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第0話 そこのあなた、早くこの雪だるまを解かしなさい!

短編完結の際に、ご感想やレビューをいただいたのに、下げてしまい申し訳ございません。


続きを書きたくなり、長編連載の第0話として差し込みました。

いただいたご感想、レビューは今でも大事に保管しています。


2022年5月6日

ネット小説大賞運営チーム様より、ご感想をいただきました。


「ねぇ、そこのあなた。もっと部屋を暑くできないの?」


「しかし女王陛下、これ以上はお体に障ります」


 指を指すように閉じた扇の先を向けられ、玉座の前で跪いていた青年が困ったように顔を上げた。


 肩甲骨の少し下まで編まれた艷やかな黒髪が、さらりと背を流れる。


 隅に控えていたメイドたちが、ほぅ、っとため息を吐きながら見とれている。


 濃紺の正装に包まれたスラリとした若い体躯は、鍛え上げられていることが誰の目にも分かるだろう。

 褐色の肌に蒼玉(サファイア)のような瞳をした青年、リオは二十歳になったばかりの砂の国の第二皇子である。


 そして、皇族である彼が跪く相手はごく一部の人間のみだ。


 その数少ないうちの一人が、目の前にいる雪の国の女王ウルである。歳は十六。国を統べる者としては若すぎる。

 しかし、それも仕方がないことだった。兄弟のいない父王が病で崩御したため、一人娘に王位が継承されたのだ。


 若すぎる女王だけでは他国から侮られる。それを危惧した宰相が、女王の婿となる王配(おうはい)を求め、友好国に文を送った。


 雪の国はその名の通り雪深い土地で、ライフラインが脆く、貿易による収益も少ない。

国としての力は、他国に比べるとひどく弱い。

 

 ウルの幼なじみである宰相の息子を婿に、という話も出たが、できれば他国の後ろ盾が欲しかった。

 

 そして砂の皇国と、王国や公国から王位継承権の順位が低い王子たちが数人、雪の国へとやってきた。

 

 砂の国には三人の皇子がいるが、歳の離れた末の皇子がまだ幼いため、第二皇子のリオが寄こされたのだ。

 


 気だるそうに肘掛けに体を預け、右手で頬杖をついているウルは、十六歳とは思えないほどの色気を醸し出していた。

 

 草花や雪の結晶のモチーフが銀糸で刺繍された、真珠色のドレスを彼女は纏っていた。

上品で淑やかなロングドレス。

 

 しかし、脚を高く組んで座っているため、ドレスの裾から透けるような白いふくらはぎが見えてしまっていることに、彼女は気付いているのだろうか。


 細いウエストに長い手脚、女性として完璧な美しさだろう。


 ――頭部以外は。


 

 驚くことに、女王の頭部だけが雪だるまだったのだ。

 

 謁見の間に集められた王子たちが、ざわつく。


「あれって、女王にも継がれるのか?」


「先代の王が亡くなられて、終わったものだと……」


 ウルの父でもある先代の王は外交も積極的に行っていたため、彼の雪だるま姿の噂は、はるか遠い国まで広まっていた。


 即位式に招かれた貴賓の中には、まだ王太子だった頃の顔を知る者もいた。

そして、彼の変わり果てた姿を見て、たいそう嘆いたそうだ。


 しかし、まさか王位を継承した娘も同じ姿になっているとは、各国の王も思い至らなかったようだ。


 

