第12話 夫の側近が、闇堕ちしそうで怖いです。
皇后とサラと町歩きをした翌日、ウルはリオとともに皇宮内のサロンへと向かった。
扉を開けると、ソファに腰掛けていたランドが立ち上がり、こちらに深く一礼する。
(なんだか、いつもと雰囲気が……)
リオの隣に座ったウルは、一通の手紙は手渡された。
差し出し人は、昨日に会ったばかりのサラだった。
ふたりに促されるままに内容を確かめたウルは、口を開けたまま固まってしまった。
『あなたには幸せになってほしい。私も身体からだの相性が合う方が見つかりました。』
(これは、何と言えば……)
サラはとても、そんな女性には見えなかった。
もし、直接話したことがなければ、この手紙への感想は違ったかもしれない。
「ランド、これは確かなの? サラ様のお身体のこと、それが原因であなたたちが別れたということは、リオから聞いています。それでも、この内容は……」
ウルは手紙をテーブルに置いて、ランドと向き合った。
「『身体の相性が良い』というのは、側にいると、身体を温める効果のある男性に出会った、という意味らしいです。直接触れていなくても、ただ近くにいるだけで身体の深部から温まるのだそうです。サラを問い詰めて聞き出しましたので、その点は間違いありません」
「そ、そう」
ランドの瞳に、仄暗い光を感じた。
(どうやって聞き出したのかは、知らないほうがお互いのためね……きっと)
「砂の国には、そんなことができる方がいらっしゃるのね」
「実在する人物については、俺も初めて聞いた。歴史上、何人かは確認されてるらしい。他人の体内に影響が出るほどの熱や魔力を持つ人間が。それでも、記録というよりも、おとぎ話に近い」
リオはテーブルの上に、古い巻物を置いた。
「これは禁書庫の……持ち出したんですか?」
ランドが咎めるような口調になった。
「俺は腐っても第二皇子だぞ? それに、今は雪の国の王配だ。親父の許可も得ているから問題ない」
「腐ってるんですか?」
「本当にお前は、何でそう……」
ふたりのやり取りを聞いたウルが、ふふ、と笑う。
すると、少し優しい表情になったランドと目が合った。
(あぁ、リオをからかったのは、私のためだったのね)
「しかし、なぜ今になって現れたのか……。ランドが雪の国に向かったあとに、突然現れた貴族令息。しかも、稀少な能力持ち。これって偶然か……?」
リオが考えを巡らせながら、人差し指でテーブルをコツコツと叩く。
「分かりかねますが、それも気になる点ではあります。子爵家の次男とのことですが、身体が弱く、最近になってようやく人前に出てきたようです。そのため、幼少期よりあと……成人するまでの姿を、外の人間は誰も知らないそうです。幼い頃は子爵や夫人と共に、パーティーなどに出席していたこともあるようですが――」
「間の情報が抜けてるってことか……。その子爵家に勤める者たちから、話は聞けないのか?」
「あまり私財がないようで、雇っているメイドや執事も少なく古株ばかり。『皆、口が堅い』との報告が届いています」
「お前でも情報を集めきれない、か。分かった。こちらからも動く」
「お手数をおかけします」
ランドが膝に手をついて、頭を下げた。
「稀少な能力持ちともなれば、皇室、いや国全体に影響を及ぼす可能性がある。だからこそ、これも禁書庫からの持ち出しを許可されたんだろう」
「推測していたよりも大事になりそうです」
「お前の推測が外れるとは、アランが喜びそうだな」
「そうですね……。兄はそういう人です。しかし、国家に関わるとなると、父も兄も動くことになるでしょう。私個人としては、ただの『歩く温熱治療器』ですが」
「お前ね……」
「分かっていますよ。国家に関係するのだということは。しかし、どんなに稀少な存在……たとえばランプの精でも、願いを叶えれば目の前から消えるのですから」
消える、が違う意味に聞こえるのは気のせいだろうか。ウルはランドの目を見て、ゾクリとした。
「サラは、彼が能力持ちだと気づいているのか?」
「そのあたりは何とも。ただ、『不思議な人』だと申しておりました。もう少し、やり取りした情報を聞き出すつもりです。先日は結局、途中で逃げられてしまいましたので」
「あまり追いつめるなよ。真相が分かる前に嫌われるぞ」
「嫌われようと、一生逃さなければ済む話です」
その答えを聞いたリオが、大げさにため息をついた。
(気のせい、ではないかもしれない……)
ふたりの剣の稽古は、何度も見たことがある。
ランドがリオをからかうような場面もあれば、リオの一撃でランドが顔をしかめることもある。
もし本当に、ランドを止めなければならないことが起これば――。
(リオとランド、本気で戦ったらどちらが強いのかしら……?)
ウルは視線だけで夫と、その側近を交互に見つめた。
ただの色恋沙汰ではなくなってきました……
お読みくださり、ありがとうございました。




