【第111話】アオズの調査 その4
「あ 何かいた あそこ ・・・」
(はぁぁんっ ・・・・)
もはや声すら出せない、あのテープの隙間に体を入れ柱の内側に足を運んでいた。
見える視界は半分がパインの上半身。外に何かいるのだとしてもそれに意識が奪われないように気を付けている。
怖くってしょうがない。あいつの喋り方を一々注意する気力すらもう無い。どんな姿勢でパインの後ろにしがみ付いているのかすらよく分かってない。
耳から入る風の音、木々の葉が擦れる音ですら頭の中をかき乱してくる。
『パキッ』
なるべく見ないようにしていたが、足元から乾いた音がしたので下を見る。
骨だ。骨が落ちていた。
人?いや人にしては細すぎると思う、そういう事にしておく。ひいい。
(う ううううそでしょ ・・・・)
それらが所々に地面に散乱していた。
もはや両手でパインの背中にしがみ付いて、引きずられるようにしてどこかに連れて行かれている。
『ビュウ』
風が右耳に入り込む。
(いやぁあああ ・・・・)
そっちを恐る恐る見ると背の高さよりも大分大きな山が積みあがっていた。
見たくはないけど見てしまう。
その山には大量の骨や人工的な食材の包装、土のようなものが積みあがっていた。
そこから吹く風の嫌な臭いが生暖かい風とともに鼻の奥に入ってきてしまった。
『ごっほ ・・・・ ゴホゴホ く さい ・・・・』
(もう嫌 ・・・・ 帰りたい)
「風呂入ったけどな ・・・ ねぇ リンデル あれ見てよ」
相変わらず低い声で自分に問いかけるパイン。お前の匂いじゃない。彼が立ち止まったので引きずられる格好でいられなくなる。しょうがなく彼の横に地面を向きながら立つ。
地面ですら怖い、前を向くのなんてもってのほかだわ。
…。
神社があった。木に囲まれていたため遠くからは見えなかった。見ていなかったが正解か。しょうがないから勇気を出して前を見たんだもの。
落ち葉が入り口の階段に積もってもはや土の一部になっている。
こうして暗視ゴーグルの色調だと詳しくは分からない。けど、かなり放置されている木造の建物なのは確か。
すぐにでも崩れそうなそこの前に2人で立っている。
行くんでしょ?バカだもんね。しょうがないよ。いやぁ、しょうがないじゃ済まない、どうしてくれんのよ。
「行こう ・・・」
「 ・・・・ 」
こいつが足を前に進めるもんだから、それに付いて行くことくらいしか今の私にはできない。ううううう。
中に入る。
木の扉をパインが開けようとするも年季が入って中々開かなかった。いや開けなくていいのに。
歩くたびに「ギシ」と床が鳴る。
そしてこの時だけは自分の味方のある物、それが目に飛び込んだ。先ほどの建物でジャンキーになった冒険者が床に叩きつけていたのと同じ白い容器が落ちていた。
そう、私は現実的な物のほうが、多分、怖くない。怖くない、怖くなーい。
「「きゃあっ!」」
「なにっ?」
一瞬だが白い影が目の前を通過したように思った。どこに行ったか辺りを見回してもそれの存在が確認できない。
「「な! なにかいたわよ!」」
「えっうそ ・・・ 見えなかったな」
パインの手を握る。が。
彼も相当にびびっている?私の汗?彼の手を握るもぬるぬるとした粘度の高い液体が自分の手を覆っているように思えた。
『『・・・ ふぁあぎゃ!』』
自分の手を見ると真っ黒な血がそこに映っていた。
「いってぇ ・・・」
パインの左腕を見ると革のジャンパーに綺麗な切り込みが入っていた。
そこを反対側の手で確認するパイン……。
「切られたみたい ・・・」
「手に負えないわ 暗すぎる ・・・・ 戻りましょう」
現実味を帯びたパインの血がなんとかリンデルの頭を回し始める。
「あ あそこ!」
『ギッギッギッギッ』
(ちょ ・・・・ ちょっとお!)
