表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

雲の下の天国

作者: 夏樹翼

かなり前に書いたものを軽く修正して投稿しました。

短い話ですが楽しんでいただけましたら嬉しいです。

 幼い頃、私は雲の上に浮かぶ美しい城を見たことがある。


 幼い頃とはどれくらいか。正直覚えていない。小学一年生か二年生くらいの歳だったように思う。両親に連れられて外国に旅行に行った時のことだ。行きの時か帰りの時かは分からない。ともかくその時飛行機は雲の上を飛んでいた。上は太陽、下は雲。ちょうど太陽が沈もうとしていたところで、雲が全体的に夕焼色になっていて目が離せなくなるほど幻想的な光景だった。


だが、ただ一か所。一つの雲だけは他と違う輝きを放っていた。その雲の上にはおとぎ話に出てくるような外国の城が建っていた。全体的に雲と同じ真っ白な色。その城を中心に夕焼け色とは別の輝きが放たれていた。金色(こんじき)の輝き、というのに近いかもしれない。どんな表現をしたものかわからないが、金色と夕焼け色を混ぜ合わせたような、あたたかな神々しい輝きを放っていた。


 幼い頃、私は直感的に思った。あれは天国であると。


 成長するにつれて、あれは夢みる子供の見た幻だった、とか、偶然雲がそんな風な形だったんだろう、とか、表面上では思うようになった。でも心の奥底では、未だ鮮明にあの光輝く城、天国を信じている気がする。あの時から今まで何度となく飛行機に乗っても、二度と見ることは叶わなかったのだが。


 そこに行ってみたいと、思ったことは何度もある。あのあたたかな場所に行ったら、きっと心安らかな日々が待っているのではないか、と。幸せになれるのではないか、と。




「へ~私も見てみたいな~」


 私は慣れた手つきで洗濯物を干しながら思い出すように話していると、隣で手伝ってくれている娘は目を輝かせてそうこぼした。今日の天気は一日中晴れ。心地いいそよ風が吹き、太陽があたたかな日差しを届けてくれる。洗濯物が早く乾きそうだ。


「ねえねえ! 今度の夏休みどっか海外行こうよ! 私行ったことないし、もしかしたらお母さんが見たきれいなお城見えるかもじゃん!」

「ふふっそうね。お父さんが帰ってきたらお願いしてみたら?」


 私がそう言うと、娘は右手を握りしめてガッツポーズして夕ご飯を作る宣言をした。さては娘お手製の夕飯でお父さんを懐柔するつもりだな。娘は先ほどよりもスピードを上げて洗濯物を干していった。そこまでの量ではなかったのもあり、やる気になった娘のおかげであっという間に干し終わった。娘は終わった瞬間台所の方に飛んでいった。夕ご飯の材料がどれくらいあるか確認しに行ったのだろう。

 家の中に入ると、ふと棚に目がいき、引き出しを開けた。中には他の人が見たらガラクタでしかないものばかりがあった。仲の悪かった両親が喧嘩してた時いつも涙を拭いてたウサギ柄のハンカチ、不登校が続いた学校の卒業証書・・・小さい頃大切にしていたビー玉とかもあったのに、なんとなくそんなものにばかり目がいく。


 一つため息をこぼし引き出しをしまうと、今度はその上に並んだたくさんの写真立てが目に留まった。大学の庭で弁当を食べている夫含めた友人たち、夫と初めてデートに行った時の写真、私の両親に挨拶に行く時の洋服を選んでいる夫、結婚式の写真、そして赤ん坊の娘を抱く私と泣いてる夫。見ているだけで、少し落ち込みかけていた私の心が羽のように軽くなる。


 後ろで買い物に行ってくる、と叫んで玄関に駆けていく娘の声が聞こえた。いってらっしゃい、と言うと、娘はいってきます、と言って、そのすぐ後に玄関のドアを開いた音がした。


 私は窓辺に近づき、もう一度空を見上げた。雲の上に浮かぶ美しい城は見えない。 あそこは天国で、人にとっての理想郷かもしれない。でも私は、今、あそこに行けなくてもいい。

 私は棚の上の写真立ての中の一番新しい写真を見た。娘の中学校の入学式の写真。校門前で私と夫と、ちょっぴり照れくさそうに娘が笑っている。


 私の居るここには天使もいないし美しい花畑も光輝く城もない。でも天使のようにかわいい娘と最愛の夫がいる。娘が折ってくれた折り紙のカーネーションがある。左の薬指で光る指輪がある。


 幼い頃見たあの天国には、案外簡単に行けるかもしれない。それでも、転んで立ちあがって、壁にぶつかって壊して、その先に見つけた私にとっての大切な大事な天国はここ。


 雲の上の天国には行けないけれど、雲の下で、私は私の天国を見つけた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