 ウルの即位式は内々で済まされた。


 そのことを不思議に思う者もいたが、生粋の箱入り王女が突然、女王になったのだから、それも致し方ないことだと勝手な憶測が広がっていたのだ。


「さすがに、あれを妻にはできない。それに自分の子が、あのような姿になると考えただけで……」


 戸惑いを隠せず、辞退を表す言葉が王子たちの口から次々とこぼれ出す。


 そして決定打となったのは、ウルの態度の悪さだった。

 雪だるまが不遜な態度を取る様子を見て、結局、リオ以外の王子はすべて自国へと帰ってしまった。



 頭部が雪だるまになってしまったのは、先々代の王が北の魔女の呪いを受けたせいなのだという。

 その呪いは、代々の王へと引き継がれるという厄介なものだった。


 呪いを自分の代で終わらせるために、とにかく室温を上げて雪を解かしてほしいというのがウルの望みだ。


 頭部に丸く固められた雪の呪いは、熱い湯に浸かろうと、暖炉にどれだけ薪をくべようと解けることはなかった。


 しかし、「雪だるまの呪いを解くには、『神々からの祝福を受けた皇族の魔法で起こす熱』が必要である」と、先王が亡くなる直前に突き止めていたのだ。


 砂の国の皇族は、太陽神から祝福を受けている。そのため温暖な土地で、国民は暑さに耐性があった。


 しかし、あまり日照りが続きすぎると湖が枯渇し、作物が育たなくなる。

 雨の国に助けを求めるのが一番早い解決方法だが、あいにくと砂の国と雨の国は折り合いが悪い。

 そんな時、雪の国からの招集は渡りに船だった。


 成人してからも婚約者を決めず、のらりくらりと縁談を(かわ)してきたリオだったが、干ばつに苦しむ民を見て、雪の国の女王との政略結婚に自ら手を挙げた。


 あまり知られていないが、雪の国の水はとても美味で農作物とも相性が良い。

国民を助けるためには、どうしてもその水が必要だった。

そのため、リオは他の皇子のように自国へと帰ることはできなかったのだ。



 雪の国の城に一人残ったリオが、ウルの王配として、ほぼ決定となっていた。


 宰相は安堵し、目に見えて体の力を抜いた。

 そんな折りに、ウルから「室温を上げるように」との命令が下された。


 いくら政略結婚といえども、やはり妻は人間の姿のほうが良いに決まっている。

 自身の夫婦生活のためにもリオは室温を上げる魔法を使うが、どうしてもウルの態度がいけ好かない。


 そのうえ、呪いの力は思っていた以上に強かった。



「ねぇ、早くしてちょうだい」


「チッ。ねぇねぇ、うるせぇんだよ」


「何か言った?」


「いいえ、女王陛下。一度、私たちは控えの間で策を練って参ります。しばし、お待ちを」


 退室の礼をしてからパタンと扉を閉めた途端に、リオは補佐役として連れてきた従者に愚痴をこぼす。


「ニンジンぶっ挿した鼻にバケツ被った顔で、あーしろ、こーしろ言われて、はいって言うこと聞けるか?」


「畏れながら、殿下も、お顔と口調が合っておりませんよ。その点、お二人はお似合いかと……」


「ここに一人で追いていくぞ?」


「失礼いたしました」


 従者が胸に手を置いて、綺麗な所作で一礼する。


「それにしても殿下、あまりイライラなさると温度調整が……さすがに私でも、この暑さは辛いです」


「あぁ?」


 リオが、ドスを利かせた声を出しながら謁見の間へ続く扉を開けると、妙に艶のある声が響いた。


「あっ……」


 驚いて玉座を仰ぐと、雪だるまの顔に大きくひびが入り、パキパキと音を立てて割れていく。


 そして、ほとんどの雪が解けるとバケツが床に落ち、玉座へと続く短い階段をガランゴロンと音を立てながら転げ落ちていく。


 すると、バケツの代わりに、金糸のように細く柔らかそうな髪がウルの肩口や胸元に広がった。

大きな紫水晶(アメジスト)の瞳に、雪の結晶のような白銀の長いまつげが重なって陰を落とす。


「はあぁ、助かった! 頭は重いし、部屋は暑いし……」


 長い溜め息を吐いたウルは、ハッと二人の視線に気付き、急いで扇で顔を隠した。

しかし、赤く染まった耳までは隠せていない。


「へぇ、いいじゃん。可愛らしい顔に恥じらいと強かさを兼ね備えてて、俺好みだ。まぁ、あの女王様然とした口調は演技だったみたいだけどな」


 リオはそう言うと、くすっと悪い顔で笑った。


「あなたも現金な人ですね」


 従者が呆れたように首を振るが、その顔はどこか嬉しそうだった。

やはり、長く付き従った主人には幸せになってほしいようだ。


 それは、口は悪くとも、民の声をよく聞き、それに応える力を持つ皇子殿下を、一人の人間としても尊敬しているという理由もある。


 砂の国のほとんどの民が、リオの幸せを願っている。


「しかし、驚きました。女王陛下は今まで一切、公式の場にはいらっしゃいませんでしたから。早くにご逝去なさった王妃様……ウル様のお母様にそっくりですね。王妃様は、銀色の髪をお持ちでしたが」


「金の髪は父親譲りなんだろうな。まぁ、あんな娘がいれば、外の男から隠したくなる気持ちも分かる。これから、ウルが公務で外に出るようになるかと思うだけで、俺はもう憂鬱だ」


