第2話 女王陛下は、夫の両親に挨拶がしたい。
「雪の国の女王、ウル・ラド・スノウにございます」
声は震えていないだろうか。お辞儀はぶれていないだろうか。
ウルは、夫の両親を前にして、何もかもが不安になっていた。
「皇帝陛下、皇后陛下におかれましては、ご機嫌麗しく……本日はお目通り叶いまして、大変光栄にございます」
(噛んでは駄目、噛んでは駄目よ。最後まで堂々と……)
ウルは緊張で、全身が震えそうになるのを必死に我慢しながら、次の言葉を発した。
「恥ずかしながら、王位を継いでから間がなく、婚儀の際は至らぬ点が多々あったかと存じます。
この度は改めてご挨拶いたしたく、参りました」
肩で息をしそうなウルの腰に、夫のリオがそっと手を添える。
「ウル女王陛下、貴女も一国の王だ。そう畏まる必要はない。それに、貴女は私たちにとって義理の娘でもある。実の親子のように接してもらえると嬉しい。なぁ?」
その言葉を受けた皇后が、何度も頷く。
「えぇ、えぇ、もちろんよ! 私ずっと女の子が欲しかったの。こんなにも可愛らしいお嬢さんが、うちのお嫁さんだなんて……ウェディングドレス姿も、とても素敵だったわぁ。リオ! よくやったわ!」
見た目は儚げな印象の皇后は、とてもパワフルな方だった……
(メイドたちが居るとしても、皇子を三人も育てるとなると、これくらいの気力が必要なのかしら……)
「あ、もちろん、息子たちも愛してるわよ? 男の子は男の子で、可愛いもの」
「そりゃ、どーも」
皇后がフォローするようにリオに視線を向けると、反対にリオは、そっぽを向いてしまった。
(ご家族の前だと、こんな感じなのね)
親子のやり取りを見ていると、少し緊張が緩んだ。
「こちらでも、雪の国のお城のようにゆっくりと過ごしてね。街には、この国の特産物がたくさんあるのよ。ぜひ、一緒にお出かけがしたいわ。あ、私のことは『お義母さん』って呼んでくださいね」
「は、はい。お義母様。お気遣いくださり、ありがとう存じます。ぜひご一緒させてくださいませ」
ウルはドレスの端をつまみ、王族らしく、非の打ち所がない礼をしながら、少しだけ十六歳の少女らしい笑顔を覗かせた。
その顔を見た皇帝と皇后も、嬉しそうに笑った。
「な? だから言っただろ。うちの両親は礼儀とか、そんなこと気にする人たちじゃないって。雪の国では、外交用の振る舞いしてたから、そうは見えなかっただろうけど」
組んだ両手を自身の後頭部に当て、皇城の長い廊下を歩きながら、リオは飄々としている。
「それでも、私の立場では気になるのよ」
アーチ型にはめ込まれた大きな窓から、木漏れ日が廊下まで差し込んでいる。
木々が揺れる度に、床や壁が虹色に光るのを、ウルは目で追いながら歩いていく。
ウル夫妻は客室ではなく、リオが独身時代に使っていた部屋に滞在することとなった。
リオが暮らしていた国や街、部屋が見たいと、ウルが望んだからだ。
今回はリオの両親に挨拶をする目的と、観光や国交を兼ねて砂の国へと訪れている。
ウルは婚儀の際は、いっぱいいっぱいで、リオの両親を十分に饗せなかったことを、ずっと気にしていた。
もう一度、リオの両親にきちんと挨拶がしたいと伝えると、「どうせなら、二人きりでゆっくりできる土地に行きたい」と渋るリオを、ウルが強く説得したのだ。
そして、駄目押しのように「リオが幼い頃から過ごした城や部屋が見たい」と言われたことに気を良くしたリオは、最後には笑顔で頷いていた。
その後、ふと思い出したように「あ、ランドも同行させるが、良いか?」と尋ねてきた。
「えぇ、もちろん」
側近を連れて歩くのは普通のことだ。
ランドの剣の腕前なら、護衛役も兼ねることができる。
なぜ、わざわざ同行の許可を取るのか、とウルは不思議に思っていた。
「リオは、陛下にも皇后様にも似ているのね」
「あぁ、そうだな。ちなみに兄は父の生き写しだ。七歳の弟は、俺の幼い頃と瓜二つだと言われている」
「それは、ぜひお会いしたいわ!」
「晩餐の時には、皆揃うはずだ。その時に紹介するよ」
「とっても楽しみ! 夜までソワソワしてしまいそうよ」
「そんなに会いたいか?」
リオが、少しつまらなそうな声を出した。
「もちろんよ。皇太子殿下にもご挨拶したいし、リオの幼い頃にそっくりな皇子殿下には、ぜひお会いしたいわ!」
リオの口角が、少し上がる。
「ふーん。俺の子どもの頃が見たいなら、姿絵がいくつかあるが……」
「見せてくれるの?!」
ウルが興奮したように、リオの袖を引いた。
「条件次第だな。雪の国に帰ったら、ウルが生まれてから今までの姿絵を全部見せてくれ。それなら、俺のも見せよう」
そして、思い出したようにリオは付け加えた。
「あぁ、見せてもらうだけじゃなく、1〜2枚は欲しいな」
「どうするの?」
「執務室と私室に飾る」
ウルの顔が、夕陽を浴びたように赤くなる。
「ど、どうせなら、絵師を呼んで、二人のものを飾ってくださいませんか?」
恥ずかしそうに狼狽えたウルは、二人きりの時には禁止されていた敬語を思わず使ってしまった。
「はい、ペナルティー」
そう言いながら腰をかがめたリオが、ウルのこめかみに口付ける。
「なっ!」
ウルは慌てて、辺りを見渡した。
幸い、リオが人払いをしていたため、廊下には誰もいなかった。
自分が案内すると言って、メイドの付添いを断ったのだ。
しかし、リオの側近であるランドが、気配を消して潜んでいる可能性は否定できない。
「リオ! もし、誰かに見られたらどうするんです……の」
どうするんですか? と言いそうになって、寸前で言い換えた。
(え、今のも敬語? いえ、丁寧語かしら? セーフ? セーフ? あぁ、分からなくなってきたわ……)
「惜しい!」
リオが楽しそうに指を鳴らす。
「あぁ、そうだ。絵姿のことだけど。もちろん、二人の絵も飾ろう。これから、たくさん増えていく家族のものも」
「え、えぇ、そうねっ!」
「増えていく家族」や「たくさん」という言葉に反応して、さらに赤くなったウルは、余裕そうに見える笑顔を必死で作った。
その様子を見たリオが、ククッと笑うのを睨みつける。
彼はそれすら楽しそうだ。
そして、すでにいっぱいいっぱいのウルに、畳掛けるように耳元で囁いた。
「ウルの幼い頃の絵姿は、必ずもらうからな。俺はお前の、過去も未来も欲しいんだ。当然、今のお前も……」
今度の口付けは、こめかみでは済まなかった。
リオ殿下のために、念の為お伝えしておきます。
彼は幼女趣味ではありません!
妻が、大好きなだけなんです。
でも、ちょっと変態かな、とはやっぱり思います……
お読みくださり、ありがとうございました。