【第106話】2人の母親
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「「パインッ!!!!!」」
またあの黒い影を見た。何度目だろう、あいつが本気を出すタイミングはなんとなく分かったけど。今回のあれは相当の力を使っているのは目に見て分かった。
黒い影が膨張してあそこまでくっきり姿を現したのは初めて。まるであれは……。
今回のもそうだけど、最近もなんだかあいつの様子がおかしかった。
リザードマンを殺戮する様子やブロのそれは私でも引いてしまった。
そして……。
ブロを倒し終えたあいつに自分がしたこと。確かに幻術にかかっていたとは思うけど、あいつに銃の引き金を引いた事を。
(私は覚えている ・・・・)
さっきのバロの姿と、大きさは違うけれど、纏う雰囲気に違いがなかった。それにあいつから生えた角も幻術のせいでは無かったように思える。
今になってあいつの父親から聞いたことを聞かなかった事を後悔してしまった。
…。
だけど、サリナが無事で、そして会ったことで大分気が楽になった。
あいつの存在は大きいけど、ただ心の支えが欲しかったのかもしれない。色々背負いこんでるのはパインも一緒。
負担をかけたくないとの思いが逆に自分の負担になってしまっていたのかもしれない。
あいつの倒れた姿を見ると、反省するのは私なんじゃないかって、毎度の事思ってしまう。
「パイン!」
うつ伏せで倒れる彼をひっくり返す。
「 zzz 」
血で汚れ切ったジャケット、ボロボロにちぎれた肌着。しかし顔はいつも見てる幸せそうな寝顔。
体を確認するも、出血は無かった。
「むにゃ ・・・ じーさ」
「は?」
今まで考えてきた事を軽くリセットし、パインの傍を離れた。
そもそもなんであの女がここにいるのか知らない。このドレスを着る随分前から記憶が抜けている。あの女の事と、これからやらなければならないことも同時に考えなければならない。
…。
サリナとジーサにイラつく頭を抑えながら歩いていく。
「見て見て!リンデル!可愛い!ほらぁ」
『ぁっ ぁっ!』
サリナとジーサの下まで来るとそうサリナがあかちゃんを抱えてそう言ってきた。
そう、あの悪魔みたいな獣がパインによって討伐されると赤い霧をそこら中に撒き散らしていた。その霧を浴びないように少し距離を置いて3人で見ていた。
しばらくすると赤い霧は晴れていった。そしてその中心部から赤ちゃんの鳴き声がした。2人はすぐにそれに反応すると一目散に走り出していった。私は止めるべきか迷ったけど…。
おそらく止められない何かが2人にあると私は直感してしまっていた。
「あーこっち手伸ばしてる!」
ジーサもはしゃいでいやがる。
「可愛い ・・・・?」
自分からその子を見ると到底その心には至らなかった。頭から生えた親指大の角、そしてヘソから下にみっしりうぶ毛が生えていた。
手は人のそれだが、足は蹄がついている。顔はまぁ、確かに可愛いともいえなくもないが。
「ちょっと サリナそいつ目が ・・・・」
バロと同じで、瞳が縦に伸びていた。
楽しそうにしている彼女にそう言うのは少し気が引けたが言わずにはいられない。
「えっ ああ まぁいいじゃんか! ほらお前も抱いてみろ初めてだろ?」
何だか幻術にかかりそうで嫌だったがサリナがそう言うならしかたがない、抱いてみることにした。
『『あんぎゃーーーー!!! ぎゃーーー!』』
( ・・・・ )
「あはは リンデルじゃだめでちゅかー!」
急に母親ぶったサリナに苛立った。でも幻術うんぬんの気配は感じられない。無邪気な元気な赤子だ。そいつはサリナと、そしてジーサに手を伸ばし助けを求めているように思えた。
「やばいどうしよう 俺胸がわくわくでいっぱいなんだが」
リンデルが赤子をサリナに渡した後、サリナはそう言う。こんな彼女の笑顔を見るのは初めてかもしれない。
「あ リンデル お前の荷物あそこに置いといたぞ」
赤子はサリナからジーサに渡っていた。彼女もまた同じ顔をしていた。正直見てられない。何が起きたんだ。
「あ ・・・・ ありがとう」
荷物を確認、そしてサリナの足元に落ちている白いナイフを拾う。
「あ ・・・・」
赤子が横たわっていた地面から小さな草が生えていた。
そこから枯れていた大地が徐々に緑に変わっていくのが目に見えて分かった。あの悪魔が一気に枯らした大地が少しづつ回復していくようだった。
…。
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「俺ジーサとこの子育てるわ」
「「はぁ!?」」 「おおぉ」
パインが起きた後、こうして4人、山の頂上の飲食店でテーブルを囲んでいる。
服は荷物の中に綺麗に仕舞われていたので、元の通りに着替えた。
サリナも薄着からジャケットにパンツ姿に戻っていた。あんなTシャツ姿で戦闘するのは滅多にお目にかかれない。
「スミスはどうするのよ?」
訳の分からない事を言うもんだからそう返してやる。
「良いのよ 滅多に帰らないしな」
