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【第1話】プロローグ 夢の始まり

 冷たい風が背の高い木々を揺らし、無数の葉をカサカサと鳴らす。木漏れ日が大地に降り注ぎ、小さな草花をその光で色彩を付ける。動物達は自然のBGMの中、自らの足や喉を使い、コーラスを添える。


【不気味で荘厳な森の景色は人を誰も寄せ付けやしない】


 大自然。森に水色の自転車が乗り捨てられている。それらとは異質な自転車がカランとそれまた不自然な不協和音を鳴らす。そのさらに奥、森の中の崖または大きな穴とでも言おうか、そんな場所が見えてくる。


 そこに1人の青年がいた。


 長い金髪でずんぐりむっくり、つぶらな瞳を持つ青年。その見た目がどこかあどけなさを彼の年齢よりも若く感じさせている。


 彼は慣れない足取りで、崖を降りているようだ。だらしがないお腹をこすりながら、崖の途中に出来た踊り場まで辿り着く。


「ふぅ~ ・・・ はぁ~ ・・・」

 額に汗が浮いている。普段運動なんてめったにしないであろう彼の息は乱れている。


 踊り場は人が走り回れる程度の広さがある。かと言って彼にそれをさせる勇気は持ち合わせてはいない。臆病な彼は背を丸め、そこから下の崖をのぞき込む。


 先が見えない崖の下にはおぞましいほど遠くまで暗闇が続いているようだ。


 彼は「うわぁ」と声を漏らし、唾を飲み込んでいる。そして後ろを振り返った。


「なんだ ・・・ あれ ・・・」


 崖に横穴が開いているのを彼は発見する。


 横穴の入り口は人間の背丈ほどの高さで、幅はそれよりも狭くなっている。ヨロヨロとそこまで来るとリュックを降ろし、ライトをそこから取り出ていた。しばらくの間彼はその場で立ち尽くしている。迷いがあるようだ。


 彼はライトを強く握った。中に入ることに決めたらしい。


 入り口は門を構えるように岩でできていたが、中は土を掘ってチューブ状に作られている。


彼はそこに吸い込まれるように入っていった。どんどん狭くなっていくこの謎の洞窟、ついに彼は身をかがめ、這うように進んでいった。


…。


「はぁ ・・・」

 彼がため息をつくと、地に落ちた枯れ葉が少し浮く。


 ここで初めて彼が選んだ服装が間違っていることに気がついた。身に着けているのは白い使い古されたTシャツ1枚に黒の作業パンツ。こういった場面に出くわすとは微塵も考えていなかったことに嫌気がさしている。けれど、この穴の先にきっと探しているものがあると信じている。そう彼自身に言い聞かせ、ずるずると穴の中を這っていった。


「ぐほっ」


 彼の回りで塵のようなものが暗い洞窟で舞った。


 穴の中から嫌な臭いが鼻の中まで入り込む。野性的な臭いなのかそれとも生ゴミのような臭いなのか、よくわからない。


(クサイ ・・・)


 外の光がどんどんと途絶えた。ここで彼はライトを付けた。足の多くついた虫や木の枝、糸くずのような塊が映る。


(そんなの ・・・ 関係ない ・・・)


 彼は頭を少し持ち上げ洞窟内を観察する。数本の木の根らしき柔らかい細い棒が天井から垂れ、行く手を阻んでいる。不気味なその穴の様子に恐怖しながらも中へと這っていく。


(暗いけど ・・・ 行ける ・・・ 俺は奥まで行く)


『ピーピー』

 10メートル程進んだと思った頃、不意に謎の音が彼の耳に入った。


(なんだなんだ ・・・)


 ライトをその方向へとやるとその声の持ち主が2匹並んでいた。


(大きい ・・・)


 人の頭ほどの大きさの灰色の羽毛に包まれたヒナのような動物が目に飛び込んできた。見た瞬間、彼は驚いた。だがすぐに彼は当たりを引いた気分になっていた。


(鳥の赤ちゃんだな ・・・ よし!)


