第5話 天然ヘタレ皇太子の婚約者は、愛の言葉が欲しい。
皇太子レオンの婚約者、セレーナの視点です。
十分ほど夜空に浮かぶ月を眺めていると、レオン皇太子と側近のアランが何やら賑やかに現れた。
「セレーナ、待たせたな」
「レオン殿下。いいえ、私も先ほど準備が整ったところです」
「そうか……」
レオンの今日のクラヴァットは淡いグリーン。
(私の瞳の色? まさかね。もし、そうだとしてもアランが選んだのでしょう)
セレーナのドレスは、シャンパンゴールド。
レオンは髪も瞳も金色だ。
本当はアクセサリーもイエローダイヤモンドにしたかったが、上から下まで一色では、のっぺりした印象になってしまう。
それに今夜は雪の国の女王陛下も同席する。
失礼があってはいけない。
悩みに悩んで、光の当たり方によっては、カスタードクリームのような淡いイエローに見えるグリーンのペリドットのネックレスとイヤリングにした。
その代わりに髪飾りは、シルバーにイエローダイヤモンドが散りばめられたバレッタにした。
(少しは気付いてくれるかしら?)
差し出された腕に軽く手を乗せて、二人は歩き出す。
レオンがチラチラと窺ってくる視線が少し、くすぐったい。
「セレーナ」
「はい、殿下」
(何か、言ってくださるの?)
「その、今日も……いや、何でもない」
セレーナはレオンに気付かれないように、小さく息を吐いた。
(『綺麗』でも『『似合ってる』でも、何か一言で良いんですよ?)
「――そうですか。また何かありましたら、おっしゃってくださいね」
「あぁ」
(あぁ、今日も難しそうね。外遊なさる前は、私が恥ずかしくなるくらい褒めてくださったのに……)
「寂しい」という思いから、少しいたずら心が芽生えた。
セレーナが上目遣いに見上げると、レオンはうっすらと頬を赤らめて視線を外してしまった。
(負けませんよ)
「レオン殿下。今日のお召し物、素敵ですね」
「……っ」
レオンが弾かれるように振り向いた。
(平静を装っていらっしゃるけれども……。ふふっ、これくらいのいじわるは許されますよね?)
食堂の扉が開くとすぐに、第三皇子のマオが駆け寄ってきた。
「セレーナ義姉上、本日も大変お綺麗ですね」
(嬉しい。でも、本当に聞きたいのは――)
「マオ様、綺麗なのはお姉様だけですか?」
「ステラ、もちろん君が一番美しいよ」
そう言って、マオはステラのこめかみに軽いキスをした。
少し向こうでは、人前でリオに手を握られたままのウルが、うろたえている姿が見えた。
(リオ殿下があんなに情熱的な方だったとは知らなかったわ。スノウ陛下もステラも羨ましい。私にも、もう少し可愛げがあれば……)
それでも、まさかエスコートをしていた腕まで解かれてしまうとは思わなった。
(紳士として、どうかと思います)
しかし次の瞬間、驚いた。
一度離れた腕が、セレーナの腰に回されたのだ。
セレーナは少々うろたえた。
(え? こんなこと、成人して以降にあったかしら……)
しかし、セレーナは動揺は見せない。
幼少期から王族としての教育は完璧に熟してきた。
王城で受けた皇太子妃としての教育も、歴代最短で修了させた。
(こんなところで負けたりしないわ――。あら? いつの間にレオン様との勝負になったのかしら……。私はただ、昔みたいにもっとお話したり、ゆっくり一緒に過ごして、時々は愛を囁いて欲しかっただけなのに)
晩餐では楽しい時間を過ごし、夜も更けてレオンがセレーナを自室まで送り届けた。
「今日は来客もあり、疲れただろう。ゆっくり休みなさい」
いつもより少し低く、甘さを含んだ声に鼓動が跳ねる。
「あの、レオン様。今宵はもう少しお話しませんか? お茶など、ご一緒に……」
「ありがとう。それはまたの機会に……。おやすみ」
そう言って、額にキスをされた。
「はい……。おやすみ、なさいませ。殿下」
レオンはセレーナの頬を撫でて、柔らかく微笑んで自室へと帰っていく。
レオンは気付いているだろうか。男性の大きな手でゆっくりと頬を撫でられると、耳や首筋にも指が当たることを。
(意気地なし)
額へのキス、腰に手を添えるエスコート、優しく頬を撫でる手――。
(まぁ、良いです。それでこそレオン様ですから。レオン様にしては上出来ですね!)
頬に触れられた時、レオンの手が熱かったこと。
腰に添えられた手が、普段よりも大きく感じられたこと。
いつもより少しだけ踏み込まれたスキンシップに、セレーナは自分の顔が熱くなっているのを誤魔化しながら、今夜のレオンを評価した。
レオンは帰国してから、よそよそしくなってしまった。
しかし時折、熱っぽく見つめられていることにセレーナは気付いていた。
その際にレオンが醸し出す大人の男の色気に、ドキリとすることもある。
(どんなレオン様でも、お慕いしております。でも、いつかはレオン様から――)
「お待ちしておりますよ?」
セレーナはレオンの背中に向けて、小さく呟いた。
レオンより感情表現が豊かなので、書きやすかったです。
お読みくださり、ありがとうございました。