まぁ、確かにそうだったと思う。が、それとこれとはまた違う気がする。
「あいつも別にいいぞって言ってたし ・・・・ それに」
「おれも 心細いから助かる」
サリナの後にジーサもそう言っていた。
もう普通の感性じゃ通用しない事をリンデルは悟った。
「そう ・・・・」
隣に座るパインは目を虚ろにしてその会話を聞いている。
(お前もなんか言えよ ・・・・)
「いいじゃないですか その子はバロ? ですかね」
急に一番言いづらい事をこいつは言いやがる。
「多分 そう ・・・・ だけど」
ジーサがそう言うとサリナの方を見ていた。
「これは女の勘だが その子は俺の子だ」
『『ぶっ』』
私は一瞬時が止まったが、パインが勢いよくお茶を吹いていた。
「痛みもなく産めたんだ もうすでに感謝してるよあのバロってのに」
「記憶があるの?」
「ない」
サリナとの会話に周りは付いていけてるのだろうか、私は正直付いて行ってない。
パインは逃げようともじもじしてるが、奴のズボンを引っ張って逃がさない。
「もう私からは何も言えないわ ・・・・」
「大丈夫」 「大丈夫」
2人の母親が口をそろえてそう言っていた。もう知らない。
…。
女子トーク1時間程度か。隣の♂は目が虚ろを通り越して天井の先の空を見上げているようだ。中身の入っていないマグカップをひたすら口に運んでいる。
『ガチャ』
赤子の隣に落ちていた白いナイフを食器を避けて置いてやる。
「サリナ これどこで拾ったの?」
本来の仕事にこの時になってやっと戻った。
「ああ あの洞窟 あの化物の下に落ちてたから拾ったぞ」
「それは ・・・・」
サリナの後にジーサが言いづらそうに口を開いた。
「おれの部下つーか相談役にここを出る前に渡された」
そこからジーサの告白が続き、この事件の全貌が明らかになっていった。
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彼女は数か月前に巨額の富を得て不動産業を始めた。その富のきっかけとなったのが父の知人であるその相談役の男。
名前はダント。パインは彼と一悶着あったようだ。私がここに来る前からずっと気になっていたこと、それにもこの男が関わっている気がした。
ジーサはここに来る前、予め用意してあったであろうこの白いナイフを「何かあった時に使って下さい」そう言われたようだ。
そしてこのナイフを私とパインは知っている。一番知っているといっても過言ではない。しかし、あの骨は研究所で精製され私の弾薬とあの時のネックレスに。それ以外に使われたとすると上の方で流用されたかあるいは。
別の部位をどこかで加工したことになる。
この事はアッシュに聞くのが一番だが、彼も彼で色々と探りまわっているに違いない。もし大事なことだとすれば言ってくるはず。
まったく聞かされていないということは彼の網すら搔い潜る奴が居るという事も考えられる。
(そもそも目的はなんなの?)
泳がされているという感覚は間違いがない。今回のこの事件がそれを確固たる証拠になった。
パインが一悶着を起こしたダントという男。恐らく彼が全てを知っているに違いない。彼の特徴をパインから聞いたが、おそらく……。彼らが噛んでいるのは間違いなさそう。
それに対してアッシュがどうアプローチするのか、おそらくアッシュも既にその事を知っているのだろう。
なら私達はどう動くのが正解なのか。
彼が未だに何も言ってこないということは、このまま泳げというのが正解。
気分は悪いが、そうすることにしよう。そう考えた。
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「あんたいつまでコップかじってんのよ!」
「あっ ごめん」
『『ゲラゲラキャッキャ』』
何も考えていないこいつの頭の中にやはり苛立ちが抑えられないでいた。
「あんたらは ジーサの相談役追うんだろ?」
すでに母親になっているサリナがそう言ってきた。
「そうね ・・・・」
「ねぇ あんたら また遊びにきてね」
返事をするともう1人の母親がそう言っていた。
「はい!」
無邪気なこいつがそう返事する。
「あんたの父親にも話きくからね!」
そうジーサに言ってやった。それに彼女はコクンと頷いている。
「パイン君 ありがとうね ちゃんと責任取ってくれた ・・・・」
「い いえいえ ・・・」
「行くわよ!」
少しデレてるからムカツク。後でちゃんと説明してもらうんだから。
…。
山を下る。
パインと一緒に登った時は緑一色だったのに。今は無残にも茶色くなっている。山頂のみが緑色で変な光景だった。
ゴンドラに乗り、その光景を2人して見ていた。
私が撃ってしまった事をパインはどう思っているんだろう。
彼が何か隠しているようにも見えた。でも平気な顔してこう手を繋いでいる。
「すげーーーー!!! みて!!」」
彼の靴元から視線を上げ山を見ると。
「うわぁ ・・・・」
…。
季節外れの紅葉がそこに広がっていた。
後悔は一旦仕舞って、また彼と同じように前を向いて進んでいこうと私は決心した。