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第1話 殿下は、側近の恋愛事情が心配です。

『そこのあなた、早くこの雪だるまを解かしなさい!』の続編や裏側のオムニバスです。


本筋のストーリーが進みながら、各話ごとに視点や主役が変わっていきます。

 

 砂の国の第二皇子のリオが、雪の国の女王陛下ウルのもとに婿入りしてから数ヶ月が経った。


 彼女の父が崩御したため、ウルはまだ十六歳という若さで即位したのだ。

 

 初対面は衝撃的で、いけ好かなかったが、本来の彼女は、なかなか庇護欲をそそられる女性だった。


 

 温暖な母国との寒暖差に、ようやく心身ともに慣れてきたころ、ふと、側近のランドの私生活が気になった。

 リオの右腕として、彼もそのまま雪の国に残っている。


 従者のプライベートなことに、口を出すのは無粋かと思ったが、彼は乳兄弟だ。

 リオより三つ上で、現在は二十三歳。

二十七歳の実兄より、親しいとも言える。

 

 そのため、幼少期から幼馴染みや友人としてだけではなく、兄弟のように過ごしてきた。

 リオにとっては大事な存在だ。


 だからこそ、彼の今後の人生が気になった。


「ランド、お前、結婚はどうするんだ?」


 目を通していた書類を置いて、リオは問い掛けた。


「どうする、とは?」


「砂の国に恋人がいただろう? 行儀見習いとして登城していた……サラ、だったか? 伯爵令嬢の」


 あぁ、と、数ヶ月先までのスケジュール調整をしていたランドが顔を上げた。


「振られました」

 

 ランドとサラは、おそらく遠距離恋愛をしているのだろう、とリオは思っていた。

 それならば、家庭をを持つ手助けをしなければ、と声を掛けたのだが、思いも寄らぬ言葉が返ってきた。


「は? 何て……」


「振られました」


 ランドは機械のように、一度目と同じリズムで答えた。


「何で、そんなことに……かなり、長い付き合いではなかったか?」


「二十歳の時から、こちらの国に来て間もない頃までなので、交際期間は三年ですね。離別の理由は、たとえ殿下相手でも申し上げられません」


「振られたってことは、相手から別れを告げられたんだな?」


「他にございませんでしょう?」


「お前、何したんだ……?」


「申し上げられません」


「そ、そうか……」


 いつもは口の減らない側近が、無表情で言葉少なに淡々と答える様子に調子が狂う。

 それに、ずいぶんと頑なに、別れた理由を打ち明けない。


「一生、独り身というわけにはいかないだろう? 雪の国に残って良いのか? もし、砂の国で縁談などがあるなら……」


(わたし)には公私ともに、殿下の補佐をする役目がございます。そして……ウル様に関することで、殿下が何かやらかした際には、指差して笑うことが務めですので」


「後半はお前の趣味だろ。そもそも、どこの世界に、主を指差して笑う従者がいるんだ」


「こちらに」


(どんな時でも、こいつは、こいつか)


「うん、もうお前のことは諦めてるけどな。公の場とウルの前ではやめてくれよ」


「もちろんでございます。公の場でそのようなことをすれば、不敬に値します」


「二人きりでも十分、不敬だよ」


 三歳上のランドには、どの分野でも、昔から負けた記憶のほうが多い。


 十代半ばから後半くらいまで、三歳上というのは体力、知力、経験などの差で高い壁がある。


 皇族と従者という立場から言葉遣いが、やや丁寧になり、外からは一応、(へりくだ)っているようには見える。

 しかし未だに、からかわれるような部分も多く、弟分として見られているような気がしてならない。


 しかし、リオは、それを心の底から嫌だと思ったことは無い。

 皇子としての重圧に負けそうになった時は、ランドの軽口にずいぶんと助けられたのだ。


 そのため、「いつ何時も、きちんと従者らしくしろ」と強くは言えないが、リオが女王の王配(おうはい)つまり夫となった今は、あまり表立ってふざけていると妻であるウルにも影響が出る。


(まぁ、こいつが立ち振る舞いで、失態を冒す様を想像するほうが難しいがな)


 どちらかといえば、リオの口調や態度のほうがマズイ時がある。

今のところは、来賓や国民の前でも何とか乗り切ってはいるようだ。

 

 どんなに奔放であろうとも、リオも皇族の一人だ。それなりの教養とマナーは身に付けている。

しかし、気を抜くと、本来の大雑把な性格が出てしまう。

 それでも、愛しい妻、ウルのためなら、と必死に努力はしているようだ。


 しかし、側近と二人だけになると、どうしても崩れてしまいがちではあるが、息抜きも必要だと、ランドもそれを咎めない。

 