パインは負傷を気にせず、この建物の奥の何か人形のような置物のような、縄や紙が巻かれた大きなそれに足を進めていった。
はぁん。私動けないじゃないの。なんで1人でいくのよぉ。
「は はやく 帰るわよ」
「うん ちょっとだけ ・・・ ここに見えたんだ」
…。
『『うわぁああああ!!!』』
パインが見えたという場所でしゃがみ込み、なにかをどかした瞬間に大声を上げていた。
『バタッ ・・・』
そしてうつ伏せに倒れていた。やめてくれ。
「ちょっと ・・・・ ねぇ」
「 ・・・・ 」
「冗談なら頭撃つわよ ・・・・」
腰ベルトから銃を取り出した。本気で彼の周囲に銃口を向けていた。普段慣れた握り心地のこの銃も、パインの血と自分の汗でぬるぬると滑って握りにくい。
奴の周りに何かいる気配がした、しかしそれが出てくる事は無かった。
「はぁ ・・・・ はぁ ・・・・」
体力は十分あるのにも関わらず、恐怖と緊張で息が上がる。
…。
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パインがいきなり奥で倒れたのは彼の冗談でもなさそう。何かいる。引き返せない。
幸い彼から黒い液体などが流れている気配はなかった。
彼が倒れているのは大きなネズミの像の手前、祭壇のようになっている。それと、埃が舞って見えにくいがこの建物の内部は思ったよりも平らで、動きやすそう。
辺りに散らばるゴミはおそらくコンビナートから拾ってきたもの。あとアオズの亡骸。
その亡骸からは身が剥され、骨だけが残っていた。しかし腐敗して骨になったのとは違う。骨の内側には糸を引く中身の肉がある。
恐怖と緊張がピークに達し、逆に頭と体が動くようになってきた。
パインが倒れた理由はわからないにせよ、彼の腕からの血は紛れもない何者かがこの建物に潜んでいることだけは確か。
姿勢を落とし、建物を観察していた。
『シュン』
気配と音がした。とっさに悟り体を大きく後ろに引かせる。
白い影が斜めに視界に入った。
(もう怖くない ・・・・)
それなりに大きい、人程度。しかし速さと身の細さは人のそれではない。そして、得物の影も捉えた。ナイフのようなものが白く映り込んだ。
( ・・・・ カマイタチ)
聞いたことはある。だが、それはもっと山林ではないと見かけないレアな獣。
昔その毛皮が欲しかったのを思い出した。
アオズのランクはE、素人でも簡単に倒せる。ああやって襲ってくるイカレタのはまた別かもしれないけど。
もしカマイタチだとするとランクはC。しかしそれは捕獲する機材があればの話、彼らの動きを補足できる人間はかなり少ない。
私は遭った事すらない。そしてこうして真っ暗闇でのやり合いとなるとさらに分が悪くなる。
…。
(作戦を ・・・・ 考えろ わたし ・・・・)
『トン』
入り口を見ると、いつの間にか月が淡い光をこの建物に落としていた。
逆光に立つそいつの姿が目に入る。光の存在を確認し急いで暗視ゴーグルを脱いだ。
(ずいぶん余裕ね ・・・・)
そいつは入り口に体を向け、顔を横にしてこちらを鋭い目で睨んでいた。
私と同じくらいの体長、長い尻尾、細い腕や手足。そして肘から腕に沿うような形で生える鋭い鎌。
グレーと白の毛皮が目を引いた。そしてそいつは身を隠した。
(いいじゃない ・・・・ )
銃は当たらない。早すぎる。急いで背中の薙刀をセットする。建物の天井は広い。十分回せる。
奴もここが縄張りなのか、逃げるどころか排除しようとしているのだろう。
『タッ』
自分でも良く分からないが、目に見える前から体が動く。緊張からか、もしくは今までのパインとの旅が私をそうさせたのか。
奴が斬撃を放ってきているのは確か。そしてそれを寸での所で避ける自分も確か。
闇雲に薙刀を振るっても躱される。何か作戦を立てないといけない。
「ううう ・・・」
パインがうつ伏せで四つん這いの姿勢になっていた。
『シュンッ』
(なんで私だけ?)
