表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/14

第9話 愛が深く重すぎることは、俗にそう呼ばれます。


 ウルと皇后が町歩きに出かけてしまったため、手持ち無沙汰なリオは自室の椅子に腰掛け、脚を放り出した格好で本を読んでいた。


 読書にも飽きてきた頃、扉を叩かれた。


「ランドか。入っていいぞ」


 失礼します、と扉を開けると同時にランドは顔をしかめた。


「また、あなたはそのような格好で」


「一人の時くらい良いだろ?」


「まぁ、少しくらいは……。しかし、気を付けてくださいよ」


「分かってる。そうだ、ウルが母上と出かけてしまったから、暇を持て余していたんだ。ちょっと、チェスでも付き合え」


「この部屋でですか? 嫌ですよ、生々しい」


 ランドは、昨夜に何があったのか分かりきっている、というような顔をした。


(まぁ、間違ってはないな。それに、ウルも嫌がるか……)


「サロンに移動すれば良いだろ?」


「まぁ、それなら。お付き合いいたしますよ」


「何か、俺に話したいことがあったんだろ? 茶にするか? それとも、酒のほうが良いか?」


「お酒をお願いします」


 真っ昼間、しかも側近としての仕事が全くないわけではない。

 素面(しらふ)では話しにくいことなのだろう、とリオは悟った。


 ランドが砂の国に戻ってから、何かしら動き回っていることは知っていた。

むしろ、ランドが自由に動けるようにと、側を離れる許可を出したのはリオ自身だ。


 雪の国で聞いた、ランドと伯爵令嬢のサラが別れたという話。

 男女の仲など、いつ何が起こるか分からないものだが、リオはどうしても腑に落ちなかった。

 おそらく、二人は結婚するものだと思っていた。

このような事に対するリオの勘は、なぜかよく当たる。


 貴族の家に生まれたからには、義務のようなものだといえども、人として男として、結婚は一生に関わってくる。

 上手くいく、いかない、どちらにしても、ランドが納得する形で決着を付けさせてやりたかった。


 

 サロンであれば人払いもしやすく、さらに声が漏れないように魔法をかけておけば、プライバシーは守れる。


 リオはチェス盤を挟んで、ランドの対面に足を組んで座った。

 そして、酒と軽くつまめるナッツなどを運んできたメイドに、しばらく人払いをするようにと伝えた。


 メイドがドアを閉めたことを確認すると、椅子に座ったままドアを軽く指差して施錠する。

そこから、さらに防音の魔法を施した。


 グラスを傾けると、ブランデーの中で揺れるロックアイスが、カランと涼やかな音を立てる。

 この氷も、雪の国の水で作ったものだ。

このような小さなことからでも、砂の国と雪の国が結ばれた縁を感じられ、リオの口元が綻んだ。


 しかし、ランドが胸元から出した一通の手紙により、空気は一転して重くなる。


 真っ白な封筒に、歪みのない美しい文字が並んでいる。ランドに宛てた手紙、差出人はサラだった。


「開けていいのか?」


 リオが窺うようにランドを見つめると、ランドは声を出さずに頷いた。

 

 丁寧に開封すると、短い文が綴られていた。


『あなたには幸せになってほしい。

 私も身体(からだ)の相性が合う方が見つかりました。』


 リオは一瞬、息をすることを忘れた。


 それくらい、にわかには信じられない内容だった。

 しかし、これが真実であるならば、ランドが隠したがっていたことにも合点がいく。


「これは……」


 さすがにリオも、ランドにかける言葉が見つからない。

左手で手紙を持ち、何度も読み返すが、やはり『そう』としか受け取ることができず、右手で頭を抱えた。


 リオの反応を見ながら、ランドがいつもよりも低い声を出した。


「私も最初は、そう受け取っていました。私よりも好みの男ができたのだろう、と。そして、すでにそのような関係なのだと」


「違うのか?」


 ランドは、また首だけで頷いた。


「サラは冷え性で、身体(からだ)の深部……核心温度が低いうえに、幼い頃から虚弱体質なんです」


「そうだったのか」


 ランドとサラが一緒にいるところを、リオも何度か見ていたが、確かに儚いイメージではあった。


「そのため、『雪の国に嫁ぐには身体が保たない。雪の国では子が望めないだろう』と医師に診断されたそうです。私も公爵家の端くれのため……。妻の役目が果たせない自分は、身を引くと決めたのだと、逃げ回るサラを掴まえて何とか白状させました」


「尋問したみたいに言うな」


「まぁ、それに近いことは……」


「何したんだ……」


「壁に追い詰めたり、逃げられないように抱き抱えて、膝に乗せて身動きが取れないようにしたり……。まぁ、他にも色々ですね」


「サラッとすごいこと言ってる自覚あるか?」


「私にしては、まだまだ甘いほうです」


「どの『甘い』なのか分からんが、これからどうするんだ?」


 ランドはブランデーの残りを口に含み、飲むというよりも流し込んだ。


「おい! それ、結構強いやつ……」


 ランドが空になったグラスをタンッとテーブルに戻すと、少し溶けた氷がグラスの中で跳ねた。


「真相が分かったからには、今度こそ逃しません」


「甘い、というより怖いわ」


 ランドの目が、やや据わっている。


(酒のせいだと思いたい……)


「殿下ならどうなさいますか? ウル様が殿下よりも、好意や興味を持つ相手が現れたら……」


 何を馬鹿なことを、とリオは笑った。


「そんなもの、快適な寝室に閉じ込めるに決まってるだろ。鍵や枷ではなく、俺にしか解けない魔法で」


「あなたも相当ですよ。結局は同じ穴の(むじな)ということです」


 そして、ランドは嘲笑しながら、さらに饒舌になる。


「雪の国にいる頃から手は打っています。サラの家は伯爵家。公爵家、さらに宰相の息子からの求婚を断る力などないはずです。それに後から現れた男は、貴族といえども子爵家。私が負けることはありません」


 一息でそこまで語ったランドが薄く笑う。

 

 幼い頃から、大人でさえ手玉に取る頭脳を持ち、相手を笑顔で追い詰めるほどに弁が立つことは、幼なじみであるリオはよく知っている。

 しかし、ランドのこんな表情を見たのは初めてだった。

少しばかり、背筋が寒くなる。


「権力を使うことは嫌いです。そのような人物は心底、軽蔑します。しかし、サラに関しては、なりふり構っていられない。たとえ、サラが私を軽蔑しようとも、他の男が手を出せないように囲ってしまうのが一番早い」


 普段は飄々としているランドが、病的なまでに執着している女性。


 同じ男としてランドを応援したい気持ちと、サラの行く末が心配になる気持ちが、天秤の上でぐらぐらと揺れる。

お読みくださり、ありがとうございました。


ランドのような男性が、本当に手放したくない人を見つけたら、こうなるだろうなーと思いながら、書きました。

というよりも、勝手に暴走してくれました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ムムム まあ、男とは得ていてそういうもののようですが… オンナはさらに(言葉悪くてスミマセン<m(__)m>)えげつないのかも… おぉ怖い!!(^^;)
[良い点] ランド、ヤンデレ!? いやいや、で、で、溺愛?? [気になる点] >壁に追い詰めたり、逃げられないように抱き抱えて、膝に乗せて身動きが取れないようにしたり きゃぁぁあああ! 素敵♡ 強…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