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自分語り  作者: 矢久 勝基


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ヘタクソ人生

 最近、本当に生きるのが嫌になってきた。

 俺はもともとあまり欲もない人間だし、やりたいことはこれまでの人生でだいたいやり尽くした気がするから、もはや、自分のためだけなら生きる理由もあまり残っちゃいない。


 生きるのが嫌ってことは、死にたい、死んでもいいってこととニアイコールではあるとは思う。

 別に、だからと言って自殺願望者なわけではないんだけど、心の奥底が『死にたい』と思っていると仮定したとする。『死にたい』と思った時は、『なんで死にたいか』ってものを100項目くらい書いてみると、逆に『死にたくなくなる』と聞いた。

 これはなぜかっていうと、実際書いてみると、100項目どころか30項目埋めることも困難であり、そこに書き出した内容も、状況をよく整理してみると、段階的に解決していけばいい問題がほとんどであり、直近ですぐに人生終わるような項目なんてものは、あまり存在しないから……ということらしい。

 うやむやではなく、実際に書き出してみると、『死にたい理由』は思った以上に深刻な問題ではないことに気づく……ということなのだが……。


 まぁそうかなとも思える。実際書き出したわけではないけど、直近の苦しさは二三点に絞られることは分かっているし、それだって、明日切り刻まれることでも、目ん玉ほじくり出されて塩塗られるようなことでもない。不幸自慢を始めれば、もっと大変な人たちなんて星の数ほどいるだろう。

 だから思うんだ。俺の場合、生きるのが嫌になる理由は、直近の困難が原因ではない。


 生き方が、ヘタクソだなって思うんだ。

 どうして俺は、こんなに生きるのがヘタなんだろう。

 それがもう、本当に嫌だ。

 改善ができる問題じゃない。生き方がヘタクソなのは、自分の資質なのだから。

 これから先、どのように生きても、自分はまた、人生をヘタクソに生きていくんだろう。

 それが……もうめんどくさい。


 賢く生きるって何だろう、とも思う。

 周りの連中見てる限り、どのように生きていたって、人は苦労を感じている。賢く盤石な人生を生きていたって、苦労は変わらずあるものだ。

 どんなふうに生きたって、空が飛べるわけじゃない。100mを2秒で走り切れるわけじゃない。

 どんなふうに生きたって、同じように地べたを這いずり、自分の自尊心と相談しながら、限りなく虚勢を張るか、もしくは卑屈に生きていくことには変わりない。

 あ……これ、何となく統計なんだが、相方の給料が安定してて、それを前提に生きてる方はこういう考え方を全くしない気がする。っていうか、俺が人生について、いちいち深く考えすぎてるところが原因なのか?

 ……と、余談を挟みつつ、なににせよどんな人生を歩もうとも、そんなに面白くはないんだろうなって思ってる、なう。


 そう。俺多分、人生を楽しんだことがあまりないんだ。

 冒頭述べたように、欲があまりないし、趣味と言えるものもない。どんな人生もきっと『楽しい』と思えれば楽しい人生なんだろうけど、どうなると楽しいのかが分からない。生きるのがヘタクソだから、そういうのが見つけられないのもあるかもしれない。


 ……そんな俺が『楽しい』と思える人生とは何なのか……。

 その『楽しい』が見つかった時、俺は生きるのが嫌ではなくなるんだろうか。

 生きたい生きたいと願う奴は、人生に『楽しい』を見つけられているからなのか。

 ……頭の痛い日々が続く……。

 

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