【第117話】マーレイを去る
(おおっとやばい ・・・ あ 良かった)
翌日の朝、目が覚めると布団はかぶっていたが下半身が裸なんじゃないかと思い足で確認するも服は着せてあった。
「おはよう リンデル早くから悪いね」
そう挨拶するも彼女はじっと自分のことを見つめて何も言わないでいた。
(ばれた? ・・・ いや俺は悪い事してない ・・・)
「もう その腕大丈夫みたいよ これから先生くるから」
やけに淡々と喋る彼女がパインの心を苦しめた。
「良かった 昨日はどこ行ってたの?」
あんまり昨日の夜の事を聞かれたくないので逆にそう聞いてみた。
「トラック トキさんのトラック返してきたり あとは野暮用で自分の町まで帰ってたわ」
「あ そうだった」
「あんたの血洗うの大変だったのよ」
そう言われ、焦る。こうして横になっている間にリンデルに大分手間をかけさせてしまった。
それにトラックに関してもトキさん達にお礼を言わないとと目をいろんな所に動かした。
「トキさんが自動車詳しくて助かったわ あたしの車直してくれてたわよ」
「あ!そうだった 動かなかったもんね ・・・」
「あ!じゃないわよ 随分頭がすっきりしてるようだけど」
そう言われたもんだから、パインはかなりびびっていた。
「ごめん でもお陰様で調子いいよ ありがとう」
「なにがごめんなのかしら?」
「え ・・・ いや」
彼女の醸す空気で病室がシンと静まり返っていた。
…。
「パイン君お待たせしました 主治医の者です」
彼がここに来てくれたのでなんとか助かった。そもそもリンデルは勘づいているのか?まさかだよなぁ…。
「あ どうも」
昨日の夜のことが気になってしまい治療してくれたこの方に無礼な態度を取ったのかもしれない。そう思いパインはさらに挙動が不審になった。
「いやぁ すごいね こんな短期間に完治してるよ」
寝ている間にも何度か彼は来てくれたそうで、みるみるうちに傷が塞がるパインの体に驚いていた。
「調べたいのは山々なんだけど ・・・ キミ達忙しいんだろ」
彼も今回の騒動で働きづめだったようだ。実際に現場で仕事をする仲間同士そこらへんは息が合う。
「君の事サンベルからも聞いたよ あ そう」
そう彼が言うとサンベルの伝言を伝えてくれる。
『今は船から降りて知り合いの所で働いてるから もしこっちくるときは自分に直接連絡してほしい』
『正直ベッドで横になった君はあんまり見たくないから ちゃんと歩いてきてね』
「だそうだ あはは!」
「お知り合いなんですね?」
サンベルの冗談に笑いつつも、そう話す彼について尋ねてみた。
「あいつが学生の時遊んだことがあってな キミの経歴調べてたらあいつの乗る船に行きついたからよ」
そこからサンベルに電話をして自分の事を聞いたようだ。
執刀医の薄い緑の衣服をまとったままにこうして話す彼も相当仕事熱心なようだ。口の周りの濃い髭が印象的な人だった。
「ありがとうございました」
拘束を外してもらい、彼に深々とお礼を言う。
「怪我をするなとは言えないけど こんな怪我はもうしちゃいかんよ?」
「はい ・・・」
「優秀なお仲間さんもいるんだし ・・・ もっとみんなのこと頼っていかなくちゃあね?」
彼がリンデルの事を見てそう言った。
(そうなんだよな 無我夢中になると頭の中が ・・・)
「頑張ります ・・・」
「なにを頑張るのよ! もう!」
リンデルがツッコミを入れていた。
「ま 俺も仕事があるから じゃあね」
彼はこの場を去っていった。
「ほれ」
リンデルに自分の服をもらう。新調されたインナーに綺麗に縫い直されたジャンパー、ズボンが自分の両手に置かれた。
「あ ありがとう ・・・」
「もう行くわよ!」
少しだけ照れるリンデルの横顔を見ながら着替えて、この部屋を2人で後にする。
モチモアも器用に動き回り、着替えの最中も自分の体のどこかで隠れていた。くすぐったい。
…。
部屋を後にし病院の中をキョロキョロとあの昨夜の女性の姿を探してみたものの、居る気配は無かった。
夜勤だったので、もう帰ったのかもしれない。
