第3話 弟の第二皇子が、妻にぞっこんらしい。
砂の国の皇太子。
第二皇子リオの兄のターンなのですが、
とにかくこの人が動いてくれず、執筆まで時間がかかりました。
砂の国の皇太子レオンが、インク壺にペンを浸したところで、廊下から足音が聞こえてきた。
レオンは一度ペンを置き、見事な金の髪を掻き上げた。
黒髪に青い瞳の第二皇子、リオとはまた違う雰囲気だが、一目で高貴な存在だと分かる空気を纏っている。
襟足を綺麗に切り揃えた短めの金髪と金茶の瞳は、「獅子」を表す名を付けられた男として、名前負けしていない。
コココンッ
小気味良いノックが聞こえ、入室の許可をする。
このノックの仕方をする者は一人しかいない。
扉が開くと、レオンより一歳上――、二十八歳の一見軽そうに見える男が笑顔で近付いてくる。
この国の宰相の嫡男である、アランだ。
見かけによらず、そこそこ……いや、かなりできる男である。
また、彼は第二皇子リオの右腕、ランドの兄でもある。
そして、アランも、レオンが最も頼りにしている側近だ。
また、二人は乳兄弟であり幼馴染。
リオとランドの関係と、まったく同じである。
しかし、皇太子、つまりは次期国王の側近だということに関しては、責任の重さが異なる。
また、弟のランドも十分に毒舌だが、この男は更に上を行く。
そして、常に胡散臭い笑顔を浮かべているのだ。
しかし不思議と、周囲からはそれが好ましく思われているらしい。
(分からない……)
今も、にこにこと笑みを浮かべながら、執務机に向かうレオンに近付いてくる。
「殿下、進捗はいかがですか?」
「今日の分は終わった。まだ余裕があったから、明日の分に取り掛かっていたところだ」
比較的、砂の国は平和な国だが、やはり国民からの陳情も上がってくる。
それら全てに目を通し、是非の回答とサインを記す。
「お疲れ様でございます。しかし、そろそろお支度をしなければいけませんよ」
「支度? あぁ、リオと雪の国の女王が来ているのだったな。晩餐用の装いに着替える。華美すぎず失礼にあたらないクラヴァットを見繕ってくれ」
「承知しました。しかし、『雪の国の女王』などと、他人行儀な。義妹君でございましょう?」
「では、何と呼べば良いのだ? 婚姻式に出席しなかったため、今日が初対面だ」
「ウル様でよろしいのでは? あー、名前で呼ぶことをリオ殿下がお許しになれば……ですが。最初はスノウ陛下、もしくはスノウ様が無難でしょうか」
(妻の名前を、他の男が呼ぶことを許さない……か)
「あの風来坊のリオが、妻にぞっこんとはな」
んっんん!
笑いを堪えるように、アランはわざとらしい咳払いをした。
「殿下、『ぞっこん』はいささか古い言い回しかと……」
「そうなのか? では、どのように言えば良いのだ?」
「そうですね……。そう改めて尋ねられますと、迷いますね」
「では、ぞっこんでも良いではないか」
「まぁ、そうなのですが……。しかし、私と二人の時だけに使う言葉にいたしましょう」
「そうか」
鏡の前でクラヴァットを結び、ジャケットを羽織る。
「さぁ、食堂に参りましょう。レオン殿下が夢中の婚約者様、セレーナ様がお待ちですよ――」
アランの動きがピタリと止まった。
そして、興奮気味に口を開く。
「そうです! 『夢中』です! ぞっこんを言い換えるなら『夢中』ですよ!」
「なるほど」
(なぜ、コイツはこんなにも興奮してるんだ……まぁ、リオがやっと良い人を見つけたのであれば、何でも良いか)
『良い人』の言い回しを、後に指摘されることをレオンはまだ知らない。
皇太子レオン、何か思っていたより天然な人になってしまった……
もっと、シュッとしたイメージだったのに。
しかし、仕事はできる人です。
お読みくださり、ありがとうございました。