奴が狙ってくるのは私だけ、動けないあいつから先に始末するのがセオリーでしょ。
その疑問がある答えを導き出した。
恐らくだけど……。
猛攻をくらいながらも1歩1歩とパインの脇にまで下がってくる。
彼の様子を見ると、やはり今の自分の考えが正しいことが分かる。
そして彼の隣に居る時はかなり奴の攻撃の頻度が下がっている。
(やるわよ ・・・・)
身を屈め、パインの前に置いてあるビンを拾うとその中身を口に含む。
(バチが当たる? それはあとでパインに祓ってもらうわよ)
非常に強いアルコールに口の中が痛んだ。
パインの下を離れ、開けた場所まで足を運ぶ。やはり攻撃の頻度が増えた。口に液体を含んでいる状態での回避はやりづらかったものの、なんとか躱せる。
しかし、
(躱したはずなのに ・・・・)
何発かは食らっていたようだ。自分の血が木の床に垂れている。
物凄い早さ、そして今の緊張で切られた痛みすら気が付かない。奴のその名は伊達じゃない。
(なっ ・・・・)
リンデルの頭はかなりの回転速度を誇っている、しかし。
斬撃を躱した直後に鋭い痛みが襲ってきていた。
つまり……。
(いいわよ ・・・・ まとめてお買い得よ)
痛みこそあれど、単発で致命傷になるタイプの攻撃ではない。出血量も今はまだ軽い。
リンデルは猫のように木の床を蹴り移動し、建物の柱に奴を誘導する。
おそらく初撃が躱されるのはもう奴も気が付いている。つまり
『シュン』
初撃を躱した瞬間に自分の背を床すれすれに浮かせる。そして
『『ブゥウウウウウウウ!!』』
奴らが宙を舞う瞬間、柱に気を取られ動きにくい場所をピンポイントかつ広範囲に酒を浴びせた。
【イナ毒霧バウアー】
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※中年の方しか分からないと思うので補足します、イナバウワーとは。
フィギュアスケートの技で足を前後に開き、爪先を180度開いて真横に滑る技である。
1950年代に活躍した旧西ドイツの女性フィギュアスケート選手、イナ・バウアーが開発したのでその名が冠された。
wikiより。
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『『きぃいいいいいーーーーーーー!!!』』 『きききぃーーーーーー』
(ふんっ ・・・・) 『ゴク』
余った酒は飲んでやった。
やはりペアで動いていた。死角から突の攻撃をお見舞している奴がいた。
♂は囮、♀が本命。
酒を浴びて嗅覚がやられ夫婦そろって木の床をのたうち回っている。
♀のほうは真っ白な体で黒い長い髪を生やしていた。
得物は短く、急所を突く仕様になっていた。
(ちょっと可愛そうだけど ・・・・)
『シュ シュ』
2匹の息の根を止めた。
パインに攻撃を仕掛けないのはあいつが酒くさいから。近くにいた私も鼻が麻痺していたけど、相当な臭いだったのを思い出したのよ。
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「いてて ・・・・」
意外とやられているのに今になって気が付いた。そう思い傷口を確認するも幸い急所は外れていた。
「たまには いいじゃない ・・・・ あいつの真似よ」
気分が落ち着き、そう独り言を言った。
薄青い空に月が透き通っていく。
暗くてよく分からなかったけれど、今こうして朝を迎えようとしている空の下。
この神社の入り口から辺りを見渡す景色は荒れているとはいえ、コンビナートの人工的な景色を忘れさせてくれた。
木々から聞こえる鳥たちの鳴き声が気持ちよく耳に入ってくる。
あれほど嫌な風も今は冷たく優しいそよ風のように優しく顔を撫でてくれた。
それらが子守歌のように眠気を誘ってきていた。
『ギュ』
本当はこれ、飲みたかったけど。みなぎりゼリーを握ってみせた。
今回は薬に頼らずに、それでもCクラス2体を1人で討伐できた。あいつばっかり目立ってたから少しだけ妬いていたのかもしれないな。そうも思ってきた。
『ガサゴソ』
なんでか知らないけどぶっ倒れているあいつがやっとのことでこっちまでやってきているようだった。後ろ目でパインが歩いてくるのを確認した。
「「なんだこれーーー!!」」
パインが自分が仕留めた2匹のカマイタチを見てそう言ってきていた。
「えへへ すごいでしょ!」
「あんたあとで積んどいて 欲しかったのよ彼らの毛皮 ・・・・」
リンデルがやる気がでたのはそのお陰なのかもしれない。
「う うん? 分かった」
彼も私も、傷口からの出血はもう止んでいた。
でも毛皮だけじゃない。彼の「すげぇ!」との表情がどれだけ自分を誇らしくさせるとは思ってもみなかった。
彼も私の隣で「どか」と腰を降ろしていた。
一緒になって神社からの景色を眺める。
段々と日が昇り、あれほど怖かった景色は早朝の色味を帯びてきている。
だが、非常に眠い。
パインの肩がこんなに居心地が良かったとは。
(ずっとこうしていたい ・・・・)
でもどうせこいつはまたすぐにどっかにズカズカと歩いていくんだから。
『なぁ こいつはだれだ?』
「ああ リンデルだよ 俺のパートナー」
『そうか よろしくなリンデ おい!』
突如としてパインの肩に乗る得体の知れない白いのが声をかけてきていた。
(なっ ・・・・?)
リンデルは声すら出せずにいた。
…。
ここまで来た道筋の恐怖が頭に一気にこみ上げ、そのまま気絶してしまった。
(なんなの ・・・・ よ)