 彼はそれを狙っていた。


 その雛の真ん丸とした目が彼の方を向いている。その姿はまるで無邪気に手を振るようで可愛らしい。


(きっとあるに違いない ・・・)


 そのヒナがいる場所まであと数メートル、そこに探しているものがあると信じ、彼は進んでいく。


『ピーピーピー』


 木の枝でできた巣から大きな声をあげるヒナ達。どうにか、穴の一番奥に彼はたどり着く。その声が鳴り響く中、彼は辺りを探している。彼の目に映るのは動物の死骸や虫、木の枝、石ころ……。


「あった!」


 やっとの思いで彼は何かを見つけた。「それ」を拾いあげ、まじまじと見つめる。


(キレイだ ・・・・・・)


 それは人の腕ほどの長さの大きな羽根。誰もが想像するような羽ではない。何か変。

 彼はこれで合っているはず、と思い込む。

 ひし形が3つ直線に並び、そのひし形の中に目を思わせるような二重丸が描かれている。色は黒をベースに緑や赤、黄色で美しく描かれている。そしてさらに特徴的なのがその羽根の先から延びる細長く白い羽毛である。


 その特徴的な羽毛にライトを当てる。

 そうするとライトの光は羽毛を暗い洞窟の空気に浮かび上がらせ、それ自身が光を反射しながらふわふわと動いている。彼はあまりの美しさに今こうして暗い穴の中にいることを忘れてしまいそうになっていた。


(なんだか 吸い込まれるような ・・・ まぁいいや)


 その羽根から冷たい何かがそれを彼の持つ腕へと流れ込み、体の中をめぐっていくようだ。すると徐々にそれが暖かいものへと変化していく。そんな感覚が彼を支配している。


(不思議な感覚だ でも ほんと ・・・ いいかんじだ ラッキーだ ラッキーなんだ!)


「「よっしゃあぁ!!」」

 やっと探し物を手に入れた、と彼は喜びを胸の中で噛みしめる。彼は一日中自転車を漕ぎこの森に辿り着き、そしてこの穴でそれを見つけた。


(手に入れるまで帰らない ・・・ )


 そう彼は心に決めていた。無我夢中でここまで来た。そもそも誰がこんなところに来るのだろう、そう彼は今頃になって思った。人の気配など全くしない森。幸いにも彼は危険な状況に今のところ1度も遭遇していなかった。自分は運がいい、そう彼は思っていた。


「よし 帰ろう!」


 彼が誰にかける言葉でもないその言葉を言った、その時だ。


『『バサッ バサバサッ ッ!!』』


 穴の外、彼から見ると随分小さくなった入り口の明かり、そこからその音がやってきている。


(あれ ・・・ ?)

 そして、その音を聞いた彼の興奮が今度は別の感情に変わっていく。彼の心境はこうだ、万が一のことなど考えもしていなかった。やっと彼は彼自身の置かれた状況が分かってきた。


(ヒナがいるってことは ・・・)

 彼は体を明かりの方向に向けUターンさせ、今考えてしまっている最悪のシナリオを確認しようとする。再度入り口の明かりを確認すると、人かそれよりも大きな何かが逆光を浴びているのが見て取れた。そしてその何かがこちらに物凄い勢いで迫ってくるのが音でわかる。


(まずい ・・・ まずいまずい ・・・)

 彼はこの狭い通路であたふたしてしまう。今まで気にしていなかったヒナの声が、いや、おそらく今まで以上に鳴いているであろうそれは、警告音のような音に変わっていった。彼の胸の内側からも心臓が強く、早く脈を打っている。


『『ガァァァァァァぁぁぁアアアアアア!!!』』


 物凄い轟音がする。洞窟内を彼自身が触れている地面や壁を細かく振動させるほどだ。突然の大音量はヒナの警告音を消し、さらにそれは彼の頭の中を真っ白にさせた。


(・・・ ど どぅしよ ・・・ はわわ ・・・)


 彼の額には多量の汗が滲み出し、頬を伝って土に落ちる。彼は反射的に穴の奥まで後ずさる行為をした。彼の手は汗ばみ、石や土が粘度を持ってのめり込む。


(あああ ・・・ ああぁああぁ ・・・)


 彼は終いには大きな泣き喚いているヒナの巣を通り過ぎ、この洞窟の行き止まりの壁に背をピッタリとつけてしまっていた。


『ズシ ・・・ ズシ』


 何物かが近づく音。それを聞くことだけに意識を集中させる。


(あっ ・・・)


 彼が右手に持っていたライトはこの狭い洞窟の通路で転がる。そのライトが入り口の方向を向き、迫ってくる者の正体を照らしだした。


(!!!!! ・・・ !! んっ !!?)


 それを見た彼の体は縮こまり、あまりの恐怖に彼自身の舌を飲み込みかける。


 長く大きな口ばし、ムキムキ兄ちゃんパワー、ボディービルダーのように太い2本の前足、そして地に鋭く刺さる長く湾曲した爪。想像をはるかに上回る異形の存在が彼の前に這い寄ってきている。そして彼の全身から嫌な汗が吹き出していた。


(ど どど どうしよう ・・・ 無理 なんだこれ 無理だろ ・・・)


 その化け物の口ばしが少し開き、長い舌がだらりと垂れる。軽く笑っているとすら思える化け物の表情。そして口ばしの奥に置かれた黒い球体。ライトの光を受けても尚黒く光るその真ん丸の瞳が彼を捉えている。


「「ひっ ヒィィィィイイイ!!」」


 彼はそう叫ぶ、何もできない、歯をカチカチと鳴らす。冷たい壁を背にした。再び鳴る警告音が彼の耳に入ってくる。


「「ぴぃ! ぴー! ぴー! ぴー! ぴっ」」


(うるさい うるさい うるさいうるさい! 何なんだよ!)