「もう、(おっと)気取りですか」


 口の減らない従者をどうしてやろうか、とリオは睨むが、ウルの花嫁姿を想像すると怒りはすぐに霧散した。


 扇の隙間から恥ずかしそうに、チラチラとこちらを窺っているウルの姿を、リオは甘さを含んだ瞳で見つめた。




 その後、二人の婚姻が正式に結ばれると砂の国の干ばつ問題は解消され、雪の国には時折、春のような暖かな風が吹き、見たことのない花が咲くようになった。


 また、その花を見るために、世界中の植物学者や薬師が雪の国へとやって来るため、寒く閉ざされていた国にたくさんの店が並び、街は笑顔で溢れるようになっていく。観光収入も増えた。


 砂の国でも雪解け水が美味だと評判になり、それを瓶詰めしたものを各国に卸すことになった。財政がさらに潤い、国民の暮らしがますます豊かになっていった。




 そして、ウルが第一子を身ごもった時に、雪と花、二人の女神から祝福を受けることとなり、盛大な祭りが何日間も続いた。


 雪の国の王家で祝福を受けた者は今までおらず、それが二人の女神から同時に祝福を受けるという珍しい事態に、多くの国から注目されたのだ。



 そのことから、女性の王という立場が見直され、諸外国の王侯貴族から敬意を払われることとなる。


 肩身の狭い思いをしていた、他国の女王たちからも多くの礼状が届いた。



 思わぬ恩恵が重なり、ウル女王陛下とリオ殿下の治世は温かく穏やかな時代が続き、子ども、孫たちへと引き継がれていく。


 幸いにも呪いは完全に解けたようで、ウルとリオの子どもたちが雪だるまの顔になることはなかった。


 

 たくさんの経験をして自信をを持ったウルは、箱入り王女殿下を卒業し、立派な女王陛下に。慈善事業に外交にと様々な場所に赴く際、常に隣には女王陛下を支えるリオ殿下の姿があった。



 そして、いつまでも仲睦まじい夫妻の物語は、『雪だるまの女王様と砂の国の皇子様』と、少しの揶揄を含めて、絵本や吟遊詩人によって後世まで語り継がれることになるとは、新婚生活が始まったばかりの二人が知る由もない。




「なぁ、何であの時、あんな横柄な態度を取ってたんだ?」


 婚姻の儀が終わった夜、夫妻の寝室でリオが寛ぎながら尋ねた。


 あれからウルは、すっかり年相応の可愛らしい女性に戻ってしまった。女王様というよりも、まだまだお嬢様といった雰囲気だ。


 城の執事やメイドに尋ねると、「ウル様は王女殿下の頃から、お優しく可愛らしい方でした。それは即位なさってからも、お変わりございませんよ」と皆みながそう言う。


 その問いかけに対して、ウルは気恥ずかしそうに白状する。


「お父様が亡くなる時にね、『ただでさえ女王は、男の王より立場が弱くなることが多い。しかも雪だるまを被った面白い顔になるのだから、決して外の人間から侮られてはいけない』とおっしゃって……」


 ぷっ、と思わずリオは吹き出した。


 初めて謁見した日、城の従者たちの目や口調が、ウルに対して優しかったことに合点がいった。


 あれが彼女の精一杯の虚勢であり、父王との約束だと皆みなが知っていたのだろう。


「面白いって、分かってたんだ?」


「当たり前でしょ? 毎日、鏡を見るのが憂鬱で憂鬱で」


 そっか、とリオが頭をくしゃくしゃと撫でる。それに対して、子ども扱いだとウルはむくれた。


 その仕草を可愛いと思いながらも、リオは少しの物足りなさを感じる。



「なぁ、たまにで良いから、最初の時みたいに話してくれない?」


「あの不躾な態度で? 旦那様である、あなたに対して?」


「そう」


 心底分からない、という表情で首を傾げるウルの頬を優しく撫でる。




「お前は、まだ知らなくて良いよ」



お読みくださり、ありがとうございました。


次話以降、視点が変わりながらオムニバス形式(一話完結)でストーリーの本筋が進んでいきます。


物語のスタートは、ウルとリオの婚姻式から少し経った頃となっています。


どうぞ、よろしくお願いいたします。



ちなみに、「とける」の漢字表記。

「溶ける」と「解ける」。

ずいぶん迷いましたが、「雪解け」「解呪」の意味を込めて「解ける」を選びました。

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