そもそも、一々彼女を探すと余計な事が起きそうだ。
この時パインは、あの昨夜の出来事をスルーしていた。
…。
その後はコンビナートとその外のマーレイ地方をリンデルの車でぐるぐると巡りまわった。
主な仕事は後片付けだ。
まず最初は神社とその周囲を片付けた。何名かの冒険者も一緒になってそれを手伝ってくれた。どうやら彼らもここのことを心残りにしていたようで、ヒントの采配を快く承諾したそうだ。
そう、ヒントはアッシュとの仕事の傍ら本業であるこちらの復興にも尽力していたと思う。上2人の悪企みがさらにこうした仕事を始めるきっかけになっていたのかもしれない。元々はこうした仕事をしたかったらしいが、中々できずにいたようだ。そして、この件で終始寝ずに仕事をしていたエストは長期休暇を取っていたため会えずにいた。
あの夜後ろから声をかけたのが彼だと分かったのはこうした作業中にリンデルと一緒になって気が付いた。あんなに目を真っ赤にして、声をかけられたんじゃびっくりして当然だろうと今更ながら思ってしまった。だが、あんな顔にまでなって働く彼に尊敬と同情の念を抱いてしまう。
また管理室で上半身裸になっていた奴がガルマだということもリンデルと話をする中でお互い気が付いた。
…。
次に行ったのもほとんど同じだ。コンビナート周囲に散らばったゴミとアオズの残党の処理だ。狂ったアオズはこちらに向かってくるのでそう手間ではなかった。普通に得物さえ持てば冒険者の駆け出しですら余裕な相手。むしろ自分と同じ若い冒険者にとってはいい経験になっていると思う。
そして、狂う原因となる物質はアッシュが上と掛け合い、据え置き処分になったそうだ。
詳しい事はよく分からないが、厳重に別の場所に保管されたようだ。どう体に影響を及ぼすのか気になったがそれは別の人がやるんだからあまり考えないことにした。
町のごった返しは以前来た時はゴミと冒険者であったが、今は一般人も仕事を休みにし外で作業に当たっているため人々で道路がごった返しになっている。
しかし、悪い意味でのごった返しではない、軽いお祭り騒ぎのようになっていた。
どの人々も家で閉じこもっていたためやっとでれたことによる解放感から楽しく声を上げていた。
自分とリンデルもそれに交ざって作業をした。
今までの殺し合いの仕事とは別の和気あいあいとした達成感は獣とやり合うよりは緩かったが、心を盛り上げてくれた。
リンデルも最近まで血を見てばっかりだったと言い、今回の仕事に意欲的な様子だった。
しかし、
自分ら2人はそこまで穏やかにそれら作業を行っていたわけではない。
常に周りを意識していた。
なぜならあの虎、猫だと思っていたがアッシュが虎と言っていたもんだから虎ということにした。ガルマと名乗る男がいつ襲撃をしかけてくるか分からなかった。
そのためリンデルは常に傍にいた。女性に弱いとは全くもってよく分からない。それに武闘派なもんだから尚更意味不明だ。しかし、もし彼がその弱点を無視して特攻をしかけてきた場合、間違いなく今の自分らで勝てる相手ではないとも思っていた。
そのため肩に得物を携えての作業。
また刀を見たが、もはや使えるものにはなっていなかった。刀というよりもほぼ鉄板になってしまっていた。
これだけ振り回してもガルマは無傷だった。それに対して自分は重傷、特異な回復でなんとかなったものの、そうでなかったら冒険はあれでお終い。
今でこそ笑顔のリンデルだが、もし自分がダメだった場合彼女にどう責任を取れるっていうのか。
あの時の事を思い浮かべるたびに右腕もさることながら自分の心は下に沈んでいく一方であった。
…。
幸い、片付け中に彼の襲撃は無かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
町中が落ち着きを見せ始めた。
2人は次の冒険に行かなくてはならない。
トントに連絡を入れる。
『本当にありがとう ・・・ それと』
彼が心の底から感謝を伝えているのは電話口からでも分かった。
大事な事を伝えてきた。半年後に祭りを行うと、また是非参加して皆に顔を披露してほしいと言ってきていた。