(あ ・・・ あれ?)

 彼はそのうるさい音が止んだと思った。次の瞬間。


(イタタッ ・・・)


 ヒナの鳴き声は止んだのではない。彼が、大きく動いている。すねを固いところに間違って打ってしまったような鈍い痛みが、そして背中を強く搔きむしられるような痛みが彼に同時に襲ってきている。

 化け物の大きな口ばしが彼の左足を捉えていた。そして化け物は彼を穴の出口に向け、ものすごい速度で引きずっている。


「「あでででででででででででっ!!」」


 彼は洞窟内を仰向けに引きずられる中、彼の着ていたTシャツは胸元まで巻き上げられ、露わになった彼のお腹はプルプルと震えている。そして、あっという間に彼は穴の入り口まで化け物によって戻される。


 すると急に明るい光が彼の目に入った。


(なんだ 浮いている? ・・・ あはは)

 次に彼の目に映り込んだ景色はぐんにゃりと曲がった木々。彼は今、仰向けのまま宙に浮いていた。


『ドシーーーン』


「いってぇ ・・・」

 固い地面に背中を強く打ち彼は声を上げる。


「はぁ ・・・ はぁ ・・・ はぁはぁ!」

 彼は呼吸すらままならないが、とっさに目を開けた。


 そこに映ったのは大きな足、それに付いた爪だった。図鑑で見たワシの足に似ている、だが大きさが違いすぎる。人間の足の2倍はあるのではないかという大きさ。そう彼が思う暇は一瞬だけ。


 彼は震える手で顔を覆いながらも一生懸命になって化け物の全体像を見ていた。


(ふ ・・・ ううぅ ・・・ うわぁ ・・・)


 異様に膨れ上がった腿、それと同じくらいの細い引き締まった腹部、風船のように膨れ上がった胸部。重量挙げの選手のような肩、そこから左右に伸びるタクマシイ腕と、上に伸びる長い首。顔はカラスの顔。気味が悪いその化け物の姿に彼は怯えた。


(なんなんだよ この化け物は アアアアアアア!!)


 その化け物の全身には黒い毛がビッシリと生えている。だがその体の所々に5百円玉程度の大きさのうろこがあった。それは妖しい金属のような光を反射していた。それらの異様な肉体と表皮を背中の黒い羽が覆う。


 ついに彼はその化け物と目が合う。大きな真ん丸とした黒目だけは彼に何を言わんとしているのか分からなかった。


 怒っているのだろうか?普通に考えたらどえらく怒っているのだが。


(知らん そんなこと知らないよぉ! ・・・)


「は はわ はぁ ・・・ す すぅ」

 どうにか彼は緊張を和らげようと空気を吸おうと口を開ける。だがそれが彼の胸には入ってこなかった。


 そんなことお構いなしに、突如として黒い化け物が物凄い早さで彼に迫っていた。


「「あああああぁぁっぁあ!!!!!!!!」」


 彼が避ける間もなく右腕がその鋭い爪に捕まる。


 あまりの激痛に溜まった肺の空気が絶叫とともに彼の胸から抜ける。彼は逃げようと必死に地面を藻掻くも爪が深く彼の腕に食い込み、その場から離れることができていない。


「「あぁぁ!! ああっ! やめろ! やめてくれ!」」

 そして彼は動く左手で顔を覆った。


 襲ってくる化け物を見上げようとしていた。


(怖い 嫌だ! 止めてくれ!)


 次の瞬間、彼の意志とは別の何かにより顔を右にずらした。「ピ」という風切り音だけが彼の耳に入った。


(あわわ ・・・)


 彼の顔のすぐそばを物凄い早さで通ったやつの口ばし。彼はそれをどうにか反射で避けることができたようだ。奴は顔を斜めにして彼の様子をうかがっている。まるで獲物の動きを見て楽しんでいるようだった。


(くそぅ ・・・ くそぉ!! ・・・)


 彼は左耳の違和感に気が付いた。顔を覆っていた左手を耳に移す。ぬるぬるとした嫌な感触が彼の手の中にあった。


(だめだ ・・・ 血がすごい 出てる ・・・)

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