「それにしても、殿下はご結婚されてから落ち着かれましたね」


「んー? まぁな。第ニ皇子と女王陛下の王配では、立場の重みが違うからな。それと……」


 リオは思い出し笑いでもするように、にやけそうな顔を我慢した。


「何ですか? お顔が気持ち悪いですよ」


「ほんと! お前、それな!」


「それで? それと……の続きは何でしょうか?」


 1ミリも悪びれることもなく、話の続きを促す側近に、リオは脱力するように椅子にもたれ掛かった。


 はぁ……


 そして、溜め息を一つ吐いてから、居住まいを正す。


「ウルといると、気持ちが軽くなるんだよ。執務がキツい時でも、ウルの顔を見たら頑張ろうって思う。砂の国ではそういう癒しが無かったからな」


「私では、癒しになりませんでしたか?」


(しおらしいこと言ってるけど、絶対こいつ、腹ん中で笑ってるだろ)

 

「いや、助かってるよ。特に書類仕事や外交面とか。正直、お前がいないと困る。さすが、あの宰相の息子だと思わざるを得ない時が多々あるよ」


 ランドは砂の国の宰相の息子であり、公爵家の三男でもある。

 おそらく、次の宰相はランドの長兄が務めることになるだろう。


 そして、特に継ぐものも無く、比較的身軽な立場のため、気心の知れたリオの下に付くことにした、とランド本人が言ったという。


 それは、リオが十八歳、ランドが二十一歳の時だった。


「ランド、本当に良いのか? お前の技量なら、もっと上を目指すことだって……」


「殿下に拒否権はございません。すでに皇帝陛下の許可もいただいております」


 身分を取っ払ったとしたら、この時には、もうすでに上下関係が出来上がっていた気がする。


はぁ……


 本日、何度目か分からない溜め息を吐く。


「先ほどから何なのですか。気持ち悪いですよ」


「気持ち悪い、言うな。お前が側近になった時を思い出してたんだよ」


「あぁ……。まぁ、殿下がお小さい頃からの思い出も、たくさんございますが。そういえば、殿下の昔の話を聞きたい、とウル様がおっしゃっていましたね」


「何を話す気だ!」


 リオは、思わず机に両手をついて立ち上がった。


「殿下のあんなことや、そんなこと。恥ずかしいことから、恥ずかしいことまで」


 ランドは宙を仰ぎながら、真顔で指折り数えていく。


「やめろ」


 リオが低い声とともに、睨みつけた。


「何か、やましいことでも?」


「やましい、こと……は、ない。たぶん。一般的な男が通る道からは逸脱していない、はずだ。だが、それはウルには話すな」


「承知いたしました。私もウル様を悲しませることは、本望ではございません。ウル様が心から笑って、楽しんでいただけるエピソードをご用意いたします」


 ランドは左腕を後ろに回し、右手の指を美しく揃えて胸元に当て、軽く前傾する。


「それも怖ぇよ」


「どのお話がよろしいですかね? 階段の一番上から飛び降りて家令に叱られたことでしょうか? バルコニーから逃げようとしてカーテンを破り、メイド頭に叱られたことでしょうか? それとも、蓮の葉に乗ろうとして底なし沼に落ち、お母上を泣かせたことでしょうか?」


「勘弁してくれ」


 リオは顔を覆って、机に突っ伏した。

しかし、ふと我に返って、ガバッと顔を上げた。


「どれもこれも、お前も一緒だった話じゃないか!」


 勢いよく、ランドを指差す。


「私は叱られていません」


「そうだ、そうだよ! それ、ずっと気になってたんだ! なぜお前は叱られなかったんだ」


「日頃の行いと、処世術の技量の差ですかね」


 無言で背もたれに倒れ込むように椅子に座ったリオは、両腕も肘掛けの外にだらりと垂らした。


 そして、少し迷ってから口を開いた。


「その話、サラも知っているのか?」


「話すわけないでしょう。幼い頃のそんな失態を」


 そういえば、先ほど、サラとは二十歳から恋仲だったと言っていた。

 つまり、側近になった時には、もうすでに交際は始まっていたことになる。


 本当に二人の間に、何があったのだろうか。


(『振られた』というからには、ランドの気持ちは、まだサラに向いてるのか? こいつの顔色は未だに読めないところがあるんだよな……軽く揺さぶってみるか)


「ウルに今の話をしたら、いつかサラにも話すからな」


 リオはランドの目を、じっと見つめた。


「それは……、やめてください」


 ランドは視線を軽く斜め下に向けながら、ほんの少しだけ弱い声音でそう言った。


(羞恥心から聞かれたくない、というだけではなさそうだな)


 おそらくリオでなければ、普段のランドと、どう違うのかは見抜けなかっただろう。


(何か、俺にできることは無いのか?)


 側近ではなく、幼馴染みとしてのランドの幸せを、リオは懸命に探そうとし始めた。

ランド(側近)には、ぜひとも幸せになってもらいたいです。


お読みくださり、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 第0話で、リオかっこいいな~って思って読み始めましたけど、なんと、ランドもいいですね…♡ 主人の手綱をきっちり握ってる側近、大好きです!
[良い点] わぁああああ♡ リオ殿下とランドの掛け合い、軽妙ですっごく好きです! リオ殿下の可愛いイタズラ小僧で、温かなお人柄と、ランドの抜け目ない感じ。 ランドに頭が上がらない感じ。 気のおけない…
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