褒められた。
「逃げちゃいましたけどね ・・・」
「大丈夫 俺らが行くから そこは安心しろよ?」
彼から漂う貫禄はいつの間に。そう言われ、「はい」と返事をした。
コーダンは都内に行きたくないと言っていたが、アッシュに諭されたのだろう少しだけ悔しそうであった。
バロの事も聞いてみたが、3人とも分からないと言っていた。
「この人 ・・・ また変な姿なったのよ」
サクラとの会話を終えたリンデルが席に着き、そう3人に報告していた。
「オオォ ・・・」 「ああ ・・・・」
コーダンは恨めしそうにパインの事を見ていた。いや、無意味に戦いませんよ。あなたとは。
そして、
「この刀なんですが ・・・」
わざわざ店に持ってくるものかとは思ったものの、聞いておかなくてはならない。
それをサクラに目配せしながらテーブルの上に横たえた。
「ボロボロジャネーカヨ」 「うっわ ・・・・」 「おおぉ ・・・」
3人とも嫌な顔をしている。
「コーダンさん どこで買ったのか教えてもらえますか?」
「アア ウーント ・・・ ワスレ」
「これはコーダンさんがある人に託された物です」
チャーギが知っていた。
「アア! ソウダッタ センパイダナ! アハハ!」
どうやら託されたあとは行方をくらました人だそうで、詳しくはこの刀の事を聞けてなかった。いや、多分話の内容を忘れているようだ。なにせ……。
皆があまり触れたくない所、コーダンの出自に関するレベルの話だったから。
…。
「まぁオロチが出るまでぶらぶらこの辺散策するしかやることないんだし」
「刀匠にでも見せたらいいんじゃないの?」
ミグーナが言ってきた。
アッシュにこのことを聞くのを忘れていた。あとで連絡をしよう。
「そ そうですね そうします」
「この人 人に聞いておいて どうするかまで考えてないのよ」
リンデルに鋭いツッコミをくらった。
3人に笑われ、お店を傷つけないように刀を仕舞った。
そこから歓談が続いた。
…。
「「「「ご馳走様でした!」」」」 「ウマカッタゾ サクラ!」
酒はこの時は飲まなかった。飲みたかった。
色々名残惜しかったが、深夜近くまでいるとサクラに迷惑ということでお開きとなる。
コーダン達はまたドタバタと忙しそうにしてチャーギの運転する車に乗り込んでいた。
彼がミグーナを大事そうにエスコートしている姿が印象的だった。
先に彼らの車が店の駐車場をあとにする。
「次は仕込み手伝ってな!」
「はい 是非やらせてください!」
店の外までサクラは見送りに出てきていた。
サクラのその問いに笑顔で答えた。本当に、彼の隣で仕事がしたかった。
なぜかリンデルはその様子をまじまじと見ていた。自分よりも何故かサクラに視線を送っているように感じたが、あまり気にしないことにした。
…。
「あんた 少しはチャーギ見習いなさいよ」
「え?」
「女性の扱い方よ ・・・・」
リンデルからチャーギとミグーナの仲を聞いたのは少し後であった。
「「えええー!!!」」
(あのパーフェクトボディーを ・・・)
…。
「あんた ・・・・ 56すわよ?」
何も言ってないのに。とほほ。どうやら顔に描いてあるそうだ。