少し気が引けたが、発端が自分なので承諾せずにはいられない。
どんな顔をして出席すればいいのか。まず、今の顔ではダメだと思った。携帯をしまい、綺麗になったマーレイの道路を眺めた。
(もっと強くなろう ・・・)
…。
リンデルの運転は心地が良い。もっと甘えた方がいいのかとも思った。
(はぁ ・・・)
どのタイミングで気を抜けばいいのかわからない。あまりに経験が浅い自分が悔しかった。
それを皆どのように思っているのか。その答えがどこにあるのかすら分からない。
「そんなしけた顔見せちゃダメだからね ・・・・」
そう言われてしまう。
そして、最初にマーレイで車を停めた場所に辿り着く。
…。
「いやぁ 若いのよくやったねぇ~」
車が動かなくなって立ち往生して寄ったあの民家に再びやってきていた。
そう話すのはウルさん、相変わらず囲炉裏の前で綺麗に小さく座っていた。
「とんでもないです ・・・」
「この人無茶ばっかして あたしのが大変でした」
パインが言った後にリンデルが喋っていた、確かにそうなのかもしれないが……。
リンデルはパインが寝ている時に1度寄っていたので詳しいことは、その時に彼女からこの家の方々は聞いている様子だった。
「俺はお前が何かやってくれるって思ってたぞ!最初からな!」
「いやほんとに パインさん無事で良かった リンデルさんから聞いたときは皆して心配したのよ」
そうトキさんベニさん夫婦が語る。
「あ ウルさん ・・・」
パインは掛け軸を一度見た後にそう話しを切った。
この家のネズミの掛け軸が気になっていた。そして、ごそごそと服の中を探し彼を皆に披露する。
『『ギャアアア キャーーーーーー!』』 『『あんらま!』』
「これってもしかして ・・・ あの掛け軸の神様ですかね?」
そう驚く3人を無視してウルさんに聞いてみた。
「ちょっとよぉくみせてみろい ・・・・ ほぇええー」
ウルさんがモチモアまで顔を近づけている。
『ばぁさん おれは食い物じゃねぇぞ!』
『『ギャアアア キャーーーーーー!』』
「ちょっとモチモアびっくりさせちゃだめだって!」
リンデルがそう言う。
3人とも、しこたま驚いていた。
「わしゃ見たことはないが ・・・ あの神社の主ならそうでねぇのか?」
「いんやぁ いいもの見せてもらった 今年はいい年になりそうじゃ」
ウルさんがそう言うが、2人の夫婦はまだ驚いたままだった。
「あんた 背負うもの一杯あるようだな ・・・・ 頑張りなさい」
その声にパインは「はい」と頷いて見せた。
『そうやで』
モチモアがそう呟いて服の中に入っていった。
…。
会話が済むとベニさんが手間をかけた料理をずらりと食卓に並べてくれた。
どれもが体に染みる優しい味であった。
「美味しくいただきました」 「ご馳走様です」
そう言い、今後のマーレイの発展を願い、それを伝えた。
「また ・・・ 祭りの時に来ます」
「おう!待ってるぞ」 「待ってます」
「いつでもおいで」
3人の笑顔が心の、ガルマに開けられた心の傷口を大分塞いでくれた。
全ての料理をいただき、トキさんの家を後にした。
…。
「次はまたあの山ね ・・・・ あたしにとっちゃ苦い思い出」
「え ・・・ ああ あはは」
リンデルがアッシュに捕獲されたことを思い出した。ウルさん宅を出た後はただただこの居心地の良い車に揺られていた。
「何笑ってんのよ!」」
リンデルがそう言うとアクセルを吹かし山道を駆けあがっていった。
次はアッシュとの打ち合わせという名の趣味の時間が迫っている。
自分もそれが好きなのだが、今回はやはり敗因を聞くことが自分にとっての一番の仕事なのかと思う。先ほどまでの満たされた心が、そう思うことで口の中が苦くなってくる。
(まだまだ ・・・ なんだろうな)
…。
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すでにマーレイの仕事は終えたと思っている2人の冒険者。
白いリンデルの車が通った道をチョロと走る小さな獣達がいた。